2015年5月26日火曜日
博愛あるいは人類一家
改めて「八紘一宇」ということが今日のお題
金八先生が教えたとも思えないし、一体誰が「知恵」をつけた?
定時制高校自主退学のわりに(・・といえば言葉が過ぎるが)
比較的よく勉強している女流議員だとはおもいますが、これはない(苦笑)
個々の字義からしての解釈はともかく、この「スローガン」の使われ方からして
肯定的な意味合で捉える歴史感覚とは抱腹絶倒もの。
語義については山と出てますから、そんじょそこらに書いていないことだけで
極私的な講釈を・・・・
元々の出典は、中国の古典書籍だろうが、
通常は神武天皇即位記事の公文書(日本書紀)に登場することを元ネタとする。
まず「八」はそれこそ「四方八方」で世界の津々浦々である。
東洋的数字観では「八」は吉数。
中国では、祭祀の場所(台)には「天壇、地壇」とあるが、
天を祀る際の壇は「丸」。
地を祭るには「八角形」と決っている。
天皇即位の際にお立ちになる台も八角形(・・と京都御所にお邪魔した際に見た記憶)
漢字の「国」に代わる則天文字で「圀」と書くのは、けだしこれに由来する。
国の正字は「國」
国内が「惑う」にはよくないからってこともある。
紘は・・・中村紘子(ひろこ)さんのお名前にも登場しますが、
糸へんですので「つな」を表す。
つまるところは「八紘」とは四方八方に綱が際限なくのびてゆく様である。
一宇は「一つの家」
ウカンムリは、まさしく屋根を表す。
家とは、屋根の下の豚ってことですが、別に「豚小家」じゃない。
天に捧げる犠牲豚をお供えする屋根のある場所というイメージ
一方「干」は、軒下ってことらしいので、普通に「おうち」だと思えばいい。
この地上津々浦々までが我が家ですってことですが、
神武天皇の頃だと、狭隘な大和盆地を見渡して、ここってボクの領土!という程度の
ささやかな表現(西方から苦労して大和までやってきたのです)である。
昭和風に言い換えれば・・・「世界一家 人類兄弟」
これまた、毀誉褒貶の激しい黒幕右翼とも稀代の篤志家ともいわれる某氏の言葉
もっと言いかえれば 民主主義の絶対価値観でもある「博愛」である。
いかようなスローガンもその使われ方で評価が定まる。
この精神があったればこそ「ユダヤ人の亡命に力を貸した・・・」って一部の物言いは
牽強付会もいいところだ。
所謂「侵略」の正当化の理屈であり、「神がそれを望んでおられる」といえば
南米のインディオを根絶やしにしても恥じ入るところでないのと大差はない。
十字軍だって「聖戦」というのは勝手だが、イスラムの側から見れば「侵略」以外の解釈はない。
高校日本史が必修科目になったことはよいことだが、
昭和史まできっちりと教えないと意味が無い。
内藤湖南先生がいうように、日本史は室町より始まるっていいますから
建武の中興ころ(鎌倉幕府滅亡)からじっくりやればいい。
その上で、
暗黒左翼史観
ネトウヨ史観 ・・・のどっちがより妥当か?自分でよく考えればいい。
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