2015年6月28日日曜日
朝昼夕に三千両
江戸時代の貨幣価値を現在価値に換算するのは難しい。
時代によっても異なるし、一両といっても「10万から50万円」くらいの幅がある。
しかし、千両役者といえば、スタープレーヤー
その年俸が一億円から五億円と言われれば・・・・まあそんなものか。
江戸の繁栄の代名詞が
朝=魚市場
昼=芝居小屋
夜=吉原遊廓
江戸は価値を生み出すよりも価値を消費する大都市だったということです。
今の築地市場の市場規模が20億円(日)ですので、
人口規模からすれば、千両といわれても納得感。
しかし、現在の性風俗の市場規模は全国推計で4兆円内外(年)だといわれますので、
遊郭の規模が異様に小さい。
しかし、これは「公設市場」だけの話ですから、私娼窟が結構はびこっていたことを
予想させます。
闇経済の規模はひどい国では表の三割ともいいますから、これまた納得の範囲(苦笑)
まあ、そんなことはどうでもよくて・・・
江戸時代の魚河岸は江戸初期より日本橋界隈にあった。
築地に移転したのは、大震災の結果であるが、
天保の改革の際に魚河岸カルテルが解体され、
市場の自由化がなされた際に深川や築地に市場ができたらしいのでその萌芽が江戸末期からあったのです。
ほんの数キロ、距離的には移動するだけですが、驚天動地な運営システムの変更の要否やら
利権やらイロイロと魑魅魍魎が暗躍したのでしょうねえ。
当時のドラマを描いたものを探してはいるのですが、適当なものがない。
来年は豊洲に移転ですよねえ。
新しい魚文化の発信地となればいいのですが、どうもつまらんウ・ワ・サしか聞こえてこない。
美しい理念が汚れた手から生まれることは多々あるのです。
あの陰惨な血まみれのボルジア家のもとでルネッサンスの花は開いた。
しかし、多くの場合、穢いものから美しいものは生じない。
一体どんなものができるかよく監視していませんとねえ・・・・
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