2016年1月2日土曜日
殿中ではござらぬがゆえに・・・・
いまどき、ユニフォームとして紋付袴姿なんかは、棋士の世界か・・・
能楽師、くらいです。
しかし、能を演じる際には、演じる曲目や会の位置づけで、格式が高くなる。
その際には、その格式に従い、裃(かもしも)をつける。
この漢字自体が「国字」ですから、漢字元祖の国には存在しないファッションである。
簡単にいえば・・・
長裃
半裃
紋付袴 が格式の順番
説明的に言えば(以下NET引用)
裃は、和服における男子正装の一種。通常は肩衣と袴を共布で作り、小袖の上から着る。
肩衣は背と両乳、袴の腰板の四所に紋を入れて用いる。
江戸時代には無官の武士の最礼装とされ・・・・
半裃は、普通の長さの袴であるが、長裃だと、ウエディングドレスのベールのように長く引っ張る。
当然、見場だけを言えば、長いほうがよさそうだが、立ち振舞が面倒。
実際上、長裃を使う演目や場は極めて限定的である。
他方、普通の裃は、ちょっと改まった場合にはかっこよさもあって、一度は使ってみたい。
個人で自己所有する例は稀なので、大抵は仮衣装。
従って「共布」というわけにはいかないので「継裃」という若干略式もあるが、これは
あんまり流行らない。
要するに、裃をまとうという際には、小袖(要は紋付き着物)は自前で
袴とセットをお借りするってことになる。
さて・・・4月の舞台では「勧進帳」をやることになった。
当然に弁慶の役。
誤解してもらうと困るが、ぼくらの世界では檜板の上で演じるので「安宅」というのが正しい名称
勧進帳とは(失礼ながら)河原の小屋かけ役者の末裔が演じる歌舞伎の演目
その気位だけはたかい能役者が「勧進帳」という場合は、
安宅の一部のシーンだけを言う。
安宅の関所で、富樫某にとどめられた弁慶一行は
我々は、東大寺再建の勧請のための山伏一行であり、
ほれこのとおりと白紙の勧進帳を朗々と読み上げる
その勢いに押されて、関所を通り抜けようとするが・・・
この場面を独吟(アカペラのソロ)で、
天も裂け、地も崩れよとばかりに謳いあげるって趣向である。
せっかくの大舞台。
ここで半裃でもつけないと男がすたる。
まあ、団十郎か海老蔵かってくらいに演じれるかどうかは、見てのお楽しみ
大衆演劇じゃございませんので、見所(観客席)からおひねりは投げないようにお願いします。
楽屋裏では・・・いかほどでも頂戴します(笑)
時は、卯月十日あまり七日
場所は、渋谷のセルリアン
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・・・もとより勧進帳はあらばこそ。
笈の中より往来の巻物一巻取り出だし、
勧進帳と名づけつつ、高らかにこそ読み上げけれ。
それつらつら惟れば大恩教主の秋の月は、
涅槃の雲に隠れ生死長夜の長き夢、驚かすべき人もなし。
ここに中頃帝おわします。
御名をば聖武皇帝と、名づけ奉り
最愛の夫人に別れ、恋慕やみ難く、涕泣眼に荒く、
涙玉を貫く思いを、善途に翻して廬遮那仏を建立す。
かほどの霊場の、絶えなんことを悲しみて、
俊乗坊重源、諸国を勧進す。
一紙半銭の、奉財の、輩は、
この世にては無比の楽に誇り当来にては、数千蓮華の上に坐せん。
帰命稽首 敬って白すと天も、響けと読み上げたり・・・・
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