ある種の集団における「共同幻想」みたいなものである。
無知な(言葉が過ぎるのであれば不知な)集団にとっては、何のこっちゃ・・・に過ぎないが、
それが社会通念化してしまえば、知らないのは、白痴痴愚魯鈍の類である。
まずは、知らないことを恥ずかしくおもう・・・思わないのであれば、普通は論外という。
山吹のひと枝・・・恥じ入るオトコ道灌は、それだけで青史に名を残した。
阿漕の浦を知らなくて、女に振られた西行・・・だっから出家したらしい。
(失礼だから講釈はしませんよ。この程度は国民的常識です!)
王朝和歌の約束事くらいは、まあ知っている。
しかし、全く無知なのが、西洋絵画の約束事。学校じゃ・・・少なくとも辺境のボロ学校では
先生に教養がないからか雑談にもならない。
上野の美術館に行っても、暗喩が分からない・・・観賞家の大抵はそうだが、
それじゃあんまりだとは思い、ちくま文庫で探してきた。
せっかく、カラヴァッジョがやって来るのだ!
衒学的に観賞するためにも・・・・なもんで、やっと探してきました。実に面白い。
しかし、何が何ちゃらのメタファーといわれても、どうしてそうなのか?の説明がないのは困る。
現代人は、だからこうなのって言われないと納得しない(笑)
絵画の宮中席次は・・・宗教画 歴史画 人物画 静物画 風景画 と決まっている。
印象派素材って、末席もいいところ。
芸術の保守本流とは、その時代のスポンサーによるから、いまとなっては致し方ない。
近代ブルジョワジーには、そういうメタファーの知識を必要としないから、印象派絵画の鑑賞なんて
たいした「教養」はいらない。
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