2016年7月23日土曜日
カネ積まれたら・・・使っていいかな?崩れた倭語
なんだか川柳みたいなタイトルである。
あまりにも字余りがすぎるが、気分としては「一句」って感じだ(苦笑)
日本語の乱れ・・・・別に今に始まったことじゃなくて、王朝古典なんか読んでいても、同様の苦言が散見される。
書き言葉にせよ読み言葉にせよ、その変化・変体をもって「言葉の乱れ」と称するのは、繰り返される歴史である。
しかしである・・・・(相変わらずの衒学趣味で迫れば)
難波なる 長柄の橋も つくるなり 今はわが身を なににたとへん (古今集 伊勢)
平明な和歌なんですが「つくる」の語義がたいそう難しい。
説が二つあり、「作る・尽くる」のどっちかって論争。
かな文字でなく、漢字で書いてくれていればこんな不毛の議論をせずにすんだが・・・・
どっちでもいいといえばそれまでですが、歌学者にとっては一大事だし、うたの意味も大きく変わる。
アプローチの方法は二つあり、史実に即して解釈する方法と、古文法に従う方法。
簡単に言えば、名歌人の伊勢のことだから、崩れた倭語を使うようでは矜恃に関わる。
ちゃんとした古文法とおりの作歌をしたはずと思えば、
つくるは「作る」にちがいない。
なりという「伝聞推定の助動詞」には「終止形の動詞」がセットものという言葉のお作法に従えばそうでしかない!
作るは四段活用
尽くるは、上二段活用(この場合の終止形は「尽く」である)
まあ、いささか牽強付会ではあるんですが、丸谷さんのある小説のエピソード。
さて内館牧子さんの「金を積まれても使いたくない日本語」なる新書を斜め読みしています。
彼女が日本語の大家かどうかはしらないし、文章読本を書くような才人かどうかにも疑問がある。
かつては
塚本邦雄
丸谷才一
井上ひさし なんかが日本語の泰斗であったが、残念なことにみなさん鬼籍にはいられた。
とりあえずはこれで我慢するしかないか、部分的に共感!
ツイッター程でもないが、FBも悲惨な言葉つかいが散見どころか跳梁跋扈している。
本当にどんな育ち方をしたのか、親兄弟や学校の先生の顔を見てみたい。
そういうヒトザルは、十兵衛さんのブログなんか読まない・・・違いますねえ、読めないだ・・・(笑)
まともでない倭語を使うようでは自身を滅ぼすが、滅びていいようなヒトザルはさっさと滅びればいい。
美しい倭語指導をするほどの親切心は持ち合わせていませんし、
自らが美しい言葉を修練するのが本道。
因みに、言葉使いの場面でもTPOがありますし、私事では、カネを積まれれば汚ない倭語は幾らでも使えます(笑)
バイト敬語
タメ口
ら抜き言葉
全然・・・肯定形
混ぜ書き
和歌山弁(解説をすれば、敬語のない方言です。別の意味で評価する向きもありますが、本当はおかしい)
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