百年を超えた映画の歴史での「サイレント」は
わずかの期間でしかなくも、その光芒は...
未だに、トーキーに背を向けて、サイレントを製作する映画人がいる。
なんとまあ、2011年のオスカー作品賞は、サイレント映画❣️
翻って、倭国には、サイレント映画の土壌はない。
むしろ、伝統芸能のしつらえをサイレント映画の上映に
持ち込んでしまった。
悪いと言うことではなく、それが文化なり伝統だったということ。
まずもって、人形劇...文楽
人形は語らず...バックの太夫の義太夫とお囃子がドラマを盛り上げる。
能だって、実のところは舞だけ
言葉の肝心なところはシテの守備範囲ではない(無論例外あり)
だから、サイレント映画の上映に、弁士と囃子がつくのは
優れて倭国的なんですが、本来のサイレント映画の上映スタイルではない。
話芸の国、ニッポン!
実に素晴らしい
才能ありげな周防正行監督ですが、
活動弁士をセンターに据えても、サイレント映画にしようとは
思わなかったか!?
通常の映画の24FPSでなく、サイレント時代の16Fは論外でも
20とか22FPSにすればよかったのに
資金の出手がその気にならなければ、
優れた企画もぽしゃる。
曰く...
弁士が居なくとも映画は成り立つが、
弁士は映画が無ければ露頭に迷う
ちなみに、劇中のサイレントは
このために新たに製作されたもの...が監督のこだわり
本編よりもチカラをいれてます。
だから周防作品の常連の草刈民代さんは、
本編でなく劇中サイレントに登場するのです。
0 件のコメント:
コメントを投稿