幕末期の長州藩
勤王攘夷の大スローガンの陰で隠密裡に大枚五千両の学費をかけて五人の藩士を英国留学に送り出した。
この辺りが倒幕の大事業を成し遂げるだけの老獪あるいはしたたかさ(闇雲に拳を振り上げるだけなのは灰色の脳細胞が筋肉だけで出来ている証拠)
昨今の留学生は玉石混淆とも言われるが、死を賭して不退転の決意で万里の波濤を超えたのは、、、
伊藤俊輔(伊藤博文)
志道聞多(井上馨)
山尾庸三
井上勝
遠藤謹助
後年テクノクラートではなく政治を目指した伊藤と志道は下関戦争勃発に「狼狽」し、、、学業を放り投げて帰国し国事に奔走、後の三人はスキルを身に付けて明治政府の技術官僚として名を馳せた。
俗に「長州五傑」と顕彰されるが、その功罪には色々あるが、、、
少なくとも自己実現の方向性と国家近代化のベクトルがほぼ一致したしあわせな時代。
だっから、日夜寝食を忘れ病をおしてまで勉学に勤む彼等に呆れ返り、、、ロンドンカレッジの先生や学友たち、はてはベーカー街の下宿先の「ハドソン夫人」までが、、、
少しは休まないとカラダが持ちませんよ
答えて曰く
我々が一日休めば国の近代化が一日遅れる
御心配はご無用。
我々には「リゲイン」がある!
まあ戯文ですから、駄洒落はご容赦
コンプライアンスやらハラスメントとか面倒なことを言わない時代はおおらかだったのですよ。
留学帰りの大学予備門の先生たちは、授業の合間をぬって、予備門には手が届かない好学の若者をボランティアで熱心に指導した、、、というエピソードは、司馬さんがどっかに書いてました。

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