2014年11月22日土曜日
学事奨励の布告
犯罪者(受刑者)は法務省統計によれば傾向的にIQが低い。
IQが低いとこれまた傾向的に低学歴である。
よって、低学歴は犯罪予備軍である・・・・
単純な疫学的類推だとこうなるし、一定の真理を含んでいる。
しかし、実のところ犯罪と学歴の因果関係はどんなものかしら?
エリートの犯罪という言葉もある。
正確に言えば、犯罪と学力の因果関係はある。
一般に学歴と学力はつろくする。
しかし、高学歴な馬鹿はいくらでもいるし、学歴がなくとも学力がある方も多い。
そもそも教育機関とは学歴を頂戴する場所ではなく、学力を身につけるのを本意とする。
懐かしい太政官布告(明治五年)であるが、
財政基盤にも乏しい未開の極東の小国なりとも、
いじらしくなる程に「学のすすめ」を鼓舞する。
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人々自ラ其身ヲ立テ 其産ヲ治メ 其業ヲ昌ニシテ
以テ其生ヲ遂ル所以ノモノハ他ナシ、
身ヲ脩メ 智ヲ開キ 才藝ヲ長スルニヨルナリ。
而テ其身ヲ脩メ 智ヲ開キ 才藝ヲ長スルハ 學ニアラサレハ能ハス。
是レ 學校ノ設アル所以ニシテ 日用常行言語書算ヲ初メ 士官農商百工
技藝及ヒ法律、政治、天文、醫療等ニ至ル迄 凡人ノ營ムトコロノ事
學アラサルハナシ。
人能ク其才ノアル所ニ應シ 勉勵シテ之ニ從事シ
而シテ後初テ 生ヲ治メ 産ヲ興シ 業ヲ昌ニスルヲ得ヘシ。
サレハ 學問ハ身ヲ立ルノ財本共云ヘキ者ニシテ 人タルモノ誰カ學ハスシテ可ナランヤ
夫ノ道路ニ迷ヒ 飢餓ニ陷リ 家ヲ破リ 身ヲ喪ノ徒ノ如キハ
畢竟不學ヨリシテカヽル過チヲ生スルナリ
まず「学ぶ」ことにより、倫理・論理・知性が身につき、
それで初めて人生が全うできる・・・と大上段に振りかぶる。
逆に「不学」であれば、悲惨な人生を送ることとなる・・と脅かしもする。
從來學校ノ設アリテヨリ 年ヲ歴ルコト久シト雖トモ
或ハ其道ヲ得サルヨリシテ 人其方向ヲ誤リ 學問ハ士人以上ノ事トシ
農工商及ヒ婦女子ニ至ツテハ 之ヲ度外ニヲキ 學問ノ何物タルヲ辨セス
又士人以上ノ稀ニ學フ者モ動モスレハ 國家ノ爲ニスト唱ヘ
身ヲ立ルノ基タルヲ知ラスシテ 或ハ詞章記誦ノ末ニ趨リ
空理虚談ノ途ニ陷リ 其論高尚ニ似タリト雖トモ 之ヲ身ニ行ヒ
事ニ施スコト能ハサルモノ少カラス。
是即チ沿襲ノ習弊ニシテ 文明普ネカラス才藝ノ長セスシテ 貧乏破産喪家ノ徒多キ所以ナリ。
是故ニ 人タルモノハ 學ハスンハ有ヘカラス。
之ヲ學フニハ 宜シク其旨ヲ誤ルヘカラス
学ぶということは上流階級だけに必要だとか、学ぶ目的を正しく理解しないから
空理虚談に弄ぶようにもなる。
之ニ依テ今般文部省ニ於テ 學制ヲ定メ 追々敎則ヲモ改正シ 布告ニ及フヘキニツキ
自今以後一般ノ人民 華士族卒農工商及婦女子
必ス邑ニ不學ノ戸ナク
家ニ不學ノ人ナカラシメン事ヲ期ス
人ノ父兄タル者 宜シク此意ヲ體認シ 其愛育ノ情ヲ厚クシ 其子弟ヲシテ
必ス學ニ從事セシメサルヘカラサルモノナリ。
村に不学の家なく
家に不学の人なし・・・という名句の出典はここにある。
高上ノ學ニ至テハ 其人ノ材能ニ任カスト雖トモ
幼童ノ子弟ハ男女ノ別ナク小學ニ從事セシメサルモノハ其父兄ノ越度タルヘキ事
但從來沿襲ノ弊學問ハ士人以上ノ事トシ 國家ノ爲ニスト唱フルヲ以テ
學費及其衣食ノ用ニ至ル迄 多ク官ニ依頼シ之ヲ給スルニ非サレハ
學ハサル事ト思ヒ 一生ヲ自棄スルモノ少カラス
是皆惑ヘルノ甚シキモノナリ。
自今以後此等ノ弊ヲ改メ 一般ノ人民他事ヲ抛チ 自ラ奮テ 必ス學ニ從事セシムヘキ樣
心得ヘキ事右之通被仰出候
條地方官ニ於テ 邊隅小民ニ至ル迄 不洩樣便宜解譯ヲ加ヘ 精細申諭文部省規則ニ隨ヒ
學問普及致候樣方法ヲ設可施行事
もっとも財政逼迫な大日本国のこと
無償教育なんか期待するな!
自分への投資は自己負担と釘を差すことも忘れない(笑)
教育こそ最強の治安対策であり、最大の社会政策だと信じて疑わないし
人材以外に資源のない国家の取るべき最高の道は決まっている。
不学の故に道を誤り悲惨な人生な送る輩に手を差し伸べるよりも、
前途有為な人材にオカネをの使う方のほうが相対的に好ましい。
生活保護受給者も前科者も「今後の社会復帰」が必要だとも観点においては
大差はない。
社会復帰に必要なのものも「教育」と就労環境整備費
身障者雇用については法定雇用率が定められている。
その論法を準用してもいいし、補助金を出していいし・・・
無碍に切り捨てないことです。これも治安対策なのです。
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