井沢元彦氏の著作を拾い読みしていますと、
かの「坂の上の雲 第七巻」に、原作者は斯様に書いているそうだ(記憶にはないが、その指摘には激しく同意する)
日本においては新聞は必ずしも叡智と良心を代表しない
むしろ流行を代表するものであり.....
司馬遼太郎さんはサンケイの記者だったはずだ。
身内にここまで批判されても恥ずかしくはないのかなあ。それはいまがそうだということではなく50年前でも。
さらにこの文章の割愛した部分では、「戦勝を煽り、煽られた国民から逆に煽られ、、、、」
パブリックセンシティブに迎合すればメディアはそうなる。あるいは権力に阿るともそうなる
当時は新聞発行は規制業種だった。
かといってもねえ、、、矜持ってなかったのっていいたいが、煽った読者を更に煽れば発行部数はさらに増えるし、、、はやい話が売文ビジネスなんだというのが結論。
東スポさんみたいにイエロージャーナリズムなんだと開き直ってくれると、それはそれで納得もしますが、社会の木鐸だなんていわれますと、、、確かに昔は社会全体の平均からすれば記者はインテリだったが、、、
であれば、ノブレスとしての社会的責任もありますよねえ。
これらの記述は日露戦争講和に関する部分ですが、当時も今もあんまりかわらないんじゃないの?ってことはさておき、、、
講和条約の内容に不満をもつ民衆の抗議が騒乱事件にまで発展した。いわゆる「日比谷焼き討ち事件」
臥薪嘗胆、辛苦に耐えた割に「獲物」が少なかった不満が爆発したわけですが、油を撒いたのはメディア。
負けなかったから良しとしようなんて良識ある論調の新聞社はとんでもない目に遭ったらしい。
普通に考えて、適切な情報が与えられないままアジられた愚昧な民衆の軽挙妄動にしか見えないのですが、講学上の評価は「大正デモクラシー」につながる民衆の政治意識の高揚だと、、、多分レフト系史家の評価なんだろう。
仮にそれが正しいとすれば、大正デモクラシーはその程度のものだったということだ。
これはこれで大いに納得(^^)
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