余りにも有名な「キャッチコピー」ですが、誤った使われ方をしている場合も多い。つまりカールマルクスの原典を読まずして気の利いた警句としてお手軽に引用されている
お手軽のなにが悪い?!って思うアタシですから、お手軽に極私的解説をします。
反宗教主義は宗教の始まりと同じくらい古そうですからマルクスが世界初の言い出しっぺではないと思うが、なんせ影響力の巨人でしたから彼の箴言たるや神の声にも等しかった。「マルクスがこう言った」というだけで誰もが無批判的に受け入れた時代が長かったという事であり、まだその呪縛下にあるのがこの言葉。
まさに宗教は麻薬です。しかし麻薬って毒でもあり薬でも有るのです。
マルクスはこう言った。(序文を正確に引用)
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宗教的な惨状は、現実的な惨状の表現に、そして現実的な惨状に対する抗議に存在する。
宗教は窮迫した生き物のうめき声であり、それは精神なき状態の精神であるように、無情な世界の心情である。それは国民の阿片である。
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哲学者ベルグソンはノーベル文学賞の榮に輝いていますが、マルクスもかなりな美文家です。時代が時代ならば、、、可能性は多いにあります。
他に頼りになり生き甲斐になるものがあり生きる望みが有れば、誰も怪しげな宗教なんかにはのめり込まない。怪しげな宗教であっても青酸カリとは違う。一時的なまやかしの癒しで救われたような事例もある(斯様な幻想だけをもって肯定的な釈明をしたことにはならないが、、、)
さらに彼はこう言いました。
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国民の幻覚の幸福としての宗教の廃止は国民の現実的な幸福の要求である。
国民の状態に関して幻覚を捨てるよう要求することは、幻覚を必要とする状態をやめるよう要求することである。
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マルクスは宗教批判を延々と論じた訳ではない。
淫祠邪教にのめり込んでいること即ち社会へのプロテストである。従って宗教批判は全ての批判の前提であり「天の批判は地上の批判に、宗教の批判は法の批判に、神学の批判は政治の批判」に止揚されるべきだというのが結論で、けだしマルクスらしい。
かの反日似非宗教団体叩き....解散命令とかは必要だが、十分ではないということだし、被害者救済も叫ばれるが視座はかなり違います。
気になり少し調べるにオウム真理教の後継団体ですが、さすがに宗教法人として認証は受けていないにもかかわらず信者と言われる数は増えて続けているらしい。
あんだけ世間を震撼させても、喉元過ぎれば、、、って事
だし、若い世代では一連のオウム真理教事件すら知らないようだ。
繰り返ししょっ引かれる田代や田中を単純に嘲るのは簡単だが「麻薬」に溺れるとはそういうものなんだ。
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