2026年2月28日土曜日

桃源郷

 



この世の天国みたいなイメージだが、、、そんなによいものかなあ?
爛漫と咲く桃は一瞬。人為的だが桜より儚い。桃の花が開花すれば早く摘まないと、桃の実の出来映えが悪くなる。単に花だけ愛でるのならば、、、そんなことはこの商業主義の中では許されない。

中華では、単に桃の花だけを愛でる桃花園があったのかなあ?よく分からない

なんにしても、華人がこよなく愛した桃花。

中華趣味は万葉集から平安初期まで蔓延し、、、いつかアホらしくなったのか、勅撰集の時代にはほぼ歌材としては忘れられた。


冒頭の和歌は畢生の名作だし、艶麗無比とはこの和歌のためにあるような形容。

しかし、感性は人それぞれ。

アタシは素直に陽光の情景を愛でたが、隠微なロリコン趣味的解釈をする向きもアリマして、、、解釈は多様でもいいが、ハッキリ言えばその品性下劣さに、、、




寒村陋屋界隈は、ブランドの桃の産地

ブランド振興も兼ねてのハーフマラソン大会が毎年開催され参加者多数は慶賀の至り。

桃源郷マラソンと銘打つが、桃ばたけを走り抜けるのは全体からすればさほどの距離でもない。

羊頭狗肉とまでは言わないが、出来ることならば改めてタイムを競わずにゆっくりとこのコースを散策して欲しい。

陶淵明の桃花源記のイメージからすれば、かなり劣るかも知れないが、、、陽春を楽しむ縁しにはなります。



2026年2月26日木曜日

受賞式を前に

 


むろん、アメリカの話

日本ナントカは、、、「国宝」の一本被りがいまから眼に見えますし、プライズとしての成熟度がまだまだ、、、、特段世界に冠たる映画賞にしようなんて意思もみえないし、だから話題にはしません。


さて、目一杯の十作品がノミネートされています。

うち五本は観てますが、後は劇場未公開あるいは波長が合いそうもないから最初から断念

しかし、ノミネートされる作品群が様変わりしました。かつては、なんでもかんでもトマトケチャップぶっかけのアメリカンテイストが、、、なんか気取った多様性まみれ。


懐かしい味わいは「F1」くらいかな?

できれば、昔ながらの味わいに新しいテイストを加えた作品が選ばれると嬉しいが、やはり、一押しは、、、、


ところで、今年は第98回

もう少しで百回ですから、いまから記念イベントを思案中だろうなあ

オールタイムベストなんかを過去の作品賞作品から選ぶとか、、、「何を選ぶか?よりもどう選ぶか?」を考えるのがたのしい。




さすがに全ては鑑賞してません。

太古の作品は、観る機会も意欲もないし、知ってはいますが、食指が昔も今もすすまない作品ってやはりあります。

素直に選べば、リバイバル上映されるような作品ばかりになり、面白くもなんともない。

逆に、選ばなかった不明を恥じて、受賞作品以外から選ぶとか、、、、(^^)



恐怖の大天使

 




ブラックぺアン(海堂尊作品)
ミカエルの鼓動(柚月裕子作品)

作品テーマとして手術ロボットがある意味で主人公です。
手術は外科医のメスの切れ味に依存しますから、卓越した技量は神の手とか手術室の悪魔やら、、、雅称とも畏怖的表現に事欠かない。

よくは知りませんが、手術ロボットはあくまで支援であり操作はヒトザルである医師が行うらしい
自動運転レベルに例えればレベル2とか3程度なのかしら?


小説的には経験の少ない外科医でも高度な手術がこなせるし、遠隔操作が理論的に可能と言われるが、、、絶海の孤島の患者に東京からネットワークを介して高度な心臓外科手術を行うってドラマティックだが、トラブルが発生したらどうするんだろう。


極私的な興味からすれば、そのメディカルロボットなる商品のネーミング。
世界最初のロボットの商品名はダヴィンチ(米製)
由来は言わずとも分かりますが、国産ロボットは火の鳥。外来製よりも安価で小回りが効くのがウリらしいが、ネーミング意図がよく分からない。
この辺りをそのままドラマ設定に使ったのがブラックぺアンに登場する「ダーウィンとカエサル」というロボット

一方で柚月版では、ミカエルという名称のロボットが登場します。
数ある天使の中では最上位をしめるのが大天使聖ミカエル。 
ミカエルの双子の弟はルシフェル(サタンの別名)
ルシフェルはミカエルと並ぶ神の使者であったが、傲慢で下剋上を企てたとして天界から追放されたとされる。同じ血が流れている兄弟、、、ということからして作者の意図あるいは暗喩を感じ取ることは難しくない。

よくある事ですが、神と悪魔はコインの裏表

2026年2月25日水曜日

スワンの日

 



さる22日はネコの日ですが、、、「禁煙の日」でもあります。
何故に「22」かというと、、、吸わん(スワン)から。
WHOは世界禁煙日を別に定めているが、知名度が低くいことは同じようなもの


喫煙習慣がさまざまな健康被害をもたらすはずだが、頑固なまでに禁煙や絶煙に背を向ける輩がいます。そういう手合はやっぱりアタマが悪いのだろうか?



なんとも「大仰」なことよって(^^)

喫煙とIQの相関がそんなに高いのかしら?


喫煙率が傾向的に下がっている事は事実だが、全体的に日本人が賢くなったようには見えない。
煙草一本で14分(5分という説もある)寿命が短くなるらしいし、非喫煙者の方が男女とも受胎能力が高いと言われる。

ならば、受胎可能世代には禁煙奨励をし、そうでなくなった高齢世代には逆に喫煙勧奨、、、、さすがにそこまでの暴論は聞き及ばない。


2026年2月24日火曜日

センチメンタルバリュー

 



確かに素晴らしいとは思いますよ
ベストでなくても、ベストテンランキングには確実な指定席
しかし、あまりにも極私的であり過度の感情移入には、我が身を隠避したくなるって批評家感情もありえますから、今時点で断定するわけには(^^)



センチメンタルバリュー



直訳が難しいが「極私的(優れて個人的)な愛着」って語感かなあ?


ノルディック映画です。

三代(四代かな?)にわたる家族の静かな葛藤の物語なんですが、知的職業一家なもんで話がキャベツ(^^)

主人公の映像作家は久方ぶりの新作映画(家族のものがたりのようです)のヒロインに舞台女優の長女をオファーするが、、、にべもなく

娘二人、とりわけ長女は父親に負わされた古傷からまだ癒えていない。


なんだかんだと、山場がないように見える展開ながらドラマティックなストーリーは進展し、、、


途中から、アレレ?こんなシーンはありえないだろうって思えば、それは主人公が監督する映画のシーンだった(長女は予定調和的に出演しました)

入れ子構造で、フィクションとノンフィクションを混ぜご飯にするのは映画の普通の技法なんですが、そこまで虚実を判然とさせないのは、、、その職人芸には微苦笑するしかないというか、脱帽最敬礼


珍しいくらい、家族三人に扮した役者がみなさん輝いています。

実に素晴らしい。

カンヌでグランプリ(これは凄いことなんだが金メダルじゃない)

さらに、オスカー作品賞ノミネート

昨今のアカデミー賞は、何でもかんでもトマトケチャップをかけるような味わいを脱却しましたから、カンヌ的に好まれるテイストが選ばれるかも?

それはそれで、映画賞の多様なジャッジの均質化になり、あまり感心はしない。


2026年2月23日月曜日

藤原高子作

 



気取った修辞な名題ですが、語感からして漢風文化時代の和歌です。


雪の内に
春は来にけり
鶯の凍れる涙 けふや溶くらん


作者は、二条の后(藤原高子)
清和天皇の奥様にして御子息は陽成天皇。「国母」として絶頂をきわめたのだが、浮き沈みが激しいこと比類なく、、、

業平との駆け落ち騒動(伊勢物語の芥川の段の逸話)
陽成帝は殺人の咎(多分事実)で退位

二条の后系の皇子達は帝位継承から放逐
供奉僧との不倫(多分冤罪)で称号剥奪宮中追放
死後四半世紀を経てやっと名誉回復

この和歌(八代集にたった一首の后さまの収録歌)はきたるべき春を讃える一連の和歌の並びの一首ながら、春怨とか春呪の雰囲気すら漂う。

古今集編纂時は、彼女の名誉はまだ回復されておらず、その時期に「もうすぐアタシってカムバックしてやるから、いつまでもめそめそしないの」なんて裏読みが出来る和歌を勅撰集巻頭の四番目に押し込むなんて、、、普通なら「読人不知」にするところを実名とは貫之はかなりな度胸というよりも確信犯



平安期の和風文化の底流には反体制の伏流が流れており、古今集自体が「反藤原」が隠れた編纂意図だと、、、喝破される先生もおられます。
この和歌の出来栄えはさほどとも言い難いが、背景理解だけに支えられている。

2026年2月22日日曜日

教場

 


まずもって当たり外れがないのは「バックステージもの」

ついて、、、、学園青春ドラマ系かしら?


警察小説に「教場」なる作品がある。
この分野での新基軸だと思いますが、あまり追随する向きはない。
木村拓哉が主人公の神奈川県警察学校の鬼教官を演じるのですが、なかなか様になっていると思います。
この小説の映像版ですが、ジャンルとしては「学園青春ドラマ」だ。つまりある種の教養小説ですし、先々ブレイクするかもしれない若手をジュッパヒトカラゲに登用できる「旨味」もある。

アタシにはほぼ全員の顔と名前が一致しない(^^)


しかし、テレビと映画の相乗効果狙いは珍しくはないが、先ずテレビ版があり、その続編が動画配信サイトにオンエアーされ、、、満を辞しての第三作が劇場公開。

興収は木村拓哉の番宣努力やらで期待出来そうだが、、、、この「三部作」を時系列的に見ていないと人物関係やストーリーの細部がよく分からない(別に分からなくてもさほど支障はないのですが)ところが、隔靴掻痒。

なんせ、アタシはTVは見ないし、Netflixとは視聴契約をしていない。



公開初日の一番最初の上映の観客動員をみるに、、、観客の多くは、そこまでの細部に拘らないようです。



エンドロールを見落としたかもしれないが、製作協力に「神奈川県警本部」の名前がなかった。

警察当局の協力がなくても製作に支障はないから協力要請をしなかったのか、あるいは気に入らないシーンや台詞があったからか?

絶対に後者だ!




2026年2月21日土曜日

名台詞の宝庫

 



ラブロマンスの極致の名作ですが、露骨なまでのプロバガンダ映画でもあります。
製作過程では完成シナリオが出来上がっておらず、手探りその場当たり的に撮影が進められ、ボガードもバーグマンも何を演じているのか皆目わからない。
43年(44年かな?)のオスカー作品ですが、戦時中だからプロバガンダの一環も後押ししたのだろう。


後年、バーグマンが始めてフルに鑑賞して・・・・曰く「こんな素晴らしい映画だったの!?」

名台詞の宝庫といわれる部分には、激しく同意しますが、映画自体はそれほどでもない。

しかし、映画の持つ「娯楽性・大衆性・感情移入性」なんかに重きを置けば、やはり素晴らしいのです。


"Here's looking at you, kid."


"Louis, I think this is the beginning of a beautiful friendship."


"Play it, Sam. Play 'As Time Goes By."


"Round up the usual suspects."


"We'll always have Paris."


"Of all the gin joints in all the towns in all the world, she walks into mine."


映画史上の名台詞といえば、なんとベスト百位までにこんだけも入ってしまう。
このランキング自体、アメリカンとの感性の違いをまず感じてしまうのだが、、、



君の瞳に乾杯!って字幕を見れば、なかなかの名超訳だと思います
単に「友情」の始まりっていうんじゃなくて、アタシなら「腐れ縁」と訳したくなる
一般には play it again sam だと・・・・思っていたが記憶違いのようです
次はよくわかりません・・・・
巴里・・・云々はいい台詞です。

すがりつくいいオンナをつき放つように別れる時には最高の台詞だが、決して残酷ではない。
最後もいい台詞ですって酒飲みはそう思う。



追記


カバー写真の映画シーンでのバーの経営者リックと若いオンナのやりとり(オンナの台詞は字幕版で)


昨日来てくれなかったのね

That’s so long ago,I don’t remember.


明日は逢ってくれる?

I never make plans that far ahead.


字幕は対句的な洒落た表現だが、、、オリジナルの英語は即物的だ

別に面白くもなんともないなあ

2026年2月20日金曜日

宗教法人税制

 歴史的にも人格的にも偉大な方々が、宗教者の中に数多おられることは承知しているが、、、別に優遇税制があったから、生まれた訳でも無かろう




明治初期の攘夷に端を発した王政復古論は、とんでもない熱病を蔓延させ、あまたの宗教遺産を灰燼に帰して 、あるいは海外に流出させてしまった。
そんなことより、情けないのは宗教弾圧(廃仏毀釈)に対して宗教者の矜持にかけて信仰心を全うしなかった僧侶たち。
唯々諾々と還俗し、あるいは神職に衣替えし恥じ入ることを知らない。
中には仏の教えに殉じた宗教者もいたかもしれないが、歴史の遠景でしかない。
嵐が収まれば、またぞろ坊主稼業の再開となれば、そりゃ檀家の信頼を得ることはできっこない。
それが現在にまで至り・・・憲法上の「信教の自由」を隠れ蓑に宗教ビジネスを家業的に展開する存在でしかないって、言葉が過ぎるかな?

しかし、正直にいって、信仰ではなくシノギ。

だっから「信教の自由」なんて、、、なんとも大袈裟な。西洋のキリスト教徒とは流した血の量がまるで違うのです。



宗教法人税制改正が唐突に浮上した。

野党となった某党はカラダを張って反対するし、かの戦闘的な京都仏教会は、観光税反対の時みたいに拝観拒否なんてやるんだろう。

多分、税制改革はうまくいかないだろう

だって「かまえ」が小さいから、適当に妥協するしかなく、それじゃなんにも残らない。


税制の基本は「簡素、公平、中立」と加えて「透明」

このプリンシプルに違背する税制は、悉く問題があると、、、大上段に(^^)



to be continued 



2026年2月19日木曜日

オリンピックあれこれ

 


四年ごとの俄かウインタースポーツファンにすぎないが、健闘するさまや日章旗掲揚の栄に浴することは、素直に喜ばしいし、慶賀の至り


今回の冬季五輪は、参加選手の男女比率は概ね五分五分になり、ジェンダーフリーが実現した、、、とかなんとかIOCは胸を張るが、、、、それも「慶賀」かなあ?

選手以外の参加者(役員なんだかと)は、男性の方が遥かに多そうだし、競技の中身を細分化し無理やり女性参加種目をつくるのは五輪の肥大化の弊害もある

そもそも、クラシックグリースのオリンピックは男性のみのスポーツ大会だったし、中近世においても、戦争とスポーツは男性貴族の専有物だったというのは、、、、実はウソなんですがね(少なくとも前者には誤解がある)


オリンピックは元来は主神ゼウスに捧げる神事である。ゼウスはオンナ好きの割に恐妻家でヘラにアタマが上がらない、、、なんて文脈で考えれば、ヘラに捧げるスポーツ大会があって然るべきだし、それは女性だけの競技大会であり「ヘライア祭」と言われた。


参加人数だけでジェンダーフリーのメルクマールにするのは、帝国陸軍の悪しき「員数主義」と変わるところがない。


個人種目に加えて、、、


男子団体

女子団体

混合団体、、、なんてやらなくても

冬季のマイナー競技はいくらである。例えば


アイスクライミング(冬のボルタリング)

アイスバレーボール(ビーチではなく雪上)

スノーフラッグ(ビーチじゃなくて)

あとは、、、雪かきとか雪合戦


別に面白がっている訳ではなく、それなりの遠謀があっての発言です。






2026年2月18日水曜日

極私的、、、、版

 


毎年恒例の「田辺弁慶映画祭」つながりのメンバーたち(ざっと50名くらい)によるたわいないお遊びの結果が纏まりました。


以下が結果の概観


それぞれがベストテンを選ぶのですが、延べ160本の作品がテイクノートされています。
アタシの場合その半分は観ていなし、その中で半数はたった一人の選者の投票だし、それがまた結構高評価なの。価値観は実に多様だということだ。


多くの選者から選ばれ高く評価されるのがベストテン候補者になるのですが、委細は貼り付け画像の通り。

7位迄は10名以上の選者の支持を集めていますが、アタシの「推し」は三本しかないので、アタシってかなりなマイノリティです、しかし視座を変えれば選んだだろう(なんで外したのかなあ?)って作品もかなりあります。

しかし、「国宝」は選ばないし「サブスタンス」のグロテスキズムは嫌いだ。


そうそう、興収ダントツのアニメは、たった一人がベストワンの評価でした。



2026年2月17日火曜日

クライム101

 




タイトルに予備知識がなくて、、、数字は国道◯◯号みたいなもの。横断道路は偶数、縦断道路は奇数らしい。
かつて「ルート66」という大人気なテレビドラマがあったし、101(ワシントン州からカリフォルニア州までの国道)なるテレビドラマ同じように喝采を浴びたことがある(日本では放送されなかった)

けだしアメリカンはクルマ社会だという事。


アタシはあろう事か、ワンちゃんが百一匹なんてことに条件反射(^^)


多少冗漫なクライムサスペンスですが、実力俳優を揃え込み入ったプロットでが、ストーリーが破綻した訳でもない。

原作者は犯罪小説の大家です。

カバー写真の俳優さん達は、立場はそれぞれ違うのですが、故あって一千万ドル強の宝石の強奪に絡み合うのです。

以外に、モニカバルバラ(あのトップガンのフェニックス)も然るべき役割で登場するのですが、犯罪とは無縁ですから、可哀想にポスターからは割愛されました。



予定調和的なエンディング

それぞれに相応しい「報酬」をえたようです。

しかし、獲物は「ラフカットダイヤ」

取り扱う宝石商は限定的なはずだから、換金するのは大変じゃないかなあ

2026年2月16日月曜日

忘れられたい

 



ヒトザルの歴史は権利の種類の膨張と義務の喪失らしい。

新しい権利の類型は「忘れられる権利」とやらまで生んでしまい、欧州発のエキセントリックな思想だけがスタンダードになるのは如何なものか?
誰が焚きつけたのか、つまらんと言えば物議をかますし、本人の気持ちも分からんでもないが、、、訴訟提起を行い最高裁まで。
最終的に敗訴し、騒がなければ余計な詮索をされずに済んだかも(事案としては、過去の児童買春の事実をネット空間から抹消して欲しい、、、というムシのいい要求)

控訴審では「忘れられる権利」は権利とまでは言えないと断じましたが、最高裁はその点については口をつぐんだ、、、というか「プライバシー保護と表現の自由」の利益均衡判断を行うという通念的な立場に立ったということ(平成の終わり頃の判決)


アタシなら「忘れさせる義務」を判決要旨の傍論で本論以上にチカラ入れて書きます(^^)

ビジネス文書管理に詳しいと当然の事と理解できるはずですが、文書作成責任の最後は「廃棄責任」である。言い換えれば「廃棄基準の明示」
議論すべきは、新しい権利の類型を認める事でなく、サイバー空間の整理整頓の義務なり廃棄のルール作りである。

理屈は簡単で(不特定多数なのでシンプルにつくるしかない)

1)サイト運営事業者は格納或いは掲示される情報の合理的な保存年限を使用許諾同意条項に定める
2)利用者はデフォルトの保存期間に関わらず合理的な期間に限り延長または短縮できる。
3)延長回数に制限を設ける

言ってみればサンセット法だということ。
情報武装化も一定の水準になれば情報の削除にまで視野が及ぶとされますから、斯様な議論が出来るようになれば多少は進歩したという証です。

2026年2月14日土曜日

闇堕ちした守護神

 




普通は、ヒマワリのバッジをつけた専門家の事を言います。
ジンケンハと似たところがあり・・・依頼人の利益を守るためにはなんでもありな職業モラルは同じだし、その手練手管の非常識なまでのあざとさも似てます。

刑務所に行かずに済むあるいははやく出してくれるように汗かいてくれるコンサルタントは有難いだろうが、もっと重要なのは「カネメ」だ 


いつまで国税庁はお目こぼしをするつもりかね?
徴税権力の怖さは一般的には無類なんですが、何故か893、同和、宗教法人には甘い(らしい)
893税務って、一風変わった建てつけ・・・と言うか元来網掛けをするつもりも無かったようです。

任意団体の扱いですから、特段課税対象となる収益事業を行なっていないことになっている。
実際はあるはずだが、CODですから極めて補足が難しい・・・と言うのが行政の言い訳(実際は報復を恐れているだけとも言われますが)
法人登記が出来なくとも、法人格なき社団法人ですから、子供会やPTAみたいに会費を集めることはあってもいい。上納金と言えば分かりやすいが趣旨は運営経費だから、収入ではないとされる。
どんな組織でもおこずかい帳くらいはあるだろうから、克明に調べれば、親分の収入であり、豪邸、高級車なんかに化けているのは明白で課税回避していることはすぐにわかるはずだが・・・・上記のような事になる。

昨今は、多少腕力を振るい出したから、ソロソロ守護神は「会計士」にバトンタッチかも知れない。
昨今は、どうしようもないハコ企業に無限定の監査証明を出す事を生業とするCPAまでがいます。

闇堕ちした専門家ほど手に負えないものはない。


注記

CPA資格者は自動的に税理士業務資格を付与されたが、最近ルール改正があり、一定の研修を受講する必要がある。受講する以上終了試験もあるが、難易度まではわかりません

テロリズム

 



フランス革命のジャコバン党による「恐怖政治」に由来する「テロリズム」

--
政治上その他の主義主張に基づき、
国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で
人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。
--

特定秘密保護法第12条記載のテロリズムの定義はこうなっている(他に定義らしい条文は見当たらない)

誤解しやすい法律用語である「又は・若しくは」が何度も使われていますが、その違いをサルでもわかるように説明・・・ってこれは難しい

単純に言えば「大きくくくるか、小さくくくるか」の違いであり、数式で言えば、中括弧{ }が「又は」であり、小括弧( )が「若しくは」である。

複雑な説明が必要ならば以下の通り(意味不明なままの引用だから読み飛ばしてください)

選択的に並列される事柄がお互いに単層的かつ並列的な関係に立つ場合は「又は」
選択的接続が二層構造となっている場合
含まれる側の接続に「若しくは」を使用し、含む側の接続「又は」を使用する。


以上の知見を元に「テロリズム」を解釈すれば・・・

まず一定の「背景」が必要です。それが無ければ単なる刑法犯罪
そして「目的」があり、ここの部分の解釈がキモ
「A若しくはB 又は C若しくはD」という構造ですから、テロリズムの目的は大きく言えば「ふたつ」あるってこと。

1)自分の主義主張を意に反してでも服從させること
2)社会不安あるいは恐怖心を醸成すること

その目的実現のための「二種類の活動」を行います。

1)殺傷すること
2)物を破壊すること

言ってみれば、殺人、傷害、器物破損(含む放火)・・・多くの刑法上の重犯罪が該当しますが、
単なる刑法犯として処罰されるか社会的にもテロリストとして断罪されるかは、この定義の該当性如何ということになります。
接続詞の使い方を誤解して解釈なんかしちゃうと・・・・それって広義の「冤罪」ですよね。



さる一月に一審判決。被告側(被告自身よりも被告代理人の思惑かも?)が量刑不当を理由に二月始めに控訴。

一審判断には特段のコメントはなく、社会的な反応にゲンナリしただけ(況やコンスピラシーには与しない)


苟もひと一人が殺された訳であり、一般的に哀悼の念があって然るべきだ。冷やかに対応するのはひとの道に反するし、たまたまの地位や職歴に鑑みて「テロルの犠牲者」のように悲劇仕立てな殉教者に擬するのもいかがなものか。政治家の不慮の死は全てテロリズムの結果ではないし、戦前の宰相殺傷事件や浅沼社会党委員長刺殺事件とは一線を画します。


2026年2月13日金曜日

東風吹かば

 



おもひおこす、、、のが梅の花と長らく間違って覚えていたのは赤面の至り。
和歌集により多少の異同はあるが「匂いおこす」ものらしい。
京の都から薫風が吹けば、都の旧宅の梅の花よ
幽閉された西方まで香りを運んでおくれって、、、切なくて和歌らしい。
でも「思い起こす」のも悪くはないが、、、
まあ、過ちはそそくさと改めて、枕はこれくらい。


謡曲「老松」の舞台は太宰府。

ここに紅梅殿なる御神木登場
飛梅伝説に名高い梅の古木って触れこみなんだが
太宰府には白梅も紅梅も入り乱れているが、飛梅は「白梅」のはずだ。

太宰府の飛梅は樹齢千年らしいが、この手の話は大抵サバ読み

道真公の頃は中華趣味で梅は紅であったことは確実だし、清少納言だって「濃きも薄きも紅梅」とかいてますし、源氏に登場する柏木の弟も、紅梅大臣

王朝美学は紅梅に限る

かかるが故に、、、この謡曲の出来た室町期は紅梅であった可能性がたかい。
しかし、江戸時代には王朝美学も忘れ去られ、誰がが和趣味の白梅にすり替えたのでしょうが、迷惑なことをしたものです。

2026年2月12日木曜日

ブルーミングナイトウォーキング

 


うめ狩(さくら狩やもみじ狩あるんだから、この言葉だって)、、、あるにはあるが趣旨がちがうし、昨今は、さくら狩とは言わずに花見という。もみじ狩だけしぶとく生き残り、さすがにもみじ見やうめ見は聞き及ばない。


以下は、彬子女王殿下のエセーを眺め読みながら(というと不敬だが)の戯言です。


花見とさくら狩は似て非なるもの。

人工的なアトラクションらしい桜木群の花を愉しむのが花見であり、奥山を踏み分けた先の自生さくらに遭遇するのがさくら狩。

したがって、もみじ林は無くはないが(修善寺にはあります)稀であり、言葉としてはもみじ狩りが定着している。


一方で、うめ狩というと、いちご狩りみたいにお目当ては花でなく実。苺や蜜柑はテイクアウトもイートインも出来ますが、梅はねえ、、、、(^^)

それに、なんといっても、梅は「薫」

あちこちの梅林では、ブルーミングナイトウォークが楽しめるようですが、過分なライトアップが煩わしい。暗闇のなかの芳しい梅香を愛でるのが王朝美學。


躬恒作。

古今集収録和歌が有名だが、その別バージョン

アタシはこっちが好き

花より団子、、、じゃなくて薫りだって




月夜には

それとも見えず梅の花

色こそ見えね香やは隠るる




2026年2月11日水曜日

ロボット

 



ロボット掃除機の世界もメイドインチャイナが席巻。安かろう悪かろうって気もするが、他に選択肢がなく、アマゾンで見繕った。


なんせ、寒村陋屋は和風で無駄にだだっ広くて調度は最低限しか置いてませんから、水拭き機能のないロボット掃除機が大活躍します。

乾拭き機能があればいいのだが、、、これは断念せざるを得ない


しかし、、、昨今の家電品はインターネットオブエブリシングだ!

情報通信環境がないと話にならない。苦心惨憺の末、、、とまではいかず比較的スイスイと設定完了。


とりあえず、機嫌良く働いてくれてます。

これが、ニ代目なんですが、劇的に安くてスマートになりましたが、、、スマホの環境下での作動

またまた、同じ籠のなかに卵を入れてしまう結果になってしまった(^^)



2026年2月10日火曜日

へそ曲がりなランキング

 







選者と選考システムで多様に変動するのが採点競技。年間映画ベストテンもまた然り。

だから、あれこれ結果を論評してもしょうがないが、、、

元来がヒネコビタ「映画芸術」なる傾向的な専門誌のランキングが物議の的。かなり的外れな批難なんですから、その辺りを(^^)


批難の矛先は「国宝」が無視された事。

でも、アタシの極私的ベストテンでもシカトしてますし、別に「興行成績ベストテン」を選んでいる訳じゃない。アタシだって、ワーストテンの作品群の方をたくさんみています。


このベストテンの選考システムはユニークで、ベストテンとワーストテンの得票差で決まるある種の「オストラシズム」を採用しています。

タレントの人気ランキングと不人気ランキングが似たような結果になる事はよく知られていますから、

旅の日々(キネ旬のベストワン)

宝島

なんかは、両方に顔を出し、、、ある意味で「秀作」の証明(宝島は未見です)とも言えます。


このベストテンが一番不味いのは、編集者の荒井氏の作品が過去二回ベストワンとなったこと。

明らかな利益相反だとおもうのだが、そんな批判は誰もしない。

そもそも映画賞の選考って、仲間内のお遊びだって事で、メクジラを立てるような代物ではない。

歴史に残るような作品を選んでいる訳でもなく、オールタイムベストな作品のある部分は、アカデミー賞にかすりもしない。



2026年2月9日月曜日

勝負の決着

 


あの年のNFLのスーパーボウルは稀に見る劇的な試合だった。

もっとも4Q前半までは凡庸で、アトランタのワンサイドゲームが、何がどうなったのか?残り三分のウルトラマン(笑)
TDに2Pコンバージョンを連発し、タイムアップ寸前に同点、OTとなった。
過去半世紀の歴史に例がなく、なんとも珍妙なルールが初めて適用されたらしい。


延長戦の決着方法は優れて文化人類学的である。
良き時代のラグビーは「ノーサイド」の思想があり、引き分けしかない(もっとも試合が引き分けでも、トーナメントを勝ち上がるチームは籤引きで決まる)
一方で、決着がつくまで無制限という考え方もある。
基本はどちらかしかないが、スポーツの取り巻く環境変化(スポンサーの都合)から、短時間に勝負をつける方法が大勢を占めてきた。

さて優れて戦略的でショーアップされたNFLのオーバータイムルールは、実に面白い。
細部がよく分からないのですが、得点差とサドンデスの併用みたい。


最初のオフェンスでTDが決まれば勝負あり(たいていはパントに終わりますから守備側の攻撃権も担保されます)
FG或いは無得点ならば、攻守交代。
守備側の攻撃でTDなら文句なく勝ち(0対6あるいは3対6で勝ちです)
FGに対してFGならば同点ですから再度攻守交代
無得点に対してはFGで勝ちだが、無得点なら再々度攻守交代
15分たっても決着がつかなければエンドが代わり・・・


決着は必ずつける
しかし、あまり時間はかけない
どうせなら「劇的」な得点で!


なんともアメリカンらしい発想です
因みに、史上初のスーパーボウルのOTは、四分足らずのランによるTDで決まりました。

籤引き

 籤に未来なり運命を委ねるという事は、、、

偶然という科学的にいえば確率あるいは思考停止におちいるという事だが、いまひとつは、神慮に任せるという事だ。

神仏(超自然現象)を信じないのであれば、偶然を期待するような真似は理性的であるべき近代人のやるべき事ではない。

宗教心の程度はともかくも、ある程度不可知な存在や科学で証明可能で無いものを信じているならば、人智以上である神意にすがるのは間違いとも言い切れないのだ。


よう分からん候補者から訳の分からん政見を聴いて選ぶよりも「神意」にまかすって選挙方法だってありえます。全員を籤引きとはあんまりですがね、、、





アタシって籤運が悪くって、、、、と嘆くならば、先ずもって神意の尋ね方が間違っている

根拠なり結果を保証するものではないが、正しいとされるやり方を教えましょう。

何事も礼法は大事。


....

神意を問いたい当事者以外の複数人の立ち会いが必要である。

立会人Aが籤をつくり続飯(米粒からつくる糊)で封印をする。

次に立会人Bがそれらの籤を封緘する。西洋ならばシーリングワックスで蝋印するんだろうが、倭国ならば花押が良い

さらに立会人Cが神意を問うに相応しい神社の神前に出向き籤を並べて、、、なんか願文のようなものを唱え、籤をひとつだけ持ち帰る。

最後に一同立ち会いの上で、開封

.....


これがバカバカしいと思うならば、籤なんかやめることだ。



実は足利義教は籤引で室町幕府の六代目将軍に就任したが、その際の手順が上記。

この時は武家の棟梁を決めるに相応しい石清水八幡宮に出向いた。

世間では「籤将軍」と揶揄する向きもあったが(公職選挙法でも、最後の最後は抽選で当選を決める)本人は王権神授の将軍職と豪語し、万人恐怖の天魔王として君臨した。信長って義教の二番煎じのようなもので、二人とも部下の叛逆で横死した。

事績は二人とも似たようなものだが、どういう訳だが業績的には凌駕する筈の義教の評判は悪い。

しかし、評判の悪さは本人の不徳であり、神慮ではなかろう。




2026年2月8日日曜日

一騎紅塵妃子笑 無人知是荔枝来

 


唐代の詩人杜牧の有名な詩句だそうです(AIのいうほども有名かどうかは、、、?)
しかし、かの美姫が大好物だった事は知っている。



遥か長安から千数百キロの嶺南より紅塵を巻き上げ騎馬一頭が駆け上って来るのが見える

高楼から眺める楊貴妃は婉然と微笑む

一房の荔枝が運ばれて来る事を、民草は知らない、、、(のは大嘘!)



中華の皇帝の贅沢や浪費は度外れており、そのツケは全て民衆が支払うことになっている(ひと籠の果実の輸送にどんだけの費用がかかったのだ!)

好物が首尾よく届かないと、、、物流担当者の明日はない。なんせクール宅急便のない時代ですから上手くやり遂げれば栄達が待っているかもしれないハイリスクミドルリターンなミッション。


反日嫌日のカケラもないエンタメ。

善男善女で週末の小屋は満員札止は慶賀の至り

中共製にしては健全な娯楽映画ですが、

時代は、、、


ペルシャ系のデブオンナにおぼれた皇帝

楊国忠みたいな外戚の専横

安禄山みたいな節度使(軍閥)の跋扈

宦官の暗躍


な有様ですから、真面目にはやってられないって、権力批判が透けて見えます(この程度なら適度のガス抜きって判断なんでしょう)



2026年2月7日土曜日

明日は総選挙投票日

 




早稲田の橋本先生の著作(講談社現代新書)を読む。多岐な統計データの解釈(解説)本であり、アタシがかいつまんでサミングアップしてみてもいいのですが、、、気が滅入る内容ですから、お手軽に要約ポイントを




要点3の後段について論ずれば選挙運動紛いだし、リベラル派が真剣に汗をかいてきたならば、こんな惨状にはならなかったかも、、、、



世の中には必ず「ブルジョアとプロレタリア」が存在するし、どちらも必要な機能だ。
資本家だけ労働者だけでは世界は回らない。
問題は、世代間階級移動がそれなりに行われているかどうかである。それなりには行われてきたが、高度成長期終焉以降その移動が停滞し、階級の固定化が顕著だと著者はいいます。だから、若い世代はそれを皮膚感覚で感じ取り「親ガチャ」と諦観と卑下感をもって共感するのです。

バブル全盛期、フリーターと称する新しいワークスタイルを「手放しで」持ち上げた連中はその罪万死に値する。自由な働き方とは不安定な働き方であり、労働組合も労働法制もろくに守ってくれず、悲惨な労働条件に甘んじざるを得ない。結婚も出来ない子供も持てないとは生存の再生産すら許されない存在だと、、、これはマルクス・エンゲルスすら想像出来なかった事であり、それがアンダークラスとして無視出来ない規模となっている(更にそのアンダーにガストアルバイターが二百万人?もいます)

政治はアンダークラスを支援してるとは思い難い。少なくとも彼らの政治参加度は各階層で一番低いのだから、政治を見捨てた有権者に政治は冷たいことからして容易に想像できます。

それを「無慈悲」という勿れ。権利の上で惰眠を貪る者は保護されないのは、ローマ法以来のプリンシプル。

憲法をどうするか?防衛政策の有り様は?、、なんてはなしは甲論乙駁。口角泡を飛ばして議論すればいいが、格差の固定化が持続可能な社会にとって良いわけがない事には論をまたない、、、筈だが
難儀な事に、昨今は「新自由主義的右翼」が跋扈し
自己責任論を振りかざし、それを甘やかす一定勢力がいるから始末に負えない。
日本の背骨とは「マスとしての健全な中産階級」であったという歴史的事実すら忘れてしまったのか

案外、新自由主義的右翼はアンダークラスは生存再生産が出来ないのだから、早晩消えてなくなりその穴はガストアルバイターで埋めればいいとでも楽観視しているなら、とんでもないはなしだ。
彼らは排外主義者でもあるから、排外主義が跳梁すれば、ガストアルバイターは他の国に行く。
国際的な「資源」の争奪には人材も含まれます。
高い頭脳の留学生を好条件で釣り上げる事を悪いとまでは言わないが、下層の3K職種の担い手だって居なくていい訳じゃない。
それをアンダークラス以下に搾取したりすればソリャ犯罪にだって走るし、そもそもロクな人財が来るわけがない。



総選挙となり、さまざまな「投票行動支援アプリ」ですが、シカトしてる訳ではないが「格差社会」を争点のセンターに据えてるものは見た事がない。群盲像を撫ぜるような視点では、夜明けはまだまだ先だ。

2026年2月6日金曜日

マイケルジャクソン

 



ウィークリーで同じテーマの惰日記は、さすがにネタも尽きる。ネタはないではないが、品位格式やら自己満足を棄損してまで、、、


ハーフタイムショーの話題はパス。

なんせ知らない著名アーティストばかり。ギャラなしだから、コガネに困っていない方々しか来ないのかも。


最初に今風のハーフタイムショーに登場したのは、かの93年のマイケルジャクソンらしい。

ギャラが出ないなら出演しないと断ったとか、全世界の駐留軍にオンエアーされるってきいたから気持ちが奮い立ったとか、、、ともあれタダでいいと言ってしまったそうで、それが慣例となった

アメリカンの年に一度のドリームステージに「ギャラ出せよ!」は無粋って、セレブの寄付精神旺盛なお国柄らしい。


アタシなら、、、現金1ドルの出演料でいい

但し、その紙幣裏面に「ハーフタイムショー出演料」ってコミッショナーが公式明記してほしい。

そして、、、、然るべき時にチャリティーオークションに出すわ。



まことに残念だが、、、そんな事が現実に起きるわけはない(^^)


....余談


この年は、ダラスがバッファローを粉砕したが、記憶に残るのは、試合よりもハーフタイムショー。

なんせ、視聴率は試合以上だったとか、、、確かに素晴らしいショーだ

でも、改めてYouTubeで観ると、素晴らしさと同時に彼の性癖を知ってしまった以上なんとも、、、オゾマシイ感じも

2026年2月5日木曜日

スーパーボウルウィーク(4)

 



総選挙にシラケテルってありありだが、そもそも「紅旗征戎我が事にあらず」なんですよ。

スーパーボウルネタが切れたら別だが、、、おおかたの予想通り「選挙対策集票野合連合」は失速?

しかし、事前予想も混迷しており、結果は下駄を履くまでどころか



スーパーボウルは最初からローマ数字で回数表示を行い、伝統と権威を誇示します。

例外は第50回だけだそうですが、理由がいまいち得心できるものではない。


数記法はさまざまだが、一般的には「アラビア数字」を使いますし、我々は漢数字にも慣れている。

しかし、百千万億京垓、、、果ては不可思議、無量大数

こんな超絶単位になんの意味がある。


ローマ数字は義務教育で教えてもらったが、精々20までかなあ?

だから、LXが60なんて読めっこないし、アメリカンの標準的な知能もまた然り(に違いない)

ある意味、フランス語のケッタイな数え方は論外だが、ローマ数字では、π   は表現出来ない(漢数字もそうだが)



既に最高のプロスポーツとして定着したんだから、そろそろアラビア数字にしてもいいじゃないの。