2016年4月30日土曜日
太平記の時代
高校において国史が選択科目だと知った時の絶望。
国と民族の歴史をちゃんと教えようとしないのは国賊に等しい。
指導要領改正により必須はいいが、どうせ「時間切れ」で、
明治の始めでエンドマーク。
本当は近代史をちゃんと教える事に意義が有る。
しかし、組員教師がどう教えるのか?実に興味があるが、
指導要領を逸脱すれば、懲戒処分ができるので、ふ○えの効能もある(笑)
まあ、そんな事はさておき、時間切れの解消策が大事だ。
しかし、簡単な事で、考古学や神話学の部分を切り離せばいいのです。
そもそも歴史学の取り扱う分野ではない。
ということで「続日本紀」くらいから......つまり、奈良時代から文献に
裏打ちされた歴史がはじまるのですよ。
それ以前は、プロローグとして、まあ一時間でさわりだけ。
これで、近代日本のライトサイドもダークサイドもキッチリと
若い世代に伝える事ができます。
どう理解し、自分の立ち位置をちゃんと認識してくれれば、
アホたらしい「反なんちゃら」に与する事もなかろうし、
まともな倭語が使えない低脳の代名詞の如きネトウヨの真似事もしないだろう。
須く、自分の自律した意見で行動するのはいい事だ。
何だかこれじゃあ、ブログタイトルにそぐわない(笑)
実はもう一案あるのです。
鎌倉末期から始める。
鎌倉時代から南北朝を経て室町の王権までの間に倭国の骨格が
定まったと考えても間違いはない。
それ以前は、何事においても原日本人であり、ちょっと異質。
太平記には、倫理的にして狡猾な...二律背反的な倭人ばかりが登場しますし、
日本文化なんて、室町が原型だということは歴史修正主義が
太刀打ちできないテーゼ。
どっちかと言えば、こちらを推奨したいが、まあ現実的ではない。
2016年4月29日金曜日
「シュギシャ」という言い方
思い出すことも困難な大昔。
ある罵声(あるいは怒声)・・・・ オマエはトロツキスト(トロッキー主義者)だ!!
目が点になり、トロッキーは名前を知っている程度で、著作は読んだことがないんだが・・・
猪木正道さんの「共産主義の系譜」なんかを手がかりに「裏切られた革命」を読んで見るに
なかなかイケてる革命家じゃないか(苦笑)
なんだかホロコースト系映画が頻繁にスクリーンにかかる。
相当に上質な映画である(・・・あるいは思われる)が、今何故?って 天邪鬼は邪推するのです。
かの「シュギシャ」とはレッテル貼りである。
明確な概念規定があるわけでもなく、ただただ一見知的批判的に見せているだけにすぎない。
「歴史修正主義者」なる言葉もそれに似ている。
本来は新史料や既存資料の新解釈による「従来の定説や権威を覆すような仮説提示」をいう学者ですが、
一般には「定説を無視し、誇張や改竄された歴史事実を根拠に意図的な捏造史観を吹聴」する者を言う。
歴史は社会科学の一部門であり、その限りでは「科学」なのだが、
歴史評価というイデオロギーに触媒された途端に朱子学的な政治になる。
歴史には勝者と敗者は登場するが、それを善玉と悪玉に比定するという非学問的なやりかたである。
けだし、歴史は勝者がつくり(・・・・・しょうがないから、敗者は文学を作るってことかな?)
言ってみれば、歴史修正主義者とは、勝者の歴史に「オブジェクション」を唱える立場に立つものである。
勝者が敗者となることはないが、悪玉になるかもしれないって、これは勝者にとっては好ましくない。
従って、あらゆる腕力や謀略を駆使して「シュギシャ」を潰しにかかる。
南京「大虐殺」は幻である
いわゆる「慰安婦問題」は虚構である
大東亜戦争は「防衛戦争」である
原爆投下はジェノサイトである
極東の半島国のヒトザルがその限りにおいて歴史修正主義を唱えるのは勝手にさせておけばいいって
思うのが、西洋的エシュタブリッシュの立場(・・・ではないかと邪推している)
要はどうでもいいってことなのです。
しかし(ここからが核心)、その歴史修正主義が西洋現代史に波及すること、
とりわけホロコースト問題が広がることは絶対に避けねばならない。
ホロコーストがなかったという主張は、いまんところ虚言妄語だとされていますが、
地に潜むシュギシャはあまたおり、反撃の機会をうかがっている......と。
まず「サウルの息子」
ハンガリー映画であり、カンヌのグランプリとオスカー賞をとりました
収容所に送り込まれてきたユダヤ人を「ガス室で殺害し、その死体を焼却処分」したのはユダヤ人だったというお話です。
江戸時代のお武家と同じで、不浄な行為は自分でやらずに誰かにやらせる・・・・
ナチス協力ユダヤ人が同胞を圧殺する陰険な手口。
でも、分割して統治するシステムに一番長けていたのはエゲレス人。
ストリーの核心はそういうことではないのですが、
カポをセンターに据えたのはホロコースト物では珍しい。
次が「アイヒマン・ショー」
かのアイヒマン裁判をTV中継放送しようっていうメディア人の格闘物
現時点日本は公開予定状態なので、予告編で想像するしかないが、
本当に伝えるべき真実を真摯に伝えるっていうジャーナリズムのプリンシプルを描いたようです。
ホロコースト物というより「スポットライト」の系譜かもしれません。
歴史修正主義に対するユダヤ陰謀論を展開してもしょうがないのですが、
いつまでたっても「真実」を描く映画をこれでもかって突きつけるしつこさは学んだほうがいいのかもしれない。
そして「伝えたい」と思えば身命を賭してっていうスピリッツも同様である。
倭国の映像(に限らずだが)ジャーナリズムの殺風景で荒漠としたランドスケイプは見るに耐えない。
2016年4月28日木曜日
願文
簡単に言うと「誓いの言葉」、誓詞ともいう。
神仏との約束であり、約束を違える事は許されない......はずなんですが、
to share with you both sorrow and joy,
and be faithful to you,
until death parts us.
さはさりながら......風の中の羽根のように言葉は空虚(笑)
世の中、なんにでも「三大」なんとかってあるんです。
能楽の「三大願文」
木曽の願書
安宅の勧進帳
正尊の起請文
これまた「願書」は、真面目に木曽義仲が平家追討を願い奉るのですが、
あとは、その場限りの虚言妄語の類い。
しかし、嘘も真剣になり、本当だと信じこめば、本当らしくなる。
聞いている方も、そこまで言うならまあ信じてやろうかって。
さて、渋谷の松濤の観世能楽堂が、銀座に移転し、来年秋に杮落としの予定。
従って、おさらい会も秋に新装な能楽堂でやることになったらしい。
今年が引退興行のはずだか、杮落としの一環で会をやるからと言われれば
寒村陋屋から御出馬するかどうか思案中。
どうせやるなら、オトコ弟子宿願の、願文揃い踏みの第二弾!
毎度の独吟だと芸がないから、起請文の「一調」にでもしてみるか(笑)
頼朝の義経暗殺の密命を受けて上洛した僧正尊。
義経と弁慶にとっちめられ、苦し紛れに起請文を書き、それつらつら嘘偽りはございません。
まあ、みえすいたうそですが、だまされた振りの主従。
その夜、正尊一党は夜討ちをしかけるのですが、哀れ返り討ちの次第。
ちなみに、アリアのアカペラのソロに簡単にオーケストラをあしらうという
演じかたがある。
笛をあしらったり、太鼓をあしらったり......
鼓をあしらうのを一調という。
多少イロモノがつくと華やかになるし、新しい舞台に花をそえるかな。
世捨て老人が、メセナをかねて、恥辱汚濁の世間に再登場するのだ(笑)
客席も渋谷の能楽堂のばいになりますので、バンショオクリアワセのうえ、
御来駕を伏してお願い奉る次第。
2016年4月27日水曜日
アンチエイジング
不老不死なんて、過去の絶対権力者の見果てぬ夢というか妄執だし、
ヒトザルを不幸にする最大要因のひとつでしかない。
しかし、アンチエイジングといいかえれば、幸せになれる最新科学らしくなるらしい。
美魔女なるものは本当に美しいのか?
歳相応でない形相は、バケモノでしかなく、どこかトータルで辻褄が
合うようにしかなっていない。
浦島太郎君の末路は哀れなものである。
この美人だって、愛するものと一緒に老いて行く静謐な平安を味わえない。
最初の映像は、よく知らない映画。
上映のされかたも素っ気なかったみたいだが、多少含蓄のある恋愛系。
小品の割に、大物ハリウッドセレブなご老人が二人も登場します。
二つ目は言わずと知れた(笑)
永遠の美とその崩壊は、第三者的に眺めている方が美しい。
さて、ちょっとした実験(笑)
三十代の時に年齢を問われたら?
20歳代前半です!と答えるとします。
相手の反応は?
→見た目は老けとるなあ
逆に四十代半ばと答えれば?
→雰囲気がお若いですねえ
還暦過ぎ数年の場合だと?
少なく言えば、確実に「老醜がすすんでますなあ」
多めに言えば、「まだまだお若い!」
若づくりってあまり印象が良くないように思えますがなあ(笑)
2016年4月26日火曜日
雄弁は金以上(笑)
ヨロンとセロンは似て非なるものとは、過去から言い続けている。
輿論、世論と書けば「何が違う?」と思うだろうが、有識者の説明によれば・・・
パブリックオピニオン
パブリックセンシティブ というほどの違いがあるという。
世の中には、マジョリティとマイノリティがいる。
多数の意見だから正しいという保証も確信もないが、とりあえず「民意」というのものは良し悪しとは別だと考えるほうがいい。
困ったことに(というべきか本来そういうものだということか)、
マジョリティとマイノリティのはそれぞれ「形容詞」がつく。
某氏の用語を拝借しますと......
サイレント
ノイジー(アジテイティドという方が適語と個人的には)
ここでお得意の四象限マップが登場するのですが
サイレントマジョリティ(世間の一般傾向)
ノイジーマジョリティ (多数派はことさら言挙げするものではないから、いささか希少種)
サイレントマイノリティ(世の中を多少斜めに見ている高踏皮肉屋)
ノイジーマイノリティ (自虐的をバネにする一番困った意識が高いと思っている困った存在)
民意なる世の中の一般傾向なり正しかるべき真実なりを伝えることは難しい。
ことさらに声を上げない民草の意見(思い)はどこにも誰にも届かない(伝わらない)
しかし、困ったことに伝播すれば「オピニオン」らしく見えてくる。
世の中「言ったもん勝ち」とけだし名言である。
韓非子も「三人市(都会)に虎を成す」と言っています。
嘘だって何度も繰り返せば本当らしく見えてくる。
世の中の罪悪のうちで最大のものが「ノイジーマイノリティ」
疎外閉塞差別されているという被害者意識がよりスピーカーの音量を上げ、
物言いが鬼面人を嚇すが如くなため注目もされる。
月並みな真理よりも、大仰な妄言のほうが面白いに決まっている。
面白くなければ新聞は売れないし、TVもチャンネルを合わせてもらえない。
マスコミのお墨付きを得た途端に、センシティブがオピニオンになる。
ここに「マスゴミ」なる存在と「市民」なるプロ扇動家の共同謀議が完成する。
無知の善意は危険であるが、本当に危険なのは、その背後の「扇動家」。
どうも(詳しく調べたわけではないが)・・・「反〇〇〇」と名がつけばなんにでも手を出し、口を出す傾向らしい。
子宮頸癌ワクチン、原発、MGO、安保法制、オスプレイ、自衛隊・・・それぞれに反対の理由はあるだろうが、
すべからくじゅじゅつなぎってことろはよくわからない。
たぶんですが、主義主張と無関係に反対派を糾合さえ出来ればなんでもいい。
不安や危惧に浸入するウィルスに似ている。
下手な鉄砲も数うちゃ中るってことなんだろうと思いますが、昔のように
正々堂々と共産主義社会を作ろう!と言ってくれると分かりやすいのですか、
狡猾にも最近の左翼活動はマフィア化したようです。
2016年4月25日月曜日
ノルディック・ノワール
北欧と北ヨーロッパは同じ定義なのか違うのか判然としない・・・というか判然とさせないままその言葉を使っている。
歴史的及び文化的に共通項でくくられるというのであれば、
いわゆる「スカンディナビア諸国」に加えてデンマークとアイスランドまでが含まれそうだ。
奇しくも、彼らの国旗は等しく「スカンディナビアクロス」をモチーフとする。
シネマの世界では、彼らは歴史的にも先進国であった。
残念なことに、トーキーになった際に言語的に少数派であったがゆえに、映画市場的には辺境になった。
しかし、「美=芸術」は辺境に花咲くのであり、数うちゃ当たるってものではない。
かつては
ドライヤー
ベルイマン という北欧的神秘な画風が世界を席巻し、
いまなお「無人島に持って行きたいような作品」が、映画製作の底面積の狭さとは無関係に次々に生み出される。
ハリウッドでリメイクされる数がその証明である。
ミレニアム → ドラゴン・タトゥーの女
ぼくのエリ → モールス
なんかが、すぐに思い出されるが、特段リメイクされなくとも、
濃密で神秘的な空気を背景にした美的に洗練された作品が思い出したように倭国のスクリーンに
密やかにかかるのです。
獣は月夜に夢を見る
陰鬱な美しさの恐怖とでもいうのか・・・実に面白いのです。
倭国においては「狼(オオカミ)=大神」。
畏怖されるべき存在であり、悪意を持って語られるべき存在ではない。
クラッシクローマ建国伝説に登場するオオカミさんは、建国の母ともいうべき存在であるが、
その後「アンチ・カトリック」的なる邪悪なものとして排撃されるようになった。
満月の夜に狼に変身し、倒すにはシルバーブリットしかない・・・ってところが優れて映画的である。
残念なことに狼男は、吸血鬼の風下に立つことが多く(例:アンダーグランド)、
単独では作品的にもそう多くはないし、センターをはったとしても、まずもって「好意的」に描かれることはない。
加えて、このアファーマティブな時代にも関わらず「狼オンナ」は・・・・寡聞にして聞いたことがない。
その超珍しい事例なのです。
寓意としてはわかりやすい。
ある種の異種結婚異聞、思春期変身映画、オトナへの通過儀礼譚・・・・・・
通常この分野はノルディックミステリーというが、あえて「ノルディック‥ノワール」を言ってみたい。
幸せ度高順位国家群の「ダークサイド」って意味で使っています。
日照時間は短いし、鬱病だか過度のアルコール依存だか理由は知りませんが、自殺率が高いとされる。
高収入と高福祉だけでもヒトザルは幸せになれない。
けだしわがままな存在である。
2016年4月24日日曜日
二番目の世界帝国の崩壊がもたらしたもの
はっきり言えば、よう分からんくらいに複雑怪奇で、浅学菲才の身が快刀乱麻に語れる事でもない。
ただ言えることは、そもそも的に血を血で洗うような宗教問題ではないし、民族問題でもない。
イスラムもカトリックもユダヤもすべからくアブラハムの宗教である。
元来不仲でも無かったが外的要因で仲違いを余儀なくされ、だから「近親憎悪」と言われる。
中東世界は長く平和で安定していた。
パクスオスマーナとでもいうべきか(知る限り斯様な表現を使用する歴史家はいない)
オスマントルコによる支配ですが、トルコ人国家というわけでもない。
民族や宗教に寛容であったので、トルコ民族がアラブ人・ペルシア人を従属していたという構図でもない。
ある種の多民族国家であって、単にオスマン帝国という方が正確であり、クラシックローマ以来の16世紀の世界帝国である。
因みにトルコ民族の民族自決意識は、現在のトルコ国発足以来のこと。
老体と化したオスマン帝国に襲いかかったのが、ロシア帝国であり、中東利権を狙う四番目の世界帝国である英国
反トルコのアラブ人を焚きつける同時に仏露と利権案分を画策し、ユダヤ人に建国の了解という解不能な三次元方程式の
作成元は英国にある(その後の五番目の世界帝国の陰謀もさらに輪をかけた)
昨今認知度を上げつつあるクルド民族国家問題の根っこもここにある。
要するに、大国のパワーゲームに弄ばれたのですよ。
ロレンス中尉の活躍は、アラブシンパとしての親切心からなのか?大英帝国の陰謀の片棒担いだのか定かではない。
毀誉褒貶のはげしさからすれば、どっちかと言い切れるような単純なものでもなさそうだ。
アマゾンプライムに傑作「アラビアのロレンス」がリリースされました。
長尺を思わせない見応えのある・・・どうしてオスカー作品賞でなかったか不思議以外の何物でもないが、
不可解な中東問題のとばっちりではないかと、勝手に得心しています。
2016年4月22日金曜日
女子高校生誘拐監禁事件(その後)
実際のところは「誘拐」であったかどうかは判らない。
別にどうでもいいが、拘るのであれば「拐取」といえばいい。
暴行、脅迫その他強制的手段を用いて、相手方を、その意思に反して従前の生活環境から離脱させ、
自己又は第三者の支配下に置く場合は略取といい、誘拐とは偽計・誘惑などの間接的な手段を用いて、
相手方を従前の生活環境から離脱させ、自己又は第三者の支配下に置くことをいう。
罰則には変わりなく、重犯罪である。
高校生だったジョイは七年間拉致監禁状態にある。
生まれた子供、ジャックは五歳になった。
この手のお話は・・・・
拐取に至るプロセス
拉致監禁状態の悲惨さ
解放に至る緊迫したドラマ ・・・なんかを主題とする事が多いが、
確かに、ある意味もっともシリアスなのは、解放後の被害者の日常復帰。
語られる事の少ない部分こそがキモである。
アニマルとガキの登場する映画は見ない事にしていますが、
千葉大のバカの中学生監禁事件なんかとリンクさせて、上映自粛なんて愚行が起きる前に
見ておかないと・・・・って、いそいそとシネコンへ。
The room
予備知識のない映画でして、なんか寓話的なのか神話的世界の
お話かと錯覚していました。
実のところは、ほぼノンフィクションだとか、、、
さすがに、オスカー主要部門にノミネートされ、ベストアクトレスに輝くだけの事はある。
主演は無名のブリーラーソン(アメリカンですが、シンガーソングライターでもあるらしい)
この役柄なら、ハリウッドセレブなら誰がやってもオスカー当確だろうが、ほかに候補者がいなかったのか?
苛烈な争奪戦とは聞いていない。
誰もが欲しがる役柄・・・・最近の女優の役柄ってステロタイプですから、これはやりがいあり(笑)
http://celebsnap.net/catlist02
ルームとは、物理的な監禁空間であるとともに、心理的な呪縛環境であることを容易に想像させますが、
その解放の困難さをこの映画は教えるのです。
予定調和なハッピーエンドの予感ですが、現実は大変なんだろうと・・・・だっから、上映自粛なんて
バカな真似はやっちゃダメなんです。
別にどうでもいいが、拘るのであれば「拐取」といえばいい。
暴行、脅迫その他強制的手段を用いて、相手方を、その意思に反して従前の生活環境から離脱させ、
自己又は第三者の支配下に置く場合は略取といい、誘拐とは偽計・誘惑などの間接的な手段を用いて、
相手方を従前の生活環境から離脱させ、自己又は第三者の支配下に置くことをいう。
罰則には変わりなく、重犯罪である。
高校生だったジョイは七年間拉致監禁状態にある。
生まれた子供、ジャックは五歳になった。
この手のお話は・・・・
拐取に至るプロセス
拉致監禁状態の悲惨さ
解放に至る緊迫したドラマ ・・・なんかを主題とする事が多いが、
確かに、ある意味もっともシリアスなのは、解放後の被害者の日常復帰。
語られる事の少ない部分こそがキモである。
アニマルとガキの登場する映画は見ない事にしていますが、
千葉大のバカの中学生監禁事件なんかとリンクさせて、上映自粛なんて愚行が起きる前に
見ておかないと・・・・って、いそいそとシネコンへ。
The room
予備知識のない映画でして、なんか寓話的なのか神話的世界の
お話かと錯覚していました。
実のところは、ほぼノンフィクションだとか、、、
さすがに、オスカー主要部門にノミネートされ、ベストアクトレスに輝くだけの事はある。
主演は無名のブリーラーソン(アメリカンですが、シンガーソングライターでもあるらしい)
この役柄なら、ハリウッドセレブなら誰がやってもオスカー当確だろうが、ほかに候補者がいなかったのか?
苛烈な争奪戦とは聞いていない。
誰もが欲しがる役柄・・・・最近の女優の役柄ってステロタイプですから、これはやりがいあり(笑)
http://celebsnap.net/catlist02
ルームとは、物理的な監禁空間であるとともに、心理的な呪縛環境であることを容易に想像させますが、
その解放の困難さをこの映画は教えるのです。
予定調和なハッピーエンドの予感ですが、現実は大変なんだろうと・・・・だっから、上映自粛なんて
バカな真似はやっちゃダメなんです。
2016年4月21日木曜日
むすめふさほせ
オトコとオンナの組み合わせは・・・・ダイバーシティの時代です。
オトコオンナ
オトコオトコ
オンナオンナ ・・・・のなんでもあり。
これが三人になれば、オトコばかりだとむさ苦しいし、オンナだけだと姦しい。
やはり「組み合わせ」が自然ってもんです。
ところが、オンナ二人ににオトコ一人はどうも座りが悪い。
トリニティとしてしっくりくるのは「オトコ二人にオンナ一人」
別にエレガントなお仏蘭西だけではなく、ガサツなアメリカンだって・・・・・
ここで大事なことは、どうして三人の性バランスがかくあらねばならないか?ってことですが、
まあそんな理屈っぽいことはアバウトでいい(苦笑)
オンナ同士の切った張ったみたいな下品な三角関係は見るに堪えないが、
オトコ二人だとなんか微妙な空気っていうか恋愛と友情の幸せなマリアージュ風になるからってことでしょうか。
翻って倭国はっていうに・・・・・探せばあるのだろうが、これっぞて思い出せないが、宇治十帖なんかそれに近いか?
まあ、新作のこれでお茶濁し(笑)
話には聞いていましたが、競技かるたって高度に知的な格闘技です。
百枚のかるたの内、任意の50枚が選ばれ、
それぞれ下の句の取り札25枚づつを自陣に適宜三段に並べる。
ここで「記憶力」が試される。
空札(選ばれなかった残り50首)がつらつら、どの取り札がどこに配置されているとか
当然に並べ方にも戦略がある(大山札なんかはどう並べるのがいいのかねえ?)
上の句を読み上げた瞬間、下の句を取る。
50%の確率で空札が発生するので、お手つきは反則である。
これは「瞬発力」の戦いであり、記憶力が前提となり「聴覚」がモノを言う。
敵陣の札をとれば、自陣の札を一枚相手陣地に移動させる。
試合の進行とともに段々に下の句の札が減少してゆくとき・・・・・これはカウンティングの世界です。
空札も含めて残りの読み札がどの句なのかをアタマに叩きこんでいないと勝負にならない。
自陣の札がゼロになれば「勝利」
試合時間は90分くらいと言われますし、決勝戦までには数試合を戦いぬく必要がある。
緊張の持続に「体力勝負」
実に面白い!
倭国はどうしてかような知的格闘技(知力+体力)をスポーツとして評価しないのでしょうかねえ?
だから、体力バカだけの体育会系がのさばり、ブラック企業の温床となるとかなんとか揶揄されるのですよ。
本当は一流のアスリートはそれ自体知的なのに。
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