彼氏曰く、かの大統領選挙とは「自由と平等の分裂」である。民主党は平等、共和党は自由を標榜する....とかなんとか
アメリカンはそう考えるのかもしれないが、大革命の理念...つまり近代的な価値観は三者を一体不可分と考える。この三拍子の順番は優劣ではなく、大革命の時間的経過におけるスローガンに過ぎない。
小器用にパリとかを舞台にヒトザルのささやかな営みをスケッチする腕前は、映画監督ならば、エリックロメールにしかず。
そしていまは、セドリッククラピッシュ。
ロメールほど小理屈が多くないから助かります。
しかしなあ...
なんだね、この詩情の欠落したオリジナルタイトル!
パリとくれば、、めぐりあい....みたいな単細胞的な言語力も如何とは思うが、あまりにも湿度がなさ過ぎる。フランス語文法を披瀝するほどの学力はないが、むしろ心理学的な概念のようだと思われます。
直訳すれば「ふたつのワタシ」
アカデミックには「自我」というべきかしら
主役はアラサーの男女二人
隣り合わせの安っぽいアパートの最上階に住むが面識はない。それぞれにこころに悩みを抱えて、セラピストに毎週通っている。
安いサラリーだと思いますが、費用が大変だろうなあ....とつまらない心配をします。
セラピーがやたらと登場するのがアメリカン。
フランス人は自我が強固に確立している民族
らしくて、無縁だと思い込んでいたが、昨今はそうでもないみたい。
二重螺旋の恋人なる傑作もセラピーが重要なモチーフだった。
オトコが飼っていたネコが逃げ出し、オンナが世話して、お互いにセラピー効果で自我を取り戻したところで、猫の取り持つ縁なんて展開ではなかった。
しかし、セラピストの腕よりもアニマルセラピー効果ではないか?って気もします。
で、タイトルに戻るのですが、二つの自我って....
男女ふたり
それぞれの内面と外面の自分
どっちかな?
理科系ミステリー作家。
好きってほどの事はないが
白夜行
新参者 ....だけは名作だと思う。
タイトルロールの作品は、活字で読もうとは思わないが、アマゾンプライムサーフィンの途中で...捕まってしまった(苦笑)
幼い娘が事故で脳死状態となる。
死を受け入れられない夫婦は特殊な人工呼吸器システムでの「昏睡状態での生育」を行うが、異様な生の様相は周囲を不安定な状態に追い詰めていく....
人を殺して死にいたらしめば殺人罪
死の状態の人を毀損すれば死体損壊罪
死の状態でない人を傷つけても正当事由(外科手術を含む)があれば、傷害罪に問われない。
臓器移植の世界では「脳死」を死と定義します。
脳死の定義も色々あるようですが、臓器移植法では脳全体の不可逆的な機能喪失とされます。
しかし刑法の世界では伝統的に三徴候説...呼吸停止、心停止、瞳孔散大と言われますが、今時ですから人工呼吸器をつければ不可逆的喪失にはならないし、瞳孔散大は脳幹機能喪失と同じらしく、つまりは心停止が「死の定義」と、最高裁判例はありませんが、実務上はそう解釈されています。
社会的な合意形成のないシリアスで微妙な設例には立ち入りたくないのは誰しも同じ。
この映画では娘の死を受け入れたくない母親は、家族との対立から激昂し、百十番!
駆けつけた警官を前にして、包丁を娘に突きつけ
....今ここで娘を刺せば、アタシは殺人罪に問われるのですか!
問われないのですか?
制服警官も迷惑しますが、、、実際にそうなれば(殺人罪で起訴されれば)実に興味深い事になったのですがねえ。
アタシが代理人ならば...まずは心身喪失で責任能力なしで無罪主張って、あまりに当たり前かな(^.^)
あとは、殺意の存否とか、社会通念的にはすでに死体だとか、せいぜい戸籍法の届出違反に過ぎないとか.....
そもそも可罰性がなく、検察による起訴権濫用も言うかな
多分ですが、検察は起訴猶予にするかも
検察審査会への不起訴不当の審査申立も...ないはずだ。
我々は負けたわけではない
背後からの匕首に刺されたのだ
怒鳴る度が知性主義ならば、その支持層が知性主義ならば、このドイツ語を口にしたに違いない。
口にはしないが、声高に主張していることは同じ
努力が足りなくて負けましたと「一億総懺悔」するしおらしい倭人とはえらいちがいです。WW1でのドイツの敗北は、背後からのコミュニストやユダヤ人の裏切りによるものだ!
エビデンスは知りませんし、嘘も百回言えば本当になるし、百回も言えば短期間ならば大衆を騙すのは訳ない....ファシストの常套手段と言われますが、この辺りは、右も左も手口は同じ。むしろプロパガンダは左の得意技。真ん中だって根拠もなく同じことを繰り返す手合いは同じアナのタヌキかキツネだと思っても間違いはない。
過日の「我が友ヒトラー」の最後のセリフ
ヒトラー......(クルップ氏に向かって)
そうです、政治は中道を行かなければなりません
しかし、大衆とて馬鹿扱いするものではない。
衆愚とも言うから賢くはないかもしれないが、フェイクだって何か感じ入るものがあるから、信じたいと思う何かがあるから「信用」するのです。
サクラの虚偽答弁は、百回を越えたらしいが...主権者は納得したのかなあ...アタシには判らない。
まあそんなことよりも、この表現は修辞力にかけるのよ。イタリアンに限らず、藝術的なセンスがあればこう言ったはずに違いない...というのが、今日の副題
Questo è il bacio di Tosca!
イタリアンオペラの傑作「トスカ」の有名なシーン
恋人の助命を嘆願するトスカに邪恋に狂う警察キャリアは舌舐めずりしながら迫り...あわや落花狼藉
そこに隠しもったナイフの一振り
...ざまないわ!これがトスカの接吻よ
だからネトウヨ系とかは似非芸術愛好家なんですよ
いまさらドンデン返しはなかろうし、仮にあったとしても、彼の「功績」に影響はしない。
誰だって程度の差こそあれ功罪は半ばするもんだ。彼の失政は誰彼なく言挙げしますから、天邪鬼なアタシは、トランピリアンではないが、讃えるところはほめちぎろう!
・中共の悪の化身の実相を世界に知らしめた事
19世紀よりアメリカンは理由は定かではないが中国に乙女心めいた憧憬や恋情があり、馬鹿馬鹿しいまでの媚をうってきた。
パールバックは「大地」でノーベル文学賞に輝き、エドガースノーは毛沢東賛美本を書き...読み返せば赤面するだろう。
いつか我々の価値観を共有してくれるという淡い期待は幻想あるいは妄想でしかなかった。
アメリカンのみならず世界がそれを共有した四年間。
・アメリカは幻想民主主義国だと明らかになった事
戦後民主主義はアメリカンが彼らの観念的理想論を基づき人工的に創り出されたものであり、所詮は共同幻想だったと総括せざるを得ない。幻想たる所以は我々の民度の低さなり勝ち取るために流した血量だと思っていたが、実のところアメリカン自体もが近代的な価値観とは多くの部分で無縁だと言うことのようだ。
少なくとも七千万人が....
反知性主義
差別主義
非平等主義.....とかなんとか理性とはほど遠いものを支持している。
もはや「建前の綺麗事」をとりつくろう仮面夫婦をかなぐり捨てたってことです。
さあこれからどうするんでしょう。
ネコのうちはなんとかなったのでしょうが、いまや猛虎です。故事に倣えば、連衡合縦ってうまくいかないし、割れた茶碗は元には戻らない。
そういえば、トランピアンの弁護士が、ニューネバダ州とニューカリフォルニア州設立の準備書面を最高裁判所に提出したそうな。
つまり青州の赤い部分だけを分離して新しい州を作るって案。
さすがに最高裁判所判事は不受理としたようです。
近年の作品を『難解だ』と酷評することが批評家の間では流行しているが、本作こそ傑作であり、人生を変えるような作品と言ってもよい
ストーリーが支離滅裂だ。映画自体が観客の理解を拒んでいるようだ。特に意味もない個所を執拗に描写しようとする。しかも、奇妙なシーンだらけだ。気の抜けた何かが深みに達しようとしているようだ。観客は各シーンの余白の中に理解できるものを探そうとするだろうが、それは見つからないのである。
意見はさまざまだが、どれにも一定のうなずき感があります。