2026年8月29日土曜日

秋の気配(おくちなおし)

 


詩歌集、とりわけ勅撰集ともなれば、巻頭歌は何かと忖度が働く。大抵は、、、貴人の作品
もっとも、それは後世の慣わしで、古今集の時代はまだおおらか。


藤原敏行 

従四位下ですから中流貴族の端くれ。歌人としても書家としても名を為しました。

百人一首にも収録された歌人だが、古今集秋上部巻頭歌はパスされて、、、さほどとも思えない和歌が選ばれた。

さて、この誰もが知っているであろう和歌ですが、子規以降の近代短歌の本流からはあまり評判が宜しくない。

上の句では視覚、下の句で聴覚、、、という対比が理屈っぽいらしいが、日本人の琴線に触れる技法であり、そんなに毛嫌いするものではない。


新古今集なんか論外(^^)

古今集よりも万葉集というのが、今の保守本流の現代歌人

ならば「お口なおし」のこの一首にひれ伏せば、、、



この寝ぬる朝けの風の

少女子が袖ふる

山に秋やきぬらん(後鳥羽院)



帝の御製って、スメラミコト風に雄大にして端正が特長、言い換えれば、万葉調。


和歌の本意ですが、長々とした序詞のあとの三行目だけ

しかし、その中の「袖ふる」がキモ


この行為は単なる挨拶ではなく、呪術性を帯びたものとされます。

まあ、、、この辺りは実は演歌の世界でも垣間見れます



魂よばい(求愛)、魂ふり(生命力の付与)、魔除け(厄払い)、、、と思って歌を聞けば、はるみさんが巫女に見えてくる


これが季節歌となれば、季節の転換、秋を呼び寄せる呪術となる、、、

かなり品下がる事例ですが、清盛が大和田泊まりの大工事の際、工事の進捗が芳しくなく、日没間近。

憤然として、袖振り扇をかざして沈む夕陽を呼び戻そうとした、、、


かほどに霊験あらたかな所作ですが、、、権力者がやれば事が成就するわけでもなかろう。

清らかな乙女子が袖を振るから効果があるのです。


はるみさんが、、、どうかは知らないが、彼女って最後の最後まで「振り」袖を着ていたのはそういう事。






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