そもそもですが、マトモな宗教(仏教、キリスト教、イスラム教とか)は、偶像崇拝を忌避します。
モーゼの十戒が著名だし、原始仏教では仏足石(その足跡だけの石の上に御仏がおわすと想像する)しかなかったはずだ。
しかし、なんにもなしで信仰の客体をイメージしろと言われても、凡愚な衆生には無理な相談。
そこで、形式論理と詭弁にかけては宗教者に若くものはない。
例えば、、、、
神を形どった偶像は作ってはならないが、イエスは神ではなく「神の子」であり、マリアも神の子の母。
だから、イエス像やマリア像を飾ることは許される、、、と言っているかどうかはしらないが、仏像自体は御仏ではない。仏像を依代としてその先におわします御仏に念じているのだ、、、というロジックを滔々と述べている事は知っている。
パソコンやスマホの画面に並ぶ「アイコン」
これはイコン(偶像)の事だ。
アイコン自体には、特段の意味はなく「単なる窓」に過ぎない。クリックしたその先にさまざまな世界が広がる。
これって、実に宗教学的だ。










