2026年7月31日金曜日

若紫の帖

 



ヒカルくんが18歳頃のお話し。
まことに重要なモチーフやエピソード一杯の巻です。
大河小説の常として、食間のデザートみたいな幕間狂言バナシも結構ありまして、山場だけ追っかけて読むとか、読む順番を変えるとかが通の手口
序盤で言えば、桐壺、夕顔、そして若紫だけを読めばいい。
申し訳ないが、空蝉、軒端荻、末摘花なんかは、、、無視して構わない単なる通行人
そしてエベレストのような最初の山場が一気にくるのが若紫帖


藤壺女御への恋情抑え難いなかで、夕顔と遭遇し一気に燃え上がるヒカル君だが、デートの最中に物怪だか生き霊に魅入られた夕顔は頓死し、心労で病臥に伏し転地先で遭遇したのがまだ幼い紫の上、、、というのがイントロダクション

実は彼女は藤壺の姪にあたり、一目見てロリータコンプレックスの制御が効かなくなる。


なんとまあ、幼児拐かしと天皇の奥様への不義密通を同時に起こすなんて、、、かようなスキャンダラスな主人公は他にいない。


最初に若紫帖を読んだのは高校の古典の教科書。

加えて、五年前に結婚した葵上との寒々とした交情も描かれますが、、、実に疎ましい。無駄に美人としかいいようがない。

そして、ウワサの六条御息所も和歌の交換だけですが登場しますが、、、これまた、無駄に美人で無駄に品位が高く無駄に教養豊か。


中盤以降に活躍する女性のオンパレードやら深刻なエピソードの発端ですから、極めて重要な帖なのです。

だから、教科書にも採用されるのだが、なんせ教師様がまるでよくわかっていないからか、アタシ的な背景説明をやらない。だから面白くもなんともないって悪しき印象だけが残る

2026年7月30日木曜日

真夏はオペラ

 



近隣にコンサートホールが出来て20年あまり。
ほぼ毎年、恒例の夏のオペラには足を運ぶ。

あんな通俗的な大衆芸能なんか、、、ともおもうが、ケメ子様が行きたいというから、、、、毎年同じような出し物だが、カネのかかる芸術形式ですから冒険は出来ない。


今年も定番の「カルメン」です。(来年は魔笛)

でも、演出家が変われば、まったくの別物になることもあり、月並作品を繰り返し観ることもあながち、、、新しい発見って話



この公立ホールは成功している部類らしい。

年間平均で客席の九割強が埋まる

しかし、年間事業費(つまり総原価)とコンサート収入はバランスしているが、事業費の四割強は行政の補助金。

高等な芸術では儲けが出ないってこと。

狂言は行政丸抱え、歌舞伎も松竹あればこそ、能はお弟子のセレブマダムのお財布が支えている。


健康もそうだが、文化藝術も金食い虫なんですよ


公演は毎回ほぼ満席ですから、公演回数を増やすか入場料を上げるか、、、、同じクラシック公演でも東京よりはるかにお安いが(関西人はケチやからなあ)客層の高齢化が将来の不安材料だが、アイドル路線に舵を切るわけには、、、

遺贈寄付やネーミングライツの値上げやらてはうっているようだが、焼け石に水。


そう言えば、最近の公演のラインナップをみても、食指が進まない。貧すれば鈍すって、このこと。

凡で鈍重な公演ばかり、、、だったらオマエがプロデュースをやってみろ!って言われそうだが、、、




小ホールの企画くらいならアイデアはないではないが、、、、

2026年7月29日水曜日

中央構造線断層帯

 




また熊本ですか。

月並なことしか口には出来ないが、大変でしたねえ。ご苦労をお察しします。

地震国ですから、安心安全な場所はないに等しいとは言え、、、やはり中央構造線は「危険」なんだろうなあ



ウィキの記載をそのまま引用します(明治期以降)

経験値からすれば、構造線のライン上が全て危険というわけでもなさそうだ。

アタシんちの寒村陋屋もライン上なんですが、過去事例は確認できない。だからといって安心とは言えない。

治に居て乱を忘れず、、、過日の母屋の屋根の拭き直しの際には瓦葺の固定は辞めることにした。

熊本城築城の知恵を参考にしたってこと(大きく揺れると、瓦葺だけ崩れ落ちる筈)

実のところは、、、備え有れば、憂うる事態は生じないという迷信です。

2026年7月27日月曜日

恋愛裁判

 


2015年頃に実際あった裁判をモチーフとしている。
芸能サイト風だと、、、アイドルに恋愛は許されるか?というキャッチコピー


実は、同様の事案は複数あり、判決は分かれる。

裁判官の意識なのか、被告代理人の力量とか、事案の状況の違いから判断が分かれることは充分予想されますから、主文だけで「許される・許されない」と訳知り顔に思い込まない方がいい。


ナントカ坂系の群ドルが登場するのだが、皆目誰が誰だがわからない。素人同然の若いタレントをセンターに据える場合は、実力派で脇を固めるのがセオリーなんだが、、、

東宝と国際的にも力量が認められるらしいプロデューサーの共作なんですが、あまり話題にもならず、興行も惨めだったようだ。あまりにつまんなくて途中から倍速ながし



今の時代ならば、被告有利な展開になると思います。

確認はしなかったが、このような場合の「契約のテンプレート」がある筈だ。大抵は公的機関が関与するので、公平な建て付けになっている。

従って過度に逸脱すれば、その時点で公序良俗違反で契約自体が否定されます。

かといって争えばいいってもんじゃない。

圧倒的な取引の非対称性があるのだから、、、裁判に勝っても、この世界から追放されれば夢は終わる。

それでも夢を見続けるのは「実力」ある者だけ。


ヒロインはチカラが無かったのでしょうか、別の道を選択し、他のメンバーはそれぞれに夢を実現したかのように、、、予定調和だ。

製作スタイルからして悲劇には出来ない


この程度の作品をカンヌに出品するとはなあ、、、

よくある事ですが、本編の十倍くらい予告編がよく出来ています。動画配信サイトに落ちてきたから目に止まっただけ。結構拾い物があるんですがねえ



どうせなら、アイドルとやらの恋愛ごっこではなく、AV新法、、、正式な法律名称は以下

....

性をめぐる個人の尊厳が重んぜられる社会の形成に資するための性的な姿態の撮影等による被害の防止に関する法律

.....



いわゆるナンチャラビデオの製作に関しての法律的枠組みを規定し、役者さんと製作サイドとの契約を拘束します。

真面目にこの通りの契約書を交わし遵守しているかどうかは、、、かなりきわどいツッコミどころ満載ですから、映画のフレームにピッタリ。






2026年7月26日日曜日

冷水カップ麺

 



思えば当たり前なんだが、、、あの日清食品さんでさえ数年の開発期間を要したとのこと。難度の高い製法らしく「コールドリハイド製法」として特許取得済み。いまんところライセンス許諾は、、、暫くは独占販売かな


この炎暑の中、汗みどろになって熱々の麺を食べるのは狂気の沙汰

食の知恵からすれば、うどんや蕎麦は「かけともり」がある。夏と冬での食べ方の違いだが、調味料革命(味噌から醤油)がかなり貢献したようです。


一方で、ラーメンの世界

冷麺、冷やし中華、つけ麺、、、と多様だが十把一絡げにしてはあかんらしい。

それぞれが異なる発展を遂げた。

冷麺は鮮族の冬の食材だが、渡来した際に和風化され、麺、出汁、具材まで変化すればまったく別物と言わざるを得ない。


アタシは、冷やし中華にせよ冷麺あるいは冷やしラーメンでも美味いと思ったものはなく、唯一酸味のある「真っ赤なトマトつけ麺」だけがお気に入り。



レトルトインスタントって外道な喰い物だとは思うが、根がミーハーですから、ものは試しと早速スーパーやコンビニに足を運ぶと、、、、


イオンの棚には無かった。

なんせ「伊勢こじき」の末裔ですから、製造や販売更に決済の全てで儲けようとする体質のなせる技。棚にはPBしか並んでいないのは毎度の風景。

しかし、、、カップ麺の種類ってこんなにあるんだ!

セブンは、、、たまたま他のカップ麺のキャンペーン中だからか棚にはなかった。

ローソンにはありました(欠品でないところはまだ人気沸騰でもないらしい)

2026年7月25日土曜日

歴史の遺物

 



FBのある投稿です。

懐かしくもあり、引用させてもらいました。

この表現は、母の時代が最後だろう。最近は聞かないし、極私的な辞書には登場しない。


供物は神棚や仏壇に供えるのが「おます」

捧げた供物を拝領するのが「たばる」


まず、寒村陋屋界隈では「おます」は聞かないが、後者は普通に使ってました。

意味はと、、、?

つらつら思うに「賜るの語尾変化」だと


なんにしても、古典の教科書にしか登場しないような表現が当たり前のように使われていましたが、やはり時代の変化で、、、



時代の変化と言えば、、、ある新聞記事


鍋貼 一個(一人前)!


コーテルイーガー! と発音します。

餃子の王将での調理場での符牒ですが、普通に、餃子一人前の注文であり、符牒というような暗号めいたものとも思わない。

しかし、昨今は人材の国際化の中で普通に「餃子一人前!」と呼び合うらしい。

グローバル化とは、普遍化や一般化の「美風」の中でローカルでフォークロアな言葉を駆逐する方向らしい。

そして、ややもすれば、美しく品位ある言葉が消えてゆく。多数な漢字、さまざまな形容表現、細かいニュアンスを表す用語がなくても、最低限の意思疎通は出来るだろうが、ただそれで充分と思うかどうか、、、、


てつは「鐵」でなければ本当の意味は通じないし、「障碍」と書けないものだから、無意味な「差別」マインドを産む。

漢字文化圏で、その文化の基層である正字が読めなくて、何が文化だってお話です。




2026年7月24日金曜日

リール動画

 



フリーだから、愚痴も文句も言わないが、愚かしくも漫然と眺め限りある人生の時間を浪費する事の愚だけは、、、、老婆心ながらの忠告


アタシが眺めていたのは、フェイクブックじゃなくてフェイスブック(^^)

昔は良質な部類だったが、、、いまや、BSのテレビショッピング番組以下だから、アタシが使うSNSのプラットフォームとしては、いつ辞めても構わない。

アメブロに投稿して、ストレージとしてはGoogleに依存していますから、昔からのご友人つながりだけの為に使っているようなもの(ツイッターにも転載しています)



以下FBのリール動画の悪口です。

ショートストーリーめいた日本昔ばなしもどきは絵に描いたような勧善懲悪。言っていることは日本国由来の美徳なんだが、、、ケッタイな日本語のイントネーションに日本人なら痴愚魯鈍の類いでもここまで酷い誤字当て字はやらないし、固有名詞の使い方もあまりに粗雑で奇天烈

あとは、根拠不明な誹謗中傷やら、、、とりわけ皇嗣家には惨い。確かにあの家族の知力には疑問符が昔からついていましたから、皇位が、、、天智天皇系から天武天皇系に移りかねないような時勢ながら、血統はともかく「芸の実力」はどうなんだろう?

ハッキリ言えば「象徴天皇の責務」は果たせないのではないかという不安。宮中三殿から出ずに、ひたすら祈ってだけいればとりあえず責務を果たしていると、、、、

普通なら批判動画があれば、対抗上礼賛動画も出るはずだが、、、、まずみないって事の意味は何だろうって

大メディアでは「妃殿下は通訳を介さずに親しくご歓談」ってよく書いてます、、、でも動画を見れば周囲は日本人らしき方ばかりだ(^^)


ネトウヨと思しきネチズンは、中共の認知戦だと言いますが、それなら逆に礼賛動画を氾濫させますがねえ?


あとCMも多くなった。

FBはネット広告だけが稼ぎかしらですから、背に腹はかえられぬのは分かりますが、、、


緩慢な自裁の道を歩んでいるみたいかも、、、でもこの業界。しばしばヘイルメアリーパスが成功したりもしますから、アタシ程度が的確な未来予測ができる訳はないが



2026年7月23日木曜日

中流の出と思ったのは錯覚

 


源氏物語のヒロインのランキングをつくれば、ベストテンは確実だし、愛人にするなら、、、ベストスリーな「夕顔」

出自は明らかではないが、中流だと思っていたが、三位中将が父親。公卿の端くれだが、早くして亡くなったため、後身のいない夕顔はかなり苦労をしたようです。

性格が良かったんでしょう。

身分が高く、品位があり、美人だし、諸芸の才あるって、、、六条御息所がそうですが、完全無欠って逆に息苦しくて敬遠しちゃうんですよ。

だから、大事にしてあげたいと思わせる夕顔は結構モテたと思います。


愛人の一人が「頭中将」ヒカルの義理の兄貴。

子供をもうけるのですが、のちの玉鬘でヒカルの養女となりました。


五条あたりの廃墟(源融の河原亭だと言われています)でのデートの最中にもののけに取り憑かれ、死去。

廃墟に巣喰う悪霊とも六条御息所の生霊とも、、、この辺りはホラーとしても一級品。


この大河小説を書き始めた時に、レディムラサキはどの程度壮大で緻密な構造(ストーリー展開)をもっていたのかは分かりませんが、


頭中将の昔の常夏のオンナのエピソード

可愛い子供(撫子)のこと

ヒカルと夕顔の交情

成長した玉鬘の登場、、、やらなんやら


巻き散らかした伏線は見事に回収されていくのです


夕顔というとかなり清楚で官能的なイメージですが、植物分類的には瓜の仲間。イメージし難いが干瓢の原料でもあります。


2026年7月22日水曜日

実に恥ずかしい誤読、、、軒端「萩」

 



岩波の古典文学大系で読むのは肩が凝る。
お手軽に「窯変源氏」を書庫の奥から、、、文庫版でざっと十冊あまり
訳本ならあれこれあるが、、どれも耽読には至らない。やはり才気走った橋本治氏の翻案が一番

幼くして母と死別し諸般より臣籍降下、左大臣家の歳上の娘との政略結婚、、、本来なら巻をたてて微細に語るべき父桐壺帝の妻である藤壺女御との不倫


とかなんとか最初から盛沢山。

箒木、空蝉では、ガールハントの手柄話やそれに触発されたヒカルの不同意性交一歩手前な夜這いやら。

さほどのエピソードではないが、、、改めてとんでもない誤読に気がついた。

ヒカルが言いよるのは受領の若い妻なんですが、次いでに親子丼でも思ったのか受領と前妻との間のグラマーな娘にも手を出す。名前は「軒端萩」だと長らく勘違い(^^)

正しくは「軒端荻」


見た目漢字は似ていますが、植物としてはまったくの別物。荻はむしろ芒(すすき)と紛らわしい



ノキバノススキじゃ語感としてみやびでもないしノキバノハギだって悪くはないが、、、王朝美學のお約束ごとからして「荻」でないとだめらしい。


一夜を契る、、、縁を結ぶとなればそれは荻である事がお約束。実際に草結びをやるにしても、小綺麗なだけの萩では無理ってもんです。


しかし、こんな間違いをやらかすのはアタシだけでもないらしく、芭蕉に、、、


とうきびや 軒端の萩の 取り違え


流石に句聖です。

パロディ的ですから川柳の扱いでもいいが、ギリギリ俳句の域に踏みとどまります

延宝5年作ですから、まだ芭蕉が若かりし頃

きっと「取り違えたのは芭蕉本人」に違いない(^^)


そして、中流のオンナ漁りの白眉なエピソードである夕顔の巻。

人気ある箇所ですから、アタシの駄弁は不要かも、、、