2026年7月25日土曜日

歴史の遺物

 



FBのある投稿です。

懐かしくもあり、引用させてもらいました。

この表現は、母の時代が最後だろう。最近は聞かないし、極私的な辞書には登場しない。


供物は神棚や仏壇に供えるのが「おます」

捧げた供物を拝領するのが「たばる」


まず、寒村陋屋界隈では「おます」は聞かないが、後者は普通に使ってました。

意味はと、、、?

つらつら思うに「賜るの語尾変化」だと


なんにしても、古典の教科書にしか登場しないような表現が当たり前のように使われていましたが、やはり時代の変化で、、、



時代の変化と言えば、、、ある新聞記事


鍋貼 一個(一人前)!


コーテルイーガー! と発音します。

餃子の王将での調理場での符牒ですが、普通に、餃子一人前の注文であり、符牒というような暗号めいたものとも思わない。

しかし、昨今は人材の国際化の中で普通に「餃子一人前!」と呼び合うらしい。

グローバル化とは、普遍化や一般化の「美風」の中でローカルでフォークロアな言葉を駆逐する方向らしい。

そして、ややもすれば、美しく品位ある言葉が消えてゆく。多数な漢字、さまざまな形容表現、細かいニュアンスを表す用語がなくても、最低限の意思疎通は出来るだろうが、ただそれで充分と思うかどうか、、、、


てつは「鐵」でなければ本当の意味は通じないし、「障碍」と書けないものだから、無意味な「差別」マインドを産む。

漢字文化圏で、その文化の基層である正字が読めなくて、何が文化だってお話です。




2026年7月24日金曜日

リール動画

 



フリーだから、愚痴も文句も言わないが、愚かしくも漫然と眺め限りある人生の時間を浪費する事の愚だけは、、、、老婆心ながらの忠告


アタシが眺めていたのは、フェイクブックじゃなくてフェイスブック(^^)

昔は良質な部類だったが、、、いまや、BSのテレビショッピング番組以下だから、アタシが使うSNSのプラットフォームとしては、いつ辞めても構わない。

アメブロに投稿して、ストレージとしてはGoogleに依存していますから、昔からのご友人つながりだけの為に使っているようなもの(ツイッターにも転載しています)



以下FBのリール動画の悪口です。

ショートストーリーめいた日本昔ばなしもどきは絵に描いたような勧善懲悪。言っていることは日本国由来の美徳なんだが、、、ケッタイな日本語のイントネーションに日本人なら痴愚魯鈍の類いでもここまで酷い誤字当て字はやらないし、固有名詞の使い方もあまりに粗雑で奇天烈

あとは、根拠不明な誹謗中傷やら、、、とりわけ皇嗣家には惨い。確かにあの家族の知力には疑問符が昔からついていましたから、皇位が、、、天智天皇系から天武天皇系に移りかねないような時勢ながら、血統はともかく「芸の実力」はどうなんだろう?

ハッキリ言えば「象徴天皇の責務」は果たせないのではないかという不安。宮中三殿から出ずに、ひたすら祈ってだけいればとりあえず責務を果たしていると、、、、

普通なら批判動画があれば、対抗上礼賛動画も出るはずだが、、、、まずみないって事の意味は何だろうって

大メディアでは「妃殿下は通訳を介さずに親しくご歓談」ってよく書いてます、、、でも動画を見れば周囲は日本人らしき方ばかりだ(^^)


ネトウヨと思しきネチズンは、中共の認知戦だと言いますが、それなら逆に礼賛動画を氾濫させますがねえ?


あとCMも多くなった。

FBはネット広告だけが稼ぎかしらですから、背に腹はかえられぬのは分かりますが、、、


緩慢な自裁の道を歩んでいるみたいかも、、、でもこの業界。しばしばヘイルメアリーパスが成功したりもしますから、アタシ程度が的確な未来予測ができる訳はないが



2026年7月23日木曜日

中流の出と思ったのは錯覚

 


源氏物語のヒロインのランキングをつくれば、ベストテンは確実だし、愛人にするなら、、、ベストスリーな「夕顔」

出自は明らかではないが、中流だと思っていたが、三位中将が父親。公卿の端くれだが、早くして亡くなったため、後身のいない夕顔はかなり苦労をしたようです。

性格が良かったんでしょう。

身分が高く、品位があり、美人だし、諸芸の才あるって、、、六条御息所がそうですが、完全無欠って逆に息苦しくて敬遠しちゃうんですよ。

だから、大事にしてあげたいと思わせる夕顔は結構モテたと思います。


愛人の一人が「頭中将」ヒカルの義理の兄貴。

子供をもうけるのですが、のちの玉鬘でヒカルの養女となりました。


五条あたりの廃墟(源融の河原亭だと言われています)でのデートの最中にもののけに取り憑かれ、死去。

廃墟に巣喰う悪霊とも六条御息所の生霊とも、、、この辺りはホラーとしても一級品。


この大河小説を書き始めた時に、レディムラサキはどの程度壮大で緻密な構造(ストーリー展開)をもっていたのかは分かりませんが、


頭中将の昔の常夏のオンナのエピソード

可愛い子供(撫子)のこと

ヒカルと夕顔の交情

成長した玉鬘の登場、、、やらなんやら


巻き散らかした伏線は見事に回収されていくのです


夕顔というとかなり清楚で官能的なイメージですが、植物分類的には瓜の仲間。イメージし難いが干瓢の原料でもあります。


2026年7月22日水曜日

実に恥ずかしい誤読、、、軒端「萩」

 



岩波の古典文学大系で読むのは肩が凝る。
お手軽に「窯変源氏」を書庫の奥から、、、文庫版でざっと十冊あまり
訳本ならあれこれあるが、、どれも耽読には至らない。やはり才気走った橋本治氏の翻案が一番

幼くして母と死別し諸般より臣籍降下、左大臣家の歳上の娘との政略結婚、、、本来なら巻をたてて微細に語るべき父桐壺帝の妻である藤壺女御との不倫


とかなんとか最初から盛沢山。

箒木、空蝉では、ガールハントの手柄話やそれに触発されたヒカルの不同意性交一歩手前な夜這いやら。

さほどのエピソードではないが、、、改めてとんでもない誤読に気がついた。

ヒカルが言いよるのは受領の若い妻なんですが、次いでに親子丼でも思ったのか受領と前妻との間のグラマーな娘にも手を出す。名前は「軒端萩」だと長らく勘違い(^^)

正しくは「軒端荻」


見た目漢字は似ていますが、植物としてはまったくの別物。荻はむしろ芒(すすき)と紛らわしい



ノキバノススキじゃ語感としてみやびでもないしノキバノハギだって悪くはないが、、、王朝美學のお約束ごとからして「荻」でないとだめらしい。


一夜を契る、、、縁を結ぶとなればそれは荻である事がお約束。実際に草結びをやるにしても、小綺麗なだけの萩では無理ってもんです。


しかし、こんな間違いをやらかすのはアタシだけでもないらしく、芭蕉に、、、


とうきびや 軒端の萩の 取り違え


流石に句聖です。

パロディ的ですから川柳の扱いでもいいが、ギリギリ俳句の域に踏みとどまります

延宝5年作ですから、まだ芭蕉が若かりし頃

きっと「取り違えたのは芭蕉本人」に違いない(^^)


そして、中流のオンナ漁りの白眉なエピソードである夕顔の巻。

人気ある箇所ですから、アタシの駄弁は不要かも、、、



2026年7月21日火曜日

サッカーが終わればLA28

 


先が思いやられる。

アメリカンにとってはマイナー競技のサッカー

でも、次のオリンピック、LAで2028年の夏に開催されるはずだ。

既存の施設や大学の寄宿舎とかを最大限に転活用するので、プロスポーツの端境期で大学の夏休みになるはず。


確か、、、ドナルドの任期は2029年の一月二十日まで

だし、次の大統領選挙は2028年の11月7日。


現行憲法の規定では、彼は出馬できない筈だが、、、

ともかく、オリンピック開催に関しては彼は全権全能。

やりたい事や、やってはいけない事もなんでもやりかねない。


IOCはFIFAほども政治的ではないと言われるし、牛耳るのは欧州の貴族の末裔たちだから、ドナルド大統領に忖度するにしても節度はある、、、はずだが


なんせお祭り騒ぎが大好きなアメリカンだから、どんな奇天烈なイベントが起きるか分からないし、何がなんでもホスト国のアスリートが有利になるように事を運ぶのだろうなあ、、、


ちなみに施設整備費用は既存流用だから、安いものだし、民活でボロ儲けをするんだろうなあ

過去のLA五輪もそうだったし

2026年7月20日月曜日

負け戦さのグチ

 


定性的で抽象的だから、なんとでも解釈しうる。

だから、日本国の法体系の中では忌避され(曖昧性の排除)憲法の「国民の総意」以外には学術会議法で「科学者の総意」として登場するだけ、、、らしい。

この表現は1947年の制定時から変わっていませんから、、、いまならかような表現には絶対にならない。


従って「総意」の定義論なんて不毛の言葉遊びであり、非生産的極まりない議論だが、、、、宰相の答弁があまりにもお粗末だから、、、その問題の本質は、質問する側の台灣との二重国籍疑惑野党議員の不勉強、さらには論理の組み立てで答弁者を立ち往生させるだけの知力の欠如にある。


講学上の「総意の定義」概ね明確です。


過半数では不足であるが絶対多数までは必要としない。


総意が使用される条文は極めて限定的だから、憲法第一条における天皇の地位の変更は憲法第96条の「過半数」要件をそのまま適用することには疑義がある。つまり、過半数と総意の言葉を厳密に使い分けていると考えれば、、、この矛盾の解決は、、、、実に困った問題だ。

憲法9条改正はなんにも迷わないが、、、それほど「天皇の地位」問題とはデリケートだという事


皇室典範は一介の法律に過ぎないが、卑しくも天皇の地位に影響を与える以上、デリケートな対応を求めるのが政治の良識というもの、、、なんだが「立法府の総意」なる詐術で、、、騙された野党がアホなんですがね、、、だったら、カラダを張ってトコトン我が身を犠牲にしてでも闘えばいいのだが、そんな胆力もない。


因みに、政権与党の至近衆議院選挙での得票率は四割以下。政権与党に阿る他政党を合わせても、六割に達するかどうか、、、

議席数だけで「総意」というのは単なるレトリック


国の「道徳的崩壊」をみる前に、多分我が身が朽ちるだろうから、見たくない現実を見なくて済む方々は実に羨ましいのかも





2026年7月18日土曜日

金準備

 


以前から聞いてはいたし、今のアメリカとEUの信頼感レベルからすれば、当然とも言えますが、、、


まさか「金準備の引き揚げ」とは、金地金を物理的に移動するわけじゃないよねえ?!って

そんなリスキーな事じゃなくて、、、株式で言うならば、クロス売買みたいなこと。

アメリカの市場で現物を売り欧州市場で買う、、、簿価と時価の差でかなりな益が出たことでしょう。


しかし、このニュースを聞いた際には「金売買とは現物取引」しか想定できず、トンチンカンにも(^^)

でも、どの記事も「引き揚げとか移動」としか書いてないんですから、、、実に不親切だ


日本国も、アメリカ国債や準備金地金はアメリカ国内に保管していると聞いていますが、大丈夫かなあ(三菱UFJの貸金庫みたいじゃないよなあ?)

定期的な棚卸報告をもらっているときいたことないし、、、決定的な決裂ともなれば「確実に封鎖」されます。

有事に備えてある程度を米国内に保管することは理に適いますが、大半といわれますと、、、、

2026年7月15日水曜日

勝手にしやがれ

 


ズロース
シミーズ、、、、なんともレトロで淫靡感な下着名称。

パリの中心街のサンドニ界隈がアタマに浮かびます。


今時は廃れましたが、おフランス発祥と言えば、ある分野では、、、オンナのファッションではなく未だに権威です。


ヌーヴェルヴァーグ(新しい波)

同じような物言いは、、、

ジャーマンニューシネマ

ネオリスモス

なんとかニューウェーブ  要するに新機軸な映像創造プロセス

戦後のさまざまな徒花のひとつ、、、といってしまえばそれまでだが、新しい文化芸術ムーブメントにまでなったのは、流石に天才民族のおフランスだけ


日本国にも「松竹ヌーベルバーグ」て有りましたが、下積の基礎鍛錬がないままマスコミの寵児となり、配偶者に寄生して世渡りする様のこと(とまで言えば、言葉が過ぎますかな)




なにを代表としてことあげするかって、、、まあ大衆受けするのは「勝手にしやがれ」

しがないチンピラの刹那的破滅行だけのストーリーですが、とにかく映画史的なエポックなんですよ。


大抵は、エンドシーンの主人公の台詞に万感の想いがあるのですが、、、なんとまあ?

意味がよく分からない(^^)

というか、多様な解釈ができる。こんなところまで、ヌーヴェルヴァーグ風




この映画のバックステージ風みたいな作品が公開された。

実に面白い。けだし、バックステージものハズレなし❣️

原作映画を動画配信サイトで観ながら、一人悦にいってます。



2026年7月13日月曜日

喝采なき社会進出

 


ミソジニストだと誤解されそうだが、、、、
なんでもかんでも「男女が同じ」なんて虚構だし、やり過ぎれば逆におかしくなる。

音楽コンクールは、種目別(楽器別)だが性別はない。
ショパンピアノコンクールを例にとれば、、、、
過去19回の大会で、女性が優勝した大会は三回だけ。

コンテスタント全体の女性比率が三割くらいだし、本戦ともなれば、四割に跳ね上がる。


ピアノ演奏も優れてフィジカル競技である。しかし、ショパンの時代は、モダンピアノと違って、鍵盤の数は少なく幅も狭く、タッチもダンパーも軽かった(らしいですよ)


要するにショパン作品だけの世界ならば「華奢な女性」でも充分闘えたのです。

これが、プロコともなれば、、、、かなり苦戦というより無理かも?



さて、将棋の例では、、、ピアノのお稽古とは違い圧倒的な男社会。門戸は女性にも平等に開いていますが、競技人口があまりに少なくて、、、底辺の広さが高さを決めますから、今時点でプロ棋士(女性)はいない。女性だけのプロ棋士の世界はありますが、、、

知能面での男女差はないと言われるし、フィジカル面での差の影響はあるにはあるが限定的。囲碁と違い競技ルールが女性向きではないと聞くが、これはなんとも

プロ棋士になる壁があまりに厚いというが、日本国の理系人材の最高部分の集まりであり、参入を自在にしても良いことはなにもない。逆に将棋をなくしてしまえば、日本国の科学技術は格段に進化する(かどうかは分からない)


プロ棋士になるには「奨励会」で這い上がっていくのが王道だが、あまりに過酷なので編入試験制度(一定の戦績を残せば若手プロ棋士との対局となり、勝ち越せばプロ棋士になれます)

現行制度では、延べ六名が挑戦し、合格は三名(不合格は全て女性)

評価は難しいが、奨励会を挫折しても再チャレンジで扉をこじ開けた事は素晴らしいが、女性の場合は若手男性プロ相手(奨励会組)に相応の成績を残すのはかなり厳しいということ。

なもんで、ある女流戦を五回制覇すればを、プロ棋士になれるって制度を新設した

日本国最高の知性集団とはいえ、もっと偉いのはスポンサーという事らしい。

この女流戦は新設ながら最高額の賞金がスポンサーからでます。ある不動産大手企業ですが、会長さんが無類の将棋好きというのが発端のようです。


将棋界として、なんとしても女性プロ棋士をつくりたいということより、スポンサーへの阿り(にしか見えない)

勝てないプロ棋士は引退に追い込まれる制度がありますから、せっかくプロ棋士になっても、そんな憂き目を見れば、女流棋士界全体の恥になる。

追い込まれる前に身を退く事ですよ