田舎の高野連の勝手な妄走らしいから、殊更ニュースにしなくてもいいくらいニュース価値がないと思いますが、、
専門用語の日本語化はかなりハードルが高い。
その専門の世界の土地勘があり日本語(漢字)に対する深い造詣なり言語感覚が要求される。
言葉は生き物だから、使う側の許容意識が無ければ苦心の造語も早晩すたれ消えてなくなる。
明治期の初め、気鋭の専門家が知恵を絞り今に伝わる数多の専門用語(政治、経済、法律、自然科学)を作り上げ、その言葉は華人や韓人の世界でも生きている。倭ならば何でも言い換え書き換え論者ですら手のつけようがない。
無論、消えていった用語もあまたあります。
野球用語の多くは正岡子規のアタマのなかから生まれた。打者、走者、飛球、そして死球もそうらしいが、英語のまま定着した用語もあり、仲良く併存していたが、野球自体が「敵性スポーツ」という事で、英語表現が一掃されたのが、1943年。
対比表として掲示するような代物でもなく、、、なかには、ホームイン(生還)、シャットアウト(完封)のような出来映えもあったという程度。
理屈と膏薬の世界ですから「言い換えの合理性」はなんとでも言えます。悪しき漢字を排除する事も教育の一環とかなんとか、、、本気ならば、かなり危険な教育者だ。
お花畑的な言霊思想そのものであり「殺や刺や悪や死や盗」なる漢字が使わなければ、日本国は平和になると信じているなら、戦争のことを真正面から学べば平和が危うくなるって日教組と変わらない。
宮城県高野連がサウスポーの巣窟とは知らなんだ。
そうは言っても、蟻の一穴ということもある。
能狂言の「狂言」なる表現を槍玉にあげる連中がいますし、古典落語もそうだが、かなりな演目が「障碍蔑視感」を理由に舞台や高座にかける事が出来ない。
当然ながら「眼に触れないから障碍蔑視」がなくなった訳ではない。単に寝た子を起こさないだけの事。
こんな愚かしい事が蔓延する風潮自体が恐ろしい。
愚かな事を提唱する愚昧な連中を嘲笑罵倒するだけでは能がないから、建設的な提案をしましょう。
アメリカンフットボールのように「オリジナルな用語を原則そのまま専門用語として統一化」しましょう、、、というか外来スポーツは基本外来語のままが基本で「書き換え」自体が異例
今や、日米のあいだには野球の国境はないに等しい、、、というかスポーツそのものに国境がない。
専門用語の殊更の日本語化の意味は希薄になりつつあります。














