歴史的にも人格的にも偉大な方々が、宗教者の中に数多おられることは承知しているが、、、別に優遇税制があったから、生まれた訳でも無かろう
明治初期の攘夷に端を発した王政復古論は、とんでもない熱病を蔓延させ、あまたの宗教遺産を灰燼に帰して 、あるいは海外に流出させてしまった。
そんなことより、情けないのは宗教弾圧(廃仏毀釈)に対して宗教者の矜持にかけて信仰心を全うしなかった僧侶たち。
唯々諾々と還俗し、あるいは神職に衣替えし恥じ入ることを知らない。
中には仏の教えに殉じた宗教者もいたかもしれないが、歴史の遠景でしかない。
嵐が収まれば、またぞろ坊主稼業の再開となれば、そりゃ檀家の信頼を得ることはできっこない。
それが現在にまで至り・・・憲法上の「信教の自由」を隠れ蓑に宗教ビジネスを家業的に展開する存在でしかないって、言葉が過ぎるかな?
しかし、正直にいって、信仰ではなくシノギ。
だっから「信教の自由」なんて、、、なんとも大袈裟な。西洋のキリスト教徒とは流した血の量がまるで違うのです。
宗教法人税制改正が唐突に浮上した。
野党となった某党はカラダを張って反対するし、かの戦闘的な京都仏教会は、観光税反対の時みたいに拝観拒否なんてやるんだろう。
多分、税制改革はうまくいかないだろう
だって「かまえ」が小さいから、適当に妥協するしかなく、それじゃなんにも残らない。
税制の基本は「簡素、公平、中立」と加えて「透明」
このプリンシプルに違背する税制は、悉く問題があると、、、大上段に(^^)
to be continued









