2026年11月9日月曜日

ゴジラ35

 



公開中の「G−0・0」は、興収絶好調らしく、、、まさか70年前に邦画史上最大最強のキラーコンテンツにまで成長するとは予想もしなかっただろう。
ゴジラ(以下G)の著作権と商標権は東宝が保有している。過去には初代監督遺族との間で知財紛争があり、その後どんな和解条件か判然としないが、、、、1931年まで著作権は保護されている(商標権は維持料を支払う限り永久に有効)


東宝株式会社の毎年の最終利益は数百億円。実はGのパテントビジネス収益とほぼ同額、、、って凄くありませんか


金の卵を産み続ける鵞鳥ですから「何時迄も」って事で、ハリウッドの政治力やらで、権利期間は延びる一方だったが、レッドステイツ派はハリウッドには冷淡ですから、2024年にミッキーマウスはパプリックドメインとなり、もはやこれ以上の延長は非常に難しい。



1932年には、Gもミッキーマウスみたいにとんでもないキャラクターでスクリーンに衝撃の登場をするかも


さて新作のG

あちこちに映画鑑賞感想文が氾濫しているから、アタシが駄弁を述べようとは思わない。

さすがに初代は観てますが、実は以降長い空白があり「シン・ゴジラ」以降三作品しか観ていない。


所詮は怪獣プロレス映画ながら、、、

ぬいぐるみがモタモタ動き回る時代からすれば、Gの造形は益々の迫力だし、バトルシーンは格段にスリリング

しかし、ドラマ部分の組み立てがなあ、、、ゴジラのメタファーとは日本人の深層にこびりついた、自然災害のような荒ぶる神への畏怖や核への恐怖、戦争(敗残)の怨念とか、、、加えて「シン・ゴジラ」では三流の政治への嘲りまで。そして、その難局に立ち向かう等身大の我々の姿を見て胸躍らせたり、落涙したり


でも、そんな所を湿度百%で押し付けがましくクサイ芝居されると白けるのよ。

被爆被害者である科学者(田中泯)の怨念とか戦災孤児施設を切り盛りするおばちゃん(安藤サクラ)のバイタリティやら

見せ場はそれだけ。

とってつけたような天才気象予報士は、、、ジャマ!


ちなみに、Gの今回の対戦相手は唐突にもキングギドラなんですが、予告編には登場しない(^^)

口にしてはいけない事を言ってしまったから、ゴジラ細胞の話は割愛します。このiPS細胞紛いの細胞は以前の作品で登場したようで、マニアには既知のことらしい





2026年11月8日日曜日

学校給食

 



我らが寒村陋屋界隈は、はやい話が限界集落。

あたしン地は吊り橋を渡り峠を越えた僻地だが、、、無論ローカル無人駅からスープの冷めない距離にお住まいの方も居られます。


新規住民集めのコツは簡単(^^)

子供の医療費無償化と学童の学校給食費無料!!


先駆けて実施したが、後追い近隣自治体はあとをたたず、、、住民集め施策は頓挫したみたい

しかしながら、人口減少率は県全体を遥かに下回り、、、でも、都会に出ていく若者が後を絶たない。


アタシなんかは、、、郷土愛のかたまりだから、今や人生の過半以上が異郷暮らしだが、本籍と住民票はよほどの事由がない限り移さない。

現役最盛期なんかはどんだけの住民税を故郷にもたらしたことか、、、、市町村長は衣冠をただして謝辞に足を運んでもバチあたらないと思うが、アタマの下げ方のへたくそな地方公務員。

そのうちに、、、ウラミサラサズオクモノカ(^^)



さておき、、ただのランチはやっぱりないのです。

無料の学校給食の本能寺は別だし、食育に値するようなお献立なんでしょうか?

栄養士さんが居られますから、その点は大丈夫でも、、、毎回のランチで「食の喜び」を学童が感じてくれたかどうかも大事なんですけど、、、、


まあ、あたしの時代は、食の喜びなんて優雅な時代じゃなかった。

牛乳ではなく脱脂粉乳とご馳走はクジラテキ




2026年11月7日土曜日

回忌供養

 





雨を心配したが、祭主(喪主?)の日頃の心がけだか、、、雨の合間の小春日和

お寺さんはあまり勧めないが、同日に父母それぞれの回忌供養をまとめて行なった。なんせ回忌の頻度が多いからの生活の知恵だ。

逝去すれば俗名は捨てて戒名(法名)が新しい本人を特定する個人情報である。戒名とは仏のお弟子になった証し

仏門の一員であることの在籍証明の意味は、キリスト教やイスラム教と同じで仏教でも「死後は神仏の手に委ねた」と考えるのが教義的には正しい。

家族が集まってささやかに故人を偲ぶのは勝手だが、現世の僧職がしゃしゃり出て都度都度頻繁にマニュアル通りに仕切るのはおかしいと思うべきだ。

孔子様(儒教)だって「未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん」と喝破したではないか。


ことさらに、日本的な死後文化の成り立ちについては批判めいてとやかくは言わないし、古俗的な因習だからと波風を立てようとも思わない。



家族だけで菩提寺でこじんまりと法要を行いました。

ささやかながらアットホームで良い一日でしたが、、、浮き世のしがらみはなかなか面倒。

一応親戚や近しい縁者には仁義はきりました。大半は理解を示す風なのですが、なかには居るんですよ。



あんたなあ、次の回忌は◯年後やとわかってるわなあ

あたしはもう◯◯歳や

次まで生きてるかどうかわからへんねんでえ

ちと、配慮たらんのとちゃうかえ?



まあ、申し訳ないような気もするが、宗論の世界では詭弁こそがアイデンティティ。

アレコレ言葉巧みに、、、、(^^)









2026年11月6日金曜日

ただのランチはあり得ない

 


最近、高齢者の仲間入りされた、、、高齢者の割にはお元気な方なんだが

心待ちにしていた、、、、にも関わらず「医療費負担三割据置」の通知に愕然として寝込んでしまったって(^^)


冷静に考えれば容易に理解できる事だが、年齢により医療費負担が増減するのは制度として奇妙だし、他国での例はあまり聞き及ばない。

負担能力(資産高とか年収)にリンクするのが当たり前。

それがどういう訳だか、、、理由はわかっています。

70年代に革新自治体がこぞって「医療費無償化」なるポピュリズムの権化のような愚策を打ち出した事による。

個別自治体に翻弄された国や政権与党も愚かだし、そのツケ(以降医療費は膨張し、笑いがとまらないのは医師会だけ)はこれからの世代が主に払って行くことになる。


けだし、ただのランチはあり得ないのですよ。


煩雑な老人医療費制度の細部まで知ろうとは思わないが、要するに「現役並みの所得」があれば、三割をご負担願うという事らしい。

件のご老人は、ボランティアで引き受けたメダカ企業の業績が絶好調となり、約束の業績連動部分の報酬が激増したらしい。


他人の懐を探るつもりはないが、現役並み所得とは、ザックリ世帯年収が520万円くらいを意味する

むしろこの数字に愕然とする。


日本国全体の世帯収入の中央値(平均値じゃありません)450万円。

20年前と変わらないし、言っちゃなんだが、コレッポッチデカレンチュウキュウニアエイデイルナンテ!!

この間、物価だって、平均すれば二割は上がっていますらしいが、皮膚感覚だとこんなもんじゃ済まない


Debout ! les forçats de la faim !

Marchons sur la Bastille !







2026年11月5日木曜日

大メディアが、まだ社会の木鐸だった頃

 



1946年に起きた毎日新聞の大々的スクープです。

西山某記者は、事務方の佐藤達夫氏宅に夜討ち朝駆け。偶然にも宮沢俊義(東大の憲法学者)の改正案の下書きを見つけて、、、


掛け値なしにその時歴史は動いた・・・
二月一日の「日本政府による憲法改正案」の報道がなければ、今の憲法の骨格が多少は変わったかもしれない。
マイナーチェンジでお茶を濁し革命的変革を嫌った政府案ですが、敗戦国としてあまりに当時の空気が読めていないし、ドイツはWWⅠの敗残からワイマール憲法を作り上げたって歴史も理解出来ていない。
マッカーサーが激怒し、GHQの二十五名のスタッフがたった九日で書き上げたのが、現行憲法の草案である。
壮大な実験というか歴史的偉業の前には専門性も時間の多寡もあまり関係ないみたいだし、人手と時間をかければ良いものができるわけでもないことがよくわかる。


なお「激怒」と書いたが、彼はこんな憲法改正案だと他国からの日本国に対しての「苛烈な要求」が更にエスカレートする事を危惧したのが真意らしい。

いまなら機密漏洩で馘首されても致し方ない佐藤達夫だが、その後英文のマッカーサー私案を日本法制に落としこむ難行苦行をこなし、憲法改正の功績多大ということで法制局長官から人事院総裁まで、位人臣をきわめ、、、元来リベラルな宮沢俊義先生については意に染まない憲法改正案を執筆させられて内心忸怩たるものがあっただろうなあ。

彼は憲法改正制限説(憲法の基本理念は改正出来ないというワイマールの悲劇からの教訓)の立場ですから、大胆で革新的な草案なんか書ける訳がない。

しかし、その苦悩が「八月革命説」を産み出した(なんのこっちゃ?って方は、AIで調べてください)

アタシも、憲法改正無限説には与しませんので、この学説を支持、、、というかこれしか折り合いのつけようがない。

2026年11月4日水曜日

文化の日、、、の意味

 


なんでもいいのですよ。

休日に名目は要らないし、ただ休めればなんでも、、、ってあまりに無機的です。

祝日は日付固定日と日付移動日に分かれ、前者は「伝統的な意味を持つ日や歴史的な出来事があった日等」であり、その日付自体に重要な意味があるため移動させないとされます。逆に言えば、移動できるってそれこそどうでもいい祝日ということ。


さて「文化の日」ですが、その意義は「自由と平和を愛し文化をすすめる」というのが、公式の趣旨。

文化勲章の親授式がメインではなく「憲法の公布日」であること、、、なんですが、過去の天長節(明治帝の生誕日)を忘れたくないって保守派の想いもあって、だから、この日を公布日にしたんですよ。


しかし、政府主催の公式式典は、、、なんとも粗末な扱いでして、50周年はさすがに開催されましたが、国会の主催に政府が賛助という形。60周年はその流れにそいましたが、70周年は安倍政権がけ飛ばし、80周年は国会では式典開催の方向で検討中だが、、、さあどうなることか

改憲議論の動向なんかに左右されるようですが、憲法制定の祝典とはそんな事とは無関係だし、改正の機運を高めて、より良い憲法にブラッシングする意義だってあるんです。


毎年の文化の日のネタは文化勲章の「悪口」なんですが、たまには趣向を変えてみました。





2026年11月3日火曜日

不敬罪の復活?

 



事例をあげれば、、、、

破防法は立件例はありますが、他法令でも処罰できる様な罪状であり、法のキモである「当該組織の解散」については、、、オウム真理教ですら適用を見送らざるを得なかった
共謀罪は、立件のハードルを高くしてしまいましたから、、、まあ当面は立件すら無理かな
外国旗損壊罪はこれも立件は稀れ。外国政府からの正式な訴追要請が前提ですが、政治的な配慮や思惑に左右されます(未承認前の中共からの親告は蹴飛ばしています)



そんな有り様ですから、不敬罪の復活と言われるような罪状には、拒否反応が高すぎます。

名誉毀損や誣告ならば既存法令で対処出来ますし、誤解なきように申し上げますが、皇族にだって一般国民同様に訴訟権はあります。その気になれば今でも罵詈雑言や誹謗中傷に繰り返すSNSサイトを閉鎖に追い込めます。


しかし、無知ながら30年くらい前ですが「最高裁判決で天皇には民事訴訟権は及ばない」という判断になっているらしい。

一体どんな事案かって、、、、 アホらしくて説明する気にもならない。そもそも「天皇は無答責」で押し切ればよかったのです(講学上の定説からは多少逸脱するかもしれないが、内閣法制局の九条解釈よりはまだまし)



さて、日本国国旗損壊罪ですが、、、、

漏れ聞くに、絶対に無罪や違憲の判断がでそうな事案は片っ端から「送検するな」というお達しがあるらしい。



国会に提示された「具体例」ですが、真剣味が足りないなあ(^^)

ツッコミどころ満載。

構成要件が曖昧ですから、その気になれば、いくらでも争えます。

本法案に反対した国会議員は、さまざまな事例を実行して、裁判闘争をやればいいし、それが初志貫徹ということですよ。


参考までに、構成要件


①人に著しく

②不快又は嫌悪の情を催させるような方法により、

③公然と

④国旗を損壊し、除去し、又は汚損








2026年11月2日月曜日

誹謗中傷罵詈雑言流言蜚語

 



機微な話題だから、若干の前置き

流言蜚語や誹謗中傷は、為にするネモハモナイ虚言だが、その責任のある部分は「被害者サイド」にもある。

包み隠さずに事実を開示すれは、自ずと消えていく。

口に出さずとも態度で語ることも出来る。


よらしむべし、知らしむべからず、、、のような視点だと、ありもしない事を拡散してくれといっているようなものだ。


......


プロパガンダの基本法則は単純だし、古今東西変わるところがない。

嘘も百回言えば本当になる
衆愚は大きな嘘(あり得ないような虚構)に騙されやすい
一犬虚を吼ゆれば万犬実と伝う

FBのリール動画の代表格が、たわいない勧善懲悪的な短編ストーリーと皇族の誹謗中傷(或いは賛美称揚)咄し

前者はさておき、後者はなんらかの悪意なり政治的な認知戦すら意図しているみたいな、、、


ケッタイな漢字

あり得ないような誤字当て字に読み仮名

奇妙なイントネーション


からして想像出来なくはないが、狙いの筋がよく見えないのですよ。


天皇家の方々は、、、多分「賛美称揚」に値しそうな事に多少は信憑性がありげだ。なんといっても長年の人格攻撃でしかないバッシングを乗り越えたのは紛れもない事実だし、昨今はさすがに皆目耳にしない。

皇嗣家の「アレコレ」は、、、よく分からない。

映像は切り取りだし、肉声は耳にしたことがないから、どれをとっても証拠能力として合理的な疑いを払拭するに至らない。心象としては「学習能力あるいは意欲がなく品位が欠如した浪費癖と虚栄心だけの、、、、」かなあって思われても一概にはって。

でもアタシは確証のない事は口にはしない。


所詮はSNSですからトイレの落書と大差ない。かと言ってオールドメディアは報道の自由度においてG7群の最下位クラスだし、とりわけ「菊のカーテン」のタブーは、中共や北朝鮮レベルかも知れない。

なんにせよ、サブリミナル効果は馬鹿にできない。

無意識のうちに刷り込まれた意識とは、耳元で騒ぎ立てる大声の支配との両輪で、大衆世論をなんとでも操作できるのです。

その先に何があるのか起きるのかは、アタシにはわからない。





2026年11月1日日曜日

根付けの文化

 



ガラケーからスマホに進化した時、携帯ストラップは消えてしまった。
外付けのカバーケースにストラップホールが付いている例もあるがこれは限定的。そもそも本来の設計ではケースに入れる必要はないそうだから、洋画を観てても、目にする事は稀だ。


しかし、紐を付けとかないと落とすと怖いし、ケースがある方が丈夫そうだし、、、とかなんとか、ガラケー時代ほどでもないが、スマホアクセサリーには一定の需要がある。



その濫觴は「根付け」

そもそもは男の留め具アクセサリーですから、ポケットのある洋装になれば、廃れていく。

しかし、一部には熱心なコレクターがおられて、専門の美術館まで有ります。



廃れても、身についた「文化」は簡単には消えない。

アタシも、外カバーが破損したので、アレコレ思案の果てに、、、、