2026年7月22日水曜日

実に恥ずかしい誤読、、、軒端「萩」

 



岩波の古典文学大系で読むのは肩が凝る。
お手軽に「窯変源氏」を書庫の奥から、、、文庫版でざっと十冊あまり
訳本ならあれこれあるが、、どれも耽読には至らない。やはり才気走った橋本治氏の翻案が一番

幼くして母と死別し諸般より臣籍降下、左大臣家の歳上の娘との政略結婚、、、本来なら巻をたてて微細に語るべき父桐壺帝の妻である藤壺女御との不倫


とかなんとか最初から盛沢山。

箒木、空蝉では、ガールハントの手柄話やそれに触発されたヒカルの不同意性交一歩手前な夜這いやら。

さほどのエピソードではないが、、、改めてとんでもない誤読に気がついた。

ヒカルが言いよるのは受領の若い妻なんですが、次いでに親子丼でも思ったのか受領と前妻との間のグラマーな娘にも手を出す。名前は「軒端萩」だと長らく勘違い(^^)

正しくは「軒端荻」


見た目漢字は似ていますが、植物としてはまったくの別物。荻はむしろ芒(すすき)と紛らわしい



ノキバノススキじゃ語感としてみやびでもないしノキバノハギだって悪くはないが、、、王朝美學のお約束ごとからして「荻」でないとだめらしい。


一夜を契る、、、縁を結ぶとなればそれは荻である事がお約束。実際に草結びをやるにしても、小綺麗なだけの萩では無理ってもんです。


しかし、こんな間違いをやらかすのはアタシだけでもないらしく、芭蕉に、、、


とうきびや 軒端の萩の 取り違え


流石に句聖です。

パロディ的ですから川柳の扱いでもいいが、ギリギリ俳句の域に踏みとどまります

延宝5年作ですから、まだ芭蕉が若かりし頃

きっと「取り違えたのは芭蕉本人」に違いない(^^)


そして、中流のオンナ漁りの白眉なエピソードである夕顔の巻。

人気ある箇所ですから、アタシの駄弁は不要かも、、、



2026年7月21日火曜日

サッカーが終わればLA28

 


先が思いやられる。

アメリカンにとってはマイナー競技のサッカー

でも、次のオリンピック、LAで2028年の夏に開催されるはずだ。

既存の施設や大学の寄宿舎とかを最大限に転活用するので、プロスポーツの端境期で大学の夏休みになるはず。


確か、、、ドナルドの任期は2029年の一月二十日まで

だし、次の大統領選挙は2028年の11月7日。


現行憲法の規定では、彼は出馬できない筈だが、、、

ともかく、オリンピック開催に関しては彼は全権全能。

やりたい事や、やってはいけない事もなんでもやりかねない。


IOCはFIFAほども政治的ではないと言われるし、牛耳るのは欧州の貴族の末裔たちだから、ドナルド大統領に忖度するにしても節度はある、、、はずだが


なんせお祭り騒ぎが大好きなアメリカンだから、どんな奇天烈なイベントが起きるか分からないし、何がなんでもホスト国のアスリートが有利になるように事を運ぶのだろうなあ、、、


ちなみに施設整備費用は既存流用だから、安いものだし、民活でボロ儲けをするんだろうなあ

過去のLA五輪もそうだったし

2026年7月20日月曜日

負け戦さのグチ

 


定性的で抽象的だから、なんとでも解釈しうる。

だから、日本国の法体系の中では忌避され(曖昧性の排除)憲法の「国民の総意」以外には学術会議法で「科学者の総意」として登場するだけ、、、らしい。

この表現は1947年の制定時から変わっていませんから、、、いまならかような表現には絶対にならない。


従って「総意」の定義論なんて不毛の言葉遊びであり、非生産的極まりない議論だが、、、、宰相の答弁があまりにもお粗末だから、、、その問題の本質は、質問する側の台灣との二重国籍疑惑野党議員の不勉強、さらには論理の組み立てで答弁者を立ち往生させるだけの知力の欠如にある。


講学上の「総意の定義」概ね明確です。


過半数では不足であるが絶対多数までは必要としない。


総意が使用される条文は極めて限定的だから、憲法第一条における天皇の地位の変更は憲法第96条の「過半数」要件をそのまま適用することには疑義がある。つまり、過半数と総意の言葉を厳密に使い分けていると考えれば、、、この矛盾の解決は、、、、実に困った問題だ。

憲法9条改正はなんにも迷わないが、、、それほど「天皇の地位」問題とはデリケートだという事


皇室典範は一介の法律に過ぎないが、卑しくも天皇の地位に影響を与える以上、デリケートな対応を求めるのが政治の良識というもの、、、なんだが「立法府の総意」なる詐術で、、、騙された野党がアホなんですがね、、、だったら、カラダを張ってトコトン我が身を犠牲にしてでも闘えばいいのだが、そんな胆力もない。


因みに、政権与党の至近衆議院選挙での得票率は四割以下。政権与党に阿る他政党を合わせても、六割に達するかどうか、、、

議席数だけで「総意」というのは単なるレトリック


国の「道徳的崩壊」をみる前に、多分我が身が朽ちるだろうから、見たくない現実を見なくて済む方々は実に羨ましいのかも





2026年7月18日土曜日

金準備

 


以前から聞いてはいたし、今のアメリカとEUの信頼感レベルからすれば、当然とも言えますが、、、


まさか「金準備の引き揚げ」とは、金地金を物理的に移動するわけじゃないよねえ?!って

そんなリスキーな事じゃなくて、、、株式で言うならば、クロス売買みたいなこと。

アメリカの市場で現物を売り欧州市場で買う、、、簿価と時価の差でかなりな益が出たことでしょう。


しかし、このニュースを聞いた際には「金売買とは現物取引」しか想定できず、トンチンカンにも(^^)

でも、どの記事も「引き揚げとか移動」としか書いてないんですから、、、実に不親切だ


日本国も、アメリカ国債や準備金地金はアメリカ国内に保管していると聞いていますが、大丈夫かなあ(三菱UFJの貸金庫みたいじゃないよなあ?)

定期的な棚卸報告をもらっているときいたことないし、、、決定的な決裂ともなれば「確実に封鎖」されます。

有事に備えてある程度を米国内に保管することは理に適いますが、大半といわれますと、、、、

2026年7月15日水曜日

勝手にしやがれ

 


ズロース
シミーズ、、、、なんともレトロで淫靡感な下着名称。

パリの中心街のサンドニ界隈がアタマに浮かびます。


今時は廃れましたが、おフランス発祥と言えば、ある分野では、、、オンナのファッションではなく未だに権威です。


ヌーヴェルヴァーグ(新しい波)

同じような物言いは、、、

ジャーマンニューシネマ

ネオリスモス

なんとかニューウェーブ  要するに新機軸な映像創造プロセス

戦後のさまざまな徒花のひとつ、、、といってしまえばそれまでだが、新しい文化芸術ムーブメントにまでなったのは、流石に天才民族のおフランスだけ


日本国にも「松竹ヌーベルバーグ」て有りましたが、下積の基礎鍛錬がないままマスコミの寵児となり、配偶者に寄生して世渡りする様のこと(とまで言えば、言葉が過ぎますかな)




なにを代表としてことあげするかって、、、まあ大衆受けするのは「勝手にしやがれ」

しがないチンピラの刹那的破滅行だけのストーリーですが、とにかく映画史的なエポックなんですよ。


大抵は、エンドシーンの主人公の台詞に万感の想いがあるのですが、、、なんとまあ?

意味がよく分からない(^^)

というか、多様な解釈ができる。こんなところまで、ヌーヴェルヴァーグ風




この映画のバックステージ風みたいな作品が公開された。

実に面白い。けだし、バックステージものハズレなし❣️

原作映画を動画配信サイトで観ながら、一人悦にいってます。



2026年7月13日月曜日

喝采なき社会進出

 


ミソジニストだと誤解されそうだが、、、、
なんでもかんでも「男女が同じ」なんて虚構だし、やり過ぎれば逆におかしくなる。

音楽コンクールは、種目別(楽器別)だが性別はない。
ショパンピアノコンクールを例にとれば、、、、
過去19回の大会で、女性が優勝した大会は三回だけ。

コンテスタント全体の女性比率が三割くらいだし、本戦ともなれば、四割に跳ね上がる。


ピアノ演奏も優れてフィジカル競技である。しかし、ショパンの時代は、モダンピアノと違って、鍵盤の数は少なく幅も狭く、タッチもダンパーも軽かった(らしいですよ)


要するにショパン作品だけの世界ならば「華奢な女性」でも充分闘えたのです。

これが、プロコともなれば、、、、かなり苦戦というより無理かも?



さて、将棋の例では、、、ピアノのお稽古とは違い圧倒的な男社会。門戸は女性にも平等に開いていますが、競技人口があまりに少なくて、、、底辺の広さが高さを決めますから、今時点でプロ棋士(女性)はいない。女性だけのプロ棋士の世界はありますが、、、

知能面での男女差はないと言われるし、フィジカル面での差の影響はあるにはあるが限定的。囲碁と違い競技ルールが女性向きではないと聞くが、これはなんとも

プロ棋士になる壁があまりに厚いというが、日本国の理系人材の最高部分の集まりであり、参入を自在にしても良いことはなにもない。逆に将棋をなくしてしまえば、日本国の科学技術は格段に進化する(かどうかは分からない)


プロ棋士になるには「奨励会」で這い上がっていくのが王道だが、あまりに過酷なので編入試験制度(一定の戦績を残せば若手プロ棋士との対局となり、勝ち越せばプロ棋士になれます)

現行制度では、延べ六名が挑戦し、合格は三名(不合格は全て女性)

評価は難しいが、奨励会を挫折しても再チャレンジで扉をこじ開けた事は素晴らしいが、女性の場合は若手男性プロ相手(奨励会組)に相応の成績を残すのはかなり厳しいということ。

なもんで、ある女流戦を五回制覇すればを、プロ棋士になれるって制度を新設した

日本国最高の知性集団とはいえ、もっと偉いのはスポンサーという事らしい。

この女流戦は新設ながら最高額の賞金がスポンサーからでます。ある不動産大手企業ですが、会長さんが無類の将棋好きというのが発端のようです。


将棋界として、なんとしても女性プロ棋士をつくりたいということより、スポンサーへの阿り(にしか見えない)

勝てないプロ棋士は引退に追い込まれる制度がありますから、せっかくプロ棋士になっても、そんな憂き目を見れば、女流棋士界全体の恥になる。

追い込まれる前に身を退く事ですよ




2026年7月12日日曜日

ネタに困ったから、、、あたまの体操二題

 


アニメ版「美味しんぼ」を一気見した。
ここぞってシーン以外は倍速で。
ふと手が止まったのが「菓子対決」の場面
東京随一の和菓子屋さんの茶室という設定ですから、何もかもが本格一級品揃いなんだが、亭主も客も「座布団」の上に鎮座、、、って、それはないだろう

初心者や足腰が弱った客への配慮ならばあり得ても、まさか亭主までが座布団を使用しない、、、とおもうのだが

原作がどうだったのか記憶にないが、少なくともアニメ版では「座布団が登場する必然性」への言及はない。

AI君は原作ではあれこれ込み入ったやりとりがあったというが、にわかには信じ難い。

どうも、此奴は、アタシには歪曲したような回答をするんですよ。



前置きはさておき、松本幸四郎版「鬼平」の映画の事。

鬼平役は、まるで高麗屋・播磨屋の家の芸だ。

萬屋や丹波も演じたが、記憶に残るのは血の繋がりのある


初代白鸚

二代目吉右衛門

十代目幸四郎


原作者は、初代をイメージして鬼平を造形したらしいが、アタシとしては、二代目吉右衛門に如くはないし、十代目はなあ、、、脇役に恵まれない事が不幸かも


さて、最新映像版は本所時代の鬼平を市川染五郎(八代目で幸四郎の嫡男)が演じる二人一役。

親父さんよりも、まだこっちが多少はマシだ。


物語は無頼の御家人の子供を身籠った茶店女の身を哀れみ鬼平が色々と骨折るのですが、別れの際に「鬼子母神の御守り」を渡す、、、本筋には余り関係ないのですが、神は細部に宿るのです。


鬼子母神と言えば入谷が有名だが、鬼平の舞台ならば雑司ヶ谷の鬼子母神に違いない。

鬼子母神伝説の基本形は、子供まで喰らう鬼と御仏の諭しで改心し角が取れる「安産と子育ての神」というドラマティックなものだが、雑司ヶ谷は最初から「角のない鬼」だったらしい。

しかし、鬼平が茶店女に渡した御守りには「角のある鬼」の漢字だ。

雑司ヶ谷鬼子母神堂は江戸初期から「角のない鬼」表記だったと公式に言われている以上、寺が独占販売権を持つ御守りに「角があるはずが無い」

ありうるとすれば、民間悪徳業者の紛い品だが、鬼平がそんな馬鹿な真似をやるとは思えない。


そこで登場したAI君は相変わらず国会答弁のような虚実曖昧に終始しますから、まるで頼りにならない。

ただ「角のない鬼」は扁額等寺のシンボルに限られた表記であり、御守り如きは、江戸期には普通の漢字(角のある鬼)を使っていたと、自信たっぷりに、、、でも、アタシが江戸界隈に住まいしていた頃にみた現物は「角なし」でした。いつの間にか普通でない漢字に変わったのかい?



2026年7月11日土曜日

皇室典範改正が衆議院通過したし、、、

 


そもそも、六百年も昔に枝分かれした家柄じゃないか
旧宮家なるものは凡そ役立たずで、大正天皇の皇統継承に危惧があったからのスペアに過ぎず、実際は大正天皇の皇子が四名おられましたから、、、

それに行状芳しからぬ宮様もおられたし、年少の主上を蔑ろにする不遜な(軍部とつるんで侵略路線まっしぐらとか)、、、GHQの画策で臣籍降下を余儀なくされたって悲劇のでっちあげ

寧ろ、主上の御意志の部分の方が大きいと言われるから、天皇主催の離脱お別れ会までもようされ、、、でもそれを蹴飛ばした旧宮様がいたようで、、、主上の御招きなんだから、何がなんでも這ってでも出席するのが当たり前。

その際の記念集合写真ですが、本来なら51名の筈が、、、、




皇室の血統の中で誰か、、、と言うなら、選択肢は他にも

あるし、むしろこちらの方が有望かも


皇別摂家(五摂家の中でも皇子を養子に迎え入れた近衛家、鷹司家、一条家)


摂政関白(天皇の代理権者)や皇后の地位を独占する最高ランクの家格であり、鎌倉期はじめには成立し近代明治の頃まで存えた。

摂家筆頭の近衛文麿は主上の前でも脚を組むとか実に馴れ馴れしい振る舞いであったらしいが、周囲が容認したのはこの辺りにある。

これらの皇別摂家は、17から18世紀頃に皇子を迎え入れており、血統の濃淡からしても旧宮家なんか足下にも及ばない。


ただ残念ながら全ての皇別摂家は男系血統は途絶しています。旧宮家十一家族もそうですが、男系男子だけで血統のリレーをやるなんて、かなりな無理筋って、これをみてもあきらかです。

だから、養老律令の法制のなかでは「継嗣令」により、女性が皇位につくことを妨げてはいないし、それを受け継いだ旧皇室典範の原案もそのような内容である。

それを理路整然と論破したのが、井上毅。


ならば、憲法上「女性参政権」をみとめるのか!


この時代、真っ当な国家で女性参政権を認めた例は皆無だった。逆に言えば、井上は神武帝以来の歴史と伝統とか空虚な虚構にもたれたわけでなく、近代明治の法体系秩序に鑑みて無理があると言っただけ。

従って、新憲法の法秩序のなかでは「女性の天皇」を排除するような皇室典範を逆に認める訳がない。


墓碑銘

 



断腸亭日乗をひろい読むに、荷風先生は墓所巡りを日常としていたようだ。無論柳暗花明の巷に灯火が点らない昼間のことです。
先人の墓碑を読み、気にいれば書き写し日乗に転写する。アタシも碑文を読むことはあるが、墓地巡りなんてそんな趣味はない。仏式の墓石は個人墓や夫婦墓はまれで、大抵は「◯◯家先祖代々之墓」ですから、面白味にかける

どこの墓地も似たり寄ったりな風景だし、墓碑でもあれば、読んでみてもいいが、、、これまた、生前の偉業とやらをあれこれ、、、

森鴎外のように生前の偉業をさっぱり割愛し、単に「森林太郎」だけを刻している方が清々しい。

しかし、医学者としての負の側面を鑑みれば、軍医総監の名に値しない人生だったと慚愧・悔悟の念かも


それに引き換え、、、西洋の個人墓はそれぞれにユニークで眺めるのが楽しいらしい

....

なんのタレべえ 

生年と没年

故人の人となり人生をかいつまんで、、、

....


例えば、カントの墓碑銘はあまりにも高尚な哲学的字句であり(中身は略)

チューリングの墓碑(正確には記念碑)には


Father of computer science, 

mathematician, 

logician, 

wartime codebreaker, 

victim of prejudice.


最後の一句に、万感の思いが込められていますが、

むしろ「左手のかじりかけの林檎」の寓意に沢山の想念を感じ入るとも、、、



アタシは現物は見たことがないが、なんとも天邪鬼な墓碑銘もあります。

死者が生者に語りかけるような、、、、


Hodie mihi, cras tibi.


分かりやすい表現ならば、メメント・モリ

日本語ならば、、、覚悟しておけ、次はおまえだ!