ゼノフォビアとは、、、あまり言葉として一般的でもないが、世界的に深刻なテーマ
ギリシア語に由来する「異邦人・恐怖心」が直接的な語義であり、排外主義とか外国人嫌悪をイメージすればいい。
よそ者を忌避するのは、いつの世もどの場所でもありがちな事だが、ヒューマニズムの価値観を尊ぶ筈の先進国ですら無視できない事態となっているのが深刻だという事。
舞台はイングランド北東部の廃炭鉱の街。貧しく寂れ果て、古びたパブだけが憩いの場。憩いといっても、昼間からエールを飲み、文句と愚痴にあけくれるだけ
そんな街にシリア難民が移住して来た事が、混乱と葛藤の始まり。
ケンローチは、筋金入りのサウスポーの映画監督。
あるシネマジャーナリストは「英国の至宝」とまで持ち上げるが、、、支配者階級はそう思っているとはおもえないし、労働者階級の圧倒的支持もどうだろうか?
しかし「虐げられた人々への眼差しの優しさ」これに勝る価値はないと思えば、英国の最も良質な部分の表れであるし、良き意味の「サイレントマイノリティ」そのものである。
小規模なアート系の小屋で上映中ですが、連日満席状態らしく、慶賀の至りなんだが、、、、
とってつけたような予定調和的なハッピーラストには、あまり感情移入出来るところはない。それでスッキリして小屋を後にできるものでもないとおもうのですよ
司馬遷の「史記」の越王勾践世家に、、、
艱難を共にすべく、富貴を共にすべからず
という有名な成句がある。
苦労は共に分かち合い助け合えるが、富貴安楽となれば、歪み合うというような意味。
芸能人(に限らずだ)が下積みの頃は夫婦助け合うが、成功してしまえば、トロフィーワイフに乗り換えるようなもの
しかし、貧しい者・虐げられた民が連帯して助け合うなんて、、、もはや幻想に近い。
上に向かって拳を振りあげずに、より弱い者をしいたげ優越意識に浸る。
恒産有れば恒心ありとはよく言ったもの。
今時のヒューマニズムとはその程度らしいし、格差社会は一番良質な感性を毀損してしまったようだ。
この廃炭鉱街も、閉山の危機の時代には連帯して最後まで戦い抜いた歴史と伝統があったのだが、いまや閉塞感の憂さ晴らしは難民イジメであり、難民を支援しようとする少数派の同胞に対しても同様。
それは間違いなんだ!って監督は力説するんだが、一番リアルで説得力のあるシーンがこの部分とはやるせない
......主人公の台詞をそのまま引用すれば
人は苦しい時スケープゴートを探す。
自分より弱い人々のせいにして踏みにじる。
自分は政府からは踏まれっぱなしのドアマットのくせ
しかし、、、お花畑映画の批判も耳にします。移民サイドの甘えや傲慢の問題もある。多様性の尊重は相互主義のはずだ。
娯楽映画だろうが芸術性の高い高踏映画であっても、観客の立場を慮れば、暗い絶望感のエンディングはやはり憚る。入場料を頂戴する立場を忘れる訳にはいかない。
ともあれ、今年のベストテン上位になりそうです。