うめ狩(さくら狩やもみじ狩あるんだから、この言葉だって)、、、あるにはあるが趣旨がちがうし、昨今は、さくら狩とは言わずに花見という。もみじ狩だけしぶとく生き残り、さすがにもみじ見やうめ見は聞き及ばない。
以下は、彬子女王殿下のエセーを眺め読みながら(というと不敬だが)の戯言です。
花見とさくら狩は似て非なるもの。
人工的なアトラクションらしい桜木群の花を愉しむのが花見であり、奥山を踏み分けた先の自生さくらに遭遇するのがさくら狩。
したがって、もみじ林は無くはないが(修善寺にはあります)稀であり、言葉としてはもみじ狩りが定着している。
一方で、うめ狩というと、いちご狩りみたいにお目当ては花でなく実。苺や蜜柑はテイクアウトもイートインも出来ますが、梅はねえ、、、、(^^)
それに、なんといっても、梅は「薫」
あちこちの梅林では、ブルーミングナイトウォークが楽しめるようですが、過分なライトアップが煩わしい。暗闇のなかの芳しい梅香を愛でるのが王朝美學。
躬恒作。
古今集収録和歌が有名だが、その別バージョン
アタシはこっちが好き
花より団子、、、じゃなくて薫りだって
月夜には
それとも見えず梅の花
色こそ見えね香やは隠るる











