2026年7月1日水曜日

急に具合が悪くならなかったです

 


ランニングタイムは、約三時間
緊張感が持続するはずもないのだが、、、さしたる事件が起きるわけもなく淡々とシーンが流れるだけだが、ページを繰る手が、、、止まらない。
小説に対する最高の賛辞なんですが、同じ言葉を製作者の皆さんに贈りたい。

まじろぎもせずに観ました。

小さな小屋ですが、平日にも関わらず満席

舞台はパリ
認知障碍者のケア施設を運営するフランス人のマリと舞台演出家の日本人の麻里が偶然の邂逅をはたし、その交流を通じて、マリは壁にぶち当たり挫折しそうになりながらも施設の運営を軌道にのせてゆき、末期癌の麻里はマリの施設のワークショップをやりながら静謐平穏に死を迎える。

映画タイトルである「急に具合が悪くなる」とは余命宣告を受けている麻里の死の宣告を示す予兆アラームの事。
先にこの映画ネタで、知らなかったとは言え冗句混りに引用してしまった事を多少悔いています。



映画には大抵はタネ元がある。

小説、コミック、舞台劇、、、原作小説にも手紙スタイルなものもあり、、、例えば「あしながおじさんや愛と死を見つめて」

その意味で、この映画もめあたらしくはないのだが、末期癌の哲学者と人類学者の二人の刺激的な論考の交換書簡となれば、、、映画的に再構成するのに難渋しただろうって

珍しい事に、アマゾンに原作本を注文しました(晶文社ならば安心して読めるだろう)

読み終えれば、再度小屋に行きたくなるかもしれない





To be continued 



2026年6月29日月曜日

君臣の別

 



「旧宮家男子の養子案」に対して、どの世論調査でも反対より賛成の方が多いらしい。

一方で「愛子天皇待望論」も同じような世論調査結果と言われれば、目が点になる

...

直系の内親王や女王と旧宮家男子の養子のどちらが皇位に相応しいか?

...

とストレートに質問した場合にはどうなりますかねえ



さて、冒頭の「貼り付け文」はウィキからの引用。

君臣の分の平明な説明です。

かつては、皇族の身分を離れることを「臣籍降下」といった。同時に「皇籍復帰」という例外事もあり、歴史上の前例からすれば、「本人が元皇族あるいは父親が親王」に限られる。



無論神話的伝承の世界では異論もある。

継体天皇は「応神天皇の五世」の立場から即位されたとされるが、記紀の記述によれば、統治が混迷しその三代後の欽明天皇の即位により安定した、、、とある。

欽明天皇の母は手白香皇女(武烈帝の姉だか妹君ですから直系の内親王)

普通に解釈すれば、女系が皇統を救ったということ。継体帝って、簒奪王とまでは言わないが「入婿」


そんな伝承あるいは歴史に目をつむり、臣下を皇族に拾い上げ将来の天皇に、、これはもう「道鏡事件の再来」でしかない。



古代が母系社会であったし、古代に於ける王朝交代論は日本史の常識であり、、、しかし、全くの架空の存在とは言い切れないが、万世一系かどうかは疑わしいということで、確実なのは欽明天皇以降だということ。

それでも千数百年に及ぶ皇統の歴史は、欧州最古のデンマークの王家よりも古い事には変わりありません。


欧州の王室は「長子継承」に転換しましたが、日本国はいつまでも「上げ底」に固執するつもりらしい。

養子候補者が本当にいるのか、候補者にその覚悟があるのか、皇位に相応しい資質なのか、今の宮家に養子を迎える意思があるか、、、そんな不確かな状況下で賛否を問われてもアタシには無理だし、タマが居なければ候補者要件を緩和拡大すべく皇室典範を再改正するに違いないと思えば、、、そんなプランに乗ろうなんて、それは君側の奸に他ならない。

今の世に、和気清麻呂が一人もいないとは、、、実に嘆かわしい。

国民投票をやれ!って非現実的な案には与する気もないが、いま一度宇佐八幡宮にお伺いを立てては如何かと(^^)


2026年6月26日金曜日

黒牢城

 


原作は刊行時に読んだ。
短編連作歴史ミステリーなる触れ込みで、直木賞も受賞したりとかそこそこの支持を集めた。
今回映画化されたが、原作の雰囲気は壊してはいないものの、ミステリーテイストでは無くなった。荒木村重なる謀反人の内面探究とも言えないし、、、群像劇としてはものたらないし、なんだか中途半端。だが尺だけは長い
アタシが途中で爆睡するのも致し方ない。


なもんで、映画自体はあまり話題にせずに、、、


キャスティングからすれば主役は荒木村重だが、原作は謀反を止めるように外交交渉に来た黒田官兵衛の方にヒカリが当たる。


村木は摂津の国侍で池田氏の家臣であったが、主家を乗っ取りその後信長に重用された、、、理由は判然としないが叛旗を翻す。

そこに乗り込んできた黒田は播磨出身の智略の武人。荒木はなんとか味方にしようとするが、、、頑是えず。

本心かどうかはなんともなんだが、拒否の理由が「摂津の国侍は播磨人とは相容れないトカナントカ」って映画の台詞。

これって実によくわかるのです(^^)




兵庫県は(多少不正確ですが)兵庫五国といい、摂津、播磨、但馬、丹波、淡路からなる。

幕藩体制下の旧国が明治体制の道府県にどのような経緯から移行したかはそれぞれにドラマが有る。

委細は兎も角、仲の悪い摂津と播磨を一緒にしなくてもって思うし、摂津はやはり気位が高く他を馬鹿にとまでは言わないが、マウントを取りたがる。

播磨はまだ視野には入るが、但馬以下は無視、、、六甲山の向こうは日本海のすぐそばくらいにしか思っていない。



自動車のナンバープレートの地名一覧にもそんなこんながありそう。

ご当地ナンバーは別にしますが、

京都、滋賀、奈良、和歌山は全県一区。大阪は規模感から、大阪、なにわ、和泉に分かれます。堺ナンバーもありますが、実はご当地ナンバー。大阪市民は「なにわナンバー」で「大阪ナンバー」が使えるのは、大阪市の東や北あたりの住民とは変なネジレ


さて、兵庫県は神戸ナンバーと姫路ナンバーだけ。

摂津を使いたかったかどうかは知らないが、摂津の一部は大阪府に属するから神戸にしたのだろう。その対抗上播磨ではなく姫路が順当だし、歯牙にもかけない但馬以下は最初からお呼びではなかった。



はなしを、映画に戻せば、村木は毛利の援軍を乞う為に伊丹城から離脱。卑怯にも愛蔵の茶道具と共に敵前逃亡とも、、、その後は茶人として世渡りした筈だが、映画では語られない。

一方で黒田は信長から寝返りを疑われ、愛息を殺される憂き目を見ることになるはずが、竹中半兵衛の才で一命をとりとめた云々で小説は終わる(と記憶している)




2026年6月25日木曜日

夏の恋和歌

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明確に季節が明示されているともいい難いが、、、夏だとおもえば夏なんですよ


なつ衣うすくや

人のなりぬらむ

空蝉の音に 濡るる袖かな(俊成女)


常よりも涙かきくらす

折しもあれ

草木を見るも 雨の夕暮れ(永福門院)


技巧を駆使した俊成女の和歌とスッキリと涙と雨の連想だけで悲恋を醸し出す永福門院の和歌

お好みは人それぞれです。


夏衣は薄く

薄くは空蝉

夏は蝉の声

その音に涙し、、、袖は涙で濡れる。


定番の縁語技法のオンパレードで、あまり哀しみの実感を感じないが、そもそもが千五百番歌合の一首ですから、細工物です。


永福門院の「涙」のほうがリアリティがある。

夕暮れ時に雨にくもる草木を眺めてはいつもよりも涙ぐむって、起承を逆に解釈してみた。

識者は、下の句は心象風景だといいますが、、、

2026年6月22日月曜日

マイケル

 


彼が、KING of Pops ってこと程度は知っている。

最初は、群ドルのジャクソン5の末っ子だったが、個人人気の上昇と共に、、、別に喧嘩別れでもないが、ソロとして大成功。

グリーな父親と離れたことが良かったのか悪かったのか?


彼の幼い頃から80年代後半までが描かれた「無影灯に輝く音楽映画」

つまり、陰の部分を封印したって隠喩

結構なバジェットながら興収も順調。

素晴らしく出来の良いMVとして一時の慰安と享楽向きですから、面倒くさいドラマっぽい箇所は爆睡しました。



今日のお題は、この映画のエンディングに流れるテロップです。

つまり、続編予告

かの伝説のスーパーボウルのハーフタイムショーを映画的に見てみたいとおもうが、彼の悍ましい私生活や性癖は、NDAに縛られているはずだから、映像化は難しい。

そんな縛りの中で、続編なんか出来っこないっておもうのだが、、、蟻の穴のようなすきを付くのがローヤーの腕






2026年6月21日日曜日

記憶力のテスト

 


50年代から60年代の銀幕のスター達
極私的プロ映画鑑賞家なんだから当然知っていてしかるべき、、、ながらよる年並みってあります。

なもんで、頑張ってチャレンジしてみた。

無論、ズルはなし(^^)

.....

左上から右へ、そして二段目、、を繰り返す

バルドー

バコール

バークマン

カルデナーレ

ドヌーブ


フォンダ

⁇(エバガードナーかな?)

ヘップバーン


グレースケリー

ローレン

マクレーン

モンロー


リズ

ナタリーウッド(?)


全員で20名だから、せめては八割は解答したかったが、、、

あの時代の大女優(名女優)で、まだ名前をあげていないのは、、、


ガルボ

キャサリンヘップバーン

ガーランド

デ・ハビランド

ビビアンリー

キムノバック、、、とか。アタシが知っているご尊顔は大抵が老境に入ってだから、全盛期の美貌をリアルに知らないのですよ。


2026年6月19日金曜日

後見人制度改定

 




問題だらけで泥縄で創り上げた制度が施行後四半世紀を経て、やっと改正にこぎつげた。
最初が泥縄で介護保険制度とセットというスタンスもあり、メディアもろくに話題にもせず、、、今回の改正作業も然りだから、あんまり期待もしていない。

世の中には意思能力や行為能力に欠缺のある御仁がおられる。乱暴ながら年齢で線を引く「未成年者」

これは、ある意味で分かりやすい。

むしろ問題は核家族化も相まっての「意思能力や行為能力に欠缺ある成人者(主として高齢者だがそれに限定しない」の保護。

詐欺や霊感商法の犠牲者を増やさない為に「後見人」が双肌脱いで仁王立ちするのが予定調和、、、なんだが、そう毎回法律上のトラブルが起きるわけでもなく、毎月の後見人手数料は眠り口銭化しています。

本来は親族の誰かが担当すべきだが、多額の財産の保全や処分が関係しそうだと、、家裁は「法律の専門家」を指名する(しがちである)。法律家が道徳的であるとは限らず、、、積極的に横領に加担しなくても、何もせずに年間百万円近い手数料をむしりとり、、、それも終身。

親の年金で糊口を凌ぐグウタラが何時迄も「生きている事にしておく」って、後見人の世界にあってもおかしくない。

アタシは「法曹村の利権」だと思っているとキッパリ!


今更だが、未成年者と成年者に二分だけでは世の中の秩序が整然と動かなくなっている。

後見人をつけると選挙権が喪失するってルールがあり(今は違憲とされます)、、それ以外にも様々な欠格事由とされていますから、わざわざ後見人をつけようとは思わない方が良いが「パーシャルなサポートだけを明示して期限付きで認めてほしい」って希望はある。

医療や介護の世界で高齢者区分を設けるならば、他の分野はいいのかね?って問題提起です。


触法少年や重犯罪者なんかも、保護司の善意やボランティアに頼らず「後見のセーフティネットという見えない保護体制」なかで監視しておく方が、、、、それが嫌なら、GPSの首輪をつけてもらいましょうか

2026年6月18日木曜日

フェルメール展

 



大阪だけの展示会

展示品はフェルメールが2作品とその他10作品

入場料は大人ならば身障者以外は年齢居住地に関わらず一律三千円!

強気の商法だが、フェルメール作品だと一番人気の出展ですし、二度と日本国内での展示はないラシイので大盛況になるんだろう。



稀代の猟奇殺人者の監視兼介護補助人であったバーニーの夢は全てのフェルメール作品を観ること。

しかし、彼が唯一見逃したのは、ブエノスアイレスにある一作品だけ、、、、

小説とは言えかなりな虚構です(AIのストーリー解説は少し違いますが、、、)

フェルメールはアメリカとヨーロッパの美術館にしか所蔵されて無い。仮に「聖プラクセディス」が真作ならば、日本国にも一枚。

英国王室所蔵が数展ありますからこれらは非公開。それにボストンの「合奏」は行方不明のまま。そもそも「全てを鑑賞する」のは、多分不可能


フェルメールの作品数な未だに定番がありません。32から37枚

37枚を定説とするならば、上野の美術館に寄託されている作品は真作ということになります。

十年くらい前に10億円くらいで日本人コレクターがオークションで落札しました。当時は「フェルメールに帰属」と銘板に書かれていました。

はれて「フェルメール作」と書かれるようになれば、価値にゼロがひとつ増えますが、未だに書き直されていないらしい。

出来映えがよければ、200や300の声がかかるかもしれないが、、、アタシが観た西洋名画の中では三大ガッカリ


アタシのお好みは、、、このデルフトの眺望


真珠の首飾りの少女より高い値がつくはずだ。


2026年6月17日水曜日

女人禁制

 


世界の潮流からすれば極めて限定的てあり、限定的であることの説明責任が求められます。

2024年に国連の女性差別撤廃委員会は「皇室典範」改正勧告、、、、余計なお世話です。

猛烈な抗議を行い、、、その勧告の削除要求や拠出金の停止もやったはずだが、その後は知らない。

なんにせよ、こんな政治的策動による「妄言」に付き合うのも愚かしい。


中味は「皇位継承の性差別廃止」であるが、要するに「女性・女系天皇に反対するのはミソジニスト」だと言うこと。仮に頑迷固陋であっても女性蔑視者に言われて心穏やかに筈はなく、、、理屈と膏薬はなんとでも(^^)


祭祀王は「男性」であるべきと言う歴史的な伝統を振りかざします。ローマ教皇やイスラム教のカリフが男性なのは教義の定めるところだが、日本仏教や神道は性別には拘らない。例がないだけで天台座主は女性でもなれますが、それに相応しい女性を持ち得なかった。神宮(伊勢神宮と普通は呼ぶが)の祭主は少なくとも戦後は女性。「斎王」の伝統にならったとされます。



天皇は祭祀王であると同時に権威の総覧者でもある。

旧皇室典範制定素案では「女性だか女系」も養老律令に倣い容認されていたが、かの博覧強記な井上毅が猛反対したらしい。

その理屈は「ならば、女性参政権も認めるのか?」

その当時まだ女性参政権を認めた国家はなかったから、日本帝国の憲法等法体系にそんな考えが入り込む余地はない。

だったら、戦後の皇室典範改正時にそのように考えればよかったのだが、、、


実は、旧法の時代から摂政は皇族ならば女性でもなれたのです。現行の摂政の権能は天皇と全く一緒(旧法では一部の権限の行使が出来なかった)

民間人出身の皇后陛下でも天皇と同等の立場になりうるのです。


歴史と伝統に根ざした「万世一系」というが、砂上の楼閣にも等しい。

神話的伝承を歴史的事実と混同・強弁する事は「歴史の捏造」に他ならない(とまで三笠宮親王は仰っておられます)

アタシも、神武天皇以来の「歴史と伝統」なんて、、、「欽明天皇以来」ならば異論は唱えなませんが


歴史的な伝統も創造的に変貌すべきものだが、変えるべきで無いものは変えてはならない。それは「君臣の別」

旧皇族養子って、その大原則に反する。

皇族が臣籍降下し復籍するのは構わないが、臣籍降下した後に生まれた子女は臣下(平民)に過ぎない。

平民が皇位につくのはそれこそ「易姓革命論」だろう