2017年1月31日火曜日

無惨やな 鎧の下の螽斯(キリギリス)




白髪を染める
薄化粧でホウレイセンを隠す
分に合わないブランド品に身をやつす

どうしようもなく品性に欠けると言われそうだが、孤独な高齢者が

頭上高く 燃えたちぬ
今や最後の闘いに 🎵

とかなんとかのシチュエーションなら理解もしてもらえるだろうか。


平家とは、戦さ下手。
忠盛の時代は瀬戸内のパイレーツを殲滅したほどであったが、
公家の真似事で平和な都会暮らしなんかだとハングリー精神はなくなる。
戦記物を拾い読むに、コリャ皇軍と同じだ。
下士官兵は勇猛だが、将星(平家一門)が愚昧で軟弱
けだし、魚はアタマから腐るのですよ。


だからこそ、アホなアタマでも主君は主君。
忠義に殉じる老武者は、痛ましくも気高い・・・なんて気はさらさらない(笑)

違いますなあ。
畳の上で死んでは武士が廃る。
故郷の越前で華々しくも散華するのがオトコの羽根飾(心意気)


斎藤別当実盛


頼朝の反乱以降の防衛戦は、怯懦な平家一門の将軍の失態で連戦連敗
お陰で、不朽の戦歴も、晩節は汚点だらけ。
木曽義仲との倶利伽羅峠の戦さが今生の最終戦
落ちのびる一門に目もくれず、単騎敵陣に乗り込む。
故郷に錦を飾るってことで、大滝銀子さんの装いの花田秀次郎!
背中で吼える唐獅子牡丹かわりに、化粧とヘアダイ


世阿弥作の修羅物の名作「実盛」
戦場で殺生の限りを尽くしたために修羅道に堕ちた武士を主役にしたのが修羅物
勝ち修羅、負け修羅の区分があり、また源平にも別れる四象限マップ。
扇の図柄、烏帽子の形に約束事があり、通には分かるようになっています。
三大修羅の一つだけあって、なかなか見せますが、
マニアックな道楽の極みです。


ちなみに、舞台ではワキツレがしびれを切らして立てなくなりました。
プロとは言えヒトザル。
たまに失態もありますが・・・シテじゃないから影響は限定的。
でも不覚ですよ。


思い出しても、あの鉢木での蝸牛の失態。
末代までの恥辱!
蝸牛がプロならば、楽屋裏で、腹掻っ捌いて・・・・













2017年1月30日月曜日

何故にイーストウッドさんだけが?




ハリウッドで最も重要で尊敬される映画人(監督)だといわれることは否定しませんし、
安心して鑑賞できる映画人だと思っています。
しかし、ハリウッドは兎も角も世界中に多彩な才能をもつ映画人はいるのですよ。
贔屓の横倒しということもあるし、出来レースの悪評や腐臭すら感じるなんとか大賞レベルに堕したのかしら?
オスカーより歴史がある事が誇りの映画賞なのに。
最近は一体誰が投票しているんでしょうか?
この映画賞は、誰がどう評価したのかを公開してますから、公明性なり透明性には定評のあるということなんですが・・・・


彼の主なフィルムグラフィーは、監督兼出演監督専任合わしてざっと四十本弱

監督兼出演作品

『許されざる者』⚫️
『マディソン郡の橋』
『スペース カウボーイ』⚫️
『ミリオンダラー・ベイビー』⚫️
『グラン・トリノ』⚫️

監督専任作品

『インビクタス』
『チェインジリング』
『バード』
『ミスティック・リバー』⚫️
『父親たちの星条旗』⚫️
『硫黄島からの手紙』
『Jエドガー』
『アメリカン・スナイパー』
『ジャージー・ボーイズ』⚫️
『ハドソン川の奇跡』⚫️


93年の「許されざる者」以来、24回の選考チャンスに、
第1位が8回(⚫️表示)
特に明記しませんが、銀メダルが2回、銅メダルも若干ですから、圧倒的な三連単の勝率です(笑)
補足すれば、同一年度でかぶったりしているケースもありますから、本当は金メダルってのも、複数あります。
2016年度も「ハドソン川・・」が第一位!
いったい、他の映画人は何をやっているのだ・・・?
まあ、こうなるにはそれだけの理由がある。

日本公開本数が激増し、プロ評論家も全体がカバーできず、なんとなく知名度に流れて試写室に足を運ぶ。
彼の作風自体が良き時を思わせる「娯楽性と教育性」のバランスを保っており、選びやすい。
新しい才能は、アニメや超大作アトラクションに流れ、賞レース分野での新規参入に乏しい。
映画界も超大国一国集中で、アメリカ以外では資金も集まらないし「巨匠」なんて才能が堅持できない。
キネ旬の評論家のレベルが落ちた(・・少なくとも映画の新しい地平の開拓という観点で冒険をしなくなった)


理由の分析を明晰にやっても問題が解決するわけではない。
なに?「問題だって?いったい何が」
クリントイーストウッドも末期高齢者ですよ。
いつまでも、我々を得心させてくれるような作品を作り続けるのがだんだん難しくなる。
先はどうなるんでしょうか?


蝸牛にとって最高作はこれです(自薦作ってかようなベストテンにはまず入らないのです・・・苦笑)
88年の作品。この頃から才能が開花・・・・











2017年1月29日日曜日

話題になるのが遅かった「アイ・イン・ザ・スカイ」



途中から姿勢を正し、まなじりをキリリと・・・
思えば、亡命ロシア貴族の血を引き、RSCの舞台女優をつとめ、オスカー賞に輝き、デイムの称号まで持つ大女優が
迷彩服着た戦争映画ごときの主演だって・・・
しかし、彼女が引き受けるだけのハーバード白熱授業的素材なんですねえ。


ドローン自体全く新しい素材ですから、ユニークな仕立て上がりになります。
アメリカンのドローンの制御センターはネバダ州のベカス近郊
自宅と戦場の日帰り通勤・・・って不条理な現実です。

ヘレンミレンは英国の大佐
イスラム過激派追討の最前線にいますが、長年追い求めたテロリストをケニアの某所で発見。
英米ケニア連合のドローン搭載ミサイルで皆殺し作戦・・・ってそう物語は単純じゃない。

他国で戦争行為をやるってなんだか問題ありげ
獲物は英国国籍人とアメリカン(アメリカ政府の意向は無視できない)
一般市民・・・とりわけ幼い少女を巻き添えにしてもいいって事でもないし・・・
一方で、元来捕獲作戦だったが、自爆テロ行為を確認した以上悠長なことをやっている暇はない。
軍人の発想は単純ですが政治家はそうでもないし、元来功績独り占め且つ責任回避主義者
不毛の決定先送りプロセスは事態を混乱させるだけで、決定権者を上に上にと時間ばかりが経過する・・・・
外務大臣を探し出し、外務大臣は首相に決断を任せ・・・
アメリカンは簡単ですから、国務長官は、そんな単純なはなしを相談以前と歯牙にも掛けないし、
ホワイトハウスの補佐官は、危惧して圧力をかけてくる。


実に面白い。
シン・ゴジラでは、倭風な結論のでないダラダラした会議風景がある種話題になりましたが、
この手のことは倭国に限った事ではない。
政治家が恐れることは、攻撃動画が漏洩し、YouTubeで炎上する事(笑)
当事者の軍人たちのストレスはたまる一方。
生身の戦場よりもPTSDになる確率が高いとはこういう事なのか。


なかなか見る人が見れば含蓄深い映画なのですが、なんとも粗末なプロモーションのおかげなのか
入りも悪かったのでしょうねえ、早々に打ち切りのようです。


やっぱり、軍令と軍政は別物です。
文民は、戦術局面に口出しをすべきではない。
文民がやることは「戦争を始める事と終わらせる事」の決断だけ
あとは軍人の世界だ。
しかし、ろくな交戦規定もないとしか思えない自衛隊・・・・・ご苦労が多いだろうねえ。


改めて、南スーダン方面の空を見上げ、歎息する蝸牛庵でした。

誤解されると困りますが、政治家がダメで軍人が立派という事ではない。
軍人は、捜査一課の刑事に似てまして、これと思いつめれば
実行するに不利なデータには目をつむり、有利な情報ばかりを
かき集める。
デイムミレンも例外ではない。





2017年1月28日土曜日

話題になるのが遅かった「ドローン」


夢想することは可能になる、或いは可能なことのみ空想する。
無人走行(自動運転)自動車に先駆け、無人飛行操縦機(ドローン)が現実化した、或いはしつつある。
無知な事であったが、濫觴は第二次世界大戦の頃らしくて、ナチスのVロケットの対抗技術として開発されたらしい
つまりは、先端技術にありがちな軍事技術。
ヒトザルが乗らない「カミカゼ」を目論んだわけだが、なんと、JFKのお兄さんは実験飛行中に殉職したんだって。

其の後、周辺テクノロジーの進化により、民生利用も含め急激に拡大している。
農薬散布なんて古典的な利用方法
映画「インフェルノ」では、犯人追跡に利用されていた。
某県警でも導入予定だとか・・・
アメリカ映画によく登場するヘリでの逃走する犯人の自動車との追っ掛けも過去の遺物となるんだろうなあ。


そのうちに、ドローン制御システムにテロリストがハッキングして・・・空から恐怖の大天使が舞い降りるなんて設定の映画ができるんだろうねえ。
何事にも光と影があり、利便性の裏にはリスクもあるさ。
世間には、こんなユニークな映画祭もありまして・・・新しい映像美を見せてくれます。



2017年1月27日金曜日

まちぶせの意味・・・・オフサイドが無くなる!


懐かしくも初々しく・・・別にファンでもないし、ちょっと流行った程度の歌謡曲(表現が古いねえ)を
センターにする気もないが、まあマクラですよ(笑)

サッカーのルール改正で「オフサイドの廃止」案が提案されるのだそうな。
一体何を考えているのか?
今や、スポンサーの前にスポーツのルールの聖域はない。

TV好み
スポンサーのニーズに合致する
観客が喜ぶ
視聴率が取れる

なんでもあり・・・ですからと言ってそのスポーツの本質を変えてもいいのかって言う哲学的課題である。


サッカーには詳しくないので、バスケットボールを例にとると・・・・
19世紀末頃に人工的に作られたボールゲームですから、優れて合理的に出来ている。
通常ワンショット2点であるが、フリースローは1点。
シュートの難易度からすればもっともな事だ。
従って、遠くから(フリースローレンジ外)からのシュートは3点と言うのは至極もっとも
実際に1930年代からローカルルールとしては存在したが、NBAが正式採用したのは1970年のシーズン。
センター中心のゲームからガード主体に大きく変化する事に慎重であったと思われますが、結果は成功した。
バスケットボールというスポーツの本質が変わったのか?と問われれば、それは微妙。

つぎにラグビーの例
あまり知られていないが創成期のラグビーはキックでしか得点が出来なかった。
サッカーの変形でできたスポーツなのでありげな事である。
トライとは得点ではなく「トライ・フォー・ポイントキック」が正確な表現。
最初はオズオズとささやかにトライポイントが設定されたが、今やキックがオマケ。
ゲームの本質がある部分で大きく変わった。
しかし、ボールゲームとしては格段に面白くなった。

最後にバレーボールは・・・・なんだかメディアにボロボロにされたルールの上で戦うアスリートが気の毒
それらを踏まえて「オフサイドの廃止」の意義とは・・・・


綺麗事を言ってもしょうがないが、スポーツにおいて汚いことは御法度である。
まちぶせ・・・・は卑怯な戦法と言うのはスポーツのルールの定番である。

バスケットボールにおいてはフリースローレンジ内に攻撃陣が立ち入る事には制約がある。
フットボールにおいてはQBがスナップするまでオフェンスは前に動いてはならない
ラグビーではボールを前に投げてはいけない

要するに「まちぶせ禁止」の精神である。
これを変えようってことを提案するなんて・・・理由の想像はつくがやっては絶対にいけない事のはずだが
たくさん点数が入るとゲームがエキサイトするって目論見なんだろうが
それならバスケットボール方式の得点の方がよっぽど気が利いている。

まず見ないスポーツなんで好きにやったら宜しいのですがね・・・老婆心ながら(笑)




2017年1月26日木曜日

2016年ベスト映画(洋画編)

1001本目のネットエッセイだし、やっぱり(芸がないが)キネマでいこう(苦笑)





数百本あまりの公開作品の中、当然見ているもの(みたいと思ったのは)ごく一部
その中で選択するわけですから・・・・プロモーションの「わな」におちたものや個人的興味の範囲からしか選べない。
その意味で、あちゃこちゃのベストテンもそうですが、偏頗的にしかならない。

ビッグバジェットな超大作アトラクションや、アニメ映画、作家主義的な小品を同じテーブルで競い合うのも不公平のきわみ。
したがって、平均値的なランキングと比べて異質であってもそれはそれ
違いがあってこそ、極私的プロ映画鑑賞家の「自負と偏見」


まず「一次審査」通過作品・・・・ざっと二十本
見た映画の八割が足切りですが、何でもそれくらいの比率で雑魚がいます。
本当に傾向的ですねえ(苦笑)

フランス組曲
キャロル
アイヒマンショー
獣は月夜に夢を見る
スポットライト
ルーム
レヴェナント
ブルックリン
トランボ
リリーの全て
ニュースの真相
チリの闘い
手紙は覚えている
ベストセラー
われらが背きし者
五日物語
シークレットオブモンスター
ローグワン
ボーダーライン
ロストバケーション

-----ここから「十本」を順不同に並べますと・・・

フランス組曲
獣は月夜に夢を見る
スポットライト
ブルックリン
ニュースの真相
チリの闘い
五日物語
シークレットオブモンスター
ボーダーライン
ロストバケーション


さらに傾向的ですねえ(苦笑)
でもキネ旬ベストテンと二本もかぶってますよ。
たいていは「ネットエッセイネタ」ですが、中には酷評しているのもありますが、それはそれ、これはこれ。
本当は番外で「もう一本」選びたいが・・・(さあ、それはなんだ?)







2017年1月25日水曜日

分不相応に「回顧展」



この堕日記も、FBのプラットホームにお引越ししてから、今日で千回目。
休載のない不倒記録です。
ざっと三年。駄日記とはいえ、継続は力ですねえ。
基本友人限定ですから、ヒット率もしれてます。
別にベストセラー期待でアフリエイトビジネスをやろうなんて思ってません。
自己満足で書き綴っているだけの事で、友人登録された方々が、怖いもの見たさで・・・(笑)
暇つぶしに斜め読みでもしていただければって事です。


といいつつも、力作がシカトされたり、愚作が当たったり、読み手心理は不可解だ。
ネタ切れで苦吟すると、リバイバルや再放送で
お茶を濁すってありげな事で、今回限りだが、ヒット作の再映をやってみよう。
本音を言えば、かなりネタが切れてきたのですよ。


⑴進撃(する広告)の巨人

人気漫画をマクラにして、スポーツビジネス利権の闇に君臨する某広告代理店の話題
FIFAの醜聞に関連して話題性があったのでしょう。
東京オリンピックも含めて、白日の元に晒されたが、まだまだしぶとく......
この会社は、戦前は通信社のような稼業でしたが、満州国建国の一件でなんとも言えない「働き」を
しましたが、これは別の話題。
しかし、ちょっと最近はまずいですねえ。

http://ueda8823khj.blogspot.jp/2015/05/blog-post_29.html


⑵こればっかりは日本のテレビ中継じゃ見れません

毎度欠かさずのスーパーボウル話題
ヤッパリスポーツって視聴率が取れるのだ。
SBの放映時の為だけに制作されたCMのご紹介。
本当にお手軽な駄日記です。
しかし、ワンナイトドリームの為にここまで知恵と汗を出すんですなあ。

http://ueda8823khj.blogspot.jp/2016/02/blog-post_23.html

⑶たしか今日でしよねえ

JPのIPOの話題です。
こんときはネタに困ってまったく興味も無いのに駄文を書いてしまった。
まだ上場してんですかねえ。
まったく話題にもなりませんが、配当利回りだけは政府保証みたいですが、
そんな保証が当てになるかどうかは知らない。

ということなので、リンク文書もパス


こんなところがベストスリーで、実のところ得意分野じゃない。
それでも、読み手も力入れて書いているのがわかるのか、第4位以下が・・・

贋作師の欲望
実は「キラネ」は教養です
ゼロコーラ戦争
難解用語の基礎知識

第二集団ともなれば、内容の品位上がるってところが・・実に面白い。
でも、古典話題の人気が出ないのはやはり寂しいねえ。
もう少し、伝える技術を磨きなさいって事なのでしょう。



それでも、本業のビジネス関連話題は、受けませんねえ・・・・苦笑
守秘義務に縛られているので、面白くしようがないし、書きたい事は書けないし・・・
いまや、天下の素浪人なんだからって事だが、こればかりは契約書上の残存条項で墓場まで持って行く事になっている。
心中する程の愛着がある訳でもないが、一宿一飯の恩義ってあります。
それに、別れたオトコの悪口を言いたてるオンナほど草野球はない?
後ろ姿の無様な老人もまた然り



注......草野球=ミットもない

2017年1月24日火曜日

元号を廃止しましょうか!(2)





ヤフー知恵袋的に問えば・・・・答えは難解です。
ここでいう「元号」とは、和暦のことであって、君主(ミカド)の定める有限の紀年法である。
君主が時空を支配するという思想の表れであり、逆に言えば、その君主(政治体制)を否定したければ
元号を拒否し、自分で元号を制定することになる。

これが難解の最大の理由。
最大という以上、セカンドもあります(笑)

元号の始まりは、大化の改新でおなじみの「大化」ですが、この時期王権が揺らいでおり、継続的に元号が定められていない。
天智天武朝の頃は空白であり、朱鳥なる元号があったとされる一方で、白鳳、朱雀は否定される。
しかし、文化史的には白鳳時代ってちゃんと公式認知されています。
天武には偽天皇の疑いとか色々ありますから、もうこの時点で数が合わなくなってしまった。

源平動乱期では、鎌倉王権が平氏の息のかかった元号は認めないということで、安徳天皇の定めた元号は拒否しています。
これを正当と思うかどうかは、鎌倉政権のスタート年をいつとするかという歴史学上の重要な問題でもある。
今や、イイクニツクロウ・・・なんて長閑な覚え方じゃダメなんですよ。

最大の課題は南北朝時代の両統により定められた元号の取り扱い。
二つの王権が併存したと考えれば事は簡単だし、片方を偽王朝と断じてしまえばこれも簡単。
史学的には南北朝時代という以上、併存でしょうが、一方で吉野朝時代なる言い方もある。
歴史学者がどう言おうと、政治的に神武天皇即位の日が国の始まりだし、今上天皇が北朝の末裔であっても
南朝正統なのです。


で、正解ですが・・・・

大化、白雉、朱鳥は元号とはしない(王権として安定したのは大宝から)
源平動乱期の養和と治承は元号である
北朝元号は元号である

という事で・・・・二百四十くらいになるはずですので、暇な時に数えておきます







2017年1月23日月曜日

元号を廃止しましょうか!



改元のある度に出てくるのは、ネット市民風の議論。
言論の自由は有難く、なにを言っても罪科に問われない・・・から発言に緊迫感がない。
単に言わせておけばいいってことで終わり(識者はせせら笑いはしないが、多少ズレた視座に微苦笑)

でも、本当は真剣に議論してもいいテーマなんだわ。
その意味で問題提起は良いことだ。
年の数え方を法律的に決めているって法令はあるのだかないのだか・・・
元号法なる法律がありますが、これは時間の定義を皇位一代の元号により定めるって法令でもなさそうです。
単に・・・

どのような元号にするかは政令で決めます
決めた元号は皇位継承の際にのみ改めます

と言っているだけで、本来的本質的に決めるべきことを決めていない。


倭国の時間の支配は「皇紀歴」に由来していると思われますが、これは浅学菲才ながら確信に近い。
従って、皇位一代の元号を廃止し、皇紀歴を公式に採用しましょう・・・という議論は傾聴に値する。
正確に言えば、いまでも「公式」なんだから、それを世界に明言しましょうという主張になる。
半ばながら賛意を表明してもいい。
毎度の鬼面ヒトザルを驚かす蝸牛の狂言綺語だと思うなかれ。
ちゃんとした根拠があります。


明治三十一年勅令第九十号(閏年ニ関スル件)

神武天皇即位紀元年数ノ四ヲ以テ整除シ得ヘキ年ヲ閏年トス
但シ紀元年数ヨリ六百六十ヲ減シテ
百ヲ以テ整除シ得ヘキモノノ中
更ニ四ヲ以テ商ヲ整除シ得サル年ハ平年トス

閏年が決まる・・・時の支配が神武天皇紀元(つまり皇紀歴)に由来することの法的根拠であり、
明治の勅令であっても公式に廃止されない限り有効なのです。
知る限り、時の支配に関わる法令はこれと、あとは・・・(どっちも廃止法令は確認できません)


第三百四十二号(明治五年十一月十五日)(太政官布告)

今般太陽暦御頒行 神武天皇御即位ヲ以テ紀元ト被定候ニ付其旨ヲ被為告候為メ来ル廿五日 御祭典被執行候事

太陽暦採用の太政官布告

第三百三十七号(明治五年十一月九日)(太政官布告)

一今般太陰暦ヲ廃シ太陽暦御頒行相成候ニ付来ル十二月三日ヲ以テ明治六年一月一日ト被定候事
但新暦鍍板出来次第頒布候事
一一ケ年三百六十五日十ニケ月ニ分チ四年毎ニ一日ノ閏ヲ置候事
一時刻ノ儀是迄昼夜長短ニ随ヒ十二時ニ相分チ候処今後改テ時辰儀時刻昼夜平分二十四時ニ定メ子刻ヨリ午刻迄ニ十二時ニ分チ午前幾時ト称シ午刻ヨリ子刻迄ヲ十二時ニ分チ午後幾時ト称候事
一時鐘ノ儀来ルー月一日ヨリ右時刻ニ可改事
但是迄時辰儀時刻ヲ何字ト唱来候処以後何時ト可称事
一諸祭典等旧暦月日ヲ新暦月日ニ相当シ施行可致事
太陽暦 一年三百六十五日 閏年三百六十六日四年毎ニ置之

一月大 三十一日 其一日 即旧暦壬申 十二月三日
二月小 二十八日閏年二十九日 其一日  同  癸酉 正月四日
三月大 三十一日 其一日  同 二月三日
四月小 三十日 其一日  同 三月五日
五月大 三十一日 其一日  同 四月五日
六月小 三十日 其一日  同 五月七日
七月大 三十一日 其一日  同 六月七日
八月大 三十一日 其一日  同 閏六月九日
九月小 三十日 其一日  同 七月十日
十月大 三十一日 其一日  同 八月十日
十一月小 三十日 其一日  同 九月十二日
十二月大 三十一日 其一日  同 十月十二日


順不同で記載してしまったが、まず紀年法(太陽暦)を採用するということが決まり、
暦のカウントは神武天皇紀元とし
不正確だった閏年の定義を明確にした・・・・というのがミカドの御意志

当時のことですから、時の支配者の綸言汗の如しのご発言なのです。
思うに、西洋にならった暦のシステムを導入するが、耶蘇教暦を使うわけにはいかないから(この時点では耶蘇教禁止令は有効でした)
神武天皇以来の和の歴史に準拠しよう・・・という至極もっともで明晰な論理で貫かれている。



世にある意見の背景は、西暦を採用しましょうってことのようですが、これって繰り返しますがキリスト歴ですよ。
ダイバーシティの時代にキリスト教中心主義でもない。
世界中には多様な文化の数だけ暦があるのだ。
利便性の観点で一般的に使いましょうねってことと文化固有の文物の廃止とは全く意味合いが違う。

改元の度にシステム対応が大変・・・・??
単なる「表示」の問題であって、データベースの問題じゃない。
仮にだとすれば、愚かなシステムベンダーを使っている不明を恥じればいい。
昭和百年問題なんてY2Kから何も学んでいない(笑)
斯様なことを理由にしていると、白痴痴愚魯鈍以前と思われますよ。


要するに、公式は皇紀歴は生存しているし、元号法により元号も公的に認められている。
西暦は利便性より慣例的に使われているだけっていうのが正しい現状認識。
その上で元号法を廃止しますかどうしますか?太政官布告は?っていうのが論点整理で、
無意味な議論だと思いますがねえ。


ちなみに元号の正確な数ってご存知ですか?(笑)これがまた難問で・・・・


2017年1月22日日曜日

今は春べと 咲くや・・・・




取り敢えず「過去ネットエッセイ」を引用します。

ーーー

能のタイトルは・・・「読み方」が難しい。
今風に言えば「キラキラタイトル」


東北
雲林院
善知鳥
弱法師


まあ、書き出すとキリがない・・・・というたわいないマクラに始まり・・・・

さて「難波」は「なんば」でしょうが、この世界では「なにわ」と読ませる。
非常に由緒ある地名であり、


難波津(なにわづ)に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花


気分のいい歌です。
引き籠もりな冬が過ぎて、はな咲く春になったなあ・・って
リフレインの効きが実に素晴らしい。


蝸牛のネットエッセイ愛読者は基本的に教養人ですから、注釈不要なんですが「この花」は梅の花です。
花=桜って後世の話し
平安初期まで、中華の影響もあって、花=梅(あるいは桃)
当然に冬が過ぎれば、最初に咲くのは桜じゃなくて梅に決まっている。
桃と桜の順番は・・・まあ色々あるが、人為的短命さにかけては桃に軍配があがる。
その一方で桃は艶麗無比という形容詞が似合う。


大阪市には、此花(このはな)区と浪速(なにわ)区がありますが、
命名の謂れは当然にこの歌に違いない。
此花区には、

咲くやこの花高校
梅香中学校

なんて「歌尽くし」です。
昔の人は教養豊かだったに違いない。
此花区って言えば、なんとなく下流イメージがあるが、それは思う方に教養がないからだ(笑)




ーーー




長いマクラに疲れたねえ

今年最初の練習曲にはこの「難波」を選びました。
他意はないのですが、スッキリとした祝祭曲の割に人気がないのが、天邪鬼の琴線に触れたか🤗
でも、大阪って歴史由来のある梅の名所ってないのですよ。
あったが、粗末にして荒廃させてしまったか・・・多分それが理由で梅の精がそっぽを向いた。
ナニワの低迷は、ここに始まるって、有り気なことです。

夢洲なんかに盛大な梅苑を作る方が、百年の計に叶う。
倭風カジノが上手くいかないってことは百億円すったチリ紙屋の御曹司の見解で明らかですよ。
どうして彼の意見を参考に倭風カジノの基本計画を作らないのかねえ。
百億円スルのは勝手だし、損すれば得する奴もいる。
カネは回る事で経済の相乗効果を生むが、彼は海外で国富を浪費しただけで国内に還元しない。
単に無駄に国富が胡散霧消しただけ。

それをリベンジするには、やっぱり悪知恵出さないとねえ・・・・








2017年1月21日土曜日

親子は他人の始まりか?


親子関係、とりわけ夫と子供の関係なんて「信じるしかない」っていうのが居酒屋のヨタ話の結論。
ヨタ話のうちはそれでもいいが、当事者ともなれば真剣味を帯びてくる。
法律の前提以上に科学が進歩すれば余計に事態は混乱する。
例えば「赤ちゃんの取り違え」なんて、余計な科学的診断がなければ平穏無事なものを・・・
何十年も経ってから、親子じゃなかったとか兄弟でもないって言われてもねえ。


今や、親子関係は、

通常の婚姻関係
上記に類する関係(例:事実婚)
養子縁組
人工授精(通常の婚姻関係や上記に類する関係からの精子と卵子による受精とそれ以外とかさまざま)

とかなんとかかんとか
もっとも、人工授精の法律的整理ってよく知らないのですが、通常の婚姻として
とりあつかう・・・のかなあ?
自然分娩でも取り違いの起きる昨今、人口受精だって、精子や卵子の取り違えが
あってもおかしくはない。
たまたま事件になっていないだけ・・・かも。


とても現在の法律条文ではカバーしきれないにが実情であり、はっきり言えば政治の怠慢。
古典的な家族観以外に目を背ける政治家に鉄槌を!

まあ取りあえず、通常の婚姻関係だけを言えば・・・・
通常の婚姻関係で子供が生まれても色んな子供がいるんだわ。

推定嫡出子(あるTVドラマで弁護士役の俳優が「テキシュツシ」ってセリフってましたが・・・爆笑)
推定が及ばない嫡出子
推定を受けない嫡出子


非(推定)嫡出子ですが、
これは、通常の婚姻関係以外で生まれた子供。

嫡出子区分の委細は面倒なので略(家裁の総括判事さんに教えてもらってください)
なんにしてもこんだけ面倒な区分があるのですが、言っていることは「推定」の有無であり、
法律は生物学的な意味で科学ではない。
しかし、法律的親子関係と生物学的親子関係の優先度と言われると事は簡単ではない。

その意味で任侠の世界の方が合理的です・・・・親の血を引く兄弟よりもかたい契りの義兄弟(笑)
こんな歌詞が社会的に受け入れられるってことが、ことの難しさを表しています。


法律的な意味での「推定」って強固でしてね、覆すのは結構大変なのです。
改めて思うにもっと強固な「見做す」という言葉を使わなかったのは見識です。
それ程、父性の確定とは難事業!
ある意味で「あきらめて」いますよね。

推定嫡出子を夫が俺の子じゃない!って言うには、原告適格と提訴期限の縛りがあるからいつでも誰でもって
訳にはいかないし、勘違いで仮に嫡出子以外であっても「嫡出承認」なんかやってしまうと卓袱台返しには物凄い労力がいる。
それ以外については親子関係不存在訴訟とか父を定める訴えということになりますが、手続的には弾力的。
推定を覆すと言うことではないということでしょう。

フランス王朝史によく出てくるのは「王妃の公開出産」
王権継承の正統性の生き証人になりたいってセレブが津々浦々から数多登場する大変なイベントであると書いてます。
マリーアントワネットの事例が有名ですが、ルイ14世の際には公開出産ではなかったのかしら?
彼には双子の兄弟がいて、弟は哀れにも鉄仮面姿で幽閉されたとされますが、公開出産ならば、双子の出産を隠蔽
できなかっただろうに・・・
何よりも不思議なには、本当に王様の精子であるかどうかの認証がされない・・・
やはり、出来ないから諦めているのですよ。




面倒な前置きだけで疲れてしまったので、論点整理は簡単に(笑)

親子関係は、当事者の合意意思を最優先にすべきである
親子関係は一義的には生物学的に決定されるべきである
親子三者の合理的な意思により法律的に親子関係を認めることを認めるべきである



2017年1月20日金曜日

明治150年にふさわしい国家事業


かようなことを祝祭の対象とすべきかどうかには疑問あり・・・というか国民的な共感を呼ぶのかどうか?
官邸が力瘤を入れているわけには「盛り上がり」ってどうなんでしょうかねえ
あと二年ありますから、かの「進撃(する広告)の巨人」が汚名挽回で大キャンペーンを打つのでしょう。

さしあたり、天皇の「譲位」の仕組みができるようですから、当然に譲位=新天皇後即位=改元の運びとなります。
本来は別物ですが、機運の盛り上げに「利用」しようとする意図はありげです。
であればあるほど「恒久的制度」にしないと平仄が合わないのですが、その点は・・・まあむにゃむにゃ(苦笑)


明治という時代にスポットライトを当てて、良い時代だったといえば言うほど「江戸時代は暗黒時代」という
ステロタイプの刷り込みになる。
そういう時代認識批判は半ば定説化しており、当然ながら「光と影」を公平に評価しないといけないが、
そのような意図があるのかどうかは「公式文書」を見る限り定かではない。
なんちゃって、明治維新の最大の意義は「西洋帝国主義の毒牙に国土が蹂躙されなかった東アジア圏の唯一の国家」であったことだが、
それに直接の焦点(何故日本だけが近代化に成功したのか?)をあてるつもりもなさそうです。
まあ、ここんところを掘り下げれば、近代化できなかった近隣国の恥部に触れることになりますから、
政治的にはよろしくないってことは子供でもわかる。

西国雄藩の末裔たる地方公共団体は、我田引水的にお国自慢キャンペーンを打ち出しつつありますが、
かような視野狭窄症的な施策はあまり感心しない。
官軍といわれる連中が、長岡や会津若松でやったことは、その辺の血に飢えた蛮族と代わるところがない。

文科省はいち早く「趣旨に合致する映画制作費補助事業」なんて打ち出してますが、
プロ映画鑑賞家の視座からすれば「国威高揚国策映画」にしか資金が回らないのが見え見えだし、
そんな映画は後世の鑑賞にも耐えない。
やるならば、過去の名作のデジタル4K化のほうが気が利いている。



例えばですが・・・・

明治天皇と日露戦争
明治天皇・皇后と日清戦争

稀代の山師大蔵貢が苦境にあえぐ新東宝社の社運をかけての超大作が、前者
未曾有の大ヒットとなり、二匹目の泥鰌が後者(こっちがどの程度当たったのかは知りません)
知らなかったが、三匹目の泥鰌だか鰻までいたそうである。


第二作目で天皇役のアラカンが皇后役の高倉みゆきに不満たらたらで、大蔵貢に面と向かって・・・

昭憲皇太后(理由は定かではないのですが、明治天皇の奥様は皇后ではなく皇太后というのが正式名称)様は、
おまはんのオンナみたいな下品で蓮っ葉なお方やないわ!

と言い放ち、大喧嘩になったって事くらいしか知らないが・・・・
なんせ、女優さんをテゴメにする常習犯だったらしいが、
女優を妾にしたのでなく、妾を女優にして何が悪い!と
言い放っただけの事はある。
いまなら大事件ですが、おおらかな時代だったらしい。
その後大蔵貢は、大蔵映画の社主となったが、ろくでもない「部分天然色映画」を量産してました。









2017年1月19日木曜日

アイヒマンについては別に「歴史修正主義者」でもないのですが・・・


http://image.eiga.k-img.com/special/2514/eichmann_trailer.mp4

別にベジタリアンでもないし、お肉は好きですが、先祖代々の肉食人種はあきらめが悪くしつこいのかねえ。
ナチスの「戦争犯罪」を70年経ってもこれでもかとばかりに手を替え品を替え「断罪」するというのはどういう事だ?
単純に思うのは「シオニストの裏資金」が提供されているという仮説。
映像作家の良心だけで映画が出来るものではなく、先立つべき資金と映画館に足を運ぶ大衆こそが必要十分条件である。
映画製作者なんて所詮はビジネスですから、よっぽどのことがない限り・・・・

今思い出すだけでも・・・(以下は最近の公開作品)

ハンナアーレント
顔のないヒットラーたち
アイヒマンショー
手紙が覚えている
アイヒマンを追え

まあ、ユダヤ人があの忌まわしい歴史を忘れないためにも、子孫を連れておじいちゃんがシアターに足を運ぶって
わからなくはないが、この手の映画って、倭国でも何故か公開され、そこそこ足を運ぶ意識の高げな人達っているんだわ。
見た目映画マニアとも思えないもんで、そこんところがよく分からない。

ナチスの戦争犯罪を想起し、翻って皇軍の非道蛮行に思いをはせる
ドイツの歴史認識の高邁さにひれ伏し、翻って戦後倭国の口ごもる加害者反省意識に恥じ入る

要するに「自虐意識」のなせる技でしょうか?

戦場における非行はお互い様。
勝ち負けに関わらず、非行は非行。
侵略行為とやらで近隣諸国に迷惑をかけたらしいが、両国とも謝罪は終わっている。
ドイツの歴史認識については世界的に賞賛され、一方で極東の島国は・・・と言われるが、
事実誤認も甚だしい。
国家の基本法(憲法のこと)で、痛切なまでの反省を言葉を尽くして明記している国と
言及の何もない国家との違いはどう説明するのかね?

戦争犯罪なるものが行われたとすれば、それはナチスの行為であって全体としてのドイツ国やドイツ国民ではない・・・多少の誤差を些少すれば
そういう事が世界から賞賛されていると称するドイツの歴史認識なのですよ。


戦後、多くのナチスがドイツの支配組織に組み込まれ、陰に日にナチス擁護に腐心したとされる。
冷戦下、ナチス糾弾が得策ではないと考えるアメリカの意向も働いたようです。
しかし、何処にでも「オトシマエに時効はない」と考える偏執的な硬骨漢はいるもので、
孤軍奮闘、圧力にめげず、アウシュビッツ裁判を進めたのが、フランクフルト検察
最近のナチス糾弾映画の大ヒーローです。
ことさらに取り上げられるもんで、なんか裏を探りたくなる(笑)


己を己で裁くという峻烈さを持ち得たかどうかの差で、ドイツと比べて批判されるのあれば、倭人はひれ伏し甘んじて受けるしかない。
確かに「戦争犯罪」の追及に徹底さを欠いている・・・どころか通り越して何もやっていない
戦勝者によるイデオロギー的断罪ではなく、未曾有の不幸に国家と国民を追いやった戦争犯罪の下手人とその背景を
徹底究明すべき事を忘れている。
二度と間違いを繰り返さない・・・次の戦いでは負けないってことですが・・・ための第一歩なんだわ。

東京裁判で戦犯とされたからことは終わりではないのですよ。
とてもじゃないが、彼らは靖国に祀られる資格はない。
国を守るために尊い命をささげた民草を神霊として祭祀する場ですから、
どうみても、国を滅ぼしかけた連中を合祀するのは間尺にあわない。







2017年1月18日水曜日

チリについて知っている事


家飲み用の廉価ワインにお世話になる以外ほとんど何も知りません(笑)

蛇の様に長細い国土
銅と硝石の生産国


あとは・・・・サンチャゴに雨が降ったこと。


松島界隈・・・・と言えばあの飛田よりもディープなのですが、さらにカルトな映画館が有りまして・・・
はい、まず行かないのですが、大阪はここでしか小屋にかからないし、神戸はいつになるかわからない。


時代が悪かったよね
それに場所も悪いわ・・・意欲と才能のある若者の居場所が軍隊か教会でしかない国というのはなあ
ジュリアンソレルの悲劇はフランスだけのことではない。
しかし、付け焼き刃的にチリ史を紐解けば、結構な抵抗と左翼的な歴史です。
冷戦の最後的決戦の時
米帝の裏庭に2番目のキューバが出来ると困るでしょう。
民主的に歴史上初めて出来た共産主義政権ですが、カストロほどもアジェンデ博士は統治能力がなかった。
CIAの使嗾による軍事的反革命で打倒されたというが、よくある話ですがあれは「自壊」ですよ。
民衆を「裏切った」のは、むしろアジェンデ博士でしょう。
権力を簒奪する事とその権力を安定的に維持することは全く別物って知らなかったのだ。
民衆は裏切られたと思うだろうが、苦い薬こそ民草の栄養になる。
ポピュリズムほどおそろしい依存症はない。
民主的に勝ち取った権力は暴力的に維持強化するのが韓非子以来の治世の要諦(だから左翼政党の微笑み戦術には騙されない!)
チリの赤門医学部出身だけあって、世間知には乏しかったようです。
よくある内ゲバで衰亡していくのです。


人民が暴力的に政権奪取した最初の例がパリコミューンならば、その経緯(興亡)は大佛次郎さんの名著に詳しい。
一方「平和的」な最初の例がチリのアジェンデ政権らしいが、その崩壊の歴史は知らないもので・・・

まあ、三部作は長すぎます。約300分
命懸けで持ち出した撮影映像ですから、出来るだけ見て欲しいって気持ちは忖度しますが、
プロパガンダならそれでもいいが、歴史に残すべき映像芸術なら、泣いて馬謖を斬る強い心を持ちませんとねえ・・・
実際にはその倍くらい見た時間感覚。
とても歴史に残るドキュメンタリー映画とは言えない。
しかしながら、昔懐かしい左翼的言動が、青臭くて教条的で全く周りが見えていない様には、胸のムカつきと同時に・・・
次はこれを教訓にしよう(笑)

パイプ椅子を24個並べたミニシアターに集まった十数名のええ歳と思しき連中
まだ、友よ 夜明けは近い(♬)・・・なんて夢想しているのでしょうか

歌って踊って政権が奪れるもんか!
権力は銃口から生まれる・・・・とは毛沢東の名言



2017年1月17日火曜日

あの「ギリシア人の物語」はどうも危険な匂いが・・


英国のジェントリー(・・に限らずかもしれませんが)のクリスマス休暇のお楽しみは、暖炉の前でスコッチなんかを片手に
クリスティの最新作を読むこと
彼女は、毎年その時期に新作ミステリーをリリースしていたようですが、ご逝去あそばされ、今は何を楽しみにしてんでしょうか?

翻って 蝸牛は「危険な著述家の新作歴史小説」を毎年末の楽しみにしていました。
まあ、本の売れないさなかでの新潮社の戦術なんでしょうが、これはこれで楽しい営み。
ところがどうしたことか・・・昨年末にはその楽しいイベントが・・・・

ギリシア人の物語の第二冊。

彼女の著作は史書でなく歴史小説ですから、
話の展開が意図通りうまくいかないもので「挫折」ってのは考え難いし、
彼女ほどのこと、全体構想があいまいなままで書き始めるはずがない。
考えられることは、彼女も末期高齢者の仲間入りですから、
健康状態を害したのではないのかと・・・危惧しています。
ローマ大医学部教授と離婚してますから、主治医はいるんですかなあ?
彼女だって、途中でペンを折るようですは、慙愧に絶えず死ぬに死ねないでしょう。
彼女の「恋人」は、歴史上の永遠に残るようなどっちか言えば「ワルイ男」
オンナを主題とすることもまれにあるが、
イザベラ・デステのように、今どきの「強いオンナ」のタイプ
良妻賢母なんかはお呼びではない。

ラテン系のワルイオトコは書き尽くしたが、唯一アレキサンダー大王が残っている。
個人的には興味の順番はあまり高くないし、よくは知らない。
だから、逆に知りたいって気持ち・・・はないではないが。


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ここまで書いたところで・・・・1月27日に刊行されるって!!!
なんとも「サブタイトル」が・・・民主主義の成熟と崩壊
加えてオビには「民主主義の罠」

なんとも、やっぱり危険な著述家です(笑)
ナイーブなよいこは避けるほうがよさそうですねえ
彼女は、蝸牛の定義する反「知性主義」主義者ですから、
西洋政治史における「最大の悪」に肉迫したいのが真の意図だったと分かります。

思えば、第一冊のタイトルは「民主主義の始まり」だった。
つまり、崩壊した民主主義の明日を第三冊で見せてくれるわけですよ。
見たくない現実から目を背けてはいけないが・・・・

英邁なアレキサンダー大王が登場するのか、反・知性的なトリックスターが
跳梁跋扈するのか、小説以前に現実社会が大変ですねえ。
歴史は繰り返すって言いますから・・・



2017年1月16日月曜日

ATGの時代(映画館が教室だった最後の頃)




難波の九条あたりのカルト映画館
かの松◯料理組合とかなんとか聞き覚えのある界隈の近くです・・・・・こっちの話は守備範囲じゃないからパス。
開業20周年と言うことで、映画作家の回顧展を開催中。
二度とスクリーンで観ることはあるまいと思っていた「黒木和雄監督作品」


日本の悪霊
龍馬暗殺
祭りの準備


彼は晩年の所謂「戦争レクイエム四部作」で名が知れるものの、
申し訳ない言い方しますが、情緒主義定型左翼イデオロギー的反戦映画には与しない。
むしろ、これらの七十年代の傑作群で歴史に残るべきであると思っています。
しかし、場末の映画館のこと、
客足はそこそこですが、懐古趣味的な観客群ばかりで(人の事は言えませんが)若者がいない。

六十年代から七十年代のメタファやキーワードなりがポリティカルチャー的に氾濫し、
今見れば粗削りだし微苦笑を抑え切れません。
しかし、そういう時代だったという事であり、同時代的に生きていたって実感を改めて感じさせます。
多分若い観客には意味不明だと思いますが、本当は見て欲しい。



日本の悪霊

全共闘教祖と言われた京大文学部中国文学の俊才。
吉川幸次郎の愛弟子であったが、小説に手を染め不興を買った。だからでもなかろうが夭折。
彼の作品集(小説、中国文学論集)は再評価されていいが、過去経緯があって誰も手を出さない。
その原作をあの福田善之が彼特有に解体再構築したシナリオですが・・・とんでもない任侠パロディ映画(笑)
893もオマワリもコインの裏表という皮肉ですかねえ・・佐藤慶二人二役の妙味
毎度の「オトシマエには時効がない」のセリフはこれに由来する。


龍馬暗殺

未だ定かならぬ真相を明らかにするものではない。
暗殺が有ろうと無かろうと当時の政治の流れ(無血改革より流血革命)は大きくは変わらなかった。
したがって、下手人が、新撰組、某幕臣、薩摩藩士、イギリスの使嗾によるテロリストの
だれでも構わない。
しかし仮に生きておれば、明治史の景色はもう少し生き生きとしたものだったかもしれない
少なくとも三菱財閥は似ても似つかぬ様であったことは確か。

この映画では、龍馬は、薩長と幕府の争いの漁夫の利を狙い、第二次革命を夢想し・・・
まるで、ケレンスキーのあとのレーニンやトロツキーのような振る舞い(笑)
それを恐れた中村半次郎一派(薩摩藩)に暗殺されるという設定


祭りの準備

脚本家の中島丈博の自伝的青春編
五十年代後半の土佐中村が舞台。
脇を固める女優陣が・・・

杉本美樹
絵沢萠子
芹明香

となれば、知る人は内容の想像はつく。
よくぞ土佐中村が映画撮影に協賛したものだ・・・土佐っぽの度量かねえ(笑)
竹下景子映画デヴュー作だと思うが、彼女たちに触発されたのかこの映画の演技を見ていれば「息子のお嫁にしたい・・」なんて
発言が世に出るはずがない脱ぎっぷりの良さ。
骨太土俗性豊かなしぶとさのような猥雑性・・・・わすれてしまった太古のおおらかさを描き切る技量には
感服以外の言葉はない。


脚本家との稀有の僥倖であるが、監督はこれを最後に長い低迷にはいり、脚本家は昇り竜となった。
全作品の回顧展ですが、この三本を見れば充分です。


2017年1月15日日曜日

歌姫との「一期一会」



茶道の金言らしいが、出典は定かではないし、誤解を恐れずにいえば、茶会のどの部分が一期一会なのか
浅学菲才なものでよくわかりません。
能楽の世界であれば、同じ番組を連続して同じ演者が演じることはタブーである。
そのこころは一期一会に由来すると思っている。



52年2月生まれ
75年デヴュー(何をもってプロデヴューというか知らないがこの年であることは確か)

芸歴40年余りで、リリースしたアルバム数が41枚(除くライブ盤、アンソロジー盤等)
著作物も多数・・・・ですが、意味があるのは「全歌集」のみ


一般的には、シンガーソングライターと言われていますが、蝸牛的には「詩人」です。
それも、現代散文詩の輝ける豊穣の産物。
朝日新聞社なんか歯牙にもかけないのですが、彼女の全詩集は朝日文庫にしかないのです(泣)




とまあ、同世代同級生ってこともあって、デヴュー以来のファンです。
全てのアルバムを買い揃え、全詩集を枕頭に起き、
コンサートは・・・・切符が手に入れば追っかけもし、劇場版は欠かさず(笑)

ということで「一会」を初日初回に出かけました。
感想や論評はしないことにしていますので、ネットエッセイはこれだけ!


そうそう、一会ってコンサートタイトルをつけたからでしょうか、いつもよりもメッセージ性が高い・・・

2017年1月14日土曜日

変節の何処が悪い・・・「天皇の世紀」傍論



君子豹変
下愚不移

頑迷固陋に意見立場をかえないのは、愚かしいと言うことである。
村山社会党だって、自衛隊容認(合憲)論に一夜にして転じたではないか。

変節漢と言えば唾棄すべき存在のように悪しく思われるが、
ジョセフ・フーシェを見ればいい。
政治的カメレオンとは彼のこと。フーシェなぞらえられる事はある意味で政治家としての賞賛だと
思うのですが、倭国では「日本のフーシェ」と異名をとる例は聞き及ばない。
せいぜい・・・政界渡り鳥




江戸時代末期に諸外国が様々な理由で通商を求めてきたが、頑として受け入れず・・・
しかし、その理由が薄弱で、憲法九条の文理解釈みたいなものだし、何よりも国史の知識の著しい欠如が背景にある。
理性・論理・教養のないトップとそのスタッフばかりだと国論を過つのもけだし当然ですねえ。

統治はせず君臨するだけのミカドに意見を伺うなんてどうして愚かなことをしたのでしょうか
有識者会議なんかで意見を聞くと言うのは、自分の意見の補強手段にしか過ぎません。
あるいは本当に自分の意見がなくて専門家のアドバイスが必要なら、黙って従うべきですよ。
毎度言う「使いては疑いなかれ」とはそう言う事です。


尊皇攘夷を旗印に、幕府を攻めつけた薩長土肥連合軍って、世紀の変節漢です。
勝てば一夜にして「開国」に転じる。
鎖国攘夷なんか出来っこないし不合理だって最初から分かっていて、スローガンとして掲げると錦旗になると
知っていたのですよ。
アメリカ軍基地撤去とかオスプレイ配備反対なんかもその類い・・・・って(独り言ですがね)

そうは言っても、高度な策謀を理解していたのはごく一部の上層部
嘘の錦旗を信じた草莽の民草って驚天動地だったでしょうねえ。

鎖国攘夷から開国友好

明治維新=裏切られた革命と思わない方がどうかしている。
真面目な人々は、失意のまま故郷に帰りサイレントマジョリティとなり、血の気の多い一部はテロリストとなった。


半可知な歴史マニアは、幕末の動乱とりわけ、寺田屋事件や池田屋事件がなかりせば、明治維新はもっと早く・・・
って言いますが、トンデモナイ。
一時の衝動で跳ね上がる極右分子を早めに新撰組さんなんかが始末してくれたおかげで
明治維新は比較的平穏に成し遂げられたのだったと考える方が歴史の流れに叶う。



2017年1月13日金曜日

武道の明日




某情報誌掲載の「誤審」のエッセイは実に面白い。
個人的には、ビデオ判定には懐疑的であり、導入するならNFL方式・・・つまり戦術的駆け引き道具でしかないと考えている。
所詮、判定とは神の領域に近い。
間違いも含めて、それが競うってことだしその結果が理不尽であっても神の気まぐれだというでしょう。
競技に限らず、世の中全般が太古の昔から理不尽なものと決まっている。
だから、司馬遷は「天道、是か非か」と悲痛にかつ諦観を込めて言い切ったのですよ。


といいつつも、スポーツがエリートの趣味から巨大ビジネスにかわってしまった以上
判定結果に多額の金員が絡むようになった。
そう諦観ばかりもしていられないのが世間の流れ
未だに孤高の立場を貫くのは・・・・剣道くらいでしょうかねえ。
逆に言えば銭金に淡白(無縁)なマイナースポーツということです。
しかし、柔道もそうであったように国際化を志向するのであればそんなストイックな事を言っている暇はない。



剣道の判定には全く詳しくないが受け売りをすれば「残心」とやらを重要視するような・・・
単に一本入ればいいってもんじゃなくて、よしやった!なんてガッツポーズをやると取り消されるとか・・・
まるで旧態然とした高校野球ですねえ😋
もう少し実際的に言えば「七人の侍」の名場面に由来するが、実は柳生十兵衛のエピソードらしい。

旅の武芸者と木刀で立ち会う久蔵(宮口精二さん)
見た目相打ちで終わるのですが、久蔵は「拙者の勝ちだ」
相手は憤然として真剣の立会いを望む。
見物している勘兵衛(志村喬さん)・・・・・「勝負は見えている」

要するに、真剣であれば相手を切り殺したか、切り殺せたかという事が一本の判定判断らしい。
例えとして非常にわかりやすい。
防具をつけた竹刀での鍛錬とは、真剣勝負の擬制である以上当り前と言えば当たり前
しかし、人切庖丁をもったこともない、あるいは唐竹や麦藁を切った事があるかどうかも定かでない者がわかるものなのか?
ささやかな経験からすれば、碁盤の角にすえた二尺の太竹や麦藁を斬るのは大変なことだ。
太刀さばきが華麗だから、構えが凄そうだから斬れるってものじゃない。
この世界の業界人がすべからく勘兵衛さんほどの眼力を持ってとは思えないし、
それは審判という立場でも誤差はあるまい
これ以上は奥の深い話ですので、単にど素人の剣術マニアの立ち入る世界ではない。


言えることは、かの半島国は、剣道が盛んで、荒唐無稽にも起源説まで唱えていますので
国際化のヘゲモニーを取られそうってことが確かと言うことは確実に言えます。
別にどうでもいいと言えばいいのですが、武道の道を棄てスポーツの道を選択するのであれば、少しは考え直す方がいい。
早晩、フェンシングのように、電子竹刀と電子判定機導入の世界になるのか・・・・





2017年1月12日木曜日

リメイク期待の「めまい」






またしても見落としてしまった。
かの高名な監督が遊び心満載に登場するありふれたシーン。
しばしのうつろいの中で終わってしまったようです。


精神病質な作品に定評のある監督である。
見た目は心身ともに健全そうですが、そういうのが逆に危ないのは経験則的に知っている。


高所恐怖症


最近知ったが高所恐怖癖とは別物の不安障害の一種らしい。
単に高いところが苦手とか足がすくむのは「癖」であり、精神科医の出番以前らしい。
誰しも、宙づりにされればこわいと思うだろうって話である。
単純に「ボクって高所恐怖症なんです」といってはいけない。
高層ビルのオフィスに出社できないとかエレベーターに中で失神や嘔吐するくらいだとホンマモノだとか。
知る限り、産業医の先生でそういう診断書に遭遇したとは聞いていない。

実際あればどうするんでしょうねえ
高層階のオフィスに出勤不能は解雇理由には出来ない。
別に業務能力に特段の欠点もないし・・・サテライトオフィス勤務でしょうか?
実例があれば知りたいねえ。
新型うつ病と同じで訴えれば診断書がもらえそうな嫌な気がする。


主人公は、犯人追走中の不幸な事故により高所恐怖症患者となった。
将来を嘱望される有能な警察官だったが、内勤を嫌い退職してしまった。
おりしも、旧友が妻の行状に不安を持ち調査を依頼してきた・・・・

原作は、ボアロー・ナルスジャックの手になるヒッチコッチの傑作。

妻は狂気的に自殺を図るが、それは夫の妻殺しの謀略。
加担させられた主人公は自責の念と妻(実は夫に雇われた替玉)への思慕の念から変質状態に陥り、
妻なる女性を探し求めLAを彷徨う。

実のところ、この部分の妄執感がサスペンスのキモですが希薄であまり恐怖感が迫らない。
主人公のジェームスステュアートが端正過ぎるからこういう結果になったのでしょう。
ヒッチコックは、失敗作だと言っていますが、そうかもしれません。

リバイバルって話は聞いてませんが、そこんところをイマドキ風に作ればある意味でさらに良くなるかも・・・

2017年1月11日水曜日

功績は爵位で測る・・・「天皇の世紀」残映


歴史的性格がどうであれ、近代日本の基礎的なビッグイベントである。
一体誰が身命を賭して闘い、功績を挙げたのかな・・・・分かりやすいところでは、華族令による爵位を見ればいい。

公候伯子男

やっぱり、公爵や侯爵の叙爵って大変な栄誉です。
公家や武家の格式を基本としますから、公爵家は(後に陞爵した例を除く)

摂関家(五摂家)
徳川宗家

あとは勲功者で・・・

三条実美
岩倉具視
島津家
毛利家


順当といえば順当。
しかし、所謂「維新の三傑」とか言われる下級武士出身者には侯爵叙爵が限度(のちに陞爵しています)

伊藤
山県
大山

以外の著名人は、短命リスクで、栄誉を逃した。

桂小五郎 : 侯爵を叙爵されたが次の陞爵時点では死去していた。
大久保利通 : 華族令以前に暗殺されてしまった。
大村益次郎 : 同上
西郷隆盛 : 賊軍ですから、靖国にもいれてもらえてません。


------------

三条実美は、家柄の良いトップ引きの功績だけの事で、九州まで落ちのびたり苦労しただけの事。
やはり、岩倉以下が頑張ったというのが仲間内の評価って事です。
その意味でいえば、薩長の武士ばかりにスポットライトが当たるが、岩倉具視の功績・・・というか「宮廷陰謀政治家」の
豪腕が凄かったと推測されます。
この辺りは知的格闘技みたいなものですから映像にもなりにくく、大河ドラマでもそう多くは登場しない。
だから、再来年は、西郷さんなんだよねえ(どうせなら、グローバルな視点でアーネストサトウを持って来ればいいのに)


一体どんな陰謀を巡らしたのか?って興味津々ですが、陰謀史観めいた話で本気で書く気にもならない。
あえて書いてしまえば・・・(笑)

孝明天皇の暗殺
明治天皇(の謀殺?)と替え玉すり替え

ネットには、色々ない事ない事書き散らかしてますから、興味があれば紐解けばいい。
それらしく傍証は山とでてますが、
必要とされるべき「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証」が行われていない以上、歯牙にもかけないのが
蝸牛の立場。

どっちも立証可能な科学的な検証を十分に行ったうえで論述してほしい。
これまではよくて仮説、悪しく言えば妄想です。
ではその検証なるものがやれるかと言われれば・・・・共産党政権でも出来れば可能かなあ。


お二人の陛下は、火葬でなく土葬ですので、御陵にご遺体が安置されています。


そこまでして歴史真実を明らかにする必要はあるかどうか論議だけは呼ぶでしょう。





2017年1月10日火曜日

西に行くか東に向かうか?



清涼な仏の国を浄土という。
仏もさまざまだからえ、浄土もあちこちにある。
別に西方浄土だけが浄土ではないが、阿弥陀仏がおわすって事で人気があり代表的なだけである。

西行・・・・西に行くという事自体、出家の身としては理想的な命名かもしれない。

高杉晋作は、晩年東行と号したが、特段薬師様がおわす東方浄瑠璃世界に行きたかったわけでもなかろう。
単に西行法師の向こうを張ったシャレに違いない。


俗名 佐藤義清(蝸牛の陋屋あたり出身の武士)
眉目秀麗無双の院北面のガードマンであったが、それが災いし、高貴な女性と間違いを犯してしまった。
女性にとっては単なるアバンチュールであったが、舞い上がった義清にとっては

♫ たった一度の恋なのと泣いてた。君は人の妻(寺山修司 浜昼顔)

女性には鬱陶しくて面倒なもんで、阿漕ヶ浦(度重なれば現れもする・・という定番の和歌)って謎かけをし、
無骨な義清は、意味がわからないものだから
冷ややかに「そんなことも知らないのですか?大信田礼子みたい」と都倉俊一もかくやと嘲られ
恥じ入り二十歳前半で出家してしまったというのが、西行伝説の始まりである。

太田道灌の山吹の枝みたいな逸話にゲンジの朧月夜との逢引を合わせたようなものだが、真偽は定かではない。
ちなみに女性は、待賢門院らしいが・・・・



出家したんだから、修行に専念すればいいものを、歌を読み権門と交流し、名声保持に余念のない生臭さ。
歌風と言えば、平明でスッキリしたのが特徴
狂言綺語を駆使し技巧の凝らした歌群の中での清涼感が受けたようだ。
幕間狂言みたいなものです。


しかし、改めて歌集を読み返すに、なかなか決まってます。
透明度が高く寂寥感あるところが出家の身らしい。
そこで
ふむふむ・・・「半聖半俗」 っていいもんだねえって感想に立ち返るのですよ。


まあ、今時「全聖」なんて流行らないし、妻帯するのも当たり前。
寺院経営は何かと煩わしい。
坊主の真似事が一番か(笑)


津の国の 難波の春は 夢なれや 蘆の枯葉に 風わたるなり
きりぎりす 夜寒に秋の なるままに 弱るか声の 遠ざかりゆく
闇晴れて 心の空に 澄む月は 西の山辺や 近くなるらん





2017年1月9日月曜日

沈没船は何処に行く・・・


2017年は波乱の年・・・・なんでしょうねえ。
今年の予想なんて、
あとから読み返せば抱腹絶倒の極みですから、所詮は一寸先は闇なのですよ。
どうなるんだろうって思うことは多々あるのですが、人智の及ばぬ世界の事は論じまい。

ただ嫌な流れだなあ・・・と思うのが「反知性主義」の跳梁跋扈
言葉の使い方が難しいのですが、知性主義に反対することと、知性に反対する立場を混同して使う向きが多いもんで
得意げにこのような言葉を駆使する輩に対しては、用語のdefinishonを明確にさせた上でご高説を賜る必要がある。
まあ、斯様なobjectionを入れれば、露骨に嫌な顔をされますが・・・(笑)

蝸牛が「嫌だ」と思うのは後者の流れです。
前者の方は軸足の揺らぎの中で繰り返し生じること。
知性主義とは、権威主義とかエリート主義と言い換えると分かりやすい。
ボトムアップではなくトップダウン的に世の中を動かしていこうって事ですから、揺れ戻しも当然にあり
通常は適当な地点に収斂する。
多少誤解を生む表現をしますが、民主主義って反知性主義なんですよ。

後者は別物で、理性や論理よりも情念のようなドロドロした感情のまま行動しましょう。
専門家の無味乾燥なインテリジェンスよりも大衆のエモーショナルな感覚に迎合する方が話しはうまく進むってことですよ。
輿論よりも世論って、そういうこと。
確かに話しは早い・・・・攘夷とか国体明徴、鬼畜米英、日本死ね
が、非論理的な空気に支配された空間は手に負えないことは歴史が教えている。
下手に身を乗り出すと命が危ない。

大胆に言えば

民主主義=反・知性主義
衆愚主義=反知性・主義 と言うような言葉の仮定義になると言う事でしょうか。


翻って思うに、ある種美化された概念を痛快なまでに卓袱台返しをやってくれる・やりたそうな方々が
大手を振ってのし歩く事になるのでしょうねえ。
しかし、ポップコーン食べながらアトラクション映画を楽しむ大衆を長時間飽きさせないのは結構政治腕力が入ります。
他にろくな娯楽がないからって、椅子に座り続けてくれるかどうかもよく分かりません。
でも、結構山場満載

アメリカ大統領就任
フランス大統領選挙
ドイツ連邦議会選挙
中国党大会

韓国も多分繰り上がり大統領選挙あり
倭国は・・・・国政選挙はなさそうですからとりあえず「皇室典範」改正問題だけかな?
たかが譲位問題と言うなかれ。
君臨も統治もしないお立場ですが、いざという時に切る無双のジョーカーをお持ちなのですよ。

孝明天皇の条約批准問題
昭和天皇のご聖断

どうして誰もが不忠の晋(・・・じゃなくて臣)と言わないのか不思議でしょうがない
あの泡沫政党や共産党がこの言葉を使うと面白いのですが・・・・

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ちなみに、綱領によれば

共産党の目指す政治体制に合致しないと言う言い方で天皇には否定的表現なのですが、将来の国民の総意により決定と態度を
曖昧にしています。
社民党の綱領は確認できません(有無も分からない)し、理念とやらにも言及がない。
ただ、自民党の憲法改正案の天皇条項に瑣末なイチャモンをつけていますが、
天皇条項自体を削除とは言ってませんので、天皇制否定ではないように思えます。
今や、最大最強の護憲勢力(政治的発言は出来ませんから暗黙のという形容詞付きでかつ推測)は天皇ご一族ですから、
誠に政治は皮肉、
尊皇の立場を明確にする方が政治的にいいという決断はないのだろうか?
過去にだって、政権与党担った瞬間に自衛隊合憲論に転じたことがありました。





2017年1月8日日曜日

ノンキャリの明治維新・・・「天皇の世紀」断章



大佛次郎さんの「天皇の世紀」を再読していますが、文庫版でも十二分冊。
原典引用が多くて、小説というより史伝ですから、サクサクというわけにはいかない。
同時並行でいくつか読んでますから、まあ一年がかりになりそうです。

やっと半分まできまして、薩長同盟から第二次長州征伐まで。
幕府の瓦解が具体的に見えてきたところです。
しかし「瓦解」ではなくて「自壊」という方が正確な気がします。
権力とは倒されるものではなく「倒れる」もののようですね。

自壊の理由は様々でしょうが、ハードウエアやソフトウェアの老朽化もありますが
まずもってヒューマンウエアの不全が大きい。
歴史を動かすのはヒトザルです。
しかし、それは人民なんて無名の大衆でなく無名の大衆の組織化に成功した一握りのノンキャリアである。
マルキストにそう言えば、顔をしかめるだろうが、レーニンの革命組織論はそういうものだ。


有事には学歴エリートに代表されるキャリアは役に立たない・・・少なくともことが多い。
幕末の有名人とか英傑の多くは下級武士やそれ以下の身分である。
ノンキャリアや派遣身分で才あるものを伯楽が見出した。
榎本武揚は、徒士目付の次男坊。幕臣とは言え御家人
勝海舟は、祖父だか父だか忘れましたが、御家人株を買い取った似非幕臣
渋沢栄一に至っては百姓のせがれである。



薩長と幕府の決定的な違いがあるとすればこの点である。
幕府だって、公称旗本八万騎
名馬がいなかったわけじゃない。
伯楽がいなかった、
あるいは駄馬だとおもわれていてもG1に出走させる様なシステムがなかった。

有事における人事システムとは、年次や兵学校での成績なんかに頓着しないのが当り前であり、
日露戦争の際には児玉源太郎があえて格下の参謀総長に就任したりしていたのですが、
太平洋戦争ともなれば、人事システムが硬直し、米軍と比べて異彩をはなったそうな(悪い意味で使いますよ)


大政奉還を決意した慶喜は、反対する高級幕僚達に言い放ったそうな

其方達のうちに如何程の、大久保、西郷、木戸がいるのか?


天つばって、これを言う。
居たんですが、抜擢登用して自由に働かせなかったのはいったいどこの誰だい?




2017年1月7日土曜日

文例集




思い起こせば、最初の勤務先には、お世話になった。
ビジネスマンとしての基礎教育を徹底的に叩き込まれた。
上司に恵まれたかもしれないが、社内文書のセオリーだけは物忘れの激しい蝸牛でもいまだに忘れない。

今思えばどうかと思うこともあるのですが、
非常に簡潔にいえば、最良のビジネス文書とは「理解する必要がなく決断ができる文書」である。

忙殺されている管理者が内容理解に苦しむような、理解に時間がかかる文書は最低の部類
彼らの仕事は、判断し決断することだから
それに耐えられることが全てである。



徹底的にマニュアル化された社内文書ルールがあり、作成ルールの前提条件の注記を読む必要もない。

数字の単位は、千、百万、十億で四捨五入し、3桁単位で切り上がり、ブリーフィングする相手で単位基準がある。
社長相手に千単位の数字を並べる馬鹿はいない。作図の箱には多くて四桁から五桁までの数字

期間単位は、四半期(後に半期)とか年に限る。

数字は個々の値を大切にする

東京 13
大阪 23
合計 37 ・・・・が正しい事もあるし、その場合に36と書くのは間違い!

資料は、B4一枚(今ならばA3一枚)
左半分に起承転結風文章を書くが、当然に、背景説明、結論、その理由の順番
右半分がバックデータの作図


まあ、御殿祐筆もかくやと言われるほど社内文書作成をやりましたから、
内容の妥当性はともかくも、見栄えだけは素晴らしい(笑)


お陰様でブリーフィングはあっという間に終わり、勘のいい上司だと、見た瞬間に正しい判断をする。
目的を果たした以上黙っていればいいものを・・・

スイマセンガ、徹夜で作った資料ですから、
お忙しいところ恐縮ですが、三分だけで結構ですから説明をさせて・・・・😆



2017年1月6日金曜日

依命通達による道交法違反の警告



年初からことを荒らげるような真似をするをするものではないが、やって見れば新しい世界も見えてくる。
赤信号ですが、堂々と歩行横断したのが事の始まり。
目の前に巡査が立っているのに無謀といえば無謀であるが、あまりに堂々としているからカチンときたようだ。



「こっちに来てください」
「職務質問ですか?」
「いえ、警告書の交付をしますので、身分証の提示を」
「本当にお巡りさんですかあ?身分証の提示はそちらが先でしょう」
「巡査部長の片◯さんですか。若いのに偉いんですねえ」
「そうでもないですが・・」
「ぼくのはこれ、ハイ!」
「写真がないと困るんですが・・・」
「最初からそう言ってくれれば・・・」
「スイマセン」
「ハイ!個人番号カードね。番号取得するとヤバイですよ」
「・・・・」
「しかし、瑣末な事なのにキミって職務熱心だねえ」
「別にそう言うわけでも・・・」
「取り締まるように警察庁からお達しでもでたの?」
「別にそう言うわけじゃ・・・」
「署長方針が変わったって事じゃないの?確か今の署長って◯◯さんだったよねえ?」
「・・・・」
「別に告げ口したりしないし、なんかのおりに職務に熱心って褒めたりもしないから・・」
「ともかく、警告書をお渡ししますから今後は注意をして・・・」

とソソクサと立ち去りまして、一件落着。



約10分くらい知らない世界を楽しめました。もう少しって気もあったのですが残念しました(笑)
明らかに道交法違反ですので、分が悪いのは蝸牛(多少は反省はしています)
かといっても、警察庁依命通達により「危険性の少ない軽微な違反行為には警告にとどめ国民各位に納得してもらえるような
職務活動をしなさい」と言われている以上、違反切符は切りようがない(切れば面白いことになってましたが・・)
実際は、左右とも走行車のかけらもありませんから、危険性が少ないのでなく皆無なんですがねえ・・・
警告書を渡して指導するのが精一杯だし常道です。(今回の場合に指導の効果があったかどうかは・・)
かと言って、居丈高に氏名等の黙秘はやり過ぎだし、違反者としての立場をわきまえないと職務活動の妨害だと言われかねない。
もっとも、この依命通達は古文書のようなものですから、いまでも有効かどうか迄はわかりません。
一般的にはこの依命通達通りに運用されていないとの批判も多いが、今回の片◯巡査部長の対応に特段の遺漏はなかった。
身分証も、提示ではなくチャンと中身まで見せてくれました。(TVで見るのと同じでしたねえ)
もっとも、見せないと一悶着起きますがね・・・・


因みに、彼の想定年齢だと巡査部長クラスが当たり前です。
優秀者はノンキャリでも二十代で警部補になりますがこれは例外。
ここの警察署の署長名なんかしるわけもないが、片◯君が勝手に勘違いしたようですので、蝸牛の預かり知らないこと(笑)
別にカマかけたわけじゃありませんが・・・


ーーーー

参考までに全文掲載

転載の転載ですので真偽に多少の疑義は残りますが、
マイカーのお札代わりに車中に貼っておくと有事の際には多少のご利益があるかもしれません。
特に「ことさら身を隠して取締り・・・」なんてどうなんでしょうか。微妙ですなあ。



警察庁依命通達(昭42・8・1 警察庁乙交 警察庁次長)

交通指導取締り等の適正化と合理化の推進

交通指導取締り等については、従来からその適正化と合理化の推進に留意してきたところであるが、今回の法改正、特に交通反則金制度の新設は交通違反事件の処理手続きに関する画期的な改正であり、その円滑にして適正な実施を図るために警察に課せられた責務はまことに重大であるので、その実施に当たっては従来にもまして国民の信頼と支持をうる指導取締りの推進に努めなければならない。かかる観点から、先般、交通取締りに関する臨時監察を実施したところ、なお改善を要する点がみられ、また衆参両議院の地方行政委員会が、改正法に対する付帯決議のなかで、交通反則通告制度の円滑な運用を期すため、交通指導取締りの適正を図るべきことを指摘しているところでもあるので、この際つぎの諸点に留意して、交通指導取締り等の適正化と合理化の徹底を期されたい。

1 交通指導取締りに関する留意事項

1)交通取締り指導のあり方

交通指導取締りにあたっては、いわゆる点数主義に堕した検挙のための検挙あるいは取締りやすいものだけを取締る安易な取締りに陥ることを避けるとともに、危険性の少ない軽微な違反に対しては、警告による指導を積極的に行うこととし、ことさら身を隠して取締りを行ったり、予防または制止すべきにもかかわらず、これを黙認してのち検挙したりすることのないよう留意すること。

2)交通指導取締りに当たる警察官の態度

交通取締りに当たる警察官は、違反者に対しては、毅然たる態度で臨むべきことはいうまでもないが、常に洗練された行動と良識ある態度をもって接するよう努め、警察官の品位を損なう言動や感情的な態度をとることのないよう配慮すること。

3)交通取締りの技術、方法の改善

交通取締りの適正化と合理化を図るため、違反類型別に指導取締りの技術・方法について検討を加え、その改善に努めること。なお、定置式速度取締りに当たっては、速度違反に起因する交通事故の多発道路、多発時間を選定するなど、交通事故防止に効果的な取締りを実施するよう留意するとともに、取締りの対象についても、車両の流れの先頭を走行する車両または、追い越し、追い抜きにより車両の正常な流れを乱して走行する車両を重点的に取締るなど、合理的な取締りの推進に努めること。

4)一斉取締りの検討

従来から実施してきた、一斉取締りは、今日では、惰性化している感があり、その効果についても疑問があるので、地域の実状に応じた、常時指導取締り体制を強化する方向で、この際検討を加えること。

5)外勤警察官による交通指導取締りのあり方

外勤警察官の通常勤務を通じて行う交通指導取締りにあっては、違反運転、違反歩行等の危険な行為を予防するための交通監視および歩行者保護あるいは交通の円滑化を図るための交通整理に重点をおくこととし、取締りは、これらの業務を通じて現認した違反行為に対するもののほかは、幹部の具体的指示に基づいて実施するようにすること。なお、この交通監視および交通整理の推進を図るため、通学通園路を重点として外勤警察官の街頭配置を強化することとし、そのため、出勤時間その他、警察署、派出所、駐在所等の勤務体制について検討を加えること。

6)交通指導官の設置

交通指導取締りに従事する警察官に対して交通反則通告制度の実施に必要な指導教養を徹底し、あわせて交通取締りの技術・方法に関する指導教養を強化するため、都道府県警察本部の交通指導取締り担当課に警視または警部の交通指導官を設置すること。

2 交通規制に関する留意事項

1)民意を反映するための体制の確立

交通規制に伴う違反に対する指導取締りの適正を期するには、交通規制が常に適応し、かつ国民に納得されるものであることが必要である。このため、交通規制についてできるだけ民意を反映するよう、審議機関の設置等について検討すること。

2)速度規制の合理化

自動車専用道路および歩道ならびに歩行者横断施設の整備されている主要幹線道路の制限が、交通の流れの実状に適応しているかどうかについて全面的に検討を加え、交通の安全上支障のないものについては積極的に速度制限の緩和を図ること。

3)道路標識・表示の明確化

制限速度・右折または左折禁止・一方通行・一時停止・駐車違反等の規制標識をはじめ、指示標識・規制標示および指示が歩行者の目につきやすい状態となっているか等についての点検は、従来からも推進してきたところでもあるが、さらにこの点検を計画的に実施し、標識・標示の明確化を効果的に推進するため、警察署長が自ら管内の道路事情を十分に把握し、実態に即した所要の措置を講ずるようにする等体制と方法の確立に努めること。


2017年1月5日木曜日

熱烈歓迎されたいのであれば・・・外来人来華工作許可


今年の四月から「外来人来華工作許可」なる制度が始まるらしい。
政策あれば対策ありの人治の国ですので、そのまま機械的に適用されるかどうかは微妙ですが、
いざとなればの危険な刃物になります。

簡単に言えば、人材評価票であり、高ランクの人材はウエルカム、そうでないのはナショナルスタッフに入れ替えなさい
という狙いと見えますが「隠れたる裏」が透けて見えます。

資格と採点基準表は以下の通り(原典そのものではないので多少の疑義はありますが・・・)


まず国内人材輸入計画なる制度が(全く知りませんが)求める人材は別ルールとされます。
非常な才能の持ち主で三顧の礼で迎えるような場合のルールのようですね

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1)招聘機関からの支給年収
(最高20点)
45万元以上 20
35~45万元 17
25~35万元 14
15~25万元 11
7~15万元 8
5~7万元 5
5万元未満 0

2)教育水準および国際職業資質証明
(最高20点)
博士あるいは、それ相当 20
修士あるいは、それ相当 15
学士あるいは、それ相当 10

3)関係職業経験年数
(最高15点)
2年以上は1年ごとに1点加点
2年 5
2年未満 0

4)年間勤務日数(月単位)
(最高15点)
年間9か月以上 15
6~9か月 10
3~6か月 5
3か月未満 0

5)中国語レベル
(最高10点)
中国語による講義での学士および、それ以上の学位取得 10
漢語水平考試(HSK)5级あるいは、それ以上 10
漢語水平考試(HSK)4级 8
漢語水平考試(HSK)3级 6
漢語水平考試(HSK)2级 4
漢語水平考試(HSK)1级 2

6)勤務地域
(最高10点)
西部地区 10
東北地区や旧工業基地 10
中部地区の国家級貧困県や特別地区 10

7)年齢
(最高15点)
18~25歳 10
26~45歳 15
46~55歳 10
56~60歳 5
60歳以上 0

8)世界の有名大学卒業あるいは「フォーチュン・グローバル500」企業でも勤務経験
(最高5点)
世界大学ランキング100位以内の海外有名大学卒業 5
「フォーチュン・グローバル500」企業での勤務経験 5

9)省級外国人工作管理部門奨励性加点
(最高10点)
地方経済社会発展のために特に求められる特殊人材
(省級外国人工作管理部門が制定する具体的な基準による)
0-10
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

85点以上がAランクで両手を上げて熱烈歓迎
60点以下はCランクと言うことで冷ややかに門を閉めるって!

現在駐在員の間ではパニック状態だそうですが、実際問題はどうなんでしょう?
既知の某社のモデル人材を例に取れば

1)年収
日本での年俸ベースで現地給与支払えば、現在の為替換算で、6万元くらい(5点)
2)学歴
多くが大卒ですが、世界ランキングに入るような難関校出身は少ないので加点恩恵はなし(10点)
3)経験年数
ある程度のベテランを派遣しますから・・・(10点)
4)勤務日数
フルタイムですから・・・(15点)
5)語学
公用語は日本語ですからえてして低いし、加えてこんな資格を取っている例は聞き及ばない(0点)
6)勤務地域
多くは東沿海部です(10)
7)年齢
多くは中年ですよ(10+15の中間値で13点)
8)ブランド
普通ですから恩典は全くなし(0点)
9)オプション
分かりません・・・・


単純合計で63点です。
一応上場企業ですから・・・でも点数はこの程度(熱烈歓迎には縁遠い)
中国進出企業の多くは一般中堅企業ですので、もう少し点数はさがるかもしれませんから、これはパニックになります。
中国での在留邦人数は、ざっと13万人
彼(女)等は何処に行くのでしょう・・・・・




早い話が、
世界トップクラスの学校を出たトップ企業の中国語に堪能な若者以外は要らないってことですよ。
言っちゃなんですが、夜郎自大って思いますがねえ・・・・
まるで科挙の進士を想起させる(笑)

2017年1月3日火曜日

最後は俳句か(笑)



第二芸術だもんねえ。
でも、稀にたった17文字の中に宇宙を観ることがある。
しかし、お正月俳句は月並俳句・・・・でもそれで十分だとおもわれてんですよ。
ということで、句聖芭蕉の新年の俳句総ざらえ



幾霜に心ばせをの松飾り
鶯や餅に糞する縁の先
うたがふな潮の花も浦の春
おもしろや今年の春も旅の空
門松やおもへば一夜三十年
甲比丹もつくばはせけり君が春
元日は田毎の日こそ恋しけれ
元日や思えばさびし秋の暮
この梅に牛も初音と鳴きつべし
薦を着て誰人います花の春
蒟蒻に今日は売り勝つ若菜哉
初春まづ酒に梅売る匂ひかな
誰が聟ぞ歯朶に餅負ふ丑の年
誰やらがかたちに似たり今朝の春
庭訓の往来誰が文庫より今朝の春
天秤や京江戸かけて千代の春
年々や猿に着せたる猿の面
子の日しに都へ行かん友もがな
春たちてまだ九日の野山かな
春立つとわらはも知るや飾り縄
春立つや新年ふるき米五升
春や来し年や行きけん小晦日
一とせに一度摘まるる薺かな
二日にもぬかりはせじな花の春
蓬莱に聞かばや伊勢の初便り
発句なり松尾桃青宿の春
餅花やかざしに插せる嫁が君
餅を夢に折り結ぶ歯朶の草枕
山里は万歳遅し梅の花
四方に打つ薺もしどろもどろ哉


句聖からしても、本当につまんない句ばかり(笑)
お正月気分も三日で十分です。


2017年1月2日月曜日

漢詩の次は和歌でしょう



夢にうち 六十路(むそじ)の春は 過ぎにけり 今ゆくすゑは 宵のいなずま (藤原清輔朝臣)


多少語彙を変えましたが歌意はかわっていないはずです。
悔い多き過去は新年ととも過ぎ去ってジタバタしてもしょうがない
これからが肝心
これからは紫電一閑(正しくは門構えに人)の人生!

宵よりも「酔」が似つかわしいか(哄笑)


2017年1月1日日曜日

明けましておめでとうございます





田家春望 (高適(こうせき)・唐代の政治家詩人)

門出何所見  
春色満平蕪  
可嘆無知己  
高陽一酒徒


ーーーー以下は書き下し文と簡単に和訳

門を出でて何の見る所ぞ
春色 平蕪(へいぶ)に満つ
嘆ず可し知己(ちき)無きを
高陽の一酒徒


殺風景な城門の外にも新春のおもむき
大酒飲みには友達もおらず

これじゃ面白くもなんともないので、井伏鱒二さんに習っての超意訳(笑)


酔狂のまま、寒村陋屋を立ちいでてもあいも変わらぬ殺風景
それでも草枯れた田舗あたりは新春のおももち
限界集落の燕雀には鴻鵠の志は分かるまいて
世を忍ぶ呑んだくれはここにあり(といっても出馬の意図はなく、ただ一碗の酒)



各位には良き一年でありますように・・・