2018年4月30日月曜日

麻酔との相性(^-^)




自分の体内に管を挿入し、内蔵カメラで胎内旅行なんて
結構面白いって聞いたもんだし、
バリウム検査が苦痛で、便潜血検査も面倒だから、
まとめて内視鏡検査をやってみた。
考えてみれば、これの方が効率的でもある。

多少の食うな呑むな程度は我慢の範囲。
前日のアルコールも控えて....
うるさいねえ
アル中治療明けに焼酎一升空けて、JK呼びつける五十前のアイドルと違って
常識も分別もありますから(^-^)

術前カンファレンス(只の説明ですがね...)によれば、
景観のアナウンスや、腫瘍があれば摘出の瞬間もライブで観れるという
触れ込み。
いそいそウキウキとクリニックに出かけて準備万端、
麻酔を打ち、処置の開始

......


あとは何も覚えておらず、
身体を揺さぶり耳元がうるさくて、
いささか血相を変えたドクターの声で目が覚めた。
聞き及ぶに、麻酔が覚めないままそのままって事故が結構あるらしい。


呑んだくれは麻酔が効きにくいというのは俗説らしく
蝸牛は異様なまでに麻酔の抵抗力がないみたいだ。

すっかり爆睡状態でしたよ

看護師はニコニコと呆れ顔
旅行に出かけても肝心なところで爆睡ってよくあったとはいえ
残念をした。
毎年検査はすることにしたから、
次回までには耐性をたかめ....ってなんか方法あるのかなあ?

2018年4月29日日曜日

李氏朝鮮について



世界史的に長寿の国であったと思います。
室町時代の南北朝統合の頃から二十世紀始めまで(韓国併合まで)
しかし、健康寿命的には慢性的な重度内臓疾患に悩み続けたようなものだったらしい。

地政学的に不幸な地域であり、有史以来千回程度の侵略を受けてきた。
別にヤラレっぱなしというわけでもなく、中国のお先棒を担いで二度ばかり倭国侵略を
やっています。
神話の時代はさておき、統一国家は、

高麗
李氏朝鮮

の二つだけ。
李氏朝鮮は高麗の軍人によるクーデターにより成立していますが、
後ろ盾は、中国。
冊封体制に組み込まれることで体制の安全保障を図り、
本家以上の儒教国家たる事で長期的な秩序維持に成功した。
が、反作用も凄まじかったらしい。

広大な中国大陸向けの統治システムを教条的に狭隘な半島に持ち込んだのだから
社会の閉塞、停滞感は息苦しいレベルに留まらず
須らく時間の止まった五百年。
孔孟の時代と変わらない産業構造を維持しようとすれば、徹底鎖国と
新機軸の御法度
産業革命や商業資本主義なんか起こりようがないが、官僚の腐敗だけは、
国の貧富に関わらず....
重圧を背負わされた一般庶民こそ哀れ。

なかんずく、儒教でも一番ファンダメンタルな朱子学なんかを
担いでしまった。
江戸幕府の官学も朱子学であったが、幸いにも百家争鳴のように
様々な学派が妍を競ったし、仏教は堕落したが、神道がオピニオンリーダーとして
チカラを増して来る。
これが、列強の門戸開放圧力への対応判断の違いとして
歴史の明暗を分けてしまうことになった。

それでも天が回っている...と思い込む国家に明日はない。
遅ればせながらですが、地球が回っていると自覚した
我々の先祖は偉か....ったわけではない。
単に常識があって、思考回路が普通に柔軟だっただけであり、
健全な通念がマジョリティになったと言うこと。


李氏朝鮮は、世襲(と言っても抜け道はあったみたいな)の
徹底した身分社会。
支配者層は両班(文官と武官)の区分があり、文官優位。
武官は粗末にされ、技官は虐げられる。
防衛力たるや、無に等しかったと言われる。

文官内部でも様々派閥があり、エネルギーは外部発展に向かわず
日々オセロゲーム的な内部抗争。
国王交代とかで勝ち組から負け組に転じれば、根こそぎ粛清の嵐
代々の大統領が離職すれば、末路哀れの伝統はここに由来するのかな?
派閥は父系の血脈集団であり、排他的で結束が固く、国益より族益。
あの財閥の行動原理のある部分も同様かもしれない。




(長くなるので次に続きます)

2018年4月28日土曜日

韓国併合についての加害者と被害者



立場があれば、例え素人歴史愛好家であってもこの話題に口出しするのはリスクだ。
サイレントマイノリティなんだから、冷笑して眺めてればいいのですが、
血が騒ぐんですよ。
まあ、たわいなあ徘徊老人の戯言(^-^)


用語問題はあろうが、ちゃんとした交換公文もあるし、
企業で言えば、合併契約書も株主総会決議もあります。
普通の歴史的事実にすぎないのですが、
あの時代に植民地化されたり、被合併国家なんて、
近代化敗北の証明だから、後付けで言い換えをしたい気持ちは分からんでもないが、
ようは「歴史の敗者」なのです。
翻って倭国ですが、これまた失敗国家である。
同病あい憐れみ、共に相携え歴史を反省すれば良かったのですが、
まったく違う方向に走ってしまった。


倭国は歴史反省をしていない?
しかしながら、憲法前文にあれ程までの痛切な反省文を
明記している国家は寡聞にして知らない。
現時点の改正案においても前文改正の議論はない。
また、何故に愚かしい軍国主義にひた走ったかの論証は
論文に小説、映画にドラマと枚挙にいとまなく、
ひたすらに己の愚の自己批判である。
相手が悪い!と言ってなくはないが、あくまでセカンダリー。
あまりにも被虐的としか思えません。


一方で韓国サイド
ひたすらに日帝の侵略、奴隷支配、文化破壊。
雨が降っても悪いのは日帝と日王
俺たちはなにも悪くない....と、幼児病心理にはついていけない。

勝つにせよ負けるにせよ、それぞれに理由はある。
それらに正面から対峙するその結果こそが、正しい歴史認識なんですよ。
セクハラ事件なら、被害者と加害者の関係だが、
歴史上の事象については、当事者でしかないし、
敢えて言えば、勝者と敗者。
そして、致し方ないが、歴史は勝者の玩具。


併合の相手方は、大韓帝国(実態は李氏朝鮮と変わらない)
大日本帝國もしかりだが大仰な国名、すなわち夜郎自大。
しかしながら、当時の韓国に如くはない。

あまり詳しくはないが、十四世紀以来の歴史を有する
堅牢で偏狭なまでの儒教国家であるが、
これがとんでもない国家だった...と言う事で、チャプター1はお終い。

2018年4月27日金曜日

プロが読み解く「蜜蜂と遠雷」




A君の演奏曲

第一次予選
バッハ : 平均律クラヴィーア曲集 第一巻第一番ハ長調
モーツァルト : ピアノ・ソナタ 第十二番へ長調K332 第一楽章
バラキレフ : イスラメイ

第二次予選
ドビュッシー : 十二の練習曲・第一巻第一番 五本の指のための/ツェルニー氏に倣って
バルトーク : ミクロコスモス第六巻より 六つのブルガリア舞曲
菱沼忠明 : 春と修羅(架空の作曲家と曲)
リスト : 二つの伝説より 小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ
ショパン : スケルツォ第三番嬰ハ短調

第三次予選
サティ : あなたがほしい
メンデルスゾーン : 無言歌集より 春の歌 イ長調 Op.62-6
ブラームス : カプリッチョ ロ短調 Op.76-2
ドビュッシー : 版画
ラヴェル : 鏡
ショパン : 即効曲 第三番変ト長調 Op.51
サン=サーンス / 風間塵 : アフリカ幻想曲 Op.89

本選
バルトーク : ピアノ協奏曲 第三番



B嬢の演奏曲

第一次予選
バッハ : 平均律クラヴィーア曲集 第一巻第五番ニ長調
ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ 第二十六番 告別 変ホ長調 第一楽章
リスト : メフィスト・ワルツ第一番 村の居酒屋の踊り

第二次予選
ラフマニノフ : 絵画的練習曲音の絵 Op.39-5 アッパショナート変ホ短調
リスト : 超絶技巧練習曲 第五曲 鬼火
菱沼忠明 : 春と修羅(架空の作曲家と曲)
ラヴェル : ソナチネ
メンデルスゾーン : 厳格なる変奏曲

第三次予選
ショパン : バラード 第一番ト短調 Op.23
シューマン : ノヴェレッテン Op.21 第二番ニ長調
ブラームス : ピアノ・ソナタ 第三番へ短調 Op.5
ドビュッシー : 喜びの島

本選
プロコフィエフ : ピアノ協奏曲 第二番


C君の演奏曲

第一次予選
バッハ : 平均律クラヴィーア曲集 第一巻第六番ニ短調
モーツァルト : ピアノ・ソナタ 第十三番変ロ長調K.333 第一楽章
リスト : メフィスト・ワルツ 第一番 村の居酒屋の踊り

第二次予選
菱沼忠明 : 春と修羅(架空の作曲家と曲)
ラフマニノフ : 絵画的練習曲音の絵 Op.39-6 アレグロ
ドビュッシー : 十二の練習曲 第五曲 オクターヴのための
ブラームス : パガニーニの主題による変奏曲 0p.35

第三次予選
バルトーク : ピアノ・ソナタ Sz.80
シベリウス : 五つのロマンティックな小品
リスト : ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178
ショパン : ワルツ 第十四番ホ短調

本選
プロコフィエフ : ピアノ協奏曲 第三番


Dさんの演奏曲

第一次予選
バッハ : 平均律クラヴィーア曲集 第一巻第二番ハ短調
ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ 第三番ハ長調 Op.2-3 第一楽章
ショパン : バラード 第二番へ長調 Op.38

第二次予選
菱沼忠明 : 春と修羅(架空の作曲家と曲)
ショパン : エチュード Op.10-5 黒鍵
リスト : パガニーニの大練習曲 S.141 第六曲 主題と変奏
シューマン : アラベスク ハ長調 Op.18
ストラヴィンスキー : ペトルーシュカからの三楽章

第三次予選
フォーレ : ヴァルス・カプリス 第一番イ長調 Op.30
ラヴェル : 水の戯れ
リスト : バラード 第二番ロ短調 S.171
シューマン : クライスレリアーナ

本選
ショパン : ピアノ協奏曲 第一番

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久しぶりのピアノの難解問題

この小説の四人のコンテスタントの課題曲の構成を論じるという
不肖の音楽愛好家には余りに難度が高い「世界一受けたい授業」。
プロのご高説をただただ拝聴するだけ。
因みに想定通り、この小説は興味はあるが、
読んではいない...と言うプロのピアニストにありがちのスタンスです。

御高説を超訳すれば.....

A君は天衣無縫
B嬢は正統派
C君は各段階での完璧完結性
Dさんは個性的すぎ


げにやその道のプロは恐ろしい(本当は読んでたんじゃないのかねえ・・・)
予備知識なしで選曲構成だけでキャラを当ててしまった!
日頃の食い物を見ればその人の性格がわかるってサヴァランが書いてますから驚きはしないが
実のところ・・・びっくり仰天。

早々に復習授業をお願いしませんとねえ(笑)



2018年4月26日木曜日

再説 意識高い系な女性たち



ビクトリア王朝後の大英帝国。
ホームズ氏の活躍や、切り裂きジャックは伝説になろうとしている頃
銀行家のバンクス夫人は婦人参政権活動に熱心で、
子育ては不思議なメリーポピンズに任せきり。
毒にも薬にもならないディズニー映画だと無味乾燥でたわい無いエピソードですが、
現実は千人を超える女性の前科者までだした激しい政治闘争でした。



気分屋で心が安定しない連中を政治参加させる訳にはいかない。
たかが選挙権と言うが味をしめれば議会の椅子まで狙うに違いない。
理性と論理性を欠如する連中を政治参加をさせてはならない。
民主主義は斯様な連中が内部から朽ちさせるのだ。



当時の英国議会の議論の一部ですが、
当然に主語は「女性」です。
しかし、最近の倭国はオスの劣化も甚だしいから「男性」でも間違いではなさそう。


教訓的に言える事は、
血と汗で闘い取ったわけでもない権利の値打ちはその程度だという事。


この映画の登場人物の多くは合成キャラクターだと思われます。
ふとした事で権利意識に目覚めた無知ながら無垢な女性達の姿は神々しい。
自分たちでなく自分たちの未来(子どもたち)の為に血と汗を流す。

エンディングで、婦人参政権獲得の歴史がタイプされます。
どの程度血を流したのかは知りませんが

1893年 ニュージーランド
1902年 オーストラリア
1906年 フィンランド
1913年 ノルウェー
1915年 デンマーク、アイスランド
1918年 ソビエト連邦、オーストリア、イギリス
1920年 アメリカ合衆国
1949年 中国
1993年 スイス
2015年サウジアラビア

字幕だけの記憶ですので誤記はありえますが、
倭国がテイクノートされていなかったことには確信がある。
この映画の意識高い系製作陣にとっての日本人の権利意識レベルとは
その程度だと思われている....のかも知れない。
それはまあそうだが、自由民権運動で流したあの血の量までシカトされるなら
それには objection!!




財務省事務次官セクハラ問題

あまり話題にしたくないが、
あまりな迷走に、迷走するだけのの理由くらい言葉にしたくなった。

まず声高に怒りの声をあげる、誰かさんによれば
セクハラなんかされそうも無い座布団バッジ族
どう見ても政局や政争にしたくてしょうがない...としか見えない。
被害者に寄り添うとか不義を糺すとか公平健全な社会意識の醸成は二の次
大臣のクビを獲る、倒閣が優先する。
だから加害者とされる側も防御のやり方が品性にかけて攻撃的になる。

敢えて言えば、スタンドアップしない被害者「達」も怯懦である。
テレ朝の女性記者だけが被害者ではなかろう。
二次被害....当然、出る釘はうたれるのです。
それに、それを押し返す声が小さいから。
津々浦々で日々被害が生じているのであれば、
その声を汲み上げ組織化するシステムをつくれば...
それこそが、選良の存在意義
民衆の力こそ、量が質を規定するのです。


今度ナンチャラ国民党が出来るそうですが、
世論調査での単純合算政党支持率は1から2パーセント
たぶんですが、支持率は単純合算値を下回る。
理念やら綱領めいたものを見るに、百貨店型政党
つまり、総花で実が無い(^-^)


いまやブティック政党の連衡合縦の時代。
それはEUの状況からしても明らかだし、二大政党体制なんて今や周回遅れ。

という事で「アンチハラスメントだけの政党」を作る。
政党要件を満たす程度のことは容易いだろうって思うが、
決してなんとかハラスメント防止法なんかつくろうとしない事だ。
法的制裁なんかザルなんだから、社会的制裁の方が遙かに恐ろしい。

大昔のウーマンリブ運動さながらの野党合同茶番ヒアリングを観ていて...
目が醒めると、こんな夢を見ていたのだ。


2018年4月25日水曜日

「蜜蜂と遠雷」をプロ映画鑑賞家目線で




主役群のひとり、栄伝亜夜の復活の可能性を印象づけた
ピアノソナタ。
音源を何度も聴いて指に覚えこませたと原作者は書きます。
楽譜を観るに凄そうですが「何度も」ですって!
アマデウスなら一回聴けば充分ですから、
彼女に与えられた神からのギフトは、中くらいの包みなのです。
でも、彼女には神の子からもギフトを貰います(ネタバレなのであまり書けない)


ピアノを持たず、正規な音楽教育を受けることなく、
まさに彗星のように登場したのが、養蜂家の風間塵
主役群の一番手で、まさに天才。
中村紘子さんが育て上げた音楽コンクール書類選考落選組の再チャレンジ演奏で
彼は何を弾いたのだ?

モーツァルト
ベートーベン
バッハ

原作者は曲名を語りません。
単に三人の審査員の畏怖、驚愕、憤怒....だけに言葉を費やすのは
いささか卑怯...というか休符なしで弾き続ける曲目構成を
考えきれなかったのだ。
しからば代わりに...と言いたいが、蝸牛庵はさらにダメ(^-^)


最終トライアルを含め四回の演奏機会に古典派から
現代音楽まで、用意する曲目は気が遠くなる。
課題曲は決まっていますが、演奏者のキャラクターに
応じた選曲構成を考えるのは、愉悦に満ちた苦行


良く出来た小説ですが、本屋大賞ならわかるが、
直木賞までとは....
音楽コンクールを舞台とする作品なら、
紘子さんの「チャイコフスキーコンクール」以外何もいらない。
エセーと小説の違いはあっても、
片や書庫に鎮座しても、今ひとつは近日中にブックオフ送り...
少し勿体無い。


ネチズンの間では映画化期待値が高く、配役の下馬評まで。
しかし、原作者は懐疑的だそうです。
天才や神童の饗宴を文字にするのも超難度なのに、
ピアノが弾ける程度の役者は居ても弾く俳優さんがいるわけがない。
加えて天才の片鱗を見せねばならない。
四人の男女からなる主役群は夫々の個性があり、
音源もその個性に合わせて四つ必要。
つまり、そのレベルと個性の似た四人のピアニストの協力が必要だが、
真面目に考えれば不可能に近い。

コンクール課題曲は、大衆相手の演奏会演目とは違います。
誰でも知ってそうな有名曲ばかりに換骨奪胎すれば、
素人芝居に堕してしまいます。
つまり「のだめ」の二番煎じ
邦画製作プロセスのお手軽さを知っていれば、
渾身の一作が泥まみれになることは必定。
本屋大賞作品は映画化定番なのですが....

どうしても真面目に映画化したいなら、
唯一可能性があるのが、浜松国際コンクールとの共作。
実際のコンクールを舞台装置にしてしまうのですよ。
コンテスタントも参加する....
コンクール開催費用の相当部分を負担すれば出来なくはない。
しかし、今年の開催は十一月ですから、間に合わない。
次回は三年後。

どうなりますかなあ(^-^)

2018年4月24日火曜日

傘お貸ししましょうか?



太田道灌は、文武両道の達人ということになっている。
が、個人的には疑わしいと思っている。

彼は上司の策略で謀殺されるのですが、武の達人に有るまじき事。
今際の際
なんとも長閑なことに、ヒットマンが上の句を詠む

かかる時さこそ命の惜しからめ

そこで、虫の息の道灌は慌てず騒がず

かねてなき身と思い知らずば

あまりに出来過ぎで、嘘っぽい(^-^)


つぎにあの有名な山吹の花のエピソード。

別に斯様な駄文をかくつもりはなく、桜が終われば
それこそ百花爛漫の花の宴なんかの話題のつもりだったが、
下調べの最中につまらない事に引っかかった。


七重八重花は咲けども山吹の実の(蓑)一つだになきぞ悲しき

雨に打たれ、傘を借りようと賤が家に立ち寄ったが、
若い娘さんは山吹のひと枝を哀しげにさしだすだけ....

意味不明なまま立ち去り、のちに意味を知り恥じ入り歌道に
励んだというおはなし。
のちに、上京し、帝の御下問に応えて(お前の住む武蔵はどんな所か?)

(上の句は忘れた)あめよりひろき むさしののそら

これもなあ
官位がなくておめどうりが叶うはずがない。

しかし、この山吹の和歌は、後拾遺集の兼明親王の歌で、
背景のエピソードもほぼ同じ。
なかんずく、下の句最後は、あやしき(不都合という感じ)である。

ネット駄文の多くは、故事来歴には間違いはなくとも、悲しき を
使います。
たんなる引用ならば「かなしき」でも間違いとはいわないが、
御拾遺集云々まで蘊蓄さらけだすなら「あやしき」でないとねえ。
道灌のこのエピソードは古典落語にも有りますが、
落語ネタになったから有名になったと言うことで、オリジナルは忘れ去られた。


まあ、世の中
鳥なき里の蝙蝠ともいう。
鳥がいないと蝙蝠程度でも空に飛べると尊敬もされる
世渡りのコツってこれですよ。

2018年4月23日月曜日

みどりの冬



45億年とも言われる地球の歴史の中での気候変動を
短期的な視野狭窄的に論じても仕方なかろう。
寒冷化と温暖化は繰り返されてきたわけで、その大きなサイクルの中の
個々の変動が、人為的か自然現象なのか解析できるほど
ヒトザルは賢くなったのかなあ?

そう言えば、火山地震ムラの先生たちは出来もしない地震予知を
やります(やれます)と豪語し、多額の科研予算をふんだくったが
いまの有様(^-^)

大きな自然のサイクルに棹差すようなことは無意味だが、
ヒトザルの営みの過多が温室効果ガスの増減を規定していることだけは確かな事
余計な環境負荷を殊更にかけるべくではない程度の努力にまで
冷ややかなつもりは無い。



四季のメリハリのなかで花鳥風月に慣れ親しむ世渡りの日々
夏は暑く、冬は寒くが一番。
まだ四月だというのに「真夏日」なんかは困るのです。
また、真冬に暖かいと重衣料がうれず消費の減退。


みどりの冬


絶滅危急季語のひとつ
被形容語が冬なのに、夏の季語というヒネリがいたく
お気に入りです。
青葉しげる陽気の季節にこの寒さはなによ?!って感じの季語
みどりと言ってもカフェーの女給の源氏名じゃない。

夏井いつきさんは、絶滅危急種と分類していますが、
自然科学的には絶滅したかも.....


いつかみどりの
夏きたらめと
百年暦 (蝸牛庵)



2018年4月22日日曜日

どんな麒麟がやって来る?



大河ドラマには興味はないが、この素材をこの時期に放映する
背景には興味がある。
地元の町興しとか政治家の我田引水やら、国営放送の忖度やら
ロクでもない理由もあるらしい。

今年や来年はイベント背景で分かりやすいが、
その次のセンターが「明智光秀」さんとはなあ(^-^)
幼少期や世に出るまでの行状不詳は稀ではない。
しかし、享年が六十とも四十とも?
皆目定説を見ない
一体どんな人物造形をイメージするのか。


ようわからんのだから、好き勝手に新説、珍説を積み上げるって
ありですよ。
最近は堅牢な歴史ドラマ仕立ては流行らない。


ポイントは二つあるいは三つ。

本能寺の変の真解釈
家康との共謀説(裏で細川が暗躍)
兎に角黒幕候補が山といますが、この時点の光秀の年齢判断がポイント。
40代ならば、自分で天下取りにいくだろうし、
60ともなれば、別の計算も働く.....

次に生き長らえて僧正天海となり、徳川三代を影で
操った。

春日局(お福)が光秀側近斎藤何某の娘で出戻り後家で、
後家好みの家康の子を産み、其れが家光。
名目は秀忠の長子だが、忠直との三代目跡目の暗闘はここに始まる。
ついでに、お福は光秀の隠し子だともっと面白い(^-^)
さすがに異説すぎますが.....
光秀の子供だから家光というのがさげ(^-^)


かくて、土岐(とき)源氏の末裔が麒麟となり天下に君臨!

ときはいま
天が下知る 皐月かな

信長、秀吉、家康の如き下賎匹夫が天下人とは許しがたい。
足利幕臣の名家こそが相応しい。


2018年4月21日土曜日

徘徊老人心得帖




原典は不東庵によるが、寒村陋屋界隈で多少認知度が上がってきた
蝸牛庵狂言綺語心得

・即起(ダラダラと惰眠を貪らない)
・作務(炊事洗濯野良仕事・・・作業=修行)
・習字(毛筆は苦手なんで、独りよがりな駄日記を相変わらず・・)
・読書(論評なし)
・徘徊(無為無心の散策)
・静座(寝る前には、今日一日を反省し、生あったことに感謝)

→ この程度は、ちょい頑張れば誰でもできる

・勤倹(粗餐粗食、飲酒を適当に、質素に暮らす)
・居敬(誰にでも敬意をもって謙虚に接する)
・慎独(人が見ていなくても己を持して慎む)
・謹言(言葉を慎む)

→ かくありたしと「思い」だけは持ち続けることだ。

・刻々留心(何事にも興味を持ちよりよくなる様に知恵を出し工夫を行う)
・跡無工夫(自分の功を誇なず、死しても名を残すなんて未練なし)

→ 多少の努力が必要だ。



言葉狩りの愚は毎度の事で、義憤を超えて最早口にするのも
おぞましい。
昔「認知症」なる病名を聞いた際に理解不能だった。
不認知症ならまだ病気らしいが....

今度は「徘徊」なる用例がヒジンケン的だとか!
ツクリには意味がない。
音を借りてきただけ。
ギョウヒンベンは、ヒトザルがユックリと歩き回る様
繰り返される以上、結構あちこちを歩き回る意味だ。


それの何が悪い?
目的もなく歩き回ることが病気らしいが、
無意識の所作は幾らでもある。
箸の上げ下ろしひとつひとつに意味性を持して生きている訳ではない事は
分かりきったことだ。


医者も高偏差値集団化し、馬鹿になったのだ。

無心
無為

なんて事が分からなくて人間理解が出来るのね(^-^)


近日中に扁額にしようと思案中な心得

即起而作務
習字而読書

....と七行縦書。知らないと知っていても五言律詩に見える。
が、律詩というには行足らず(^-^)




2018年4月20日金曜日

特別「市長」



邦画の年間公開本数は、600本内外。
いくらプロ映画鑑賞家と言ってもカバーしきれない。
公開作品の一割強を知っていて、その一割くらいを観るのがやっと。

ITが映画製作参入のハードルを下げたのですが、量が質を規定したかどうかは
かくの有り様ですから、論評しません。
多少偏見をまじえて言えば、メジャー作品の大層は、
コミックか本屋大賞本、あるいは人気ミステリー作家本をオリジナルとする。
要するにお手軽なんです。

社会派
硬派
知性派

なんて映画ビジネスの世界ではお呼びではない。
つまり、興行リスクが高い....が、
政治リスクにも臆病になっている可能性が高い。
政官財の腐敗堕落不道徳性なんかを描かないのが、
暗黙の忖度ということ。

かつては、

悪い奴程よく眠る
誇り高き挑戦
金環蝕

娯楽的に仕立てはするが、映像のチカラによる鉄槌くらいの
気迫はあったものだが....
刺される方も度量があったのだ。
この程度で溜飲を下げてくれれば安いもの。
適度のガス抜きって効果的なのです。


翻ってお隣の半島国家
西洋の一部メディアでは、東アジアで民主主義が成功している
唯一の例だと賞賛する。
国民規模のデモで政権倒壊に至らしめた...らしいが、
魔女狩り政治がデモクラシーとは恐れ入る。
反対意見であっても、その圧殺に対してはカラダを張って抵抗するのが、
民権だとモンテスキューは喝破したのを忘れたか(^-^)


がしかし、韓国映画のレベルは....悪くない。
良質な一部が倭国で公開されているに過ぎない可能性もあるが、
だいたいは粒ぞろい。


ソウル市長選の暗闘劇
現職はポピュリズムの権化。
政治はイメージでショー。
対抗馬は、見たことありげな女性政治家と野暮ったい学者タイプ

選挙スタッフの買春
不正献金の暴露
候補者の泥酔ひき逃げ
家族の薬物容疑
側近の自殺疑惑

まあまあありげな醜聞があれもこれも
あまりに盛りだくさんなのが、東洋一番のデモクラシーということ。


しかしなあ、こんな作り話を殊更に映画館で見なくとも
倭国はお茶の間劇場で毎日たのしめます。
だから、映画人は素材の価値を認めないっていうのが正解かもしれない。

2018年4月19日木曜日

倭語のお稽古




公用語の明文化されたルールを持たない国家は、幸せなんだろう。
この国土に於いて当たり前のように定義不詳な日本語を使っているが、
このままでこの国際化のなかでいいのかなあ?
規則を須らく知る立場にないが、裁判所は日本語に限ると明文化されている。
確か裁判所法だった。(調べるに74条)
微かな記憶では点字の判決文があったはずだ!
つまり、司法の世界では点字も日本語だと認めています。
しかし、何故に裁判所だけが公用語を明文化しているのか、
背景までは知りません(調べてはいるのですが.....)


外国人株主が過半近い企業の株主総会はどうするんですか?
浅学非才ながら、定款の記載で公用語明記は見た事はない。
日本語により総会を運営すると書いても違法にはならないとおもうが...

因みに日本語を公用語(の一つとして)憲法に明記する国家があるらしい。
むろん、日本国ではない。


特段外国語を排除しようとは思わない。
排除しなかった歴史が倭語を豊穣にした歴史を知っている。
それと公用語をさだめる事は別物。
しかし、さだめる以上は「日本語の概念規定」を明確にする
ことが肝要。
これって結構物議かますんですよ(^-^)

言語は、書き言葉、話し言葉に限定されない。
身振り手振り..有り体にいえば、手話も日本語体系にはいりますよね?
でも、義務教育の世界で教えるのかなあ?
僕は教えてもらわなかった。
点字も日本語だよねえ。
これも教えてもらわなかった。

限られた教育の時間をかようなマイナー日本語体系に費やすか
英会話に費消するかは選択の問題。
しかし、昨今の翻訳アプリの革新を見るに、時間かかる苦行なんか
無駄に思えてきます。


このケッタイな言語体系を人類滅亡まで堅持すべきかは
論評しない。
いまやすごいスピードでマイナー言語が滅びていっているそうな
日本語人口は世界のベストテンにはいるが、
大事にされないワーストテンがあれば、きっとランクインする。
言語は大切な文化資産なんだが、大切なものほど失われやすく
あとから悔悟する。

2018年4月18日水曜日

重いコンダラ インドの星



インドはいまや大国の仲間入り途上。
映画産業も世界市場を目指しているので、お決まりの
歌、ダンス、メロドラマだけではなく、普遍的に受容されやすいアイテムが
センターになりつつある。
しかし、巨大な国内市場も無視できないので、お決まりアイテムも忘れない。
辛気臭い話よりもスポーツアイテムが一番大衆向き。

クリケットが盛んだし、かつては巨人の星を翻案したアニメが大人気。
そう言えば、クリケットから大リーガーに転じる実話映画もあった。




野球がインドで受け入れられないように、クリケットも全世界的には相手にしない。
そこで....女子レスリング!

社会的偏見に打ち勝つ強い女性は今の風潮
インド社会の病理にも肉薄
スポ根は永遠の定番
親子の葛藤と親を超克する子供像は涙腺刺激度満点
山場は決勝戦の逆転劇。
ジャーマンスープレックスホールドを久し振りに見た!

なんといっても実話の強み。
世界的に大ヒットは慶賀の至りですが、

子供に夢を託す父親は星一徹よりもアニマル浜口
ヒロインは伊調馨(主人公はそこまでまだ強くない)
悪辣なナショナルコーチは、あのパワハラ親父

に重なってしょうがない(^-^)

2018年4月17日火曜日

公文書管理法をよむ!





非難するにせよ擁護するにしても、まずは根拠法を紐解きましょう。
それが、パブリックオピニオンを形成し、
そうでないのは...今がそれに近いが、パブリックセンシティブという。

何度か改正されているようですが、原型はあの民主党政権下に
成立しています。
年金文書(情報)の杜撰管理が発端のようですが、
杜撰なのはむしろこの法律で、なんとも粗雑な建て付けです。

なるほど!と思うのは

.....公文書等が、
健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、
主権者である国民が主体的に利用し得るものであることにかんがみ、
国民主権の理念にのっとり、公文書等の管理に関する基本的事項を....

なる第一条だけ(^-^)
けだし、意余ってチカラ足らずな政権らしいと言えばその通り。
少なくとも、今起きていることは公文書管理の本旨を
逸脱していると言われても致し方ない。
しかし、国会質疑だと斯様なアプローチをしない。


役所の掟を知らないが、文書管理のプリンシパルは、
官も民も変わりがないはずだ。
つまりは、公式文書のライフサイクルアセスメントを
合理的に定める事なんですが....

①保管と保存の区別がない(移管なる概念はある)
②保存の起算時期がまずくないかなあ(明文化されていないが)

詳細は政省令とかにあるのでしょうが、そこまで
突っ込めば、更にボロがでるかも(^-^)




その事案が事態進行中は、関係する文書は当然保管され、
事態が終了してからファイルが閉鎖され保存が始まる。

保存は閉鎖された年度末日を起算時期とする。
つまり、保存期間一年とは、正確には、最大一年と364日

保存期間は、法定保存期間または時効到来のいずれか長い方を
最短とし、これらに関係がないものは適宜設定。
但し、係争の発生等基準通り廃棄する事が不適切な場合は延長する。




...と当たり前的にはそうなるはずだが、どうもそうなっているのか
いないのかよく分からない。
ルールが適切だとしてもその通り運用されているかどうかも分からない。


なんにしても文書管理なんて手間とコストがかかる割に徒労に終わる事が多い。
一年前に作成された文書が再利用あるいは再読される頻度は5ないし10パーセント。
だっから....
保存文書は電子化必須とどうして決めないのかなあ。
昔みたいに、検索キーワードとか考えなくとも
今やデジタルフォレンジックでなんとでもなる。

2018年4月16日月曜日

世界で一番受けたい授業





場所が確認出来ませんが、モスクワの遥か北方だかウクライナだか・・
なんにせよ厳寒時にはマイナス40度にもなる収容所
生き延びたのは僅か3パーセントに満たないらしい。
多分カティンの森で虐殺された数も算入していると思います。

ダッハウなんかと比較するものではないが、
収容されていた波蘭人は知的な上流・中産階級が多かったようです。

過酷な労働、粗末な食事、ロクな暖も照明のないなか(況んや図書室なんて)
彼等は交代で己の得意分野について記憶だけを頼りに
講座を開設した。
全体の規模感は不詳ですが、ある貴族階級の画家は
失われた時を求めて(プルースト作)について語った。
記憶違いも多く断章的で、批評とも論とも言い難いが、
限界の中で思索を記憶だけで積み重ねたものは尊いし、
余りに日常性から隔絶した風景には恭しい感動すら覚える。
けだしパンのみでいくるにあらず

40年代の始め、ポーランドでプルーストの知名度が如何なるものかは知らない。
仏蘭西文化圏であっても、内容に詳しいと言える層は
限定的だったと思われます。
興味あるテーマだけをつまみ食いする贅沢が許されず、
唯一の知的渇望を癒やす場であったことを思えば
世界一受けたい授業とはこれらを意味する。



よくある「無人島に持って行く一冊の云々」なることの
軽薄感を思い知らされます。
一冊の書籍をチョイスできる程度は稚戯に近い。
記憶だけで再現できるまで骨肉にしてこそ...
汗牛充棟の書庫なんて恥ずかしいことなのですよ。


今回のネタ本は

収容所のプルースト


タイトルだけで贖ってしまったが、外れではなかった(笑)


2018年4月15日日曜日

聖なる鹿殺し



あまりな直訳で、文法的に「聖なる」が何を形容するのか
戸惑う....だから、オリジナルタイトルをサブにつけたのだ。


ギリシャの文物は様々な社会の上部構造の源流であり、地球規模で伝播したのは
遠い遠い昔のこと。
その後、この国は世界に迷惑しかかけていない。
それは映画の分野も同じ。
Wikiのコンテンツの貧相な....いやそれ以上。
ギリシャの映画監督と指折れば

アンゲロプロス(交通事故で逝去)
カブラス(フランスで活躍)
カコヤヌス(正確にはキプロス人)

でおしまいだ。
最近やっとこさ登場したのが、ヨルゴスランティモス
先人同様に、ギリシャ悲劇や神話のお世話になっている模様だが、
活躍拠点はロンドン

模様としか書けないのは、その辺りの知見に乏しいから。
鹿殺しと言われれば、奈良の豆腐屋の爺さんの神鹿殺ししか思い浮かばない。
古典落語に詳しくなくとも「鹿政談」程度は知ってます。


わけ知り顔の映画解説だと、ギリシャ神話のアルテミスの鹿に始まり、
トロイ戦争のイフゲニアの悲劇に及ぶ。
多分ただしいのだろうが、余りに辛気臭いし、アルテミスの鹿が殺されたという
エピソードは聞いたことがない。
ヘラクレスに捕獲されたことはありますが....

イフゲニアの悲劇になぞらえてもいいが、
この悲劇は、真景累ヶ淵みたいな長丁場の因果物だし、
映画的には、イフゲニアとオレステスの姉弟のうち、
犠牲になるのは、オレステスの方。
ここでオレステスが死んでしまえば、後々の母親殺しが成り立たない。


まああれこれ揚げ足をとるものではない。
余計なギリシャ神話の薀蓄に囚われないで
サイコホラーな不条理劇だと思えば、まずまず楽しめます。
が、キューブリックに比定するのはやり過ぎ。
彼は、斯様な不愉快なバックミュージックは使わない!

2018年4月14日土曜日

インヴィジブル ハンド



ミステリーのオールタイムベスト。
一応プロが選んでいますから、そう酷い結果ではないが、
余りに常識的で面白くもない。
価値は風化しない、或いは風化しないのが価値、だと思えば
著作権が切れかかった作品とまでは言わないが、
発表後三十年以上経過作品を対象に選ぶのが良いとおもう。


日本編(2012年版、前回は85年版)

順位 著者 タイトル 年 前回

1 横溝正史 獄門島 1947 1
2 中井英夫 虚無への供物 1964 2
3 島田荘司 占星術殺人事件 1981 21
4 夢野久作 ドグラ・マグラ 1935 6
5 宮部みゆき 火車 1992 -
6 松本清張 点と線 1957 3
7 天藤真 大誘拐 1978 12
8 綾辻行人 十角館の殺人 1987 -
9 京極夏彦 魍魎の匣 1995 -
10 横溝正史 本陣殺人事件 1946 7


ベストミステリーから陥落したのが

黒死館殺人事件
不連続殺人事件
刺青殺人事件
黒いトランク
戻り川心中

まだ選ばれるのは早いだろうってのが選ばれた結果
割りを食った感じです。
歴史に残るのは「火車」だけ。

特に「黒死館殺人事件」が圏外に落とすなんて
ミステリー愛好家に有るまじき所業。
文学はリアリズムだけで成り立つものではないし、
多分ですが、戦前戦後の一級品に触れるチャンスのなかった
世代の選び手が増えたに違いない。

因みに、海外版も選ばれていますが....


1アガサ・クリスティ そして誰もいなくなった 1939 4
2エラリー・クイーン Yの悲劇 1933 1
3アーサー・コナン・ドイル シャーロック・ホームズの冒険 1892 10
4ウィリアム・アイリッシュ 幻の女 1942 2
5アガサ・クリスティ アクロイド殺し 1926 8
6レイモンド・チャンドラー 長いお別れ / ロング・グッドバイ 1954 3
7ウンベルト・エーコ 薔薇の名前 1980 -
8G・K・チェスタトン ブラウン神父の童心 1910 24
9トマス・ハリス 羊たちの沈黙 1988 -
10ジョン・ディクスン・カー 火刑法廷 1937 14


よく似たようなものですが、世界的に定評のある作品だらけ。
誰もリスクをとらない(^-^)

がしかし、実に面白いことに気が付いた。

そして誰もいなくなった
Yの悲劇
獄門島

には共通点がある。
それは(神の)見えざる手!


殺人の計画が殺人者以外の手で作られて、
ただ犯人は実行するだけというプロット


文藝の黄金期であったのは19世紀から20世紀のはじめの頃
自然主義と象徴主義の相克が幾多の名作を生み出したが、
ミステリーなんてそもそもが反自然的。
今は社会派と言われる写実的なミステリーが幅をきかせますが、
どっこいセンターを張れるのはやはり「つくりばなし」なのです。
かの黒死館殺人事件は、

衒学
耽美
倒錯

満載(^-^)

2018年4月13日金曜日

豚なら太らせてから食べればいいが....




未曽有の有事に国家の命運に握る強いリーダーシップの指導者は
絵になります。
たとえ、

モーニングスコッチ
ランチシャンパン
ディナーワイン

という呑んだくれで失敗だらけな貴族でも(^-^)


しかしながら、そういう人材を必要としないのが一番
後知恵で言っているかもしれないが、
絶えず歴史はくりかえされます。
当時の大英帝国に蔓延するヒトラーへの近親感は一体なんだったのだ?
チェンバレンの融和策ほど悪しき結果をもたらしたものはない。
ヒトラーのブラフに慄いたのか、金持ち喧嘩せずと鷹揚さを
見せたかったのか?それは知らない。
あの段階ならばヒトラーを潰す事は難しくなかった。
豚ならともかく、虎はネコのうちに始末しないと手に負えなくなる。


オスカーのベストアクターも然りと言う名演技はさておき
観客は歴史実話に現代のなにを二重写しにしたのか?
極東の島国のシネコンに詰めかけた善男善女については
大体想像がつきます。
対話より圧力!と改めて確信したのでしょう。
長年の意味のない贖罪意識からの太陽政策の失敗を再認識したのでしょう。
しかし、ユーロの観客には遠い世界の話
牙をむくロシア帝国とか困惑の中東問題の方が大事。


一方でプロ映画鑑賞家はそんなことより、
四番目のダンケルク映画じゃないか....と早々に興味をなくし

チャーチルの秘書タイピストが可愛いとか...
この役は、ジェマアタートンならもっと良かったなあ...

と細部に目がいく。

加えて、チャーチル風ジンライムが登場しないのは
残念!





2018年4月12日木曜日

初めての常連客





レイモンドチャンドラーは、意に染まなかったのでしょうが、
ハリウッドの脚本家もやってます。
ギャラだけは満足していたようですし、あとの時間で
好きなままハードボイルドを書いていたのです。

ヒッチコックの「見知らぬ乗客」には、彼も参加しています。
通勤電車で長年会社通いなんかをやっていると
誰とも知らないが顔馴染みが出来て、挨拶もすれば
軽口も叩く(^-^)
同然見知らぬ乗客もいるわけで、突然に話しかけられると....
巻き込まれ型のサスペンスが生まれます。


オリジナルタイトルは Commuter
日本公開版は、トレインミッション
涙がでそうですなあ。
ヒッチコック版とは全く違うプロットですが、
パブリシティ担当は公開タイトルを考える際に
連想すらしなかったようです。

ストーリーとしてはかなりな無理筋。
弐番館くらいでの鑑賞を勧めますし、プライムまで我慢するのが一番。

しかし、エンドロールはソールバスの作品に匹敵する
洗練されたデザイン。
最近のエンドロールはヘビより長くて飽き飽きする文字の羅列
出前を何処からとったかなんて興味はない。
しかし、これは誰の作品かは知りませんが、
ここだけは、ロードショーでみる価値あり。
youtubeで探しましたがありませんので、こちらで我慢を。




2018年4月11日水曜日

スローンさんと佐川君の違い





佐川君は・・・

刑事訴追の恐れがありますので、証言を差し控えされていただきます。

ミス スローンは・・・

弁護士の助言により、合衆国憲法修正第五条により証言を拒否します。


やっていることは同じなんですが、論拠が違う。
佐川君は、議会証言法第4条を根拠に証言を拒否しましたが、
辣腕のロビイストである、スローン嬢は憲法を根拠とします。
修正第五条の当該部分は、日本国憲法だと「第38条第一項」に記述されていますので、
こちらを援用してもよさそうなんですが、
議会証言の拒否で憲法上の権利である自己負罪拒否特権を行使した例はない。
佐川君の根拠法自体憲法の黙秘権規定を繰り返しているだけですので、建付け上なくても差し支えない。
一方で、アメリカ議会だって公聴会の規定があり同様の条文があるにちがいない。

日本国憲法は硬直憲法であり「不磨の大典」のごとく扱われますが、
実は薄っぺらいのよ。
アメリカ合衆国は「建国の父たち」が定めたもうたもの・・・
というだけで批判を許さないような気分がある。
斬新な解釈もしかり。
権威が違うように見えます。


いったい違いってなんなんでしょう?
簡単に言えば、自己の信念なり生存の究極の武器足りうるかという事。
所詮占領憲法。
最高裁は真面目に憲法判断をしないし、
解釈改憲はお茶の子さいさい。
改憲だ!護憲だ!って騒ぐのは政争にすぎないし、
九条改憲が国民投票で否定されても、
自衛権や自衛隊か違憲となるわけではない...と宰相の答弁。
確かにその通り。
憲法解釈権は法制局と司法がもち、国民にはない。
最高裁判断に不満ならば、国民審査で撃墜すればいいのよ。

にもかかわらず、一千億円の国費をかけて国民の意思確認を
しますか(つまらん政局の道具がなくなるからやる意味はあります)
やってもいいが、変えるべき条文が違うだろう。


因みに、憲法38条に関わる判例を紐解くに、
黙秘権を狭く解釈する傾向にある。
これじゃ、カッコよく憲法を援用すれば、
梯子を外されそう。
佐川君は経済学部らしいが、法学部らしい黒子の指示がそういうことなのだ。
カッコ悪くとも、我が身を守るにはアレが一番なのよ。
スローン嬢は戦闘的だが、佐川君はオドオドビクビク感満載だったなあ。

2018年4月10日火曜日

コンフェスるという事



何度も観ている国会の証人喚問。
真実はおろか事実すら明らかにならないことは明らかなのに、
どうして茶番劇で時間を無駄にするのだ。


引き換え、コンフェションなる告解の儀式
信者は最低年に一回、罪を犯せばその都度教会の懺悔室で、
自らの不利益となる不都合な事実を告げる義務がある。
カトリックの場合はそうだという事で、他は多少違うらしい。

どうやら性的な罪が一番多かったと言われており、
後世、一番淫靡な場所こそが教会と揶揄される所以である。
自分の不利益を積極的に告白する宗教の軛の凄まじさ。
司祭は秘匿特権と義務を負うとされるが、さあどうなんでしょうか。
今風ならば、愁訴外来みたいなものとも言えなくはないが、
そう生易しくもない。


このあたりのヒトザルの葛藤は、優れて映画的だし、
ある種の傑作が、ケンラッセルの「肉体の悪魔」
フランスの片田舎で実際に発生した悪魔憑きの事件をモチーフとします。
げに恐ろしきは宗教裁判
十字架を片手に審問官が、拷問で息も絶え絶えな司祭に...
告解をせまるのです。





他方、ヒッチコックの「私は告白する」は、
戒律を破り、告解の中身を告げる事でしか己の無実を証明出来ない司祭の
苦渋を扱います。



組織や上司の悪業は墓場まで持って行くって...美徳なり
美学の一部かもしれないが、コンフェスる方がいいと思いますよ。


オリジナルタイトルは、ずばり「告解」
イタリア語ですが、舞台は北ドイツのハイリゲンダム
沈黙する主人公の修道士は、フランスのカルトジオ修道会のメンバー
G8財務相会議の夜、IMFの専務理事が奇妙な死に方をする。
まるで、ゴルフ13だか、ゴッドファーザーのプロットに相応しい。

実に素晴らしい料理素材満載なのですが、
調理方法がいささかで、星をひとつは損をした。
強欲な金融資本主義への鉄槌のつもりはつもりだが、
意余ってチカラなんとか...は残念。

それでも、おカネを出すだけの価値はある。

2018年4月9日月曜日

ハードでジェントル



原寮さんの作品の再読中なのですが、
思い立ち、唯一読んでいなかったらしいコレをリアル書店で...
誰の訳にするか思案する事しばし


チャンドラーの遺作
あまり人気はないが、この名台詞だけが有名です。


If I wasn't hard,
I wouldn't be alive.
If I couldn't ever be gentle,
I wouldn't deserve to be alive.


優しい単語しか出てきません。
男はタフでなければ...ナンチャラってのが有名な訳。
原作を読んだことがなくとも周知の一節


登場するある女性からの質問と回答。

これほど厳しい心を持った人が、
どうしてこれほど優しくなれるのかしら?

厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。
優しくなれないようなら、生きるに値しない。


文法的に厳格に訳したと訳者はあとがきに書いてます。
ハードとタフはやはり違うし、
優しいの対句ならば厳しいの方が良い。

だから、回答のセリフの前に

馬鹿にするんじゃないよ

なんてアイドリングは当然有りません(^-^)
初版単行本の279ページくらいから次のページにかけての
シーン。


個人的な語感からすれば、タフだと物理的肉体的に頑丈だと感じます。
精神的にタフとは言いますが、肉体的にタフという言い方には齟齬がある。
ハードは、精神的に禁欲的な強さ...つまり自分に厳しいという印象。
だから、相手には優しいと対句的なのですよ。

流石に、翻訳家ハルキです!

しかし、プレイバックと言われても何が?
ちょっと考え込みますが、ロンググッバイに登場したヒロインのお姉さんのことかしら?
謎めいたエンディング。

2018年4月8日日曜日

暗い日曜日



毎日が明るく楽しい日曜日な蝸牛庵ですが、
金なし職なし友なしの哀しい日曜日を送る御仁だっておいでになるだろう。
傾向的に暗い日曜日を過ごし耐え切れず月曜日の朝に自裁。
そういう統計値を見た記憶があるが、原典を探しきれない。

この有名なシャンソン...だと誤解されている東欧の歌曲
一般に自殺ソングと言われるが、因果関係は不明
たしかに陰鬱。
この程度なら背中を押すに至らないと思うのですが
放送禁止歌に指定された事はあります。
よくあるメディアの陰湿な自主規制でなく、法律上の禁止。
今時点よくわかりませんが、手元の資料では、禁止歌リストにありません。
しかし、なくとも歌えないだろう楽曲は山とある。





思弁性の高い民族ですが、映画なんて無知蒙昧の大衆娯楽に
徹します。
がしかし、稀にこんな作品も作ります。
歌って踊って恋をして...パターンからは縁遠く
かと言ってサタジットライみたいに高踏でもない。
知らない監督ですが、脳(能?)ある鷹みたいです。

ある種のリーガルミステリー或いは法廷劇。
ミニライブの演奏曲に触発されたらしい自殺に対して自殺幇助の
罪に問われた。
正確には教唆罪ですが、かなり無理があります。
不特定多数の観客に自殺を教唆する歌を歌い、
観客の誰かが自裁したから教唆罪の構成要件に該当...なんかするのかね?
被告は名うての過激派爺いみたいですから、冤罪の可能性が高い。


なんとも不条理な法廷劇がスリルも葛藤もなく進展します。
判事も検事も被告代理人も人の子ですから、
変哲も無い日常性の中に埋没し...なんだかホームドラマみたいな(^-^)


映画の文法学や修辞学からすれば、なんとも素人ぽいが、
それが味わいだと評価する向きが世界中にあるようです。


やっぱり蝸牛庵的には、印度は遠くて遠い国や民族です。

2018年4月7日土曜日

相撲協会擁護論



鵺なる怪鳥が居る。
伝説上の存在らしいが、類似種はこのご時世でもごまんといるようだ。
地方巡業で起きたアクシデントが、又々「国技」なるものの鵺性を
明らかにしちゃいました。

土俵の上は「神聖」だから、女性は立入禁止だとか。
男性専用なるものの存在に合理性があれば、とやかく言われる筋合いは無い。
特段女性専用があっても差支えない。
つまり、しきたりの合理性の説明が出来ないから批判を浴びる。
単に伝統と言うだけでは誰も納得しない。
かの「ニーバーの祈り」を持ち出されば口をつぐむしかない
それ以前にかの組織の幹部はこの有名なエピソードを知らない
可能性が高い(^-^)


相撲自体は近代的なスポーツだと思うが、
相撲協会が主催する相撲は「神事」である(としか思えない)
やる方も見る方もスポーツだと信じ込もうとするから齟齬が生じる。
土俵の上が「神聖」だというのは、女性が不潔と言うことではなく
結界された聖空間だと言っているに過ぎない。
聖空間に立ち入る事の出来る人間は元来限定的であり
女性を排除してもおかしくないし、男性なら誰でも可というも妥当ではない。

八百屋相撲の糾弾も可笑しな話である。
神事ならば勝負は出来レースである事を否定するものでもない。
貴の乱の結果も最初から見えている
スポーツの衣で神事の本質を隠しおおせたい保守派と
近代スポーツらしく有りたいと考える改革派の葛藤なんだろうが、
所詮は神事。

格闘技で有りながら、リングサイドドクターがいないなんて
普通は信じられません。
神事としての相撲で死傷事故なんか起きるわけがありません
だから公傷制度の歴史も浅いのです。
突然のアクシデントに狼狽する男性関係者。
役立たずぶりが笑止なんですが、有り得ない事態への
対応能力がないのは相撲協会だけでもない。

この組織は確か公益財団法人のはずだが、原点に帰り
宗教法人として出直すほうが分かり易い。

2018年4月6日金曜日

標榜医....って?



過日から突然の背部激痛。
眠れない
寝返りが打てない
起き上がれない
これは膵臓癌のステージナンチャラ....だと(涙)

遺言状を読み直し補筆し、水盃で寒村陋屋を後にして
今年の桜はどうでもいいが....牡丹は見ずに終わり、
彼岸の迎え火の頃に帰るとするか.....


なんて悲劇的に考え喜劇的に振る舞い...
なんかよく分からないが、近くのペインクリニックとやらを
紹介された。
懸念のうたがいはなく、原因不明の腰痛らしいです。

さてそのペインクリニックとやら、
行列、それもジジババばかりの大行列で、
出会いも楽しみも何もない。
看護師も日頃からスタイリッシュな患者に飢えてるみたいで
気味悪いくらいに愛想が良くて、
背筋が寒くなる季節にはまだ早い。


毎度の浅学菲才を曝け出しますが「標榜医」なんて
始めて聞きましたよ。
そのペインクリニックの看板に書いてます。
専門医や認定医は多少の雑学程度の知識はあるが、
別に斯様な肩書がなくとも医師業は出来るそうだし、
有り無しでドクターの腕前に差がある確信はない。
この辺りの知見を教えてくれたのは、某ヤクザ医師(薬剤師じゃない)

以下は彼の意見ですが、彼は相当に酔ってましたし、
蝸牛庵は更に...記憶も曖昧ですが、かいつまんで記憶を頼りに...

ある種のヒエラルキーで、登録医、認定医、専門医とかなんとか
ハマチがブリになっていくらしい。
別にブリだとなんでも美味いとは限らず
指導医といっても神の手の持ち主じゃない。
知る限りで神の手の外科医は、大門未知子とブラックジャックだけ。
所詮は認定利権で私腹を肥やそうとする学会ボスの策謀による制度設計
そもそも、ブラックジャックは無免許。
大門未知子ならば、あの性格からしてそんな肩書を
欲しがるはずがない。

まあ大半は個人的なハスに構えた見解らしいから...
しかし、名医かどうかの物差しはどこにもないし、
雑誌のランキングなんか、食べログ程度の信憑性。
食い物ならその程度でもいいが、命預ける以上は....
やっぱりハマチより鰤である。



肝心の話を忘れていた。
医師免許さえあれば、理屈上診療品目は無制限だそうな。
開業したら看板に医療法で表記が許されている診療科目を
なんでもかんでも書きまくってもいい。
実際上は、専門特化されてるように看板をだしてます。

ところが、麻酔科医だけは専門独立性が高く、
かなり難度の高い訓練を終了していないと、看板が出せない。
だから「標榜医」と胸が張れると言う理屈だとか...
だから城之内博美さんは、胡瓜のように冷静で腕前がいいのだ。
長々と呑んだくれが説明した内容で疑問なく得心したのはこれだけ。


おかげさまで、標榜医さまの神の手が
激痛から解放してくれました。


2018年4月5日木曜日

蜜さんは「つち」、ふみさんやれいさんは「き」



なんとも紛らわしい(^-^)
古巣の先輩は毎度こぼしてましたねえ

ボクは「つち」じゃなくて「き」なんだがなあ....

確かに紛らわしいが、

だんかは檀家
ぶつだんは仏壇

語義からすればこれが正しくて、土泥でなく木で出来た「ぶつだん」だから、
仏檀なんて洒落るのは勝手だが、これじゃ知的水準に疑問符がつく。
ネットでは「壇ふみ」なんてよく見かけますから、ネチズンもそのレベルなのだ。
ヒトザルの苗字の「壇と檀の使い分け」とは之如何に(^-^)

壇は一段高い位置を意味するから苗字としては悪くはない。
檀は、俗に言うまゆみなる香木。
これもなかなか芳しく...しかし、苗字はともかく名前に使った例は知らない。


壇と檀が混乱するのはある意味で仏教の悪しき軛の退化かもしれないが、
それがどうしてなかなかしぶといのよ。
檀家制度が、江戸幕府の寺請制度を濫觴とする事は多分正しい。
明治の廃仏毀釈が不徹底のまま終息したものだから、
宗教離れといいつつも...まるでゾンビみたいな
仏教と檀家制度、お寺さんと檀家は完全セットではない。
檀家のいないお寺はあります。
葬式に背を向ける宗派もあります。


檀家制度を規定する成文法はない。
しかし、慣習法として法的に認知されたシステムだと考えるべきなんだろう。
法令が変わってしまったのですが、かつては「法例」といったはずだが、
法の適用に関する通則法の第三条に定めがある。
簡単にいえば、公序良俗に反しない慣習は強行法規に反しない限り
あるいは成文法の規定がない限り有効とされます。
私的自治の範囲内での権利義務の世界ですので、たいていの慣習は法的にも有効足りうる。
お寺単位で多少の規約めいたものはあるに違いないが・・・しかし見たことはないなあ。
寄合の記録かなんかあるんだろうねえ。

だからと言って、足抜きは認めないとか法外な足抜き料(離檀料)を要求するのは権利濫用ってものです。
裁判例もあるにはあるが、たいていは秘密保持契約付の和解解決のようです。
正面切って判例が残るとお寺さんにとってはよろしくない・・・のでしょうねえ。

しかし面倒なのは、改葬の場合と過去帳の回収。
改葬に必要な証明書をお寺が出さないって嫌がらせがよくあるそうです。
墓石を廃棄するにせよ「骨抜きの儀式」だとか・・・笑ってしまうし、
遺骨にしても、炭化したカルシウムなんかたいしてありがたくもないから、ごみ処分で結構と強気に出ればいい。
土葬の時代は、墓に遺骨を入れようがなかったし、
生きとし生けるものは大地に帰った....これが自然。

しかし、過去帳だけはねえ・・・
血脈の系譜だから、これだけは回収しないと・・・
個人情報保護法を盾に取り、生存する個人に関する情報であり、特手個人を識別にたる情報だからなんとかかんとかって
ことで巻き上げる方法はないかねえ。




2018年4月4日水曜日

沢崎という探偵(2)




探偵小説なぞと言う表現は死語に近い。
昨今は、推理小説よりもミステリーのほうが幅をきかせる。
十年ばかり前に「探偵業務適正化法」が施行され、
探偵の仕事に規制がかかった事がその理由...であるわけがない。
ひとえに探偵と言う職業人の造形に行き詰まり、司法職員にその座を奪われたことによる。

捜査機関をアゴで使うような上から目線な天才肌は
作りものすぎて面白みに欠ける。
警察との対立関係あるいは緊張関係がある方がいい。
探偵業のキャラクターは何処までいってもハードボイルドタイプの
域を出ない。
だからいきづまり、機軸をかえてはみるが成功しない。

業法の上では、やっていることの大半は浮気調査だと言われるが、
法律の範囲内にとどまれば、小説にはならない。
探偵業者は公安委員会に届出が必要で、その数は六千あまり。
法人が多く、資格、学歴の規制がないから、探偵の数は
更に多いが、典型的3K職場だから人気度は低い。


原寮さんの「そして夜は甦る」を再読する。
文庫版ですが、97年に買ってます。
単行本初版が80年代末ですから、永らく存在を知らなかったのだろう。
更に文庫版が二冊書庫にある。
その後刊行された作品は単行本でもってますから、
取り憑かれたようです(^-^)
単行本から文庫化には数年要しますから、待ちきれないのですよ。

処女作とは思えないつくり
登場人物の全てに神経が行き届いています。
直木賞をあげても当然だが、次回作まで我慢したのが選考委員たち。
翌年の「私が殺した少女」で予定調和の実現。

そこから、作者は寡黙遅筆な世界に埋没する。
十年単位での作品の発表はファンを焦らせすぎ。
時間の流れと共に主人公も年齢が重ねた。
ゴルゴ13は歳をとらないが、沢崎はもう五十代
何時迄も続けられる職業じゃない。
最新作では、後を継ぎそうな若者が登場したかに見えたが、
そんな子供騙しなプロットではなかった。


しばらくは再読三昧の日々だ。

2018年4月3日火曜日

誰に対する「掲示板」ですか?



1200億も財産がおありなら、
2、3億の買物なんかダイソーの雑貨程度でしょう。
買ったのはレトロ事業の新聞だけ。
個人的に買ったということは株主には無駄遣いに見えるということ。
しかし高級紙のオーナーさんというのは社会的なステータスが高い。
アマゾンの創業者の自己満足。
従来は、美術館とかカントリークラブの理事長だったのですがねえ

地の利はともかく歴史は有ってもかたが地方紙に過ぎない。
世界的な報道の影響力が確立されたのは、
自裁した夫の代わりに社主となった素人マダムの明らかなミス或いは暴走のおかげである。
反語的に言えば、優れてリスクマネジメントの教科書たりうる映画である。
しかし、教材に使いたいと思う勇気あるコンサルタントは・・・ぼくならやるかも。


エルズバーグ博士の機密漏洩事件はNYTの功績であり、POSTが偉いわけじゃないが、
あの局面でNYTサイドに立つ事は英雄的な自殺行為である。

社主のキャサリングラハム女史は博打を打った...としか思えない。
報道の自由とか国民の知る権利とか美辞麗句の裏付けがなかったとは言わない。
しかし、経営難で上場はしたものの初値は芳しくない。
幸いにして乾坤一擲の大勝負には勝ちました。
それ以上に現場のモチベーションが上がり、
あのウォーターゲートスクープに繋がり、
メディアとしての名声も揺るぎないものにしました。
リスクをとるとはこういうこと・・・とは普通は言えない。
最高裁の判断は倭国と違って負けが最初から決まっているわけではないが、
政治家としての技量よりも極度に陰湿な性格の大統領と輪をかけたワルの取り巻き相手に争うのは
あまりに分が悪い。


この映画には、様々批判的で観た後も意見は変わらない。
しかし予想外のモチーフには衝撃的感動を受けたものでそこんところを褒めないと礼を失する。

エンドロールの最後の最後にある映画人(故人)への献辞が....

記憶のある名前だが、献辞が掲示される理由に想いが至らない。
あちこち調べるに、この映画は「女性」映画だと思えば得心するそれなりの映画なのです。
別に女性がセンターだから女性映画だと言ってはいない。
無理なやっつけ仕事なもんで、大物出演者の意向が相当に働いた向きもありますが、
その辺は、スピルバーグがオトナの折り合いをつけたのでしょう。




2018年4月2日月曜日

太陽族映画



池澤夏樹さん個人編集の文学全集には影も形もありません。
見識とかなんとか以前の話です。
五十年台半ばの衝撃的な文壇登場も、所詮時分の花。
原作も映画版もとても歴史に残るようなものではない。
蝸牛庵程度の知識でもそれくらいは分かる...が、何時迄もその虚像だけが
生き残り、果ては都知事か(^-^)
しかし、脆弱な映画会社を一時なりとも支えた功績はある。
多くの太陽族映画が作られたが、まあクズばかり(^-^)

無知
無恥
無道

これが戦後ブルジョアジーの子弟の実情ならば、
額に汗して築き上げた日本経済をバブルで土崩させた連中だ。
まあ、蝸牛もおこぼれに群がった品なき大衆の一人だから、非難する資格はない。




しかし、これだけは太陽族映画の系譜だが、歴史に残る。

幕末太陽伝(1957年)

ヒストリーとしては....

太陽の季節(小説) 55年
同上 (映画) 56
処刑の部屋 56
狂った果実 56

満を持しての登場ですが、あまりなヒネリ
時代は幕末
跳ねっ返りな過激派長州藩士は当時の太陽族そのもの。
品川の土蔵相模にたむろしながら、御殿山異人館の放火を企む。

若かりし
石原裕次郎が高杉
小林旭が久坂

....まあ、みるからに餓鬼だ。
お二人とも、上手く歳をとり貫禄がついたのは慶賀の至り。


この映画の主役なりプロットは、古典落語の借用。
居残り佐平次や品川心中くらいは分かるが、あとはあまり詳しくない。
カースト制度の下層でしぶとく生きる様が、
蓮っ葉な幕末太陽族を笑い飛ばす。


当時の品川宿は、いまの京急北品川駅あたりです。
特飲街....つまり赤線が最後の最後まで生きながらえたそうで、
相模屋が、その筋の生業でその時代まで生き延びたとは知らなかった。
あるいは屋号だけの借用かも?

2018年4月1日日曜日

さくら川



櫻川と書くのが正しい。
桜川ではそこいらの小料理屋風で感じが出ない。
最新の謡のお稽古演目。
やはり季節を考えれば、梅から櫻となる・・・
桃や牡丹が登場する演目は、なくはないが希少種


典型的な子別れ狂女もの。
故有って別れた子供を探して幾千里。
子供恋しさに狂おしいまでに精神が高ぶる・・・
狂女といっても、統合失調症を患っているわけではない。
筑紫日向から常陸の国まで三か年の子探しの旅。


能の演目は基本的にはハッピーエンドですので、
親子は再会し、仲良く二人は末永く暮らしましたって展開は最初から見えています。
しかし、長い曲だねえ・・・素謡でも一時間はゆうにかかる。

内容からしてもしっとりしていますが、行く春ののびやかさなんかで駘蕩の気分・・・
なんせ、やたらと「櫻」という言葉が出てきます。

舞台は常陸の国の櫻川あたり
別れた子供の名前が櫻子
ころは櫻の吹雪くころ
好事家が数えるに「さくら」がなんか・・よく覚えてませんが凄い数出てくるのですよ

見せ場が、川面に流れる櫻花を掬い網ですくうシーン
時ならぬ風に桜吹雪が舞い飛び、
水面の櫻がいずかたともなく流れ去ってゆくの止めよとばかりに掬い網ですくう・・・
母親の哀しい心根...わかりやすいメタファーです。

気分よく謡えるのはいいとしても、舞台でやれるもんじゃない。
とても一時間は膝が持たない(苦笑)