2015年6月30日火曜日

私には「夢」があったのだが・・・



アラバマ州のダラス郡
聞くからにコンサーバティな場所だが、そこに「セルマ」という街がある。
南北戦争での軍事拠点であり、その争奪は戦争の帰趨を左右するものだったらしい。
セルマの戦いとはそういうことであり、公民権運動における重要なイベントだとはつゆしらず・・・


モンゴメリーバスボイコット
バーミングハム事件
ワシントン大行進の方 ・・・・なんかの方がはるかに有名であるし、絵にもなる。

バス事件を主題にする映画はストーリーが甘いなあと思いますが、
なかなかみせます。
センターを張るのは、政治意識なんかありそうもない白人専業主婦。

ワシントンの方では、あの有名なJFKの就任演説に匹敵する例の演説





セルフの闘いで、キング牧師の役割がこの映画通りかどうかはわかりかねます。
だって、ウィキの記述には登場しません。
しかし、そんな事は有意差のあることではない。


南北戦争が奴隷解放戦争ではなかった・・・とはいわないが、全てでもなかった。
奴隷解放と差別撤廃には、天地ほどの違いがある。
1863年の「宣言」は戦時命令程度であり、実際上意味があるのはその後の「合衆国憲法・修正13条」の採択
単純に成立しなかったってことは、スピルバーグの「リンカーン」に詳しく描かれる。

奴隷解放から公民権制定までざっと百年。
一連の運動の中で隔離政策や有権者登録制度の是正が図られた。
JFKの功績とも言われるが、中西部に腕力のふるえる「政治屋ジョンソン」だからできたこと。
それから半世紀たってアフリカンな大統領をいただくに至ったが・・・


幾多の犠牲の上に勝ち取った権利は尊い。
自由民権運動でも多くの血が流れ、不十分ながら「立憲民主主義」を勝ち取った。

第一回衆議院選挙(1890年)の投票率は約90%
戦前は略々90%弱で推移します。
戦後も、当初は70%以上・・・・それが最近では50%そこそこ


闘い取った歴史なりその背景で流れた血の量の記憶が薄れるとこういうもんなんでしょう。
なんか知らないうちに18歳以上に選挙権が与えられ、新たに200万人程度の有権者が増えるらしい。
だからどうした・・・(笑)

20歳代の投票率は30%そこそこ
欲しいといったわけでもない選挙権を有効に使うワカモノは限定的である。
政治風景を変えるようなインパクトはまずありえない。
クズのような候補者に投票するくらいなら、AKBの総選挙にだけ興味を持ってくれる方がいい。


2015年6月29日月曜日

理容と美容




相当に昔のこと
我が部下が、総務・人事部門の強面に呼び出されたことがある。
つまらんことですが、茶髪のカラーリングを咎められたらしい。
吾輩の部下ですから「おそれいりました・・」と素直に恭順の意を表すようなタマじゃない。

茶髪くらい、うちの部長もやってますがな
まず、部長をとっちめてください!

これで一件落着(笑)

オトコのカラーリングが就業規則違反とは知らなかったし、
知ってれば、時代錯誤なルールだねえ・・って揶揄するが、
悪法も法であるから、一応順守はしますが・・・



美容院では「男性のカット」ができないとか、
やってことには大差ないわけですから、つまらん縛りがなくなった(通達の廃止)そうです。
一国の総理大臣が美容室でカットを当たり前のようにやっていたことの
追認ということなんでしょうが、これも最高権力者の役得ってもんですねえ。


いつから、こんな区分規制ができたのか調べるのはわけないのですが、
バカバカしいのでさておき・・・
理容とか美容という職業としての濫觴はといえば、どうも江戸時代にさかのぼるようです。
当時の言い方は「髪結床」
明確に、理容と美容の区分がありませんが、オトコ向きとオンナ向きの区分はあったようです。
つまりは、髪結床とは「男性用のサービス産業」
女性は、自分でやるのが嗜みとされており、遊郭の女郎相手の特殊なサービスに限られていた。
しかし、ゾンバルト先生の言うところの・・・・

資本主義の胎生は、非合法恋愛の合法的な子供である「贅沢」による。

世の中贅沢になると、髪型も複雑になり、プロでないと結髪ができなくなった。
幕府としては何度も禁止令を出した・・・つまり「贅沢の流れには竿はさせない」ってこと。
それに、当時ですから、女性の社会進出っていえば、この程度の職業しかなかった。



規制緩和っていいもんです。
十分の千円カットなんてニュービジネスも登場しました。
男性専用でもないので、まれに女性が時間のかかるカットに来てます。
三十分かかろうとも、おねだんは変わらないが、待ってる客のことを考えない
デリカシーの無さ・・・って、態度顔つきに現れています(苦笑)


江戸時代の髪結床は、株仲間と称するカルテル認可事業である。

ちゃんとしたお店を構えるケース(内床)
橋の袂なんかでの巡回営業(出床)
あるいは、顧客への出張営業(丁場)

いまよりも、営業形態が多彩ですし、
火盗改の御用聞きや消防団の真似事もやっていたようです。
お値段といえば・・・・これまた多彩ですが、通常一回二十八文(天保の頃)

一両=四分=十八朱=六千文 というのが当時の為替レート

天婦羅蕎麦 三十二文
お風呂 八文
握り  同上

と比定すれば、結構お安いですねえ(?)
ウィキだと、この十倍くらいの値段を書いてますが、出典が明らかでないのでなんとも言えない。
こちとらは、権威ある出版社の原典引用(笑)

天保の改革で規制緩和がなされた結果、髪結床が乱立し、
低価格サービスも登場したというのは当然のことである。


2015年6月28日日曜日

朝昼夕に三千両




江戸時代の貨幣価値を現在価値に換算するのは難しい。
時代によっても異なるし、一両といっても「10万から50万円」くらいの幅がある。
しかし、千両役者といえば、スタープレーヤー
その年俸が一億円から五億円と言われれば・・・・まあそんなものか。


江戸の繁栄の代名詞が

朝=魚市場
昼=芝居小屋
夜=吉原遊廓


江戸は価値を生み出すよりも価値を消費する大都市だったということです。
今の築地市場の市場規模が20億円(日)ですので、
人口規模からすれば、千両といわれても納得感。

しかし、現在の性風俗の市場規模は全国推計で4兆円内外(年)だといわれますので、
遊郭の規模が異様に小さい。
しかし、これは「公設市場」だけの話ですから、私娼窟が結構はびこっていたことを
予想させます。
闇経済の規模はひどい国では表の三割ともいいますから、これまた納得の範囲(苦笑)


まあ、そんなことはどうでもよくて・・・
江戸時代の魚河岸は江戸初期より日本橋界隈にあった。
築地に移転したのは、大震災の結果であるが、
天保の改革の際に魚河岸カルテルが解体され、
市場の自由化がなされた際に深川や築地に市場ができたらしいのでその萌芽が江戸末期からあったのです。

ほんの数キロ、距離的には移動するだけですが、驚天動地な運営システムの変更の要否やら
利権やらイロイロと魑魅魍魎が暗躍したのでしょうねえ。
当時のドラマを描いたものを探してはいるのですが、適当なものがない。


来年は豊洲に移転ですよねえ。
新しい魚文化の発信地となればいいのですが、どうもつまらんウ・ワ・サしか聞こえてこない。
美しい理念が汚れた手から生まれることは多々あるのです。
あの陰惨な血まみれのボルジア家のもとでルネッサンスの花は開いた。
しかし、多くの場合、穢いものから美しいものは生じない。
一体どんなものができるかよく監視していませんとねえ・・・・




2015年6月27日土曜日

「派遣」の品格



どうしてここまで物議をかますのか理解に苦しむのですが、
多分に現場を知らない机上の議論なんだろうと思うわけですよ。

いまさら労働者派遣といわれる奇形の就労形態そのものの存在意義を論じてもしょうがない。
世の中には・・・

労働力を高く売りたい人
労働力を安く買いたい企業
スムーズな売り買いに介在して金員を貪りたい人(企業)

の三種類しかいない。
従って、その三者の利害調整が労働法制の本質。

そして、様々な就労形態を大別すれば・・・

雇用
請負
派遣   ・・・しかなく、それぞれに長短があり、得失がある。


現行の労働者派遣法の正式名称からすれば、
法益は「労働者派遣事業を適正に運営することにより派遣労働者の保護」を図ることにある。

今回の改正案で二種類の派遣事業は許可を要する一般派遣事業形態に統一されることになった。
誰彼なしにヒトザルの売り買いで収益を得ようって輩は「女衒」と変わることがなく、
その意味で事業許可要件を厳しくすることには一定の合理性がある。
しかしながら、無期限雇用の正社員を保持するために仕事量の波動性対応を正社員の派遣提供に
求めるのが中小SIベンダーの常態であり、
三年間の猶予はあるものの、事業資格が維持されないと開発現場の混乱は未曾有の事態となる。
多くの軽い気持ちでビル・ゲイツを夢見た若いIT起業家のあしたは悲惨だし、
正社員ながら派遣される立場すら放棄せざるを得なくなる危険がある。


従前のわかりにくい・・・結果脱法が横行していた職種と派遣期間の奇妙な縛りが
解消されたのはいいとしても、実際の運用がどうなるか侃々諤々(苦笑)
そんなことは事の本質ではないだろうって思うのですがねえ。
派遣労働依存コストって、そんなに廉価なものじゃない。
事情によるが正社員と大差はない。
にもかかわらず「ミゼラブルな派遣社員」というイメージは、
つまるところ派遣元の中間搾取にある。
そういえば、今回の派遣法改正で一番の推進派は派遣元業界
本音が見えるってそういうことである(笑)


本質を言えば「能力に応じた同一労働同一賃金」の原則がまずあり、
それに従って、就労形態にかかわらず相応の対価が支払われれば、
どうでもいいでしょうって思うわけです。
働き方はそれぞれさまざま・・・
しかしながら「正社員願望」が蔓延するのは労働の大原則が毀損されているからであり
その一番嫌な部分から目をそらしている限り、問題の解決にはならない。
正社員より腕の良い派遣はいくらでもいます。
 



 
直参旗本にはその立場上からくる煩雑な義務もあり、
素浪人が仕官の道ばかりを追い求めたわけでもなく、
多様な生き方が当たり前の古き良き時代も過去にはあったのです。

2015年6月26日金曜日

鵜飼



どういうわけか長良川の鵜飼が有名である。
古来の漁法であるが、生産効率が悪く産業システムとして衰退するのはけだしその通り。
従って観光資源として生きながらえている「文化・・あるいは産業遺産」である。
ある種、鵜の「虐待」にも見えるが、いまんところ狂信的な動物愛護原理主義者も沈黙している。


鵜がとる捕る川魚は「鮎」と相場が決まっている。
岩魚でも天魚でも鮒鯉何でも良さそうであるが・・・・
ここんところはよくわからないが、食材として一般的だからだろうか?
そうはいっても、魚は生で食することが最上位だと思うのですが、
鮎は、塩焼きが一番(生でも干物でもいい)だし、天婦羅もいい。
煮物にするのは・・・趣味のレベルだが、あんまり好きじゃない。


能の五番物に「鵜飼」というポピュラー・ソングがある。
安房の清澄から甲州に旅する法華宗の僧が石和で遭遇する奇譚もの。
法華経の功徳をたたえるが主題であるが、
一方で「鵜飼のさま」を面白く演じるところが見せ場


鵜籠を開き取り出し 島つ巣おろし荒鵜ども この川波に ばっと 放せば
おもしろの有様や おもしろの有様や
底にも見ゆる篝火に 驚く魚を追い回し
潜きあげ掬いあげ 隙なく魚を食う時は
罪も報いも後の世も忘れ果てて面白や

・・・

不思議やな篝火の 燃えても影の暗くなるは
思い出でたり月になりぬる悲しさよ
鵜舟のかがり影消えて 闇路に迷うこの身の 名残をしさを如何にせん。


禁漁の罪科を犯したがため、地獄に堕ちた鵜匠の成仏譚ですので、
この「鵜の段」でも、躍動する鵜飼の場面が一転して、明暗の闇路に迷う哀しい物語に転じる。


今年は嬉しい事に、若鮎の頃から美味しい鮎にあたっています(笑)
過日は、大先輩に赤坂でご馳走になった。
若い仲居さんがメインはこれですって、金魚鉢に生きた鮎!
この時期にしては立派に成長。
焼物にして、卓にならべながら

頭から丸かぶりで・・・

???

なんだか、焼くとちじんだみたい(笑)

違いますねえ
金魚鉢って凸面鏡効果で大きく見えたのです。


先週は、江戸前寿司のカウンターで鮎の干物
美味でした。
猫マタギどころかケメコサマのお皿はなにも残っていないし、
僕の干物も少し掠め取った。

本命もあるのですが、これは別の時の話題に・・・






2015年6月25日木曜日

いわゆる「第三者委員会レポート」とは・・・・(2)



凄いことになっちゃいましたねえ!
何がって・・・

先日株主総会が開催され、選任された取締役ですが・・

代表取締役会長 → 辞任
代表取締役社長   辞任
代表取締役専務   降格(執行役員)
取締役常務     辞任
取締役常務     辞任
社外取締役(三名) 留任

社外取締役を除く社員の成り上がり取締役全員(5名)が退任ということになりました。
無念でしょうねえ・・・
業績は絶好調ですし、ダイバーテック事業部門は全体の20%程度の事業規模
更に、免震ゴムとか昔問題を起こした断熱材なんか、売上規模は微々たるものなんでしょう。
そんな「蟻の穴」程度で・・・ってことが命取りなんですということが教訓です。


これが本命のタイヤ事業なら、土地勘もあり屋台骨に関わるってことでもっと真剣に
対応したって容易に推察できます。


かつての上司ですが、非常に立派な方だった(・・ようです)
っていうのは、当時若輩で、どこが偉いのかよくわからなかった(苦笑)

ご当人いわく・・・


ボクはねえ
得手な分野の仕事はしないし、会議にもでない
でも、知らない世界や分からない話には積極的に出張っていくようにしている


最近やっとこの意味がわかるようになった。
言葉だけだと・・・「健全な第三者の常識」って口走りますが、まあそういうことなんです。


松の廊下の奥の御前会議でどんなやりとりがあったか想像の域をでませんし、
大株主や監督官庁の意向も働いただろうし、外国人株主比率も30%
ガバナンスを働かさないと今日明日はともかく、近未来では危ない
タイヤ事業だって、国内の四番手に過ぎません






2015年6月24日水曜日

気品ある「モンスター」


ポスト核戦争
荒廃する地球
資源戦争
暴力と狂気の支配


まあ、こんなお好みでない世界観を背景をする映画は・・・

バイオレンス
スピード
アクション
セックス

なんて、蝸牛庵が映画に求める物以外が満載に違いない
涙・笑い・感動・・・なんかより多少はマシだが・・・
従って、あのマニア的ファンが崇める「マッドマックスシリーズ」は見たことがない。
しかし、今回は、なにをさておいても・・・
理由は「無駄に美人なシャリーズ・セロン」が出演しているから(苦笑)

以前にも書きましたが、彼女は人も羨む「美貌」を捨てた映画で役者としての真価を発揮する。
セクシーなブロンドなんですが、不思議とボンド・ガールの役がない。
映画製作人も馬鹿じゃないので、気品がありすぎるっておもったにちがいない。

2003年のオスカーでベストアクトレス(同時にGG賞)
シリアルキラーのデブ娼婦なんてとんでもない役柄を演じました
役柄はとんでもなくとも、世の中珍しくないって、

林真須美
木嶋佳苗
上田美由紀    ・・・最近知ってしまった


まあ、この年は凡作女性映画揃いで対抗馬がなかったって運にも恵まれた。



そんなこんなで、マッドマックスの新作でスキンヘッド+パンクメイク
美貌を捨てての登場ですし、主役はトム・ハーディ
役者の格もシャリーズ・セロンが上。
どっちが主役だっけっていうほどの大活躍



バイオレンスもあそこまでイクとカタルシスを感じるってものなのかねえ





2015年6月23日火曜日

いわゆる「第三者委員会レポート」とは・・・・?



大臣認定を偽装取得していた某社の調査報告書がリリースされました。
大手ローファームの総力をあげた三百ページを越える大作。
結構読み甲斐があると思いきや


長年に渡り
ほぼ全ての大臣認定において
組織的とも思える
品質保証の偽装、改竄・・・・・
 

がなされていたために、その事実認定に手間を弄し大部となったという建て付けです。
製造メーカーのくせに技術・・・特にインスペクションが理解できない経営陣だったようですし、
歴史はおろか経験にすら学べない体質みたいです。
検査の手抜きや品質偽装なんて技術屋の矜恃にかけてもやってはならないことって
骨の髄まで叩き込まれるのですが、今回で二回目。
個人的な利得はなかった云々は、弁明にも値しない。
そんなむつかしいことじゃないのですがねえ。

 
従って、提言の部分はありきたりです。
過去の断熱パネル事件の際にも同じことを多分提言し、それに沿って
組織や体制の見直しがなされたはずですが・・・
有りていに言えば、なにも変わっていないということになる。
企業風土に対する批判はそれなりに言及されていますが、それ以上でも以下でもない。
学習できない組織は組織のていをなさないし、
そのような組織は存在自体が危険である・・・程度の指弾はしないとねえ。
姉歯事件の時と違って社会全体の追求も甘めです。
地震危険国にとっては、重大関心事なんですが、なんか感度が悪い。

 

先日の入社式での社長訓示が面白い。
当社の「善きDNAを信じ、学び・・・」

 
一体この会社の「善きDNA」とは具体的に、株主総会で質問してみたいが、
残念なことに十二月決算なんですねえ。
総会では厳しい質問が株主さんから出たのでしょうか?
招集通知を目を皿のようにして斜め読みしましたが、どこにも本件の記述は
ありませんなあ・・・きっと読みおとしたんだ。
代表権ある経営トップは居座り・・・まさかと思いましたが、
流石に、どっかのサッカー協会の会長さんのように就任して、すぐさま退任だとか(笑)













・・・・・

2015年6月22日月曜日

失われた「読書」を求めて




かのプルーストの大作は、二十世紀を代表する傑作(問題作)であり、
文学史に燦然と輝く巨峰なんですが・・・・
あまりに偉大であるがゆえにノーベル賞は受賞していない。
・・・というか本当の傑作は受賞しないものです。

多くの訳本もでてますが、なんせ大部だし、読みやすいとは言いがたく、
途中で挫折した読者の死屍累々のやま。
読み通せないのは「訳が悪い」と他人のせいにし、幾多の訳者の訳本や
解説本を並べるが・・・

棚一段・・・多少大げさですが「失われた時を求めて」関連で詰まっています。
一応読み通したことになっていますが、読後感はまったくない。
なもんで・・・忸怩たる思いもあるのですが、


マルセル・プルースト著にして芳川泰久が編訳し、角田光代が小説的に文体補正した
世界文学最大・最強の長篇小説の画期的縮約版(新潮社版)を買い込んできた。

セールストークによれば・・・

作家志望の「ぼく」が味わう苛烈な恋、そして「時」の不思議。
あまりの長大さと複雑な文体ゆえに、名声ほどには読破する者の少なかった二十世紀小説の代表作がいま蘇える。
現代を代表する小説家と仏文学者のコラボレーションによって、
プルーストのエッセンスはそのままに、贅美きわまる日本語でついに読める・・・
読み通せる驚異の縮約版一千枚!


確かに、サクサクと読めますが・・・こんな小説だったの(苦笑)
この小説には様々なテーマがあり、曰く


意識・記憶あるいは時間
芸術
上流階級(スノブ)
恋愛(同性愛)
反ユダヤ主義


一番絵になりやすいのが「恋愛」それも淫靡な「同性愛」
そういうことか!
フランス文学の保守本流である心理の襞のおりなす不倫・姦通・レイプなんか満載の恋愛小説の
伝統を引き継いでいるのですねえ。
結構そそります。
お気に入りの「スワンの恋」の章なんかはすっ飛びんでいますが、
ジルベルトやアルベルチーヌとのチョメチョメがこれでもかと・・・




・・・・ってことは、日本最大・最強・最高の同種の恋愛小説といえば「GENJI」
河出書房新社刊の新しい文学全集収録の源氏物語の現代語訳を角田光代さんが
やることになってますねえ。
原文を何度も読んでますが・・・これは大いに興味ありますねえ。










2015年6月21日日曜日

君知るや南の国

何が楽しいかと言えば、他人の不幸、、、ではなく、不要不急な官費旅行。
誤解されると困るが、不要不急と無駄浪費は全く違う。
そのあたりが分からないのは、治にいて乱を想像出来ないと言う(笑)
まあ、無理解な大衆に阿るつもりが全くないもので、
倭国は沖縄以外を全踏破した。
海外は流石に限定的だか、あちこちに足を運んだ。
しかし、あの「君知るやの南の国」は、いくら何でも理由がない。
暇だし、自腹で行ってもいいが、

須田敦子
塩野七生
チネチッタの映画群
バリックとラッセの料理と酒

なんかで多少行ったつもりのツーリストよりはよく知っている・・・つもり(笑)
しかし、ちょっとこの映画を見て羨ましくなり、なにをさておいても
行って見るか。
どうせなら、スポンサー付きで絶景レストランと五つ星ホテルのツアーガイド日記をしたためるのがいい。
ミニクーパーでの旅もいいが、ブガッティとは言わないが、マセラッティがいい。
なによりも、気の合うヤジさんかキタさんがいないと話にならないが・・・


イタリアは呼んでいる


単館ロードショーですが、息長く上映中ですなあ。
特殊なマニアでもないと、単にロードムービー、グルメ映画、自分探しだけじゃ
観客を呼べませんが・・・・






この映画のエスプリは、ショービジ業界人とおぼしきオヤジ二人の映画ネタの
饒舌マシンガントークにある。
映画の題名、そのセリフ、役者のモノマネ、トレビア・・・と尽きるところを
知らない。
プロ映画鑑賞家がそういるわけでもなく、まあ不思議な風景。
トークのたびに笑っているのは僕ばかり・・・です(笑)


以下登場した映画タイトル。記憶もれも結構ありますが悪しからず。

ゴッドファーザー
バットマン
ローマの休日
ノッティングヒルの恋人

甘い生活
軽蔑
ミニミニ大作戦
カポーティ
カサブランカ
フランケンシュタイン(ケネス・ブラナー版)
007
食べて祈って恋をして

2015年6月20日土曜日

人格を表す小道具

サルとヒトザルの大きな違いは、足裏にあり、素では歩き回れないようにヒトザルは
出来ている。従って、指輪物語のホビットは、ヒトザルよりもサルに近い。
ヒトザルの足底の保護具を「靴」という。
革とは、なめし皮のこと。
よって、靴素材は様々であるが、あえて「革靴」という物言いは、
馬から落ちて落馬し、女の婦人に笑われるようなものである(笑)

しかし、日本の気候には皮の靴は不向きである。
高温多湿だし、一日中靴を履いていれば確実に水虫になる。
公務員に多いらしいが、執務中はサンダルに履き替える・・・
合理的にはあるが、ある種無粋とも言える。
屋内では靴を脱ぐ文化とは、けだし日本古来の・・・って言いたいが、
探せばなくはないみたいです。


保護具に過ぎない割に、長い歴史性からかどうかは知らないが、
人格を具象するものと扱われる。
中近東では、靴を投げつけるのは最大の侮辱行為らしいし、
相手の地位や財力なんかを推し量るには「足元を見る」という。
映画的あるいは文芸的も暗喩としての靴のエピソードあるいは小道具に事欠かない。

主人公は、NYの下町の靴修理職人。
店の四代目だが、あまりうだつが上がらない。
有る時、屋根裏部屋の古風な修理機で靴修理を行ったところ・・・・
なんともファンタジックな出来事がおきるおとぎ噺。
たわいないだけが取り柄ですが、なんだか嬉しくなるような・・・・


靴そのものが重要な小道具・・・マクガフィンとなるケースは多々あるが、
靴修理職人が主人公は、実に珍しい。
靴磨きが登場する映画も、世界全体が貧しい時代の産物だ。
修理と言う職業も段々それに近くなる。

しかしである。使い捨てとは工業製品のこと
真っ当なファッションは修理をしながら長く使うものであるが、
そういう感覚はある種の贅沢感でもあるのです。

南洋装店(繕い裁つ人)の長年の顧客である老人はいいます。
長く着ている内にお直しをし、生地とかが体に馴染んでくる。
そういう感覚がわからないお前たち(孫とその友人)は、ファストファッションで十分だ




2015年6月19日金曜日

いまのままじゃ、なくても別に困りはしないし・・・・・



文科省の「国立大学法人の組織・・・見直しに関する視点」なる文書が物議をよんでいるらしい。
例によって、つまみ食いのような字句をデフォルメした報道なので、まずは原文を読んでもみる。
そう目くじら立てる内容でもなく、そんなことより様々な問題提起(課題設定)に対して
立案されるであろう「解決策」が本当に実行できるのですかってことが心配になる。


論議をよんでいるのは多分この部分・・・


ミッションの再定義を踏まえた速やかな組織改革が必要
教員養成系学部、人文社会科学系学部は・・・組織の廃止や社会適用性の高い分野への転換


ストレートに言えば・・・
教育学部、文学部、法学部、経済学部、商学部は廃部するなり、
カリキュラムを実学化させなさいってことみたいです。
確かに「何とか学士」の名に値しない卒業生を大量におくりだしているし、
実社会では大学時代の学習効果を具体的に発揮することもない実情からすれば一理はある。
学歴エリートとしてリベラルアーツを叩き込み、国家の柱石となるという
教育システムは戦後の学制改革で放棄した
私学出身者の立場からすれば、多額の国費を投じた割に国益への貢献度が
著しく乏しいと言いたい気持ちもあるだろうねえ。


ところで報道ではふれていない「ミッションの再定義」となんだ?
言ってみれば「国立としての大学の存在意義」である。
国家機関として高等教育設備を保有するかどうかは国家意思なり国家の成り立ちに
起因するので、一概には言えない。

アメリカには国立大学がない・・・といえば多少誤差があり、
ウエストポイント、アナポリス等軍人や特殊な国家公務員を養成する大学はある。
州立大学は、シビルウォー後の大量の軍務従事者の再就職のための養成機関として
設置された・・・らしい。

富国強兵・殖産興業を背景に「学事奨励」を打ち出し、その頂点に帝国大学を設置する
学校制度そのものが「ミッションの再定義を必要とする」のだと思うわけで、
法人化したからって、状況が大きく変化したとは思えない。

全国的な高等教育の機会均等
世界最高水準の教育研究の実施
需要にかかわらず重要な学問研究分野の継承発展、計画的な人材育成
地域活性化への貢献

というような「従前のミッション」に照らせば、文系学部の存在意義は変わることはない。
しかし、存在意義があっても、その期待に答えているかと言えば話は別。
そもそも的に「実技」を学ぶ場所ではないはずが、専門(専修)学校と思しき
新設学部の氾濫が、あるべき大学像をおかしくしている。
あるべき存在としての「大学」に対する一番の侮蔑言葉が「底辺大学」

組織の廃止や社会適合性の高い分野への転換をまずやるべきは
そういうところではないですかねえ
生き残るために学部名称を変えるような小手先テクニックはもう辞めた方がいいし
できうれば、完全民営化でも不都合のない国公立はヤマとあります。
なまじっかその地域の国公立頂点校なもんで、出身者が地方のヤマザルのボスを目指して
群れをなし、税金を食い散らかすような不届きな事例もあるそうな・・・

ミッションなるものをどう読み返しても、高等教育をすべからく全国民的に享受させると言うことにならない。











2015年6月18日木曜日

馴染みの深いといってもいつかは・・・


別に、数が多いことが貴いことでもないが・・・・

郵便局の数は二万五千局
コンビニの店舗数は、五万店以上
仏教寺院ともなれば、八万箇所以上


コンビニシステムの利便性は言うに及ばず、郵便局のATMもお財布がわりに重宝していますが、
一見世界に冠たる仏教国に思えるも、さてどんなものなんでしょうか?


深遠崇高な仏教学理を論じるとか語るだけの知識がありませんが、一応仏教徒の端くれです。
菩提寺もありますから、檀家の末端でもあり、結構人気な名刹境内に墓所もさらに持ってます。
だからと言ってなんなんだ(笑)


ヒトザルは誰だって四苦のなかでしか生きてゆけない。
苦の脱脚が「解脱」であるが、容易ではないとされる。
しかし、角度を変えればどってことはない。
経済学も仏教学も有る意味で似ている。
数式で教理が説明できるのです。


幸福・満足=充足/欲望・欲求

単純なものですなあ(笑)
何事につけてもより満ち足りるか、そのような願望を捨て去ればいい。
分子を大きくするか分母を小さくするか、目指すべきことは簡単なのですよ。


コンビニもJPも産業ですし、宗教だって、信仰とか教義という商品を扱うインダストリーである。
業種区分的にはコンサルタント業かな?
マーケットニーズに合致出来れば隆盛を極めるし、反すれば衰退する。
特に信教の自由のもと、究極の規制緩和業種ですから、才覚が全て。
しかし、かつての国家統制の名の下での保護政策のぬるま湯に浸りすぎたもんで
業界全体がどうしようもないほど産業の古々米化している。


世界遺産的なものでもあれば、観光寺院としてやっていける。
名目はともあれ、信仰の主体をカネとってみせるなんぞは、もはや宗教とはいえず、
高級見世物小屋と言われる所以。

数少ないが善男善女の信仰の聖地として参拝する寺院もないではない。
しかし、多くは江戸時代からの檀家制度に支えられた葬式寺院。
早晩この世から消え去ってもおかしくはない。


改めて「数式」を見てみよう。
数少ない信仰寺院とはいえ、なにをお願いに来るのだ?
話変わりますが、絵馬に書かれた願い事を読むのが好きでねえ(笑)
別に悪趣味ではなく社会観察。

なんとかちゃんと一緒になれますように
うんたら大学に合格できますように
お爺ちゃんが早く退院できますように・・・

けなげでささやかな民草の願い事のオンパレード
誤字あて字だらけで、これじゃ底辺大学も危ないってことはさておく。
要するに「実現の欲求」ばかり。
分子を大きくして欲しいと言うばかりで分母を小さくという願い事はついど見たことがない。


ここにつけ込んだのが、現世利益追求型の新興宗教や新仏教。
これらは本来の仏教とはいいがたいが、葬式仏教=大乗仏教という誤解を刷り込まれ、
都会に集まり田舎の檀家制度から切り離された大衆という巨大マーケット。
なんかと学会とかが跳梁跋扈するのはしごく当然である。


先日、UNが「幸福報告書」なるものを発表した。
倭国は、四十位代
トップには、ベネルクス、スイスとか北欧圏が並ぶ毎度の風景。
こんなランキングは、指数化のやり方でなんとでもなる。
コリアとどっこいどっこいと言われると首を傾げたくなるレポートですが、
かの数式から見えてくる行動原理に照らせば、倭人の幸福度ってやっぱりこんな程度でしょうか?

2015年6月17日水曜日

トマト事件




財務省では「日本酒の定義」を明確に決めるそうです・・・いまさら
J-SAKEとは「コメと米麹と仕込み水のみで醸造したもの」であり、
さらに言えば、コメと水は原産地が日本でなければならない・・・
ここまではいいが、一番大事な「米麹」の定義ではたと止まる(苦笑)

なにが言いたいかといえば「醸造用アルコール」なんかで混ぜ物をすれば
それはJ-SAKEではないと決めてほしいってことです。
葡萄以外のものをつかっても「ワイン」といいますというのは世界で通用しない。



まあ、そんなことはどうでもよく・・・なくて、税制が絡むと口角泡を飛ばす論争となるのです
さて「野菜と果物(果実)の定義」ははっきりしません・・・と農水省自身がそう居直ります。
分類の仕方は、国によっても違い、
日本でも生産・流通・消費などの分野で分類の仕方が異なるものもありますって弁明しています。

しかしながら生産分野においては、一般的に次の特性を持つ植物が野菜とされています。

・田畑に栽培されること(栽培されていない山菜などは野菜と区別される?)
・副食物であること
・加工(簡易加工は除外)を前提としないこと(蒟蒻は野菜ではないが、漬物は野菜)
・草本性であること

更に奇天烈なことに・・・
苺、メロン、西瓜などは野菜に分類されますが、
果実的な利用をすることから「果実的野菜」として扱っています。

ますます意味不明(爆笑)・・・以上は農水省のウエッブサイトに書いてることの要約



さて「トマト」です。
一般には野菜です(少なくとも野菜売り場に置いてます)
しかし、植物学的には「果実」らしい。
19世紀のアメリカの輸入関税制度では、野菜が有税、果実は無税(・・あれ?逆だったかも)
ということで、連邦最高裁まで争うような大事件になったそうです。
結論は・・・「野菜」と決まったようですが、その判決理由があんまり知的ではない。
要するに「副食物」だということです。

野菜は副食として主食と同時にテーブルに並び、とっかえひっかえ
果実は、食事の後から単体で出てくる・・・

でも最近のトマト売り場(安物のスーパーではかような楽しみは味わえないが)は
多種多様なトマトが並んでいる。
トマトジューズの飲み比べを売りにするレストランも有ります。
フルーツトマトって名称のトマトもあります。

なんにしても、お手軽でよろしい。
水洗いだけで皮むきをしなくてもいい野菜や果実が大好きなのです。




2015年6月16日火曜日

「食」は広州に・・・ではなくて「高収」にありとかや?


真っ当な「食事」が高収入を生む・・・かどうかはしらない。
高収入の人々だからの「食事スタイル」かも知れない。
因果とは、なにが「因」だか「果」だかは定かではない。


以下の様な食事スタイルの高収入者はいないらしい。
根拠希薄なアンケート結果なので有意差がどの程度かは不明である。


しかし、毎度ながら最高最強の自己投資は「食」にありと思っている。
毎日三食として、年間に千食である。
あとどれだけ食卓に座れるかって考えるとあたら一食を粗末にするものではない。
食べることが楽しいって思えなくなったら、年金を返上して旅立のがまともな生き方ってものです。
四足でさえ、死期を悟れば群れを離れ、旅立ちの準備をするというではないか。
鴉や野犬、野良猫のたぐいであるが・・・そのへんで野ざらしになっているのは
ヒトザルくらいなもんです。



でぇ・・アンケートの集計結果であるが「高収入さらざる方々の食のスタイル」・・・らしい
筆者のコメント(あるいは感想)付きです。

■とりあえずビールをオーダーする

麦酒ってチェイサーじゃないし、とりあえずビールってブランドもない。
少しは食へのこだわりを持つ方がいい


■体形維持やダイエットをする場合、食事を変えず運動をする

運動の効果って限定的です。
食事内容とうまく組みあせてこそ効果あり


■大盛りが無料なら必ず頼む

意地汚い・・・としかいいようがない。
あまりに美味しいご飯だとか理由があれば別ですが・・・


■ご飯をあまり食べず、炭水化物を抜いている

米食って、最高の栄養バランス食って言われます。
炭水化物ダイエットって単に体重減らしならともかくバランスの良い体つくりに
効果的かどうか・・・確信がない。


■ビジネス会食はしない

これはオブジェクション
大事なお食事タイムにまで仕事を持ち込む気はない。


■とりあえず野菜サラダをオーダー(高所得者は漬物を頼む)

野菜サラダってイメージほどもダイエットに効果的ではないらしい
煮野菜が一番っていいますが、漬物がねえ・・・(論評しない)


■飲食後のシメにラーメンを食べる

論外でしょう(苦笑)
ラーメンだけじゃすまずに、麦酒に餃子、更には小ライス
ざっと千キロカロリー


■カロリー制限をしている

どっかで書きましたが、倭人は異様にカロリー摂取量がすくなく、
北朝鮮並だとか柴田さんというドクターが警鐘を鳴らしておられます。


■忙しい日はランチを抜く

仕事は確かに大事ですが、自分の命と引き替えにするほどのものじゃない


■食事中に携帯電話をいじる

マナーが悪い(ちゃんとご両親が躾をしなかったんだろうねえ)


■よく行く、もしくは好きなお店はどれですか?(複数可能)
ファミリーレストラン、ファストフード、ラーメン、回転寿司、カレー専門店、牛丼店

ファミレスは、チェーンの居酒屋のフードが不味いのでまだましだと思ってます
ファストフード・・・トイレを借りるくらいかな?
ラーメンは、ごく稀に人気店に行きます。でも並ぶのが嫌い。
回転すし・・・少なくとも均一値段で回転しているお寿司は食べない
カレー専門店・・・なんとか一番は悪くはない。ちゃんと一杯づつ温めて出してくれます。
牛丼は、麦酒と牛皿を食べますなあ(昔のこと)


■朝食、昼食に野菜ジュースや豆乳を飲む

栄養摂取疑似体験って意味なんでしょうねえ(笑)

■ご飯を食べるのが早い

ゆっくり食べるように努力はしていますが、習慣でねえ(苦笑)
だから酒がないと、食事が五分で終わる


■夕食が、レトルトパックやカップラーメンの時が週1回以上ある

朝にレトルトカレーなんかと野菜って献立はありますねえ


■最近、フルーツを食べていない

トマトは野菜か果実かの大論争があるようですが・・・フルーツトマトが好きで
よく食べます。


■外食で異物混入していてもさほど気にしない

遭遇したことがないのでなんとか・・・でも、ここぞとばかりに写メに動画
いいブログネタっておもってはしゃぐでしょうなあ(苦笑)


■中国産も気にならない

ものによります。
絶対に買わない食材もあるし・・・


●缶コーヒーをよく飲む

あんなもの飲み物ですかねえ・・・未だかつて美味しいって思ったことがない


■朝食・昼食バイキングは限界まで食べる

海外のホテルの朝食バイキングくらいしか経験がない。
まあ、朝食はがっちり食べるのが習慣(限界にはあたらない)


■会話が少ない

個食が多いですから・・・でも仲間がいると饒舌ですよ


■食べる姿勢が悪い

すいません。
親の躾が悪かった。でもあんまりガチガチだと
アラン・ドロンのダーバンのCMなんだなあ(・・分かる人にはわかる洒落)

2015年6月15日月曜日

ヤングアダルト




心理学上の概念であり、文学のあるジャンルを形成する。
学問上の定義や評価はさておき、
文芸の世界では「児童文学と一般文学の中間に位置」するといえば、それらしいが
語感そのものの持つ未熟児的な世界を表現している・・・としか思えない。
スバリ、「ヤングアダルト」なるタイトルの映画のヒロインがそれを具現する。





しかし、優れて資本主義的な世界においては、売れることが良いことなのである。


ハリーポッター
ネバーエンディングストーリー
メイズランナー
ハンガー・ゲーム


書き出すとキリがない・・・・(苦笑)


とりわけ最後の「ハンガー・ゲーム」
三部作構成らしいが、第二作までで、16億ドルの興収。
製作費が2億ドル弱ですので、投資としても大成功した部類だろう。
第三作も、前編後編に分けて公開。

何が魅力なのか・・・?
ステロタイプ化された近未来の破滅後の世界は、アンチユートピア的である。
一握りの富裕層のすむ豊かなキャピタルと隷属的に労働する12の地区・・・
あまりお好みの世界観ではない。
ヒロインのジェニファー・ローレンスが魅力的だからってことには反対はしない。
確かに若くして幸運にも恵まれたのか、エージェントの腕がいいのか、よく知りませんが
作品と栄誉に恵まれている。
かようなブロックバスター映画ではなく、ちゃんとした作品でもしっかりとした演技ができる。

オスカーもGG賞もすでにとってしまった。
デヴューの際にはストリープの再来か!?と騒がれ、まだ25歳ですよ。
先が楽しみというか・・・興味津々です。



2015年6月14日日曜日

みちのくの 安積の沼の 花かつみ



安積の沼もかつみの花も、いまや氏素性、存在は霞か雲霧の彼方。
平安時代には郡山市あたりにそのかたちをとどめていたらしいが、
かつみの花は、諸説紛々正体は杳と知れない。

見たこともない正体不明であることも、歌枕の名所たる条件。
しかし、たいした歌はない。
塚本の清唱千首に収録されない(多分そうだったと・・)のもその傍証。
そんな事より、陰気な語感は怪談果話の舞台に相応しい。


隠亡堀
累ヶ淵
数えずの井戸


怪談噺にはつきものなどんよりと漆黒に沈んだ水面。
これが登場するとしないとでは怖さも半減。
怪談とホラーは、本質が違う(・・どっちが怖いってこれではなくて)


怪談とは「因果噺」である。
原因と結果、それに伴う応報・・・・これが怪談。
通り魔殺人事件なんては怪談の扱う恐怖ではないし、意味もなく悪霊が取り憑くこともない。


覗き小平次(あるいは「生きていた小平次」・・)


日本映画全盛期には映画化されているらしいが、未見。
ATGで中川信夫さんで再映画化されたらしい・・・当時のことだから見ているはず。
でも、記憶に無い(調べるに宮下順子さんがヒロイン役だ」




小平次 :天下一品の幽霊役者、以外は大根以下。
オンナA:小平次の後妻。田舎お大尽の娘だが、美少年に魂を奪われ出奔
オトコB:小平次の一座の座頭 かつての「美少年」で陰間上がり
オトコC:一座の囃子方 陰間茶屋でAの兄貴筋
オトコD:凄腕の極悪素浪人 Bの父親殺し


とかなんだかんだと複雑な絡み合いの人物登場・・・
山東京伝の「復讐奇談安積沼」を粉本とする京極堂の一連のシリーズ本



なんとも言えない分厚さの「百鬼夜行シリース」は世界観が合わないが、
巷説百物語シリーズは、実に面白い。
ミッションインポッシブル奇譚ってな感じ

この「覗き小平次」は江戸怪談シリーズものですが、有名ドコロでは
残るは「真景累ケ淵」くらい。
明治の円朝大師匠以上の因果絢爛なアラベスクをいつ描いてくれるか楽しみです。
こちらの方は、四谷怪談ほどではないが、度々映画化されています。
最近では中田秀夫の監督作品がありますが・・・・
彼って「リング」シリーズで名を馳せましたが、因果ものは得手とは思えません。
ズバリ「怪談」ってタイトルですが、意余って力タラなさすぎ・・・
だから、怪談とホラーはやっぱり違うのですよ。(笑)











2015年6月13日土曜日

女郎の足抜き・・・・あるいは離檀のこと



仏教というビジネスモデルの巧妙さに改めて感じ入ったのは先日のこと。
知人が、田舎の先祖代々の菩提寺を引き払うに際して多額の「離壇料」を支払ったらしい。
浅学菲才にしてかような金品の請求があるとは知らなかったし、
知る必要もなかったのだが・・・


日本仏教は、本来の仏教(上座部仏教)とは似て非なるものであると思っており、
その根源は、檀家制度と妻帯の容認だと思っている。
妻がいれば、子供が生まれる。
悟りを開いたはずの仏教者は、世俗の煩悩から開放されているはずだが、
子供以上の宝はこの世に存在しないと思えば、
なんとか財産なり地位なりを継承させたいと思うのは世の常。
親鸞聖人は偉大な仏教者なんだろうし、妻帯の有意差も考え抜いた上のことだろうが、
凡俗の後継者は、その意図を正しく理解しなかったようだ。


江戸時代の檀家制度とは、まことに巧妙な人民統治のシステムである。
お寺の檀家として登録されることにより、その「寺請証明」は戸籍証明そのものである。
百姓は、土地に縛り付けられたとされるが、むしろお寺さんに縛り付けられた。
妻帯制度とあいまって、お寺の住職とは「世襲の戸籍吏」で末端公務員に位置する。
土地という所有権は売買ができるが、檀家からの離脱は難しい。
先祖代々の墓石と骨壷を人質にする統治のメカニズムである。

 
お寺と檀家で構成される「団体」はある種の社団法人である。
寺の住職はその代表者の一人に過ぎない。
自然人であろうと法人であろうと存続のための原資がいる。

拝観料
お賽銭
法事供養料
その他サイドビジネス  等々

観光仏教寺院として食っていけるのが本当にごく一部
サイドビジネスだって、地の利とか・・・まあ才覚が必要なのである。
全国津々浦々、数万の寺院の多くは檀家の財布を当てにした「法事供養料」や
檀家の労務提供(お寺の掃除とか諸々の勤労奉仕)で維持されている。
檀家の物心ともどもの援助の対価が住職の宗教活動。
祖霊に対する毎日の読経とは、基本的には有償なのである。

いろんな説があるのですが、檀家が二百軒とか五百軒程度ないとお寺はやっていけないらしい。
しかし、地方の疲弊で寺院経営は苦しい・・・というか社団法人として瀕死の状態。


檀家がその寺院から離脱するのは「信教の自由」に照らし、とやかく言われる筋合いはない。
しかし、改葬を行う際には、お寺の「実質同意」がいるような法運用になっており、
ここに付け込み、法外な離壇料を請求する坊主が横行するようである。
社団法人の構成員としての義務不履行相応の金員を請求されるのは
ある種の債務不履行の履行請求で理解できなくもないが、
そうでない場合でも・・・NETの相談サイトを見るに
数百万とか一千万円以上の請求があるそうです(苦笑)


祖霊は、あの世にいるはずであり、骨や墓石は単なる偶像崇拝の代替物
礼拝の対象物がないとなんか手持ち無沙汰と思えば、自宅に仏壇と位牌がある。
毎朝花や水を供え、自己流で般若心経をつたないながらも唱えれば、それはそれで祭祀の形といえる。


高野山奥の院には名だたる歴史上の有名武将の墓石が並ぶが、毎度お掃除に子孫が
こられるのは、信州真田家くらいのものらしい。
観光資源としての意義はありげであるが、崇拝や祭祀の対象ではない。
所詮その程度と割り切れば・・・散骨がブームとなるのは理由がある。


墓所や墓石はどうでもいいが、お寺には「過去帳」を握られている。
これは困ったことで、生存する個人の情報を特定するに足る情報だとすれば
お寺は「個人情報取扱事業者」のはずである。
まあ、そんな高度なセキュリテー意識があるとも思えないが、
この理解が正しいのであれば、離檀の際にはまずこの情報を取り返さないといけない。













2015年6月12日金曜日

インダストリー 4.0(その2)




働けども我が暮らしが楽にならざるのが不幸の極みとすれば、
働かないことを謳歌できる時代が幸福度世界一ということになる。
しかし、なにもせずに「しあわせ」が手にできるわけでもなく・・・

Arbeit macht frei

そうです!「働けば自由が手に入る」だと、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所の門には
そういう標語が掲げられているそうです。


聖書(テサロニケの信徒への手紙2)には、

If any would not work, neither should he eat.(働こうとしない者は食べることもしてはならない)

と書かれているそうな・・・


あるいはスターリン憲法にも

・・・労働は労働能力のあるすべての市民の義務であり名誉である。


翻って、わが憲法では

27条(すべて国民は勤労の権利を有し義務を負う)


就業能力のないものにまで苦役的に労働を強いるものではないが、
勤労能力ある者は自らの勤労によって生活を維持すべきであるというテーゼは
かようなまでに歴史性と普遍性をもつものなのである。


さて「インダストリー4.0」の究極の目標なるものの焦点は未だ定まりませんが、
産業構造全体が変革し、劇的な生産性の向上を期待することのようです。
ICTの力でプロセス制御までも改善できれば、それはロボットの世界。
ヒトザルの最終目的が、アクテイビティ全てのロボット化による「生存のための労働からの脱却」だとすれば
有史以来の「勤労の呪縛」から初めて解放されるということになる。
そして「働かざる者食うべからず」なる標語は時代錯誤だと切って捨てられる時代がくる・・・


まるでSF的なユートピア(苦笑)
あるいはアンチユートピアかも・・・
どちらにせよ、ここまでくれば本当に「産業革命」だと言えます。


ヒトザルの歴史を変えた「8つのイベント」には

農耕
産業革命  があげられます(あとは宗教、民主主義、原爆、マスコミ、通貨、言語)

インダストリー4.0が、究極の産業革命であるのであれば、
ヒトザルは、やっと「一番幸せだった人類の黎明期を再現」できるようになるのですが・・・


2015年6月11日木曜日

バイオメトリクス



通常このカタカナで「生体認証」を意味するはずですが、何故か・・バイオメトリクス認証って
おっしゃる方々もいる。
個人認証を行うために「身体的特徴あるいは行動的特徴」でもって識別することだが、
通常は前者だけの理解。
色々あるんですが・・・まあ帯襷(苦笑)


指紋

拇印の歴史を持つ倭国は古くより個人認証につかっていた・・かどうかは疑問である。
確かに証文に拇印を押す習慣はあったものの、犯罪捜査で個人識別に使ったという史実は
寡聞にしてきいたことがない。
犯罪捜査に採用されたのはせいぜい20世紀初頭前後。
お手軽で信頼性が高いが、欺罔方法も多岐多様であり、なりすましリスクは高い。
個人的にはお気に入りではない。
重要施設の出入口にはこの認証システムを導入していることが多いが、認証精度が悪すぎ
毎回不機嫌になるのですよ。


掌形

ATMに使われている例がありますが、指紋よりも信頼性が高いという評価らしい。
ハードウエアとして大仰ですねえ。
個人的に使う気になれない。


網膜

あまり聞いたことがない。


虹彩

今話題(笑)新発売のスマホに搭載されるってことで話題沸騰。
ミーハーですから、買い替えの時はこれに決めたって!(苦笑)
高い認証精度を有しているし、写真や死人の虹彩なんかは排除できると触れ込むが・・?




関西あたりのテーマパークの入場者の認証に使っています。
一卵性双生児でも認識可能ってメーカーご自慢のシステムだそうでうす。
某所で実際に使ってみましたが、なかなかですねえ

血管(静脈パターン)

よく知りませんのでパス


音声

声紋を使うのでしょうが、経年変化や健康状態に左右されそうで、個人識別能力は??
刑事訴訟上の証拠能力はあるとされるが、これは2つの声紋が一致した場合のこと
異なる場合であっても同一人の可能性もあり、本来は限定的なものです。


耳形

一生変わらないってことであの「望月先生」はフルベッキの集合写真の人物特定を
行うのですが、あの写真自体がガセってことらしいので、この方法はいささか怪しい。


DNA

最強普遍性で最高の認証能力があることは自明ですが、瞬時に識別する技術が・・・・



とりあえずホットな話題は「スマホの虹彩認証機能の搭載」である。
どの程度ユーザー受けするかどうか知らないが・・・
でも、気になるのは「個人情報管理」問題







一般に、個人情報とは・・・

生存する個人の情報であって、特定の個人を識別できる情報を意味し、
他の情報と容易に照合することができることによって特定の個人を識別することができる情報を含む。

とされる。
つまり、生体認証情報も優れて個人情報なのである。


インドの某所では、個々の監視カメラから収集された顔情報と犯罪者DBの照合を
行っている(あるいはその予定で倭国の最先端のシステムを導入)・・らしい。
犯罪予防あるいは捜査の活用事例はいくつかあるが、有効とも無効とも微妙らしいが、
認証技術レベルが理由であれば、克服可能なテーマにすぎない。

監視カメラで顔情報を単純収集するだけならば「防犯目的」ということで
一般的な「告知」をやっておけば問題にはならないだろうが、
その情報に顔認証システムを組み込み、体系的なDBを作ってしまうと、
いささか管理レベルにナーバスにならざるを得なくなる・・・
というか、一般人を犯罪者予備軍扱いをするってことで世論の糾弾を確実に
受けるでしょうねえ。
警察庁が道入しているかどうかは・・・当然やっています(・・と思います」
効能のほどは・・・あまり自慢すると逆効果なのであえて手柄を誇らないってことかも。
何事にも光と影はあるし、有用性が高いほど悪用の効果も高い。

難しいですねえ
不義であっても平和な社会を希求しますか?って問いかけです。





2015年6月10日水曜日

play the ball as it lies



愛読の某情報誌連載の「誤審のスポーツ史」が実に面白い。



最新号が取り上げたのは「ゴルフ」
ストーリーは本当に含蓄深い。


ゴルフとは単純なゲームである。
棒切れで丸いボールを「あるがままに」打ち、打数の少なさを競うだけ。
草むらに転がり込むことも、穴ぼこに沈むことも水たまりに飛び込むこともある。
それでも「あるがまま」に打つ。
そもそも運不運も実力の内だし、人生ってそんなものだ。


ところが・・・ちょっとマニアックに書きますが
ルール上例外的にボールを動かして良い場合がある。
その場合

リプレース(球を元の場所に戻す)
プリファードライ(好きな場所へ戻す)

の2つの運用がある。
当然後者がプレーヤーに有利であるが、運用ルールの決定は主催者が行う。
しかし、ルールにオンチな主催者だと曖昧な指示になってしまい、騒動になることがある。


ある女子トーナメントのこと
主催者は「リプレース」のつもりで指示し、多くの選手もそう理解したが、
ある選手だけが「プリファードライ」と解釈し、初日だけであるが、そのようにプレーした。
そして、なんと「最少スコアでプレーを終了」しちゃったんですよねえ(笑)
本来「失格」なんですが、
主催者の運営がお粗末なもので「誤認」ということで「優勝」ということになった。
本人的には辛いですねえ。
この場合、どうするのが一番適切だったのでしょうか?


今一つの事例
当時飛ぶ鳥落とす勢いでアメリカ参戦中の超人気若手女子プロが登場
コースの芝のコンデイションが悪く・・・彼女いわく「アメリカなら絶対にプリファードライです!」
たかが一選手の発言に動揺したのかどうかは知らないが、主催者はお粗末だと思うのですが、そのような決定をした。
しかし、あるベテラン選手(多くの優勝回数を誇りますがに大衆人気はイマイチ)だけは
あるがままに打ち続けた。
彼女いわく・・・

私にとってゴルフはボールを触って動かすスポーツじゃない


最初の事例のヒロインはよく知りません。
多分・・というか確実に歴史や記憶から消えてゆく。
後者の例だと、その若手プロがいま低迷する理由がわかったような気がします。


ボビー・ジョーンズがビッグタイトルのかかった一打で、
自らに一打罰を課した(当然誰も見ていない)有名なエピソード。
彼の精神からすれば、
このようなエピソードが語り継がれ、そのたびに賛美されるのは片腹痛いだろう。
アタリマエのことをやったまでのことでそれを褒められるという事自体が屈辱かも・・・

審判のいないスポーツで「誤審」を取り上げること自体が全体のストーリー感を
歪なものにしかねないが、自分自身が「審判」であるという自覚において
どう振る舞うべきか・・・って思いを馳せる、まあサンデル教授の授業素材に最適です。




改めてボビー・ジョーンズは言います。


ゴルフには、ルールは二つあれば十分である。
あるがままに打つ。
そして自分に有利に解釈しない


バブル以降倭国でゴルフというスポーツ(あるいはレジャーないしギャンブル)が
低迷している理由もよくわかりますねえ。
個人的なことですが・・・
あるがままに打っていた頃が年間平均ストロークは一番少なかった




2015年6月9日火曜日

死シテハ護国ノ鬼トナリ・・・





多分に戦意高揚虚報記事のなせる「冤罪」だと思う。
少なくとも適正手続による裁判ではないが、勝者の裁判は予定調和で終わる。

はたして原本はこの通りかしらって疑問がないではないが、
全体の文脈からすれば違和感のある唐突な表現で彼の遺書は終わる。


日本刀なるものは、人斬りの道具としては不適切である。
武士の魂なんていうところからしても、過渡の精神性のみが強調され、実用性に乏しい。
戦犯で「百人斬り」の罪状で死刑になった彼がどんな日本刀を保有していたかしらないが、
軍刀の出来栄えの悪さには定評があった。
日本刀と名がついても、正宗や兼光クラスなんかまずお目にかかれない。

戦犯として処刑された彼は、法律上の取り扱いは「法務死」ですから、
靖国に神として祀られているに違いない。


改めて思うに・・・
戊辰以来の戦役で死亡した軍人や軍属は靖国に祀られる(賊軍は対象外)
合わせて民間人であっても、遺骨の引き取り手がいない場合は千鳥ヶ淵戦没者墓苑に安置される。
一方で各地に「護国神社」があり、靖国と重複して祭祀を行っており、
大きな違いは、戦後の殉職者(自衛官、警察官、消防士)をも祭神とする点にある。

つまり、戦後の英霊顕彰は、個別に慰霊塔を建立するような場合を除き、
地方レベルでの各神社で篤志家の善意でささやかに行われており、
維持管理ができなくなった護国神社は廃絶の憂き目を見ている。

高野山の奥の院の墓苑では、名だたる製造系の大企業がその企業のために殉難した
社員の供養塔をお持ちであるが、それに引き換え・・・・

生存している個人(あるいは団体)が「自己の危難を顧みず人命の救助に尽力」した場合には
紅綬褒章が与えられるが、どうも民間人だけが対象のようです。
でも、尽力の結果逝去されると他の栄典はあるのでしょうが、褒章には与らない。
素朴にも、これが殉難の霊を遇する道かなあって思う次第。


仄聞するに、
海外派遣で殉難された自衛官の「処遇」に関して、内々のルールがすでに定められているらしい。
いかようなるものか「国家に殉じたものの処遇が如何にあるべし」って安保法制と並行で
国民的に議論すべきものだと思うが、
ややもすれば「派遣するから人が死ぬ」という倒錯した論議になるし、
不吉なことは言挙げしないって言霊思想が冷静な論議を妨げる。

後顧の憂いなく任務に邁進するには、

残された家族の生計は大丈夫か
国難に殉じた俺をちゃんと顕彰してくれるのか(犬死じゃないよね)
経験と歴史を後世に役立つように評価検証してくれるか

ってことをちゃんとやる仕組みがいるんですが、過去の派遣の結果
任務との因果関係は定かではないが、相当数の自殺者が出ていることを思えば、
やはり、メンタルヘルス対応の強化と「処遇」をきっちりと定めておかないと・・・

身を捨つるほどの祖国・・・・って、

海の霧深き頃、燐寸するつかぬ間にも寺山さんに指弾されますよ。




2015年6月8日月曜日

大きな口の七面鳥 羊の目は治療された




ネット社会で流行り廃れてしまった定番用語のベストテンらしい。
GOOランキングですから、どの程度の信頼性があるのかはわからない。
ただ言えることは「知らない!!」ってこと(苦笑)


1)キボンヌ
2)~~なう
3)キター!
4)逝ってよし
5)れ、藻前
6)ぬるぽ ガッ
7)みwなwぎwっwてwきwたw
8)ネ甲
9)スマソ
10)香具師


正確に言えば「第2位」は知っていますが、まず使う(使った)ことはない。
あとは、すべて「初耳」で、意味するところの想像も付き難い。
流行り廃れは世の常であるが・・・
知的でもエレガントでもなく、エスプリも感じないから駆逐されるのが当たり前。
偏差値25クラスでもないと使わないのだろうが、
はるかに偏差値がたかいはずの筆者がまったく回答できないのだから、
傾向的な世界には得手不得手があるのだろう。

ビリギャル語とかいって馬鹿にしてはいけない。
これらはこれらで使い道があるのです。



第二次世界大戦(太平洋戦線)で米軍が使用した暗号は「ナバホ族部族言語」だった。
以下ネット引用ですが・・・

部族語に共通するのは、いずれも複雑な文法構成をしているほか、
発音も特殊な音が使用されており、幼少時からその言語環境で育ったもの以外には
習得・解明が極めて困難・・・
ナバホ族コードトーカーたち(暗号解読担当者」は、単にナバホ語で会話したのではなく、
英単語をそれと同じ文字で始まる別の英単語に置き換え、さらにそれをナバホ語に翻訳するといった置換
暗号を開発・・・


ちなみに今日の日記タイトルを「普通の日本語」に翻訳すれば・・・

硫黄島のすり鉢山を占領した!

ということ(・・・らしい)



解読困難な暗号の世界で勝ち抜くにはアラン・チューリングのような天才でなくとも
不可解なビリギャルネット言語体系の使い手で十分なのです。
セキュリテー対策以前の愚昧さを露呈したなんとか機構ですが、イタチごっこ的な
税金の無駄使いな技術的な対策なんかよりも、彼ら(彼女ら)をこっそりと採用しよう(笑)

2015年6月7日日曜日

皐月待つ花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする





伊勢物語では、なんとも言えないエピソード付きで詠われる名歌

 
むかしオンナありけり。
オトコもいました。
橘の香りのパヒュームがお好みの美人だった。
相思相愛だったのですが、オトコのうだつがあがらないと見て・・・だか
かまってもらえなくてかは寂しくてだか、、
別のオトコに乗り換えた・・・
がどうも予想がはずれ落馬したみたい(苦笑)

捨てられたオトコは発奮したのかどうか知らないが、立身出世で飛ぶ鳥を落とすさま。
ある夏のころ、パーテイの片隅でしょんぼりと壁の花なオンナとそのオトコに出会い、
近寄り、しみじみと・・・詠いかけるともなく

オンナは恥じ入り、そのご出家・・・と原作にはありますが、
いまどきならどうなんでしょう?
もう一度って、誘いかけるかな(笑)


王朝和歌に倒叙する花群って(古今のランキング・・某氏のサイトによれば)


紅葉





大別すれば、

花を愛でる
薫りを楽しむ
それ以外にも 語感を弄ぶ・・・・・ってあります。
 
その意味で橘は「その薫りがむかしを懐かしむ・思い出させる」ってのが約束事
その約束事は、このうたを嚆矢とする・・・ということで「定番」なのです。

このうたを本歌とする和歌群は、一大巨峰といわれ、それだけで詞華集がつくれるほど
柑橘系の匂いなんでしょうが、いったいどんな「香り」なんでしょう?
シトラスだとキツすぎるかも・・・フローラルって言う方をする方もいます。
香老舗だと、匂袋として商品化していると思えますが・・・
オトコが香水に使うには、ちょっと不向きかもしれませし、
オトコを誑かすような香りとも思えない。
ちなみに比較的よく出来た本歌取り(源氏物語に登場)を見るに・・・

橘の 香をなつかしみ ほととぎす
   花散里(はなちるさと)を たづねてぞ訪ふ

京都の松栄堂さんにこれにちなんだ線香を売っているそうですから、
今度ひめやかにきいてみよう。








2015年6月6日土曜日

インダストリー 4.0



毎度のように衒学的に始めよう・・・・(苦笑)

(英語版)
A spectre is haunting Europe ? the spectre of communism.
All the powers of old Europe have entered into a holy alliance to exorcise this spectre.

(独語版)
Ein Gespenst geht um in Europa ? das Gespenst des Kommunismus.
Alle Machte des alten Europa haben sich zu einer heiligen Hetzjagd gegen dies Gespenst verbundet



共産党宣言の「有名な一節」ですが、今風に言えば・・・


いま「インダストリー4.0」なる妖怪が欧州を・・いや世界を徘徊する


しかし「インダストリー4.0」・・・長ったらしいが、一体何事なのか?
ありていに言えば「第四次産業革命の黎明」ということです。
喜ばしいことに「ICTによる製造業の復権」でもあります。
第四次がということは、1次から3次まであったということだが・・・

第一次:18世紀の蒸気機関エネルギーによる英国の繊維工業
第二次:20世紀初頭の電気エネルギーによる大量生産システム
第三次:エレクトロニクスによる生産技術制御

ということで・・・第四次産業革命とは?

第四次:IoT(E)

全て(EveryThing)がインターネット(I)でリンクされる時代。
リンクされた大量の情報(ビッグデータ)を統合解析して最適パターンを生み出す時代
かつての企業の垂直結合でも平行結合でもないWEB結合なる無理無駄のない効率社会
ITゼネコンが浮かれたようにもてはやすキーワードの全てが登場します。


産業革命とは製造システムの変革にとどまらず、
人間社会(意識・行動様式)そのものを変えてしまい、であるがゆえに「革命」と呼ぶ。
過去もそうであったように、より良い方向に変わってゆくかどうかを判断するにはまだ早いし、難しい。
必ずしも歴史の流れは「進歩・進化」とも言い切れない。
人類が一番幸せだった時代は「古代ローマ五賢帝時代」と喝破するのはかのギボン大先生
別の論法だと、農耕社会形成以前の採取経済社会こそが一番よい時代だった
なんちゃって、労働時間は現代人の半分以下で十分だったらしい(笑)


いまや、経済書の本棚は「インダストリー4.0」本で埋め尽くされ、
かの「格差」警鐘本は隅に追いやられる・・・
早晩、IoEの時代がくるのだろうが、これは課題解決の特効薬でもなさそうです。
いま、ヒトザルの抱える諸問題は・・・(順不同ですが・・)

地球の環境容量限界
格差社会の拡大と固定化
宗教的不寛容さ

・・・なんてことは「インダストリー4.0」で解決できるとは、
教宣本のどこにも書いてません。




2015年6月5日金曜日

迷図(メイズ)






迷路と迷宮は正確には違うそうです。
正確な定義なんかはまあどうでもよくて・・・どっちにしても西洋的産物である。
敵兵の侵入を困惑させるために入り組んだ町割りにした城下町って、
戦国の頃や江戸の頃は珍しくはない。
残念ながら、再開発の中で、今に残るのは小豆島の土庄町くらいか?
起源は南北朝の戦いの頃にさかのぼるらしい。
お遍路さんの札所もあって、この町並みは残るだろう。


日本の建物は兼好法師がおっしゃるように「夏向き」にできてますから、
密室性も迷路性にも馴染まないってことですかねえ。
綾辻行人に「迷路館の殺人」ってミステリーがありますが、雰囲気的にバタ臭い。
しかし、探せばあるもので・・・

京都の二条陣屋
伊賀の忍者屋敷
加賀の妙立寺

どれもこれも、遊び心というより、身を守るトリックですので面白みにかける。
やっぱり・・・

水木しげる
楳図かずお  両氏の奇天烈なご自宅のほうが愉快だ
たしか、大正モダニズム建築にあったと思うが、整理整頓の悪い迷宮のような知の大伽藍(苦笑)
今時点探し出せていない



迷路の登場する映画のことを考えています。
ヒッチコックに「迷走迷路」って作品がありますが、原題は「Saboteur」
迷路とは無関係。
シャイニングでは、悪霊にとりつかれた主人公が、生け垣で作った巨大迷路の中で凍死する。
アルジェリアのカスバ(・・残念ですが行ったことがない)は、三次元迷路のありさまで
犯罪者やテロリストが隠れ住むって設定は、望郷やアルジェの戦いに詳しい。

しかし、物理的な存在として考えるよりも、エッシャーの錯視絵に見られる
魔殿のように不可解な存在やシステムは世の中に多々あるのだ。
迷路とはある種の「暗喩」であるって思いながら・・・

メイズランナー

三部作まで予定されているそうだが・・・巨大な壁に囲まれたっていうから「進撃の巨人」みたい。
原作はガキ向けのライトノベルらしいので、映画のレベルもその程度



2015年6月4日木曜日

ゼロコーラ戦争




ライバル同士が切磋琢磨し、高品位な商品を世に出すことは自由経済主義の最大の特質である。
コーラなる飲料は口にはしないし、飲むならば他にお好みがある。
しかし、これはちょっと面白い(笑)


かつて、某社は「MX」なる商品を出した。
あまりヒットしなかったのは残念至極である。
要するに、史上最強の炭酸含有率を誇り、一部のマニアックなダイエッターからの支持を受けた。
お食事の前に、ぐいっと一本。
炭酸で胃が膨れ、食事がろくろく喉を通らないって趣向である。
効果の程は・・・

当時(相当にむかしですが)のポッチャリな部下が推奨する痩身術だっったが、
ご当人を見るにつけ、効果の程は限定的。
そんなことよりも、本来必要とするカロリー摂取に支障をきたす。


実のところ、日本人のカロリー摂取量は発展途上国並みと言われている。
肥満の多いアメリカンのカロリー摂取量をベンチマークに論じるのは、
かなり論外であり、専門家の一部の意見ではアジア圏で更に下位なのは北朝鮮くらいだとか・・・
まっとうな統計を探しているが、これはってのが見つからないので、
仄聞にとどめておく。


さて「自己投資のすすめ」って教育コンサルタントの好きな言葉ですが、
この手を信じていないもんで、孫引きして披露するつもりもない。
真理として言えることは・・・
自己投資の最初にして最大最高のものは「真っ当な食事を三度三度頂くこと」
真っ当な食事とは、お金のかかるものである。
いわゆるジャンクフード系は真っ当とは言わない。
安かろうはやはり悪かろうなのです。

まともな食事をしないと、健康を害するし「スーパーサイズミー」という映画では
ある世界的なハンバーガーチェーンのスーバーサイズな商品を一ヶ月食い続けた結果・・・
豚になるだけなら想定の範囲内だが、
メンタル面でもかなりな障害が発生したって・・・映像が流れる。
ここの商品も、創業当時は「健康食品」だったって驚愕の不都合な真実があると言われているようですが
それはさておき・・・


一番長生きするのはプチぽっちゃりとも言われますから、
不必要なダイエットなんかに目を向けないことです。
でも、見苦しくみえるのは著しい「美意識の欠如」です。
めざすべきは、美しいあんこ型力士・・・(笑)











2015年6月3日水曜日

改めて「消えた年金」番号




1200千件以上の年金番号漏洩があったそうです。
色々疑問がありすぎて・・・
ちゃんとしたプレスリリースをしないものだから「群盲象を撫でる」有り様


まず、最初の「攻撃」は5月8日だったそうです。
一ヶ月前の話ですが(この手の世界では大昔ですが?!)未だに事実解明が明らかでない。
明らかなんだけれども公表できない「恥ずかしい事情」がある・・のかって勘ぐる向きもあります。


一体どんなウイルスだったのか?
添付ファイルに感染するなんて古典的である。
まったくの「新種」だったのか?
不審なメールの添付ファイルは開封しないって常識ですが、
そのような常識をくつがえすような斬新性があったのか
ファイヤーウォールでの防御はどうなっていた?
まず、不審なメールはスパムとしてあらかじめ排除するのが当たり前ですが・・・
さらに「入り口での添付ファイルのウイルスチェック」は常識であるが、
ゼロデイ攻撃には弱点がある。
その「脆弱性」を点かれたのでしょうか
要するに「高度な攻撃」だったのですかねえってこと・・・(苦笑)

個人年金情報がPCサイドにストレージされていた?
まさかって誰でも思います。
サーバーサイドに決っているでしょう。
そうでないならシステム設計上とんでもない「瑕疵・欠陥」のたぐいです。
過日の東京地裁判決(確定判決)を敷衍すれば・・・
開発要件に記述がなくとも開発者として当然やっておくべきセキュリティ対策ということに
なりますし、訴訟沙汰になれば、年金機構側が有利ってことになる。

業務用PCがWEB接続できることが「罪悪」ですかねえ?
官庁なんかでは、イントラネット専用端末と外部接続端末を使い分けしてる事例がありますが、
これは「一人二台」という贅沢な税金の使い方。
王道は外部接続を前提に防御策を作っておくこと。
そもそも、外部接続が全くできないPCとは入り口のない家屋みたいなもので論理的に
成立しない(極めて特殊な業務領域のみでは入り口だけ出口だけってルート設定はしますが・・)

情報漏洩事件の場合「お詫び料の相場」はどの程度か?
それ以前に「お詫び料」を出すのかって議論もある。
ローソンやベネッセの事例では一人五百円程度。
しかし、年金番号(個人財産情報)ともなれば、傾向的に相場は跳ね上がる。
払う・払わないのは勝手といえば勝手だが、原資は税金(まるで泥棒に追い銭)
私企業からすれば、被害が発生したのかどうか判然としない中「お詫び料」を支出するのが
当たり前って・・・雰囲気はある種「不思議の世界」としか思えない。
払わないのであれば、それはそれで「支払わない理屈」を毅然と弁明してほしい。


年金機構は個人情報取扱事業者のはずであるが、
どうもそれにふさわしい管理制度があったかどうか疑わしい。
更に、来年早々からは「マイナンバー」を扱うことになりますが・・・
大丈夫ですかねえ?
少なくとも、安心できる物理的・技術的・人的対策が完備できるまでは
マイナンバーを扱うべきではない・・・って誰もが思うと思いますが・・・



注:執筆時点の公開情報のみで作成しましたので、時々刻々事実認識は変化しますが
  文意は初版のママです。


----以下追記

どうも、漏洩と同時にNISCが自体を察知し、アラートを出したようです。
ここまでは、通常の業務処理スピードですが、その後の「無為無策」がなんとも・・・腹立たしい。

個人のPCにストレージされたいたというのは明らかな誤報ないし勘違いのようです。
共用ファイルサーバーに格納させていたらしい。
しかし、大量のデータをそんなところでレプリカで保管すること自体とんでもない話です。
PWを設定すれば許容されるものでもなく、仮に認めるとすればもっと強固なセキュリテーが不可欠。





2015年6月2日火曜日

あなたは「AI」で生きる

人権尊重の時代、危険な任務や作業は、ヒトザルのすることではない。
しかし、人権とは生きるヒトザルの権利であって、植物人間や予後が不良ともなれば、ただのモノ。
必要なパーツだけを再利用し・・・

凶悪犯罪都市、デトロイトに登場したのが「ロボコップ」

人間らしい葛藤や苦悩から解放されていたはずだがって部分がネタバレの箇所。
シリーズ化され、三作迄。
定型化され、プロ映画鑑賞家を唸らせるほどのものではない。



しかし、ヨハネスブルグ警察に採用されたロボットの物語は、実に面白い。
犯罪対処型ロボットにはAIを必要としない。
只々、体育会系新入社員のように・・・

理不尽な要求をあるがままに受け入れる無思想
思考停止型な時間とルールの厳守
重労働への耐久
無節操な迄のチームワーク(for the team)

しかし、有能な開発者がそれに不満で、感情と思考能力をもつロボットを密かに試作してしまった。
その名は・・・・「チャッピー」

監督は、ブロムカンプ。
過去、異質な風景のSF系作品に特徴を持つ。
低予算ながら、中穴確実な興行センスもあるが、描写が暴力的なもんで
レイティング設定で多少オフィスボックス的には損をしている。


無垢なAIをもち、驚くべきスピードで成長するチャッピー。
善意だけの持ち主な開発者が生みの親。
しかし、育ての親が、ストリートギャングのバカップル
そもそも攻撃型ロボットを現金輸送車襲撃用にトレーニングをすればどうなるか?

ギャング同士の争い
敵愾心を持つ同僚開発者の制作した凶暴ロボットの登場

なんかが絡み合い、お話は、大円団へ。
あるの種の予定調和でエンドマークですが、ヒトザルの未来とはこういうものなのか・・・・
この刺激的なヒネリが、カタルシス(笑)





ドローンの規制強化がかしましい。
一方で、海外派遣の自衛官の帰国後の自殺(海外派遣との因果関係は不明)の相当だと論議中
緊張感のある仕事がメンタル面にある種の影響をあたえることは自明の話であり、危険と隣り合わせの職場では
有りげな話。
だから、危険なことはやめましょうってことにはならず、ケアをどこまでやるかという人的対策と
物理的対策をうまく組み合わせることである。
当然に、ロボットの活用とか先端システム技術は活用(ないし活用研究)をやっているはずだろうが、
これって「特定機密」に該当しますよねえ・・・(昔の言い方だと軍機に相当)
知る権利が制約されているって文句は一旦さておくが、
戦死に相当するとかしないとかって議論もよこにおいて、ストレス軽減に向けてどのようにテクノロジーが
活用できるかってことが先議であることは論をまたない。

2015年6月1日月曜日

ナツハキヌ



卯の花の 匂う垣根に 時鳥
早も来鳴きて 忍音もらす 夏は来ぬ


所謂「和歌」はミソヒトモジで「五・七・五・七・七」
旋頭歌(ポスト万葉集では廃れました)ならば「五・七・七・五・七・七」
この唱歌はどういうわけか「五・七・五・七・七・五」
明治の頃の作品だからという過渡期形式でしょうか?


後年、演歌を代表とされる歌謡の世界は「七・五」を繰り返すスタイルとなりましたが・・・


さとわのほかげも もりのいろも
たなかのこみちを たどるひとも
かわづのなくねも かねのおとも
さながらかすめる おぼろつきよ


こんな感じです。
大正の頃の作品でレトロですが不思議といまでも様々カバーされます。




しかし、冒頭の「なつはきぬ」は難しい歌詞である。
き(来)はカ行変格活用動詞(く)の連用形で「ぬ」は完了の助動詞「ぬ」の終止形。
従って、 spring is over, summer has come ! って意味になる。
けっして、夏には正絹の絽の着物ってことじゃない(これはこれで涼やか・・苦笑)

陰暦の夏は四月に始まる。
だいたい、新暦だと5月から七月。
だから四月はその頃に咲く花にちなんで「卯月」が異名
ホトトギス・・・

杜鵑
杜宇
蜀魂
不如帰
時鳥
子規   

・・・と様々故事来歴にちなんで難解漢字があてられるが、
これまた新暦五月頃(旧暦夏の初め)からさえずりだすそうな。

要するに初夏を代表する二大風物ってことになる。
今どきは、耳にホトトギスの声、目に卯の花・・・を感じるのは相当な贅沢というものです。
その意味で「目には青葉」って、江戸前の美意識の堕落なのですよ。


鳴く声を えやは忍ばぬ ほととぎす 初卯の花の 蔭に隠れて
五月山 卯の花月夜 ほととぎす 聞けどもあかず また鳴かむかも
卯の花の 垣根ならねど ほととぎす 月の桂の 蔭に鳴くなり


古今集の夏巻、特に初夏のころ(つまり巻頭あたり)には相当数のホトトギスが登場しますが、
卯の花との絡みは抜粋するとこの程度しかない。
塚本の「清唱千首」ではたった一首(名歌が少ないってことです)
梅にウグイスはやまとあることと対照的。
いずれも、勅撰和歌集に選ばれた以上、それなりなんでしょうが、後世人気がでることもなく、
本歌取りの妙味をみせた佐佐木信綱さんの唱歌のみが今なお有名である。