2022年6月5日日曜日

トルコと呼ばないで

 とんでもない改名でもなく、グルジアがジョージアに変わった程度じゃないのかねえ?

この時はスラブ的な読みから英語的に変わった。







スペル的には多少の変化程度。

カタカナでトルコがテュルキエ....と言われるとプチビックリしたが、さしたる事でもない。

でもウムラウト文字は入力が面倒だし、ドイツ的な発音と同じでもなさそう。


国名改称の例は数多あり、とやかくいう事ではないものの、自国はどうなってんだ?とは思うのですよ。

かつては

大日本国

大日本帝国とか、大仰な名称だったが今はシンプルに「日本国」、、、明確に国名を明記した条文はないと思いますが、憲法第一条の文面からしてそうなると考えられます。

「大」なんて自己満足的な傲慢さの表れ。しかしである。読み方が統一しない。内閣の見解はニホン、ニッポンのいずれでもいいと、、

吉本的駄洒落ならば「どっちかイッポンにしてくれ」

でも、、、NIPPONと一般的には表記してませんでしたかねえ?

先のオリンピック(1964年)では、Japan ではなく、Nippon  だったはず


どうでもいいと言えばそれまでなんですか、国家国民のアイデンティティでもあるのですよ。

企業の定款であれば、和名と英名はちゃんと明記します。



確かに「ターキー」ってあまり良い意味でもないし、かつてはナンチャラ風呂にも使われて、かなり国恥的だったとは思います。

ということは懐かしい旧名が復活するかも(^^)


天安門「事件」

 https://ameblo.jp/uedakhj/entry-12746482672.html

2022年6月4日土曜日

空間識失調

 トップガンに登場するパイロットは上位1%に相当する心身技量共に最高クラスの飛行機乗りである。



自衛隊とエアフォースのパイロットの技量の優劣は知らないが、百億円を超える高価な装備ですから危なっかしいヒトザルを搭乗させたりはしない。

しかし、能力があり訓練を積んでも非日常的な飛行空間だからいつなんどき理性を失うか解らない。

マーベリックとグースのチームより上位にいたクーガーもミグとの空中戦のさなかにパニックに陥り、、、精神的に脱落する。マーベリックですら不幸な事故で相棒のグースを死にいたらしめたことより自信喪失してしまい、、、、言ってみればトップガンの正続編のテーマは30年がかりの「自己喪失の克服」である。



続編に於いても、航空自衛隊機と同じ事態かどうかは知らないが、訓練パイロットが意識混濁に陥りあやうく墜落しそうになるシーンがある。

でも、この時のF18は単座ですが、自衛隊機は複座ですから、同時に二人が平衡感覚を失うって....あるのかなあ

いささかミステリー


事故原因はさておき、、、生じた痛ましい出来事には 合掌

詭弁あるいはレトリックのはなし

 


なんだか「詭弁」というと邪悪に聞こえますから「レトリック」と言い換えてもいい。これだと洗練さが醸し出されます。
実のところは両者の違いって?、、、つまり「言葉は黒魔術」なのであり、巧みな言語(書くことや喋ること)の使い手とは黒魔術師に他ならない。
我々は意識的ながらも無意識に詭弁を弄しています。

虚偽の定言は論外であるが、丸い卵も切りようで四角、物もいいようでナントヤラというではないか(^^)


スカーレットオハラは決して美人ではないが魅惑的であり、、

スカーレットオハラは魅惑的ながらも美人とは言えない、、


大久保康雄さんの邦訳(風と共に去りぬの冒頭)が前者である。仮に後者のように訳したとしても(原文がどうだか知らないが)意味するところはまずまず同じだが、ニュアンスがかなり変わってくる。

我々だって虚偽ではない事実を定言しながらも「意見なり主張」を裏側に潜めることはままある、、どころも毎度当たり前。事実と価値判断の峻別なんて所詮は無理。



自分の価値観のフィールドに相手を立たせることが論争(会話も然り)を優位に進めるための第一歩。詭弁なりレトリックはそのためのツールなりテクニック。

最初から偏向した価値判断を振りかざせば、中立の人だって逃げ出すに違いないからオブラートに包みながら無意識的な誘導って



人質をとり無理難題を要求するテロリストたち。要求に応じないと人質の生命に危険が、、、、


国家のメンツと国民の命のどちらが大事なんですか? 

なんて悲痛な叫び....に素直に耳を傾けてはならない。それはアウェーの世界だし、、、まさかメンツが大事なんて強権国家ですら口にするのを憚る。

だから「定言」を言い換えて問いかえそう


テロリストの卑劣な要求に屈することと屈しないことのどちらが正義だと考えますか?


ホームで戦うとはそういうこと

問いかえされた方は怒りに身が震えるだろうなあ

曰く、、、議論のすり替え、詭弁に他ならない!!

しかし、この定言の順番を逆にしても同じ反論が成り立つのですよ。


論争とはそんなものです。

今日の教訓は、、、


期待回答それ自体を設問に(顕潜は別にして)内在していれば、すかさず「詭弁だ!」と.....

例として

あなたは平和憲法の改悪に賛成しますか?


2022年6月3日金曜日

兵庫県立美術館

 



美術に造詣が深いわけではなく、抽象性が高いとまるで理解できないアタシが、、、



現代の「アート」とは、、、「あっと」感じるものなんだそうな(^^)

ですからアタシの嫌いなお手軽解説でお茶を濁しておきます。



わかったつもりになったら、ツアーの始まり!




気分直しに常設の具象絵画やらを、、、ホッとしますなあ





2022年6月2日木曜日

チンチロリンハイボール

 経験則からすれば、かような「サービス」を提供する居酒屋にはろくでもない店が多い、、、ような



商品名はなんだろう?

チンチロハイボールとでもいうのかね?

アタシは下愚な酒(酎ハイなんて清涼飲料水)は呑まないから実際に挑戦した事はないが、

店によってルールが多少異なるので(前提条件次第で解は変わる)遭遇すれば計算だけはやってみる。

これをプレミアム焼酎とかブランドワインでやってくれるならば、お店に騙されてやってもいいがそもそもマトモなお酒はまず置いていないもんね



統計確率なんて高尚なものじゃない、、、というかほとんど忘れていますから「証明」も危ういかも

それにこのようなゲームルールには始めての遭遇


ハイボールの定価は380円だが、飲量が解らない。

缶ビールと同じ350ミリと仮定する

メガサイズは単価の比例計算で800ミリとする


二個のサイコロの出目は36

うち奇数は18

ゾロ目を除く偶数は12

ゾロ目は6、、、、、、が平均の発生頻度。


支払額だけの損得を言えばまあ誤差の範囲かかすり傷ですから宴が盛り上がるんならば細かい事は言わないし、ウワバミには超お得かもだ。

ゾロ目や奇数が出る事で飲量原単位の単価が下がりますが、飲み過ぎにはご注意!


お店サイドからすれば沢山飲量を提供しているサービスプログラムのつもりの薄利多売


しかし酔っ払いの心理からすれば、、、

最初にゾロ目や奇数が出れば絶対にまた賽子を振りたくなる

そしてまた同じ事が起きれば、、やっぱりまた賽子を振りそうだ。でも2回目が偶数ならば??


逆のケース、最初が偶数ならば??

しかしこれをグループでやれば、、まあいけいけどんどんになるだろうなあ、、、、お店は薄利多売ながら儲けも多少増えるって計算かな



松岡茉優の京都弁

 https://ameblo.jp/uedakhj/entry-12745167677.html

2022年6月1日水曜日

トップガン(2)

 https://ameblo.jp/uedakhj/entry-12745691541.html

気狂いピエロ

 




最高に衒学的な名題、、、と自信満々(^^)

フランス世紀末象徴韻文詩に多少の知識なり興味があれば、衒学でなく洒落(エスプリ)と思ってもらえるかしら?

ゴダールの「勝手にしゃがれ」をネタにしたならば、この最高傑作(といわれていますが)をスルーは出来ないだろうって思うだろうし、、、


Pierrot Le Fou


60年代後半の公開でよかったなあ

いまなら「気狂い」なんて言葉は使えない、、、愚かなピエロとかピエロの錯乱

あまりにも散文的だ



何のためにエンディングにかのランボーの地獄の季節の一節「永遠」のショットがあるのだ


.....

Elle est retrouvée.
Quoi? — L'Éternité.
C'est la mer allée
Avec le soleil.

また見つかった、
何が、永遠が、
海と溶け合う太陽が。

.....



これがラストシーンです

爆死したピエロのあと、カメラは太陽と海の遠景をとらえ、アンナカリーナのモロローグ


多くの文学者が単語的にはどってことないだろうフランス語(小林秀雄さん的に言えば「永遠とは太陽と海の交尾」だということ)をあれこれ心血を注いで翻訳をしています。

今回の4K版の公開に合わせて寺尾次郎氏は字幕を書き換えたらしい。良い翻訳になったかどうかは未見だから分からない(動画配信サイト版を久し振りに鑑賞しただけ)

それに、字幕翻訳は映像からの制約(日本語ならば二行、二十六文字以内)があり、、逆にいうと映像にフィットすれば良いサブタイトルということになる。


今更ながら思うのですが、

王朝古典和歌を現代散文詩の形式で読む人は多分いないだろう。

鑑賞の手がかりにはするがあくまで原文を賞味する。

フランス世紀末象徴韻文詩もまた同じなんだと思うから、原文と多少の語彙単語の説明付きの訳本を出版して欲しいものだ。

漢詩も返点をふった和読みでなく原文の発音で味わえとおっしゃる向きにも一定の真理がある、、、のだろうなあ