2017年10月31日火曜日

金髪の核兵器





輝くばかりの美貌を封印すれば更に輝く不思議な女優さんだが、
フィジカルなアクションは苦手なはず....


稀代の汚れ役でオスカーベストアクトレス
イーオンフラックスでは、見るに耐えない反政府革命戦士


今回は冷戦最末期のベルリンで活躍するMI6のエージェント!
まるでロジャーコーマンばりなB級低予算のチープ設定
オリジナルタイトルの「アトミックブロンド」には苦笑しかない(^^)

しかしあのセロン様がそんな駄作に出るわけがない....
アカたん青タン生傷だらけ泥だらけ血塗れ。
定番の美貌封印路線(^^)
加えて、ルカレ並みのエスピオナージュな建てつけ。
味方だか敵だか(西側は仲間同士の騙し合い)皆目分からないまま
スパイゲームは大円団へ。
名作「裏切りのサーカス」セロン版!








オフィスボックスは好調らしいのは慶賀の至りらしいが、
理由は簡単だ。
一回観ただけじゃ内容が理解できないからリピーター続出(^^)




2017年10月30日月曜日

真の美食は固体の麦酒とは無縁だ








過日のイタリアンでの風景です。
毎度はエサと酒でお値段ハンハンですが、今回はこれだけをグラスでお願いしてしまった。
撮り忘れがあと二枚(^^)
食事の際に水しか呑まない蛙の類似種は黙ってなさい!
至福の三時間にとやかく言うものではない。
お皿に合わせてお願いしますって言っただけ。
あまり法外なのは困りますとは釘を刺しましたらかような次第。
手に入りにくいイタリアワインばかりみたいです。

まあ、ワインからお皿の中味を想像してください。
天下の素浪人とはいえ、食育には手を抜かない。
まともなものを食する事が最善の健康法である。

毎度のようにグダグダと古今東西の映画、文藝、音楽談義は尽きない。
ふと気がついたが、パンが手づかず
成る程、実に面白い(^^)


ビールが液体のパンならば、パンは固体のビールだ。
懐石ならばご飯は最後にしか出てこない。
しかし、パンが最初から出てくるのはビールの亜種だからに違いない。

パンはお皿とお皿の幕間である。
幕間はあくまで幕間であり、本舞台が至高であれば、余韻を含めて
固体のビールの出番は無いはずだ!
パンのお代わりを問われた場合「お願いします」とはお皿が不味いという
婉曲表現なのですよ。
ギャルソンにやんわりと問いただせば、和かな応対(^^)
的外れではなかったようだ。


長年泥水と安酒をかっくらってきたが、この程度の読みはできる。
またひとつ勉強が出来ました。



老いて学べは死しても朽ちず


折良くも、新規開店の食パン専門店がお隣さん。
種類が多様なのでいくつか見繕って試し買い(^^)










2017年10月29日日曜日

女神の手だって見えますよ!



監督の才能、主演女優の力量にも関わらず、興収は世界的に苦戦中。
大衆娯楽としては虎の尾を踏んだのか?

アメリカンには法規制に基づき三万人とも言われるロビイストが
暗躍している。
サンローサンやビクトリアベッカムのスーツを鎧に、
ルブタン(ではなさそうだが)のピンヒールを草鞋がわりに....
年収はざっと百万ドル超
しかし毎日25時間365日以上働けとなれば....蝸牛庵なら御免こうむる(^^)


まあブラック職種って事でなくとも、世界の半分は嫌悪します。
更に、倭国の男性のなかでも、あるレベルも顔をしかめる。


さてこの映画の宣伝マンの知的水準を疑う(^^)


女神の見えざる手


オリジナルタイトル(和訳すれば)は、単に「スローン嬢」
これじゃ興行にならないと言う判断までは良い。
しかしロクに勉強もしなかった経済史の雑学を持ち込むものではない。

アダムスミス氏の国富論の一節の換骨奪胎だという事くらい白痴は無理でも魯鈍だって分かる。
しかしスミス氏は「見えざる手」と言っただけで余計な形容詞はつけていない。
あるいは、内容が誤解されたまま今に至るのも不本意だろう。

個人の欲望の追求が社会全体を効率化するなんてあり得ない。
部分最適が全体最適を実現すると言ってるようなものだ。


誰も知らないところで、勝手に政治を動かしている事を
比喩的に表現しただけかも知れないが、あまり感心しない。

しかしそんな事は誰でも知っている。
が、知らないふりして見たくないのです。
カケソバだかモリウドンのスキャンダルの本質はそこにある。
権力者に擦り寄ると甘い汁を吸えるなんて太古の時代から分かりきった事だが、
面と向かって見せられたくはない。

予定調和とは人為的に作り出すものではない。
神の摂理なのだ。
ヒトザルの分際で歴史の流れを捻じ曲げてみようなんて思わない事だ。


しかしながら輿論は如何ともし難いが、世論ならば浅はか付和雷同なヒトザルの
感情操作なんか赤子の手を捻るようなものだ。
実際にそうなっている(らしいです)
みえざるものを見せてしまってはやはりいけないのです。
斯様な大衆心理の読み損ないが興行の失敗。


ネットでのオフィスボックスの数値が正しいならば惨敗。
ローバジェットだから重傷でもなかろう。
公開後一年を過ぎての周回遅れ倭国ロードショーですが、
小屋にかかっただけでも嬉しい。
ナンチャッテ、ジェシカチャンステインの大ファン(^^)


銃規制反対に与するロビイング会社を袖にして
反対陣営のキャンペーンを展開するロビイストに扮しますが、
パワフルな役どころは彼女に如かず
しかし修正第2条に正面切って闘って勝ち目は、
針の穴をくぐる駱駝のようだ。
国を蝕む薄汚れたネズミは何処にでもいることも
誰もが知っている。
しかしここでも見たくなきものを見せてしまった。
法案の行方はわかりませんが、彼女は刑務所へ
でも闘いに負けたわけではない。
スリリングな終盤の展開は、、、バラしたくなるなあ(^^)


興行の失敗はそんな事も影響したかも。
佳作だって優れて資本主義的な芸術は小屋にかかってナンボです。
プロデューサーの喉首をかききるのは訳ないのです。

繰り返そう
よくぞ公開してくれた事だ!
しかし、百席あまりの小屋の入りは日曜日というのに半分に満たない。
やっぱりタイトルが悪い。

2017年10月28日土曜日

野良犬(2)



映画の中で拳銃密売の卸みたいなオトコを捕獲するシーンがある。
場所は後楽園のようです。
ドームもない土のグラウンド。

懐かしくも、巨人対南海の試合
往年の名選手があまた登場しますから、実際の試合映像のようです。


ここからは野球オンチの本領発揮(^^)
セリーグとパブリックのチームが戦うのは、当時は交流戦がなかったくらいは知ってますから
オープン戦か日本シリーズのはず。
満員のスタジアムだから後者に違いない!

しかし、この映画は1949年の製作公開。
日本シリーズで両チームが戦ったのは翌年から....だとぐぐるに。
何だこれは!


思い込みとは怖ろしいものだ。
二リーグ分裂は、49年のこと。
それまでは、当たり前のように巨人対南海の試合があったのだ。

それぞれのリーグの覇者が日本一をかけて戦う、、筈が
昨今は短期決戦で勝ち上がったチームが戦うらしい。
可能性だけ言えば、それぞれのペナントレース三位のチーム同士の日本シリーズもあり得る。
何だか変な話になりませんかなあ(^^)
東の龍と西の虎が雌雄を決する世紀の対戦のはずだが、
決まった筈の龍虎以外が戦うのかね?
門外漢には意味不明だ。
スーパーボウルやワールドシリーズでも、リーグ戦とトーナメント戦の積み重ねで
龍と虎が決まり両者が戦うことになっている。


実際にそういう事態になれば考えればいいじゃないか程度の意識なら
それは、ファンや選手にとって失礼です。
選手にとっては人生がかかってますから、思いつきや朝令暮改は
失礼程度では済まない。
おかしいと言う声があがらない事がおかしいと思う蝸牛がおかしいのかなあ(^^)




2017年10月27日金曜日

角田源氏を読み出したが....




源氏物語の現代語訳とは畢生の大業であり、我が身を滅ぼす所業らしい。
円地文子氏は失明、川端は自殺、、まあ、谷崎や与謝野はどってことなかったし、
寂聴尼に至っては老いてなお盛ん(^^)

なんにしても大家がやるべきものと言う不文律があったかどうかは知らないが、
やはり角田光代さんには荷が重い。
彼女らしい大胆な源氏を期待したのだがなあ〜

サクサク読める素晴らしい現代語訳だと思います。
寂聴尼によれば、倭語は二十年単位で変化するそうだが、
その意味でコンテンポラリーな源氏
しかしなあ〜〜


浩瀚な大河小説なのですが、退屈にならない理由がある。
それは複式視座!
ヒカル君の物語なんですが、多様なオンナ達が魅力的。
研究論的には

藤壺、紫上系
夕顔、玉鬘系

の二つの系統のお話がからまり合い、その幕間に点描されるオンナ達のショートタイム
お肉料理とお魚料理がバランスよく登場し、それなりの箸休め
っていう感じのフルコースなのです。

これはこれで悪くは無いが、こんな機会しかないのだから

序幕があり、
二系統それぞれの物語にして一部二部
終幕はヒカル君の逝去(中味のない幻の巻をデッチ上げる)に収斂させて書く

って大胆にやれば良かったのに、、、
つまらない脇役のオンナはカット
秋好のなんとかや朝顔のうんちゃらなんてダイジェストなら不要です。
末摘花に花散里も忍び難いが切り捨てる。


宇治十帖をどうすべきかは思案中です。
だって、三巻本のうち第1分冊を読み出したばかり(^^)
今日時点では、アレヨアレヨというまに須磨明石は了読。



2017年10月26日木曜日

野良犬




あの頃の司法警察職員(所謂サッカン)は、皆さん真面目で愚直だったかどうかはともかく
そういう風に描かれます。

復員兵の一人(木村功)は全財産が入ったリュックを奪われ、悪のダークサイドへ
今一人(三船敏郎)踏みとどまり、警視庁の刑事になった。
拳銃をスられた刑事は先輩デカ長(志村喬)と野良犬のように犯人を追い求める....

黒澤明の初期の作品が4Kでブラッシュアップされてスクリーンで
鑑賞出来るのは至福である。
もっとも、懐かしの名画座風でじいさんばあさんばかりだ。
何年ぶりだか記憶にもないし、細部は殆ど忘れている。
淡路恵子のデビュー作品だとは今更ながらに気がついた(^^)
まだ「戦後」だった東京は、貧しくてざわついて変な活気がある。
扇風機しかない夏なのですが、上着を手放さない倭人の律儀さ。
結構今となっては違和感ある描写があるが、白黒映画の映像美としては
かえって相応しく瑞々しい。


一連の日本映画の至宝とも言うべき黒沢映画群ですが、いつまで著作権が
継続するのかしら?また、権利者は誰かしら?
早くパブリックドメインになり、気軽に鑑賞出来るようになればいいなあ〜
と思う反面、リスペクトの観点から権利終結の時期を遅らせても....
とかなんとか心は乱れる。


著作権法は難解でなかんずく映画に関しては複雑怪奇。
生半可な知識で取り扱えば、あの黒沢映画DVDの廉価版の
販売差し止め事件のような事になる。

まず映画の著作物の著作者は単純ではない。
条文を抜粋すれば「演出、撮影、美術等を担当して
その映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者」だとされる。
従って「監督」である場合もあり得るが、多くは「製作者」である。
つまり映画単位に創造のプロセスを吟味評価しないと
間違った解釈になる。
黒沢映画群に関してはナンチャッテ「黒沢天皇」ですから、
全体的形成に創作的に寄与したのは黒澤明氏だと東京地裁は
判断しています(但し正確には係争の対象だけ)
そして、黒澤明氏から映画製作会社が権利を法的に継承しているようです。

肝心の終結時期ですが、これが煩雑でしてねえ(^^)
またの機会にしますね。

2017年10月25日水曜日

集客営業でもやってみるか!






やっと届きました!
予定通りの「朝一番」
終演予定が18時を越えますから、あとは何をしようか・・・(笑)

見る人が見れば、唸るような演目やらバックのプロ能楽師たち
なんと人間国宝が三人も登場しますねえ
能が今どき二番も(玉鬘と海士)
あとはずらりと舞囃子
豪華ですねえ・・・これもアベノミクス効果でしょうか?


毎度蝸牛庵風の講釈をしていますが・・・

能=オペラ(ミュージカル)です。
ギリシャ悲劇は我が身に降りかかる理不尽さを天に向かい訴えますが
こちらは、地に向かい嘆くってしつらえ。
亡霊鎮魂のひとり仮面劇。
謡って踊ってお芝居もあります
フルエントリーで素人さんが演じればそれは「能楽」
しかし、オペラでも部分的に切り出して演奏しますから・・・

舞囃子:バックコーラス・オーケストラ付きで謡って踊って
仕舞:舞囃子からオーケトラが外れます
素謡:バックコーラス付きの謡い
独吟:アカペラのソロ謡い

オーケストラといいましても弦五部はなくて管楽器と打楽器だけです
バックコーラスはフルバージョンだと八人、たいていは四五名

なんにしましても素人のためにプロが十重二十重に取り囲んでサポートしてくれるっていたせりつくせりの遊び事なのです。
今風なお手軽版だとカラオケ!をイメージすればいい。
逆に言えば「独吟」なんて素人が一人で頑張るわけですから、貫目が高い演じ方。
毎度は蝸牛庵の独壇場なんですが、たまには三歩ばかり控え折ろうってこと(笑)


場所は銀座の観世の本舞台ですから、普通じゃ上がらせてもらえない。
先日某演歌歌手が生まれて初めて能舞台で公演をやったらしいが・・・
檜板は、渋谷の旧舞台から移転させたようです。
最近の舞台は台湾檜を舞台板にするようでして・・・これって固いのですよ。
やはり木曽の檜は座り心地がよさげってこと程度の講釈ができるのです。

プロの舞台はお値段がいささかお高いのですが、バックのプロ能楽師の顔ぶれで素人さんの発表会に
もぐりこむのが通ってもんです。
素人が演じる部分は居眠りなり耳栓なりで・・・プロの出番だけはばっちりと鑑賞する。
出入り自由ですから、お好きな演目だけでもご覧いただけますと幸いです。

なお、蝸牛庵はたいして出番がありませんが、朝いちばん(十時)って
まずお客さんがいなくてさみしいのですよ・・・半時間程度ですから「怖いもの見たさ」にお越しいただける幸いです。





2017年10月24日火曜日

Stanford prison experiment



例によって、マックスウェーバーを引用します。

----

近代国家とは「物理的暴力行使の独占を要求する共同体」である。
従い国家を差配する政治とは「権力の分け前にあずかり、
権力の配分関係に影響を及ぼそうとする努力であり」
政治家は、その暴力的権能を振りかざすことが許される。
かかるが故に、政治家に必要な資質とは「情熱、判断力、責任感」である
と言う有名なテーゼが導かれる。

----


七十年代初めのこと
スタンフォード大学で悪名高い監獄実験が行われた。
普通の学生に看守役と囚人役をあてがい、刑務所の模擬日常が演じられたが......
かくもおぞましい結果となったかは....
映像化もされましたし、
実験レポートは「ルシフェルエフェクト」という思わせ振りなタイトルで
出版もされている。

超意訳をすれば「役割はかくも人格を変える」に尽きる。
看守の制服、長靴、グラサン、警棒は羊を狼に変えるし、
服従に馴染めば狼も羊になる。
その支配被支配空間が濃密になるほど関係は暴力的になる。


良い意味でも悪い意味でも確かに肩書が人格を作るのだ。
座布団バッジをまとえば偉くなった(実際に偉いのです)と身の丈以上に
錯覚されると困る。
武運つたなく敗軍の将の弁
しおらしさがいつまで続くのかねえ(^^)
挫折がヒトザルを研磨するのはその通りだが、
偉そうに権力を振るうようになれば胡散霧消する事もまた確か。

勝って兜の緒を締める様だって素直を得心する程
お人好しでは無い。
そもそもだれもそうしないから警句として生き長らえているのだ。


出でよ!
三つの資質を持つ政治家

2017年10月23日月曜日

ヒトザルの惑星のあした






http://ueda8823khj.blogspot.jp/2014/07/blog-post_2309.html?m=1


相当前のエセーですが「世代交代」がテーマ。
この映画なんか全く記憶から消えていた。
その程度だった(おカネかけて意欲満々でも愚作は駄作)

しかし、こちらのシリーズは、リメイク、リブートとしぶとく半世紀にわたりスクリーンを騒がす。
原作者はフランス人
仏印インドシナでの黄色人種からの屈辱的な仕打が執筆の動機だと
聞き及んでいるがどうも疑わしい。
まことしやかに言われ続けるのは「白色至上主義」が通奏低音のように
奏でられるからだ。
他方で、黄色人種はと言えば「家畜人ヤフー」ですから、
何をか言わんや(作者不詳ですが日本人以外の説はない)


映画版は九作品
いまの封切り作品が第1作にリンクするような作り方ですから、
打ち止めと言いたいらしい。
最初のエンディングの衝撃波は歴史的だった。
いまでもエンディングの傑作ランキングをやれば上位に入る。


エイプがホモサピエンスにとってかわるとは思い難いが、
白人が頂点に立てなくなる恐怖めいた事のメタファーとして
このシリーズは打ち止めにはならないのだろうなあ。