2026年2月17日火曜日

クライム101

 




タイトルに予備知識がなくて、、、数字は国道◯◯号みたいなもの。横断道路は偶数、縦断道路は奇数らしい。
かつて「ルート66」という大人気なテレビドラマがあったし、101(ワシントン州からカリフォルニア州までの国道)なるテレビドラマ同じように喝采を浴びたことがある(日本では放送されなかった)

けだしアメリカンはクルマ社会だという事。


アタシはあろう事か、ワンちゃんが百一匹なんてことに条件反射(^^)


多少冗漫なクライムサスペンスですが、実力俳優を揃え込み入ったプロットでが、ストーリーが破綻した訳でもない。

原作者は犯罪小説の大家です。

カバー写真の俳優さん達は、立場はそれぞれ違うのですが、故あって一千万ドル強の宝石の強奪に絡み合うのです。

以外に、モニカバルバラ(あのトップガンのフェニックス)も然るべき役割で登場するのですが、犯罪とは無縁ですから、可哀想にポスターからは割愛されました。



予定調和的なエンディング

それぞれに相応しい「報酬」をえたようです。

しかし、獲物は「ラフカットダイヤ」

取り扱う宝石商は限定的なはずだから、換金するのは大変じゃないかなあ

2026年2月16日月曜日

忘れられたい

 



ヒトザルの歴史は権利の種類の膨張と義務の喪失らしい。

新しい権利の類型は「忘れられる権利」とやらまで生んでしまい、欧州発のエキセントリックな思想だけがスタンダードになるのは如何なものか?
誰が焚きつけたのか、つまらんと言えば物議をかますし、本人の気持ちも分からんでもないが、、、訴訟提起を行い最高裁まで。
最終的に敗訴し、騒がなければ余計な詮索をされずに済んだかも(事案としては、過去の児童買春の事実をネット空間から抹消して欲しい、、、というムシのいい要求)

控訴審では「忘れられる権利」は権利とまでは言えないと断じましたが、最高裁はその点については口をつぐんだ、、、というか「プライバシー保護と表現の自由」の利益均衡判断を行うという通念的な立場に立ったということ(平成の終わり頃の判決)


アタシなら「忘れさせる義務」を判決要旨の傍論で本論以上にチカラ入れて書きます(^^)

ビジネス文書管理に詳しいと当然の事と理解できるはずですが、文書作成責任の最後は「廃棄責任」である。言い換えれば「廃棄基準の明示」
議論すべきは、新しい権利の類型を認める事でなく、サイバー空間の整理整頓の義務なり廃棄のルール作りである。

理屈は簡単で(不特定多数なのでシンプルにつくるしかない)

1)サイト運営事業者は格納或いは掲示される情報の合理的な保存年限を使用許諾同意条項に定める
2)利用者はデフォルトの保存期間に関わらず合理的な期間に限り延長または短縮できる。
3)延長回数に制限を設ける

言ってみればサンセット法だということ。
情報武装化も一定の水準になれば情報の削除にまで視野が及ぶとされますから、斯様な議論が出来るようになれば多少は進歩したという証です。

2026年2月14日土曜日

闇堕ちした守護神

 




普通は、ヒマワリのバッジをつけた専門家の事を言います。
ジンケンハと似たところがあり・・・依頼人の利益を守るためにはなんでもありな職業モラルは同じだし、その手練手管の非常識なまでのあざとさも似てます。

刑務所に行かずに済むあるいははやく出してくれるように汗かいてくれるコンサルタントは有難いだろうが、もっと重要なのは「カネメ」だ 


いつまで国税庁はお目こぼしをするつもりかね?
徴税権力の怖さは一般的には無類なんですが、何故か893、同和、宗教法人には甘い(らしい)
893税務って、一風変わった建てつけ・・・と言うか元来網掛けをするつもりも無かったようです。

任意団体の扱いですから、特段課税対象となる収益事業を行なっていないことになっている。
実際はあるはずだが、CODですから極めて補足が難しい・・・と言うのが行政の言い訳(実際は報復を恐れているだけとも言われますが)
法人登記が出来なくとも、法人格なき社団法人ですから、子供会やPTAみたいに会費を集めることはあってもいい。上納金と言えば分かりやすいが趣旨は運営経費だから、収入ではないとされる。
どんな組織でもおこずかい帳くらいはあるだろうから、克明に調べれば、親分の収入であり、豪邸、高級車なんかに化けているのは明白で課税回避していることはすぐにわかるはずだが・・・・上記のような事になる。

昨今は、多少腕力を振るい出したから、ソロソロ守護神は「会計士」にバトンタッチかも知れない。
昨今は、どうしようもないハコ企業に無限定の監査証明を出す事を生業とするCPAまでがいます。

闇堕ちした専門家ほど手に負えないものはない。


注記

CPA資格者は自動的に税理士業務資格を付与されたが、最近ルール改正があり、一定の研修を受講する必要がある。受講する以上終了試験もあるが、難易度まではわかりません

テロリズム

 



フランス革命のジャコバン党による「恐怖政治」に由来する「テロリズム」

--
政治上その他の主義主張に基づき、
国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で
人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。
--

特定秘密保護法第12条記載のテロリズムの定義はこうなっている(他に定義らしい条文は見当たらない)

誤解しやすい法律用語である「又は・若しくは」が何度も使われていますが、その違いをサルでもわかるように説明・・・ってこれは難しい

単純に言えば「大きくくくるか、小さくくくるか」の違いであり、数式で言えば、中括弧{ }が「又は」であり、小括弧( )が「若しくは」である。

複雑な説明が必要ならば以下の通り(意味不明なままの引用だから読み飛ばしてください)

選択的に並列される事柄がお互いに単層的かつ並列的な関係に立つ場合は「又は」
選択的接続が二層構造となっている場合
含まれる側の接続に「若しくは」を使用し、含む側の接続「又は」を使用する。


以上の知見を元に「テロリズム」を解釈すれば・・・

まず一定の「背景」が必要です。それが無ければ単なる刑法犯罪
そして「目的」があり、ここの部分の解釈がキモ
「A若しくはB 又は C若しくはD」という構造ですから、テロリズムの目的は大きく言えば「ふたつ」あるってこと。

1)自分の主義主張を意に反してでも服從させること
2)社会不安あるいは恐怖心を醸成すること

その目的実現のための「二種類の活動」を行います。

1)殺傷すること
2)物を破壊すること

言ってみれば、殺人、傷害、器物破損(含む放火)・・・多くの刑法上の重犯罪が該当しますが、
単なる刑法犯として処罰されるか社会的にもテロリストとして断罪されるかは、この定義の該当性如何ということになります。
接続詞の使い方を誤解して解釈なんかしちゃうと・・・・それって広義の「冤罪」ですよね。



さる一月に一審判決。被告側(被告自身よりも被告代理人の思惑かも?)が量刑不当を理由に二月始めに控訴。

一審判断には特段のコメントはなく、社会的な反応にゲンナリしただけ(況やコンスピラシーには与しない)


苟もひと一人が殺された訳であり、一般的に哀悼の念があって然るべきだ。冷やかに対応するのはひとの道に反するし、たまたまの地位や職歴に鑑みて「テロルの犠牲者」のように悲劇仕立てな殉教者に擬するのもいかがなものか。政治家の不慮の死は全てテロリズムの結果ではないし、戦前の宰相殺傷事件や浅沼社会党委員長刺殺事件とは一線を画します。


2026年2月13日金曜日

東風吹かば

 



おもひおこす、、、のが梅の花と長らく間違って覚えていたのは赤面の至り。
和歌集により多少の異同はあるが「匂いおこす」ものらしい。
京の都から薫風が吹けば、都の旧宅の梅の花よ
幽閉された西方まで香りを運んでおくれって、、、切なくて和歌らしい。
でも「思い起こす」のも悪くはないが、、、
まあ、過ちはそそくさと改めて、枕はこれくらい。


謡曲「老松」の舞台は太宰府。

ここに紅梅殿なる御神木登場
飛梅伝説に名高い梅の古木って触れこみなんだが
太宰府には白梅も紅梅も入り乱れているが、飛梅は「白梅」のはずだ。

太宰府の飛梅は樹齢千年らしいが、この手の話は大抵サバ読み

道真公の頃は中華趣味で梅は紅であったことは確実だし、清少納言だって「濃きも薄きも紅梅」とかいてますし、源氏に登場する柏木の弟も、紅梅大臣

王朝美学は紅梅に限る

かかるが故に、、、この謡曲の出来た室町期は紅梅であった可能性がたかい。
しかし、江戸時代には王朝美学も忘れ去られ、誰がが和趣味の白梅にすり替えたのでしょうが、迷惑なことをしたものです。

2026年2月12日木曜日

ブルーミングナイトウォーキング

 


うめ狩(さくら狩やもみじ狩あるんだから、この言葉だって)、、、あるにはあるが趣旨がちがうし、昨今は、さくら狩とは言わずに花見という。もみじ狩だけしぶとく生き残り、さすがにもみじ見やうめ見は聞き及ばない。


以下は、彬子女王殿下のエセーを眺め読みながら(というと不敬だが)の戯言です。


花見とさくら狩は似て非なるもの。

人工的なアトラクションらしい桜木群の花を愉しむのが花見であり、奥山を踏み分けた先の自生さくらに遭遇するのがさくら狩。

したがって、もみじ林は無くはないが(修善寺にはあります)稀であり、言葉としてはもみじ狩りが定着している。


一方で、うめ狩というと、いちご狩りみたいにお目当ては花でなく実。苺や蜜柑はテイクアウトもイートインも出来ますが、梅はねえ、、、、(^^)

それに、なんといっても、梅は「薫」

あちこちの梅林では、ブルーミングナイトウォークが楽しめるようですが、過分なライトアップが煩わしい。暗闇のなかの芳しい梅香を愛でるのが王朝美學。


躬恒作。

古今集収録和歌が有名だが、その別バージョン

アタシはこっちが好き

花より団子、、、じゃなくて薫りだって




月夜には

それとも見えず梅の花

色こそ見えね香やは隠るる




2026年2月11日水曜日

ロボット

 



ロボット掃除機の世界もメイドインチャイナが席巻。安かろう悪かろうって気もするが、他に選択肢がなく、アマゾンで見繕った。


なんせ、寒村陋屋は和風で無駄にだだっ広くて調度は最低限しか置いてませんから、水拭き機能のないロボット掃除機が大活躍します。

乾拭き機能があればいいのだが、、、これは断念せざるを得ない


しかし、、、昨今の家電品はインターネットオブエブリシングだ!

情報通信環境がないと話にならない。苦心惨憺の末、、、とまではいかず比較的スイスイと設定完了。


とりあえず、機嫌良く働いてくれてます。

これが、ニ代目なんですが、劇的に安くてスマートになりましたが、、、スマホの環境下での作動

またまた、同じ籠のなかに卵を入れてしまう結果になってしまった(^^)



2026年2月10日火曜日

へそ曲がりなランキング

 







選者と選考システムで多様に変動するのが採点競技。年間映画ベストテンもまた然り。

だから、あれこれ結果を論評してもしょうがないが、、、

元来がヒネコビタ「映画芸術」なる傾向的な専門誌のランキングが物議の的。かなり的外れな批難なんですから、その辺りを(^^)


批難の矛先は「国宝」が無視された事。

でも、アタシの極私的ベストテンでもシカトしてますし、別に「興行成績ベストテン」を選んでいる訳じゃない。アタシだって、ワーストテンの作品群の方をたくさんみています。


このベストテンの選考システムはユニークで、ベストテンとワーストテンの得票差で決まるある種の「オストラシズム」を採用しています。

タレントの人気ランキングと不人気ランキングが似たような結果になる事はよく知られていますから、

旅の日々(キネ旬のベストワン)

宝島

なんかは、両方に顔を出し、、、ある意味で「秀作」の証明(宝島は未見です)とも言えます。


このベストテンが一番不味いのは、編集者の荒井氏の作品が過去二回ベストワンとなったこと。

明らかな利益相反だとおもうのだが、そんな批判は誰もしない。

そもそも映画賞の選考って、仲間内のお遊びだって事で、メクジラを立てるような代物ではない。

歴史に残るような作品を選んでいる訳でもなく、オールタイムベストな作品のある部分は、アカデミー賞にかすりもしない。



2026年2月9日月曜日

勝負の決着

 


あの年のNFLのスーパーボウルは稀に見る劇的な試合だった。

もっとも4Q前半までは凡庸で、アトランタのワンサイドゲームが、何がどうなったのか?残り三分のウルトラマン(笑)
TDに2Pコンバージョンを連発し、タイムアップ寸前に同点、OTとなった。
過去半世紀の歴史に例がなく、なんとも珍妙なルールが初めて適用されたらしい。


延長戦の決着方法は優れて文化人類学的である。
良き時代のラグビーは「ノーサイド」の思想があり、引き分けしかない(もっとも試合が引き分けでも、トーナメントを勝ち上がるチームは籤引きで決まる)
一方で、決着がつくまで無制限という考え方もある。
基本はどちらかしかないが、スポーツの取り巻く環境変化(スポンサーの都合)から、短時間に勝負をつける方法が大勢を占めてきた。

さて優れて戦略的でショーアップされたNFLのオーバータイムルールは、実に面白い。
細部がよく分からないのですが、得点差とサドンデスの併用みたい。


最初のオフェンスでTDが決まれば勝負あり(たいていはパントに終わりますから守備側の攻撃権も担保されます)
FG或いは無得点ならば、攻守交代。
守備側の攻撃でTDなら文句なく勝ち(0対6あるいは3対6で勝ちです)
FGに対してFGならば同点ですから再度攻守交代
無得点に対してはFGで勝ちだが、無得点なら再々度攻守交代
15分たっても決着がつかなければエンドが代わり・・・


決着は必ずつける
しかし、あまり時間はかけない
どうせなら「劇的」な得点で!


なんともアメリカンらしい発想です
因みに、史上初のスーパーボウルのOTは、四分足らずのランによるTDで決まりました。

籤引き

 籤に未来なり運命を委ねるという事は、、、

偶然という科学的にいえば確率あるいは思考停止におちいるという事だが、いまひとつは、神慮に任せるという事だ。

神仏(超自然現象)を信じないのであれば、偶然を期待するような真似は理性的であるべき近代人のやるべき事ではない。

宗教心の程度はともかくも、ある程度不可知な存在や科学で証明可能で無いものを信じているならば、人智以上である神意にすがるのは間違いとも言い切れないのだ。


よう分からん候補者から訳の分からん政見を聴いて選ぶよりも「神意」にまかすって選挙方法だってありえます。全員を籤引きとはあんまりですがね、、、





アタシって籤運が悪くって、、、、と嘆くならば、先ずもって神意の尋ね方が間違っている

根拠なり結果を保証するものではないが、正しいとされるやり方を教えましょう。

何事も礼法は大事。


....

神意を問いたい当事者以外の複数人の立ち会いが必要である。

立会人Aが籤をつくり続飯(米粒からつくる糊)で封印をする。

次に立会人Bがそれらの籤を封緘する。西洋ならばシーリングワックスで蝋印するんだろうが、倭国ならば花押が良い

さらに立会人Cが神意を問うに相応しい神社の神前に出向き籤を並べて、、、なんか願文のようなものを唱え、籤をひとつだけ持ち帰る。

最後に一同立ち会いの上で、開封

.....


これがバカバカしいと思うならば、籤なんかやめることだ。



実は足利義教は籤引で室町幕府の六代目将軍に就任したが、その際の手順が上記。

この時は武家の棟梁を決めるに相応しい石清水八幡宮に出向いた。

世間では「籤将軍」と揶揄する向きもあったが(公職選挙法でも、最後の最後は抽選で当選を決める)本人は王権神授の将軍職と豪語し、万人恐怖の天魔王として君臨した。信長って義教の二番煎じのようなもので、二人とも部下の叛逆で横死した。

事績は二人とも似たようなものだが、どういう訳だが業績的には凌駕する筈の義教の評判は悪い。

しかし、評判の悪さは本人の不徳であり、神慮ではなかろう。




2026年2月8日日曜日

一騎紅塵妃子笑 無人知是荔枝来

 


唐代の詩人杜牧の有名な詩句だそうです(AIのいうほども有名かどうかは、、、?)
しかし、かの美姫が大好物だった事は知っている。



遥か長安から千数百キロの嶺南より紅塵を巻き上げ騎馬一頭が駆け上って来るのが見える

高楼から眺める楊貴妃は婉然と微笑む

一房の荔枝が運ばれて来る事を、民草は知らない、、、(のは大嘘!)



中華の皇帝の贅沢や浪費は度外れており、そのツケは全て民衆が支払うことになっている(ひと籠の果実の輸送にどんだけの費用がかかったのだ!)

好物が首尾よく届かないと、、、物流担当者の明日はない。なんせクール宅急便のない時代ですから上手くやり遂げれば栄達が待っているかもしれないハイリスクミドルリターンなミッション。


反日嫌日のカケラもないエンタメ。

善男善女で週末の小屋は満員札止は慶賀の至り

中共製にしては健全な娯楽映画ですが、

時代は、、、


ペルシャ系のデブオンナにおぼれた皇帝

楊国忠みたいな外戚の専横

安禄山みたいな節度使(軍閥)の跋扈

宦官の暗躍


な有様ですから、真面目にはやってられないって、権力批判が透けて見えます(この程度なら適度のガス抜きって判断なんでしょう)



2026年2月7日土曜日

明日は総選挙投票日

 




早稲田の橋本先生の著作(講談社現代新書)を読む。多岐な統計データの解釈(解説)本であり、アタシがかいつまんでサミングアップしてみてもいいのですが、、、気が滅入る内容ですから、お手軽に要約ポイントを




要点3の後段について論ずれば選挙運動紛いだし、リベラル派が真剣に汗をかいてきたならば、こんな惨状にはならなかったかも、、、、



世の中には必ず「ブルジョアとプロレタリア」が存在するし、どちらも必要な機能だ。
資本家だけ労働者だけでは世界は回らない。
問題は、世代間階級移動がそれなりに行われているかどうかである。それなりには行われてきたが、高度成長期終焉以降その移動が停滞し、階級の固定化が顕著だと著者はいいます。だから、若い世代はそれを皮膚感覚で感じ取り「親ガチャ」と諦観と卑下感をもって共感するのです。

バブル全盛期、フリーターと称する新しいワークスタイルを「手放しで」持ち上げた連中はその罪万死に値する。自由な働き方とは不安定な働き方であり、労働組合も労働法制もろくに守ってくれず、悲惨な労働条件に甘んじざるを得ない。結婚も出来ない子供も持てないとは生存の再生産すら許されない存在だと、、、これはマルクス・エンゲルスすら想像出来なかった事であり、それがアンダークラスとして無視出来ない規模となっている(更にそのアンダーにガストアルバイターが二百万人?もいます)

政治はアンダークラスを支援してるとは思い難い。少なくとも彼らの政治参加度は各階層で一番低いのだから、政治を見捨てた有権者に政治は冷たいことからして容易に想像できます。

それを「無慈悲」という勿れ。権利の上で惰眠を貪る者は保護されないのは、ローマ法以来のプリンシプル。

憲法をどうするか?防衛政策の有り様は?、、なんてはなしは甲論乙駁。口角泡を飛ばして議論すればいいが、格差の固定化が持続可能な社会にとって良いわけがない事には論をまたない、、、筈だが
難儀な事に、昨今は「新自由主義的右翼」が跋扈し
自己責任論を振りかざし、それを甘やかす一定勢力がいるから始末に負えない。
日本の背骨とは「マスとしての健全な中産階級」であったという歴史的事実すら忘れてしまったのか

案外、新自由主義的右翼はアンダークラスは生存再生産が出来ないのだから、早晩消えてなくなりその穴はガストアルバイターで埋めればいいとでも楽観視しているなら、とんでもないはなしだ。
彼らは排外主義者でもあるから、排外主義が跳梁すれば、ガストアルバイターは他の国に行く。
国際的な「資源」の争奪には人材も含まれます。
高い頭脳の留学生を好条件で釣り上げる事を悪いとまでは言わないが、下層の3K職種の担い手だって居なくていい訳じゃない。
それをアンダークラス以下に搾取したりすればソリャ犯罪にだって走るし、そもそもロクな人財が来るわけがない。



総選挙となり、さまざまな「投票行動支援アプリ」ですが、シカトしてる訳ではないが「格差社会」を争点のセンターに据えてるものは見た事がない。群盲像を撫ぜるような視点では、夜明けはまだまだ先だ。

2026年2月6日金曜日

マイケルジャクソン

 



ウィークリーで同じテーマの惰日記は、さすがにネタも尽きる。ネタはないではないが、品位格式やら自己満足を棄損してまで、、、


ハーフタイムショーの話題はパス。

なんせ知らない著名アーティストばかり。ギャラなしだから、コガネに困っていない方々しか来ないのかも。


最初に今風のハーフタイムショーに登場したのは、かの93年のマイケルジャクソンらしい。

ギャラが出ないなら出演しないと断ったとか、全世界の駐留軍にオンエアーされるってきいたから気持ちが奮い立ったとか、、、ともあれタダでいいと言ってしまったそうで、それが慣例となった

アメリカンの年に一度のドリームステージに「ギャラ出せよ!」は無粋って、セレブの寄付精神旺盛なお国柄らしい。


アタシなら、、、現金1ドルの出演料でいい

但し、その紙幣裏面に「ハーフタイムショー出演料」ってコミッショナーが公式明記してほしい。

そして、、、、然るべき時にチャリティーオークションに出すわ。



まことに残念だが、、、そんな事が現実に起きるわけはない(^^)


....余談


この年は、ダラスがバッファローを粉砕したが、記憶に残るのは、試合よりもハーフタイムショー。

なんせ、視聴率は試合以上だったとか、、、確かに素晴らしいショーだ

でも、改めてYouTubeで観ると、素晴らしさと同時に彼の性癖を知ってしまった以上なんとも、、、オゾマシイ感じも

2026年2月5日木曜日

スーパーボウルウィーク(4)

 



総選挙にシラケテルってありありだが、そもそも「紅旗征戎我が事にあらず」なんですよ。

スーパーボウルネタが切れたら別だが、、、おおかたの予想通り「選挙対策集票野合連合」は失速?

しかし、事前予想も混迷しており、結果は下駄を履くまでどころか



スーパーボウルは最初からローマ数字で回数表示を行い、伝統と権威を誇示します。

例外は第50回だけだそうですが、理由がいまいち得心できるものではない。


数記法はさまざまだが、一般的には「アラビア数字」を使いますし、我々は漢数字にも慣れている。

しかし、百千万億京垓、、、果ては不可思議、無量大数

こんな超絶単位になんの意味がある。


ローマ数字は義務教育で教えてもらったが、精々20までかなあ?

だから、LXが60なんて読めっこないし、アメリカンの標準的な知能もまた然り(に違いない)

ある意味、フランス語のケッタイな数え方は論外だが、ローマ数字では、π   は表現出来ない(漢数字もそうだが)



既に最高のプロスポーツとして定着したんだから、そろそろアラビア数字にしてもいいじゃないの。


2026年2月4日水曜日

スーパーボウルウィーク(3)

 



ビッグイベントには、国歌斉唱が付きもの。

スーパーボウル史上の最高のパフォーマンスは、湾岸戦争時のホイットニーヒューストンと言うのが定説。

時期も時期だし、国歌の内容にも鑑みて、、、アメリカンフットボールという荒々しいスポーツに一番フィットしたんでしょう。

歌唱だけなら、アタシはジェニファーハドソン版が一押し。



加えて、フライオーバー(歌い終わるタイミングドンピシャで軍用機がスタジアムの上空を滑走する。けだし、国威の高揚ここに極まれり!)がより闘争心を掻き立てる。

聞き及ぶに、秒単位の精密な軍事的ロジスティックオペレーションの成果の賜物という事であり、決して雑技余興ではないそうです。

ブルーインパルスみたいな専門チームではなく、アドホックに機種や要員が編成されますから、かなり大変な作戦です。それをやってのける軍事ノウハウは、、、やっぱり凄い!



しかし、、、アタシが知る限り最高のフライオーバーは


マンデラの時代、フランソワピナールが率いるスプリングボックスはWCRで最高の優勝を果たしたのですが、その時のイベント


YouTubeのリンクが貼れません

映画「インビクタス・フライオーバー」で探してください(多分史実ではなくフィクションだと)




2026年2月3日火曜日

スーパーボウルウィーク(2)

 



対戦は、、、


ボストンのペイトリオッツ
シアトルのシーホークス


分かりやすい東西対決

いずれもポストシーズンの第一あるいは第二シードですから、順当に勝ち上がった。
順当とは有利の代名詞であり、ホームで試合が出来たり、第一試合がシードされたりとか、、、
逆に言えば、ワイルドカードから勝ち上がるってかなり大変だということ。

過去59回のスーパーボウルに出場したチーム総数は、延べ118チーム(の筈)
その中でワイルドカード組の優勝は11チームしかいない。


ポストシーズンに出場できるのは、地区優勝4チームとワイルドカード3チーム(2チームの時代もありました)

つまり、ワイルドカードチームにとっては、スーパーボウルはかなり狭き門だってよく分かります


実に面白いが、てっぺんに辿り着いた11チームの内7チームはスーパーボウルを制覇!

下克上のモメンタムってあるんですよ。


最近の最後の下克上は、数年前のタンパベイ。

ボストンから移籍したブレイディの有終の美


北平プロスポーツに限らず、多くの大会てワイルドカードシステムは導入されていますが、かなりな批判もある。各カンファレンス毎に3チームもポストシーズンに参戦するのは、いささか多過ぎるって、、、アタシもそう思います。


NPBのクライマックスシリーズもワイルドカードシステムの亜流だが、6チーム2リーグの規模で無理矢理やらなくても、、、ペナントレース負け越しでも、リーグ順位三位なら資格ありって、実にケッタイ


敗者復活の視点が悪いとは言わないが、興行の観点が強く出過ぎるのは如何なものか






2026年2月2日月曜日

スーパーボウルウィーク(1)

 



今年は二月九日(日本時間)に開催され、60回の記念大会(といっても還暦を祝う習慣がないから記念イベントはない筈)
15分クォーター制ながら、放映時間は三時間強、、、つまり、たっぷりCM放映で稼ぐ余地があるのです。

毎年50本余りが流され、、、CM枠の代金は30秒で800万ドル!
これに製作費やら出演者のギャラやら、、、なんとも試合以上な「ドリームタイム」

日本ではテレビ放映が途絶えて久しく、、、復活の気配もないし、楽しいCMは全てカットされます。
見たければ、YouTubeで観ることは出来ますが、、、ハードルが高い。

・知らない商品のコマーシャル
・出演者が有名ムービースターならわかるが、そうでない方も
・プロットには、往年の映画の名シーンなんかのオマージュが使われますが、知っていればニヤリなんだが





この年一月革新的なマッキントッシュコンピュータを世を問い、それに同期をとってのCMのオンエア

オーウェルの「1984年」なる傑作小説は盛名の割に読んだ人が少ない(英国ですら)と言われており、アメリカンがCMの作品意図を理解したかどうか極めて疑問、、、案の定初代マッキントッシュは余り売れなかったらしいが、ジョブスのことだから意に介さなかったにちがいない。


2026年2月1日日曜日

いまははるべと、、、

 




難波津(なにわづ)に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花


引き籠もりな冬が過ぎて、はな咲く春になったなあ・・って。リフレインの効きが実に素晴らしい気分の良くなる和歌


いまさら余計な注釈ですが「この花」は梅の花です。
花=桜って後世の話し
平安初期までは中華の影響もあって、花=梅(あるいは桃)
当然に冬が過ぎれば、最初に咲くのは桜じゃなくて梅に決まっている。
桃と桜の順番は・・・まあ色々あるが、人為的短命さにかけては桃に軍配があがる。
その一方で桃は艶麗無比という形容詞が実によく似合う。

大阪市には、此花(このはな)区と浪速(なにわ)区がありますが、
命名の謂れは当然にこの歌に違いない。
此花区には、

咲くやこの花高校
梅香中学校

なんて「歌尽くし」で教養の豊かが垣間見えます。
此花区って言えば、なんとなく下流イメージがあるが、それは思う方に知識がないからだ(笑)

多少の教養があれば、カジノなんか辞めろとまでは言わないが、夢洲には広大な梅林苑の中に数寄屋造の賭場をつくる方が百年の計にかなう

2026年1月31日土曜日

固形降水現象

 



冬の風景として、いずれが勝れる?

事更に優劣をことあげするものではないが、雰囲気として、霰が好きだ。


AIの講釈だと、、、

いずれも雲から降る固形降水現象ながら、その状態とサイズで区別される。

その通りで間違いはないようだが、即物的で情感が著しく欠如している。果たしてAIが恋の和歌なんか作れるものか?いや、つくれるだろうが読み手のこころに染み入るかなあ?

事実AIの和歌の解釈は、アタシの理解と真逆だ


名題の和歌は、訶花和歌集収録の和泉式部の作品

ある歌人によれば「雪」ならば情趣が深くなりすぎるし「霙」だと湿度が高くなり過ぎる。「霰」のようなある意味カラッとした情景を醸し出すのが、名手の腕だと


冬の暁月ころ

今宵も待ちぼうけみたい

竹の葉を打つあられを枕に寝ちゃうかなっておもうんだけど、一人っきりだからあのリズム感で目が冴えちゃうじゃない


かの和泉式部をすっぽかすとは度胸のあるオトコだなあって微苦笑しますが、代わりは幾らでもいるんだからって、彼女はサバサバあっけらかん(AIの解釈では、悲嘆の涙だとさ)

2026年1月30日金曜日

良き字をつけよ

 



丸谷才一さんが書いておられましたが、多分に誰かの受け売りで本人の新発見かどうかは、、、


曰く、、、お騒がせな主上には「尊」のお名前!
例えば、順不同ながら

後醍醐帝 尊治

後鳥羽院 尊成

そして親の因果で、、、流罪の憂き目な

順徳帝 守成

仲恭帝 懐成 にも「仁」はなし。


天皇家伝統の「仁」は清和天皇の頃に始まる定番なのですが、どこにでもへそ曲がりはいるのです

天皇家はみんながみんな「仁」を受け継いできたわけではないのだ。

かつては避諱なる慣習があり「仁」なんぞを子供の名前につけるなんて不敬の極みと言われました。

家鋪高仁

ふつうは「やしきたかじん」、、、と呼ばれていますが当時裕福だったらしい父親が然るべき方に命名を頼んだら、、、こんな不敬なことはない!と激怒し、戸籍上は「タカヒトでなくてタカジ」になっているそうです。

2026年1月29日木曜日

三つの鑑(鏡)

 



鑑....とは、昨今は鏡の字が使われますが、原典は鑑であり、こちらの方が居住まいをただしたくなる。


漢文を横書されると、素直にアタマに入らないが....

唐書、魏徴傳


徴薨、帝後臨朝歎曰、

以銅爲鑑、可正衣冠

以古爲鑑、可知興替

以人爲鑑、可知得失

朕常寶此三鑑

内防己過 今魏徴逝 一鑑亡矣



唐帝国の太宗皇帝(李世民)とそのベストアンドブライテストとの言行録が貞観政要。
必携の帝王学書と言われるが、普通にビジネスリーダーシップのハウツウ本。
かなりお手軽だからさらにその解説版までを必要とはしないが、結構書店に出回っています。

お手軽に得られる知識は所詮はその程度。


冒頭の一文は、皇帝の首席補佐官とも言うべき魏徴が亡くなり、それを述懐した太宗の嘆き節。
ボスにかように言わしめれば部下としてこれに尽きるものはない。

平明にいうと.....ヒトザルには大切な鑑が三つある。

我が身を写す姿見
歴史の移り変わりを述する史書
言動の範たる側近や友人

朕はその大事な鑑のひとつを失ってしまった...

確かになあ
服装の乱れはこころの乱れだし、顔付きに怒りや憂いが有れば臣下や民草は不安になる。

歴史に学ばす経験にしか...とはよくある話だが、
歴史に学ばないと経験すら活かせない。

最後は言わずもがな。


皇帝(リーダー)にはさしたる才能は要らない。

ただ佞臣を遠ざけて耳の痛いことしか言わないヒトザルを周囲に集める事

あとは後継者の目利きかな。

2026年1月28日水曜日

オスカーレース2025

 



とりあえず作品賞を中心に、、、、

最大枠の10本が選ばれましたが、期待の向きに虚しく邦画は全滅。冷静に見れば当然かも


ノミネート作品のうち、四本しか観てません。

正確には観る機会を与えられなかったが、毎年のことだから腹も立たないし、まだマシな方。


観た中では、、、


F1

ワンバトルアフターなんとか


は、極私的なシーズンベストテンにランクインしています。

フランケンシュタインは、悪くないがホラー系はお好みではないし、罪人たちは、、、居眠りもせずに観たから、でも特異な作風だし、再現すれば評価かわるかもしれない。



邦画興行界絶賛の


国宝

鬼滅の刃、、、


いずれもハリウッド映画感からは評価されなかった。

国宝の主題は「芸道」だろう、、、でも、あれは芸道映画じゃない。

鬼滅の刃は、、、アニメでしか表現出来ない世界だが、アニメでなくても表現できる世界こそが高く評価できます。

シネコンはアニメ作品が席巻してますが、漫画原作ばかりで私の目からすればかなり危うい。

あの「この世界の片隅」のような作品ならば、見解を改めますが、、、




2026年1月27日火曜日

サラエボの花はどこ?

 




声高に拳を振りかざすだけが「意思表示」でない。
日本のスポーツメディアだと、絶対に口にしない事を殊更に書いてみよう。

別に今回のミラノコルチナの参加選手がなんらかのアクションをしろと教唆しているのではないし、そんじょそこらのアスリートがやろうものなら笑止か売名

五輪のフィギアで金メダルを三回取る事は偉業だし二回でも大変な事
この二連覇の女王が、カタリーナビット
オリンピックでは、サラエボとカルガリーで金メダルを勝ち取り.....ヨーロッパ選手権では、勝っていない年の方が少ない。
しかし、彼女の最高のパフォーマンスは、突如出場したその六年後のリレハンメルのフリーの演技


この年の女子フィギアの三人のメダリストっていったい誰だい?
覚えているのは、ケリーマリガンとトーニャハーディングの痴話喧嘩みたいな確執くらいで、のちに映画素材にもなった。

カタリーナビットはメダルはおろか入賞にも届かなかったが、そんな事はどうでもいい。
初めてのオリンピックのサラエボが、戦火で蹂躙されたにも関わらず国際社会は無力。なかんづくIOCなんか興味すら持たない。
彼女一人が、銀盤の上でかの反戦歌に乗せて世界にアッピールしたのです。

だっから、、、声を大して、サイレントマイノリティは、記録より記憶!!


2026年1月26日月曜日

小屋(5)

 


大阪市西区に「九条」という場所がある。

一条から八条までがなくて、唐突に、、、(^^)

浪速のオッサンが、飛田や九条と口に言えば、、、まあ好きもの。


アタシも九条には脚繁くお邪魔しましたが、かなりシュールな小屋が目当てで、オッサン達と一緒にされるのは不本意だ


シネヌーヴォ九条


スクリーンが二つあり、あわせても百席に満たないが、映画愛の熱量は座席数とは無関係。

マニアックやカルトを超克したようなラインナップです。


アルジェの戦いの再映はここで観た

チリの戦いは睡魔と闘いながらの三時間

黒木和雄回顧展は、、、後年の左派系映画人が絶賛する作品は全てシカトし

祭りの準備

日本の悪霊

龍馬暗殺、、、、は、まじろぎもせず



この「彼女」は、清純と知性を売り物に「お嫁さんにしたい云々」とまで言われましたが、祭りの準備に出演した時は、結構キワドク(再見した際に景子さんだとやっと気づいた次第)



まあグラビアでブレイクした訳じゃないから、どうでもいいことです(^^)




2026年1月25日日曜日

パリの「桜田門」

 


オルフェーブル36(オルフェーブル河岸36番地)とは我々の馴染みでいうと桜田門、、、つまりパリ警視庁のこと

実際にお邪魔した事はありませんが、シテ島の真ん中にあるようです。

この無機的としか言い様のない映画タイトルですが、フランス映画にはままあるのです。センスある日本の映画人の手にかかれば(これもまたままあるのです)


あるいは裏切りという名の犬


パリ警察を舞台にする三部作の第一作目ですが、これが大評判になり三作まで製作された。二作目以降の評価は知らないし観てもいませんが、日本公開タイトルだけは、、、二番煎じ、三番煎じなんですよ。

やがて復讐という名の雨
いずれ絶望という名の闇

すこし笑えます(^^)

第一作は実に素晴らしいフレンチフィルムノワール、、、だとアタシは思います。


フィルムノワールって元来はフランスの映画評論家によるアメリカンの犯罪映画のあるジャンルの名称ですが、逆輸入の形でフランス映画にも形容されるようになった。
自由恋愛がお国柄ですが、オンナっけはあまりなくて、ホモチックな男の友情と裏切りや葛藤なりがムンムン。

この映画もそのセオリー通りですが、ギリシア悲劇的な古き良き時代の任侠映画を彷彿とさせます。

あまり話題にならなかったのは、まことにお気の毒。

けだし、記録には残らないが、記憶に残る無冠の名作。



2026年1月23日金曜日

満場一致

 



ユダヤ人と日本人(多分、山本七平さんの自作)のなかに「満場一致は無効決議」という本当にユダヤの慣習かどうか疑わしい記述があります。

一般的に「満場一致の誤謬」と言われるもので、委細はウィキなんかにアレコレ書いてますから再説はしないが、感覚的に「満場一致は胡散臭い」のですよ。


イチローさんの野球の殿堂入りが満票で無かったことに物議が、、、アメリカでの論調を正確には知らないが、同調圧力が激しく身贔屓もある日本国内では反対の一票を蛇蝎のように、、、でもアタシは異議を唱えるつもりはない。


このテーゼの意味をツラツラ考えるに、、、、
アメリカンの出来の良い陪審員裁判映画を思い出します。

全員がギルティの心象を持つが、あえて無罪を主張する陪審員がいる、、、、つまり決め打ちせずに先ずは議論すべきだ。新しい視点がみえてくるかも知れないし、成熟したデモクラシーとはそういうもの。


今回の事例に照らしても、満場一致でなかったが故に議論が巻き起こり、イチローさんの評価を更に高らしめることになったという事かな。


歴史的な傑作である「12人の怒れる男」も、そのリブート版ともいうべき「陪審員二番」も、状況的にはギルティと思われる被告の冤罪を晴らしていく。

しかし、リブート版はいささかオチが惨い(トリモナカズバウタレマイニ)