2026年1月11日日曜日

ドラッカーとマキャベリ

  



劣勢甚だしい組織のリーダーである西住まほが、戦車道で勝ち得たのは、別にドラッカーを愛読したわけではない。
変革力や、組織運営力は天性の部分が多く、教科書の知識だけで得られる事ではない。
当たり前のように振る舞える天分なり才能を後付け的に美しく説明してくれる程度の効能は否定しないが、それ以上ではないと思っている。


前田敦子版映画は大コケ。
製作スタッフたちは、ドラッカーからなにも学ばなかったのかしら?

所詮学ぶに値しないのか、ミズ商売にはむかないのか?
もっとも、版元は大ベストセラーをゲットした以上、二匹目のドジョウねらい。オリジナルも売らんとの魂胆らしく、今度は、、、、

イノベーションと企業家精神(ドラッカーの名著)

ヒロインは、相も変わらず野球部マネージャーという
どんな大根でも演じられる便利なキャラクター。お好みの素材ではないので、枕の話題としてはここまで。



どうせなら・・・

もしも、大洗女子学園戦車道隊長の西住ミホが、ドラッカー・・・じゃなくて


もしも、生徒会長の椅子を狙うクラス委員が、マキャベリの君主論を読んだら

企画としてはこちらの方がエレガントです。
ドラッカーが、五百年後も生き残るとはおもえないが、マキャベリの命脈は永遠。
生き長らえるとは、綺麗事を言わない事だ。

建前のお花畑の空論よりも、冷徹なリアリズムです。










よいこの君主論は、小学生の覇権争いがテーマですが、女子高を舞台にしても・・・・まあ絵にならないか(笑)
オンナは、権力のような形而上学相手には争うようには出来ていない。

2026年1月10日土曜日

ノンキャリの革命

 


史伝を読みながら、絶えず自戒する事

平時には波風に立たないやり方でもいいが、有事ともなれば・・・


明治維新は幕府の瓦解におわるのですが「瓦解」ではなくて「自壊」という方が正確な気がします。

権力とは倒されるものではなく「倒れる」もののようです。
自壊の理由は様々でしょうが、ハードウエアやソフトウェアの老朽化もありますが、まずもってヒューマンウエアの不全が大きい。
歴史を動かすのはヒトザルです。
それは人民なんて無名の大衆でなく無名の大衆の組織化に成功した一握りのノンキャリア(あるいは知識人)である。
マルキストは顔をしかめるだろうが、レーニンの革命組織論には、ハッキリ書いてます。

有事には学歴エリートに代表されるキャリアは役に立たない(少なくとも、、ことが多い)
幕末の有名人とか英傑の多くは下級武士やそれ以下の身分である。
ノンキャリや派遣身分で才あるものを伯楽が見出した例は数多。
榎本武揚は徒士目付の次男坊ですから幕臣とは言え御家人

勝海舟は祖父だか父だか忘れましたが、御家人株を買い取った似非幕臣
渋沢栄一に至っては百姓のせがれである。

薩長と幕府の決定的な違いがあるとすればこの点である。
幕府だって公称旗本八万騎

無論名馬がいなかったわけじゃないが、伯楽がいなかった。あるいは駄馬でもG1に出走させる様なシステムがなかった。

有事における人事システムとは、年次や兵学校での成績なんかに頓着しないのが当り前。日露戦争の際には児玉源太郎があえて格下の参謀総長に就任したりしていたのですが、太平洋戦争ともなれば、人事システムが硬直し米軍と比べて悪い意味で異彩をはなったそうな。


大政奉還を決意した慶喜は、反対する高級幕僚達に言い放ったそうな

其方達のうちに如何程の大久保・西郷・木戸がいるのか?

天唾って、これを言う。
居たんですが、抜擢登用して自由に働かせなかったのはいったいどこの誰だい?

2026年1月9日金曜日

Gift

 


某経済雑誌オンライン版を斜め見するに、、、まだこんな記事を掲載してるんだ🥱🥱  


曰く、、、才能か?努力か?なんて、二択問題にはなるはずはないんだが(^^)

そんなことは、韓愈(唐代中期のキャリア官僚にして大文人)の「雑説」で既に喝破していますし、エジソンだって、、、

インスピレーションは1%、残りは発汗


彼らの意味合いや力点の置き方は多少違いますが、努力しないと大成しないし、コーチングも重要だし、個々のヒトザルがもつ潜在的な優れた才能って実はよく分からないし潜在能力を見出し顕在化させるのは大変。そもそも才能が皆無だと流した汗は全て無駄。


しかし、この雑誌の記事にも取り柄が無いわけではなく、シタリ!って思うところも大


神童なんて雑技団の余興みたいなもの(とは書いてませんが、アタシの読み筋はそういう事)


音楽家が大成するには一万時間の基礎練習が必要らしく、ソリストとその辺の音楽教師では練習の蓄積がまったく違う。

でも、モーツァルトさまがおられじゃんか?!なんて反論があるだろうが、実は有力な反証がある。

彼は十歳になるかならない内に様々な楽曲を作曲したと言われるが、それらの曲には親父さんの手になるあるいは手が入っている。

同じ楽曲でも、いたいけない子供が作ったと言えばスポンサー受けするあざとい営業センスです。

彼のマトモな真作は、二十歳以降の作品に限られる。


一般的に天才的な子供さんってまず大成しない。

幼くしてカーネギーホールでのソロ演奏の喝采なんて、誰とは言わないが未来を保証せず大抵は「ただのソリスト」に落魄れる。


音楽に限ったことでもなく、シングルゴルファーになるには、ダンプ一台分の球を打て、、、も似たようなもの。

高偏差値な学校に一流のフィジカルアスリートがいない事もまた然り。若い頃に一万時間の基礎練習なんかやる暇がない。ある程度の年齢になっても第一線で活躍できる競技ならば、、、ポツポツとそれなりのアスリートが登場する。そうなれば地頭が良いと非常に有利だ。

なにかに於いて、一流はアタマが良いのです






2026年1月8日木曜日

温故知新、、、選挙

 



次の国政選挙はいつやら、、、政権が勝てるタイミングで好きに選挙告示をやるってよろしくない。

アメリカンのように、あらかじめスケジュール化しておく方が公平だ、、、という前置き



日本国の近代化の大きなマイルストーンが第一回衆議院選挙(1890年)
左翼史家日本史では「差別的な制限選挙」であった!と切って捨てるのが、そんなに馬鹿にしたものではないし、比較して今の制度がエクセレント?

定数300でほぼ完全な小選挙区(都市部に僅かに二人区がある)制度。比例区での復活当選なんて愚かな事はしない民意の一発勝負!
但し「一票の格差」は凄まじい(と思われるが、詳細迄は不明)
府県単位の有権者数と議席(最大と最小の比較)
滋賀 15456人( 5議席)
東京  5715人(10議席)
今なら「違憲状態」どころでは済まないが、一票格差が皆無が選挙の絶対解でもない

なお有権者総数は46万人(人口比では1%強だが、投票率は94%)
主権者意識(責任感)の希薄な有権者の数ばかり増やしても馬鹿馬鹿しいし、むしろコスト倒れだ。
基本的に投票率は主権者の問題です。ロクな候補者や政党がいないって要素もあるが、それは有権者の文句や言い訳に過ぎない。
候補者総数は定数の四倍くらいですから、制限選挙であっても、政治に身命を賭ける人材は少なからずいたのです。

選挙権と被選挙権の要件は年齢条項が多少異なるが、

男性
日本国籍保有者
直接国税15円以上の納税者、、、までは同じ

なお、この時代の直接国税とは地租(所得税も含まれるがまだ徴税額は微々たるもの)のこと。
ざっぱくに言えば、地租とは固定資産税。
ストックのある者が政治に参加できる仕組であり「地主政治主義」だった。

ウィキには第一回衆議院選挙の当選者一覧が掲載されていますが、実に面白いというか摩訶不思議。
知名度がそこそこあるんだが直接国税をそんなに納めているとは思えない御仁が散見される。
幕末騒乱期から政治で東奔西走し、正業にもつかず蓄財に励む時間なんかなかったはずなのですが?
どうも草莽らしき資産家がスポンサーになって被選挙権要件を満たすような細工(名目的な財産分与とか)が黙認されていたようだ。
要するに「出たい人より出したい人」を後押しするって、今風ならば「クラファン」

実に素晴らしいシステムではないか。



何をもって進歩(政治とか民意や民度の)というのかよく分からないが、それでも今の選挙制度の方が格段に進んでいる、、、って言い切る自信はアタシにはない。
松下政経塾、、、、ジバン(世襲)やカバン(財力)に依存しない政治家の育成に貢献したと思うし、開塾以来宰相が二人生まれましたし、結構な数の議員がいますが、、、、幸之助氏の意図通りでもない。

最後のカンバン(知名度や人気)だけで、当選する候補者もいますが、人気が色褪せた芸能人や退役アスリートばかりじゃそれは多様化ではない。


こんな悲観的な妄想がおもいうかべるようだと、、、余命が少ないって、未来の見たくないものを見ないで済むしあわせかも(^^)

2026年1月7日水曜日

今年も七草

 



芹薺御形繁縷仏座菘蘿蔔....春七草

ゆかしく漢字表記にしました。
春の七草だと言われれば初見でも想定の範囲だろう。短歌調の語呂合わせは一旦覚えればまず忘れないが、黙って出されたらまず分からない(アタシも無理だ)

戯言のついでだから、、、秋の七草も


知名度は格段におちます。
山上憶良作の覚え方の語呂合わせ和歌がさほどのモノとも思わないし、それに春のように食いものじゃない


萩の花 尾花葛花 なでしこの花 女郎花 また藤袴朝顔の花
 

万葉の時代からの伝統的風習だと言う事を知るだけの雑学
短歌調で七つ並べるだけなら、アタシだって出来ます

藤袴桔梗撫子女郎花葛萩薄....秋愛草花

なんとなく漢字でも意味が通じそうな、、、山上憶良よりも出来栄えがよいのではないかと自画自賛❣️

2026年1月6日火曜日

讃岐

 


全集やアンソロジーの編者は必ず「校正」なるものを行い、明らかな誤植や誤謬を訂正するが、ままあることが改竄まがいの「言葉弄り」

百人一首にも収録された二条院讃岐の名歌。
通常は「千載集恋部」として紹介されますが、寄石恋(石に寄する恋)なる歌題への回答歌
笑点の大喜利みたいなものですが、内裏の歌会で披露されたのでしょう。
あまりの出来栄えに、、、座布団三枚なんてことではなく「沖の石の讃岐」の雅称を賜り、雅名は歴史に残った.....とかなんとかならば、そんじょそこらに書き散らかされていますから、アタシはあまり知られていない事を書いてみよう。


多分ですが、藤原俊成が千載集に収録する際にオリジナルの「書き換え」をやった可能性が高く、結果的に修正版が世の中に喧伝された


讃岐私歌集では(多少うろ覚え)

わが恋は潮干にみえね
沖の石の人こそ知らね乾く間もなし

みえぬとみえねの違いは文法的には大きいが、最大の違い、、、どころか和歌の骨格自体をかえかねない書き換えが「恋か袖」
縁語掛詞的な技法からすれば「袖」の方が洗練されているし、忍ぶる恋としても嫋やかで情緒がある。
しかし、宮廷人が最初に感銘を受けたのは当然「恋」のはずだ。

アタシの秘めたるかなわぬ恋
引き潮になっても現れるな!
誰も知らないのよ
潮に洗われる沖の石のようにいつも濡れ濡れのアタシの心、、、実に激しい怨情です。



ところで、誰かさんの鑑賞文だと裏読み解釈があり父親である源頼政の不遇の身を哀しみ、、、云々
千載集版ならば成り立ちうるかも知れないがオリジナルの「我が恋は」ならば、かなりな無理筋だと思います。

文芸評論なんか鵜呑みにするもんじゃないという恰好の例証だし、頼政自身が何時迄も三位になれない事を和歌に密かに秘めて、その甲斐あって昇進出来た逸話を重ね合わせたのでしょう。

2026年1月5日月曜日

小屋(2)

 



知らない世代がおおくなっが、アートシアターギルド(ATG)という映画製作会社があった。作家主義的な映画人が資金の半分を拠出し、通常の商業主義的な作品とは一線を画す。
その作品の上映拠点が、伊勢丹の向かいの「アートシアターギルド新宿文化」


キャンパスで知り合った某君に連れて行かれた。

番組は「エロスプラス虐殺」

大杉栄の日陰茶屋事件を背景とする三角関係のもつれからの痴話刃傷だが、あまり詳しくは記憶にない。

田舎人とは段違い、都会のそれも高偏差値な教育大駒場出身者はレベルが違うなあってコンプレックスばかりが(^^)

以降、足繁く通い作品毎に刊行されるパンフレット(という名のシナリオ付き当該作品の評論誌)をセコセコ買い揃えた。



バックナンバーが全て揃っていれば、稀覯本になるのだが多少欠本もある。

しかし、神保町の矢口書店ならば、結構なお値段で買ってくれるに違いないかも?


今の梅田のHEPあたりに北野劇場(東宝直営館)があり、その地下の「北野シネマ」もATGの拠点だった。どんな映画を観たか記憶はないが、北野劇場なら覚えている。

地方大学の受験の帰りに傷心の心癒しに立ち寄り「イージーライダー」を観た。

2026年1月4日日曜日

俳句のお正月

 


陽の下に新しきものなし、、、といいますから、年末年始は「定番お節料理的」にしかならない。だからといって、年始早々の大災禍なんて起きない方が良いに決まってますから、、、



やっぱり、第二芸術だもんなあ

でも稀に僅か17文字の中に宇宙を観ることがないではない
しかし、お正月俳句は月並俳句・・・・でもそれで十分なんです
句聖芭蕉の新年の俳句総ざらえですが、、、やっぱり三十一文字に比べて第二藝術だって思います、


幾霜に心ばせをの松飾り
鶯や餅に糞する縁の先
うたがふな潮の花も浦の春
おもしろや今年の春も旅の空
門松やおもへば一夜三十年
甲比丹もつくばはせけり君が春
元日は田毎の日こそ恋しけれ
元日や思えばさびし秋の暮
この梅に牛も初音と鳴きつべし
薦を着て誰人います花の春
蒟蒻に今日は売り勝つ若菜哉
初春まづ酒に梅売る匂ひかな
誰が聟ぞ歯朶に餅負ふ丑の年
誰やらがかたちに似たり今朝の春
庭訓の往来誰が文庫より今朝の春
天秤や京江戸かけて千代の春
年々や猿に着せたる猿の面
子の日しに都へ行かん友もがな
春たちてまだ九日の野山かな
春立つとわらはも知るや飾り縄
春立つや新年ふるき米五升
春や来し年や行きけん小晦日
一とせに一度摘まるる薺かな
二日にもぬかりはせじな花の春
蓬莱に聞かばや伊勢の初便り
発句なり松尾桃青宿の春
餅花やかざしに插せる嫁が君
餅を夢に折り結ぶ歯朶の草枕
山里は万歳遅し梅の花
四方に打つ薺もしどろもどろ哉


芭蕉作だから、無理して最後まで詠んだが、、、本当につまんない句ばかり(笑)
お正月気分も三日で十分です。

お節料理も三日までだし、超高級食材と言われてもなあ


数の子と黒豆に手作りさえあれば、、、

2026年1月3日土曜日

秋田佐竹藩

 



打ち枯らし 空櫃佐竹の 人飾り

台東区の佐竹商店街あたりは、秋田の佐竹右京大夫家の江戸屋敷の地であった。
佐竹家では松飾りの代わりに家中の武士が正門から玄関まで菊人形だか蝋人形よろしく正装で立ち居並ぶ様を正月飾りとした。
お江戸のチョットした話題だったらしいが、なんといっても内実厳しそうな貧乏藩。
門松もだせねえのか!と辛辣な江戸っ子の揶揄嘲笑のマトだったとも

松飾りを生身のヒトザルがやるって面白い趣向だし、人喰いクマはさておき、かまくらもナマハゲも先細りみたいだから新たな観光資源に裃袴姿で公務員が率先して

バッキンガム宮殿の衛兵みたいなものだし、歴史ある風物の再現なんだから、まさか自治労がとやかくクレームをつけたりは、、、するんだろうなあ