2026年1月6日火曜日

讃岐

 


全集やアンソロジーの編者は必ず「校正」なるものを行い、明らかな誤植や誤謬を訂正するが、ままあることが改竄まがいの「言葉弄り」

百人一首にも収録された二条院讃岐の名歌。
通常は「千載集恋部」として紹介されますが、寄石恋(石に寄する恋)なる歌題への回答歌
笑点の大喜利みたいなものですが、内裏の歌会で披露されたのでしょう。
あまりの出来栄えに、、、座布団三枚なんてことではなく「沖の石の讃岐」の雅称を賜り、雅名は歴史に残った.....とかなんとかならば、そんじょそこらに書き散らかされていますから、アタシはあまり知られていない事を書いてみよう。


多分ですが、藤原俊成が千載集に収録する際にオリジナルの「書き換え」をやった可能性が高く、結果的に修正版が世の中に喧伝された


讃岐私歌集では(多少うろ覚え)

わが恋は潮干にみえね
沖の石の人こそ知らね乾く間もなし

みえぬとみえねの違いは文法的には大きいが、最大の違い、、、どころか和歌の骨格自体をかえかねない書き換えが「恋か袖」
縁語掛詞的な技法からすれば「袖」の方が洗練されているし、忍ぶる恋としても嫋やかで情緒がある。
しかし、宮廷人が最初に感銘を受けたのは当然「恋」のはずだ。

アタシの秘めたるかなわぬ恋
引き潮になっても現れるな!
誰も知らないのよ
潮に洗われる沖の石のようにいつも濡れ濡れのアタシの心、、、実に激しい怨情です。



ところで、誰かさんの鑑賞文だと裏読み解釈があり父親である源頼政の不遇の身を哀しみ、、、云々
千載集版ならば成り立ちうるかも知れないがオリジナルの「我が恋は」ならば、かなりな無理筋だと思います。

文芸評論なんか鵜呑みにするもんじゃないという恰好の例証だし、頼政自身が何時迄も三位になれない事を和歌に密かに秘めて、その甲斐あって昇進出来た逸話を重ね合わせたのでしょう。

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