2018年5月31日木曜日
個人的なメモみたいなもの(^-^)
スペイン人だっけ?
アルモドバル監督の選んだベストフィルム!
かなりエキセントリックです。
多少の論評
トーキー以来でも百年の歴史のある大衆藝術。
誰が選んでも、それなりの見識があれば、それなりの作品を選ぶものだ。
しかし、何故この作品を除外したのか....
興味があるのはそういう部分。
1. The Night of the Hunter (1955)
2. The Rules of the Game (1939)
3. All About Eve (1950)
4. Leave Her to Heaven (1945)
5. North by Northwest (1959)
6. Out of the Past (1947)
7. Midnight (1939)
8. Some Like It Hot (1959)
9. Touch of Evil (1958)
10. Senso (1954)
11. Journey to Italy (1954)
12. Opening Night (1977)
13. The Apartment (1960)
14. To Be or Not to Be (1942)
15. El (1953)
16. The Quiet Man (1952)
17. Amarcord (1973)
18. Blue Velvet (1986)
19. The Red Desert (1964)
20. The Finger Man (1962)
21. The Criminal Life of Archibaldo de la Cruz (1955)
22. Easy Living (1937)
23. Funny Face (1957)
24. Johnny Guitar (1954)
25. Husbands and Wives (1992)
26. Letter from an Unknown Woman (1948)
27. Raging Bull (1980)
28. Rashômon (1950)
29. Schindler’s List (1993)
30. Splendor in the Grass (1961)
31. The Dead (1987)
32. The Searchers (1956)
33. Vertigo (1958)
34. 8½ (1963)
35. The Red Circle (1970)
36. Citizen Kane (1941)
37. The Godfather: Part II (1974)
38. Taxi Driver (1976)
39. The Executioner (1963)
40. Viridiana (1961)
41. Eyes Without a Face (1960)
42. Nightmare Alley (1947)
43. The Killers (1946)
チャールズロートンのグロテスクなスリラーがトップとは
彼らしい(^-^)
邦題は「狩人の夜」
直訳ですが、変にひねる必要がない。
ベストテンには、スリラー系・サスペンス系がズラリと並びますが、
第十位にヴィスコンティの「夏の嵐」
キネ旬の年間ベストで大多数の選者から無視された傑作
映画を贅沢な感覚で実際に作るというコトが理解できない、
今も出来てませんが、時代だった頃のこと。
塩野女史が余りなセンスに激怒した邦題
フィルムグラフィー的には最上位でもないが、
選んだココロは分からなくはない。
邦画は一本だけ。
七人の侍よりもコレを選ぶのは全体の雰囲気からして然り。
だっから...映画史ベストに必ず選ぶだろう
ベルイマン
タルコフスキー
はシカトされたのです。
ひたすらミステリー性だけで選んだ(そうと思えない作品もありますが)
ベストなのです。
2018年5月30日水曜日
パンパン パンパン パパンパン
襲名披露公演には、祇園なりの手打、祝舞が付き物
本場物が見つからないので代用品のリンク映像で御容赦。
まあこんな晴れやかな気分だと言うこと。
場末の文化ホールですから、おなじものは無理と言うもの。
一門なり客演の芸人さんの芸を拝見。
あとは口上と拍手(柏手じゃないですよ)
今日は四代目春團治の襲名披露公演。
なんといっても、初代は女性の敵
芸のためならオンナも殺す...ちがうなあ、泣かすだ(^-^)
醜聞は芸の肥やしなんて、古き良き時代。
いまや、スキャンダルは芸人生命を断ちかねない。
多分ですが、今後芸術は確実に衰退あるいは脆弱になります。
誤解を恐れずに言えば、
オトコ喰いの魔性のオンナは畏怖されても、非難はされない。
しかし、逆は....
セクハラは犯罪ではない。これはその通りですが、
のたもうた本人も咎めるほうも分かって居ない。
法律は最低限の道徳。
法律に違反して居ないからと胸を張るような事ではない。
事例は言挙げしないが、道徳や倫理に違背する事の方が、遥かに問題な事もある。
落語をリアルに見聞きするのは久方ぶり。
客層を見る限り、未来は暗澹だ。
若い世代も、世界に雄たる話芸のサポーターになって欲しい。
蝸牛は、更に絶滅危惧種な芸事のメセナで手一杯なのです。
手締めもローカル色豊かに、大阪締めでした。
多分みなさんは知らない。
知名度的には
三本締め
一本締め
一丁締め(一本締めと錯乱されます)
一つ目上がり
なんですが、難波はこれが保守本流だとされますが、
いまどきはマイナーじゃないかなあ。
浅学非才な蝸牛は知らなかったし、やったこともなかった。
リンク映像は、朝ドラからお借りしました。
大阪締めが幾度も出てくるようですので、
船場文化のご紹介番組
ならば、勝手借用も御許し頂けるかな(^-^)
2018年5月29日火曜日
大江山
ねえって、もうすぐ締め切りだけど、代作頼んだママからLINE来た?
ママは丹波なんだからすっごく遠くって、LINEなんかみてませんから!
一千年も前の機知に満ちたやりとりが未だに語り継がれる
有名なエピソードでしてあちこちの古書に登場します。
しかし、知名度が上がったのはこのおかげ。
大江山
生野の道の遠ければ
まだふみもみず 天の橋立
さて、金葉和歌集に元歌が収録されているのですが...
ふみもまだみず とあります。
この微妙な違い、なんとも言えない。
まだは、日本語の通説的な文法では、副詞とされます。
述語を修飾しますが、述語は否定形である。
だから...
まだ手紙はみてません(裏語義は略)
なのですが、語順に関わらず意味は変わらない。
問題はどっちがいいのかということ。
被修飾語のすぐ前に修飾語が在るべきが文法の上では
妥当なのですが、詩歌の気分はまた別。
破格で在ることが詩情を高めることはママあります。
オリジナルは「ふみもまだみず」でしたが、
定家が改竄というか書き換えたのでしょう。
しかし、理由が分からない。
繰り返して何度も詠訡するに....
オリジナルの方が良い。
理由はありません。
なんだかこれの方がしっぺ返しなんだからキリリとするほうがいい
くらいなもの(^-^)
作者は和泉式部の娘さん。
母御さまには及びませんが、相当なレベル
親御さんが立派だといじられる見本みたいなもの
実はいじった方の父親はそれこそ当代きっての大知識人
コンプレックスに悩んでいたんだろう
今回も、小式部内侍に返り討ち(^-^)
2018年5月28日月曜日
鬼退治
言い寄る深草少将に百夜通いを強いた小野小町は美人かもしれないが
意地悪なオンナだ。
だから晩年の小町落魄伝説...じゃなくてきっと実話だ。
言い寄るオトコにはある程度は優しくしませんとねえ(^-^)
和泉式部も似たような逸話があり、紫宸殿前の梅ひと枝を取ってきてくれたら
結婚してあげる....
古今東西どこにでもある婚姻試練譚
結構危ない目にあったが、ミッションコンプリート!
藤原保昌は、晴れて何人めかは知りませんが、夫の座を射止めた。
武勇の人らしいが、歌人でもあった。
後拾遺和歌集に収録されていると言うので、紐解くに...
方々の 親の親どち 祝ふめり
子の子の千代を 思ひこそやれ
奔放な魔性の名歌人である妻に比べると格段におちます。
以下は我が娘を亡くした際の和泉式部の哀傷歌
とどめおきて
誰をあはれと思ふらん
子はまさるらん 子はまさりけり
格段の違いは素人にもわかります。
武勇のほうも...源頼光の後塵をはいする。
つまり、一流とは言い難い御仁だということ。
福知山あたりの大江山に割拠する鬼
俗に言う酒呑童子。
名前からして呑んだくれである。
一条天皇の命を受け、保昌と頼光は鬼退治に出かける。
なんとも卑怯なやり口で鬼退治は成功。
しかしながら、どういう訳か頼光ひとりの手柄だと
後世に伝えられるようになってしまった。
相手が鬼とはいえ、正体をたばかりクスリの入った酒を勧めて六人がかりで不意打ちにするなんて
所業の共同正犯にされなくて良かったかもしれません。
保昌は、958年生まれ、1036年没
式部は、978年生まれ、没年不明(1025年頃迄の生存確認)
二人の結婚は1013年
熟年結婚の部類ですが、二人して任地の丹波に赴任したりしていますから、
夫婦仲は悪くはなかったようです。
その後は上司(道長)のヒキなんでしょうが、
大和守、摂津守と美味しい地方官を歴任していますから、
準キャリアとしては幸せな生涯かな?
和泉式部のダンナは皆さん短命でしたが、
保昌は天寿を全うしました。
櫻川のお稽古が終わりましたから、次は大江山
主役は酒呑童子で、脇役が頼光。
保昌さんは登場はしますが、その他大勢の扱い。
2018年5月27日日曜日
レディな野郎
この特例法が出来てもう十年以上も経つのだ。
今年から手術に保険適用もできるそうです。
しかし、事例がどの程度あるのかよく知りません。
費用が安くなってもシガニーウェーバーのような腕のいいドクターが
どの程度いるのか皆目分かりません。
それに要件が厳しすぎませんか。
特例法第三条をサミングアップすれば
子のいない婚姻状態でない成人(条文は二十歳と明記)
外観上性同一である
性別適合手術をうけている
の要件が整えば、戸籍変更審判が受けられる。
複数のお医者様が性同一性障害の確定診断を行なっただけじゃ
ダメだと言う事。
だからといって不可逆的な手術らしいので、
やったが審判で戸籍変更が認められない...となれば
目も当てられない。
倭国が著しくLGBTとの共生後進国だと言うこと。
セクシャルハラスメントに対する意識レベルからしても
容易に想像は出来ます。
これがある程度先進性が持てると、映画素材にも
使えるのです。
ウォーターヒル
蝸牛よりも一回りくらい年上ですが、
原案、脚本、監督と大活躍。
男臭い作風でして、作品の大半は主演男優。
大半と書いたのはエイリアンの製作者でもあり、
シガニーウェーバーとは旧知のようです。
この映画の惹句では「異色」と、これは案の定
ある意味で時代の先駆者なのです。
親族をヒットされたマッドドクターの復讐は、
不同意の性別適合手術の実施。
絶望から怒りへ
カラダはオンナでも魂は凶悪な殺し屋のまま
主演はミシェルロドリゲス
確かバイセクシャルを公言していますが、性同一性障害者ではない。
彼女は手術前の男性時代もメイクで演じています。
こんな場合、主演女優・男優のどっちかなあ?
一般に映画賞の世界は、何を演じたかではなく
誰が演じたかですので迷う事でもないのでしょうが、
第三の性が広がるとそうとも言えない。
蝸牛の疑問は「先駆者の疑問」だと言うこと(^-^)
2018年5月26日土曜日
数え指
指数えの文化的差異はあちこちで話題になる。
ミステリーの謎解きに使われてもいいが、あまり適切な事例がない。
そもそも視覚的だから文章向きではない。
ゲイリーオールドマンにオスカーをもたらした「チャーチル」映画
有名なVサインが登場するのですが、
最初は手の甲を相手に向けていた。
これは侮蔑表現であり、あたかも中指を立てるアレと同じ。
秘書にやんわりとたしなめられます。
まあ、貴族社会にはなかった慣習だということ。
イングロリアスバスターズでは、ドイツ人に化けた英国スパイが、
3の指数えがドイツ風でなかった為正体がバレました。
大脱走にも同じ様なシーンがあるらしいが...記憶にない。
パスポート検査が無事に終わりドイツ人の役人が
Have a nice trip!
おもわず(ついうっかり)
Thanks !
これは覚えている(^-^)
このあたりくらいまでは、丹念にググれば何処に書いてあります。
孫引きまみれだと沽券に関わるので、
まず知名度のない話題を
聖なる指(あるいは手)
グロリアスハンドなるものは、黒魔術の小道具として
使われますが、これは処刑人の片手を酢漬にしたもの
使い方は本件話題とは別だからまたの機会に...
西洋の宗教画やその流れをくむ肖像画に登場します。
なんか宗教的ないわれは有るのでしょうが、
全くわかりません。
胸に手をあてる、あるいは上腕に手を添える..その手の形。
手の甲を見せ手を開くのですが、中指と環指をくっつけて、
あとの指はほんのり広げる。
なんだか綺麗に見えます(^-^)
2018年5月25日金曜日
蝸牛庵式ゴルフ練習法
人様に能書きを垂れるほどのレベルには到底達していない。
既にリタイヤをしましたし、誇れるのは
ホールインワンが一回
その際に保険求償をしなかったこと...だけ
練習法がまずもってユニークだったと思います。
スクランブル対応ショットの練習はしない。
その時間があれば、ティーショットやセカンドの練習をする。
まあ...ウソです(^-^)
トッププロでもパーオン率は70から80パーセント。
アプローチショットの精度が収入を左右します。
まずもって「予防」が第一。
スクランブルが起きない事が一番良いに決まっているが、
一定の確率で必ず起きる。
事態が露わになれば、説明責任が求められる。
法的義務の場合もあるが...
リリース文の開示だけですめばまだしも....
記者会見だと言われれば困りますなあ。
それもカメラ入りだと最悪。
そうならないようにするのが危機管理の要諦
しかし、ゴルフのアプローチショットに比べれば対処療法のコツは単純です。
逃げず(遅れずを含みます)
隠さず
ウソ言わず
当然ながら「バレる可能性のある」って形容詞はつきます。
なんでもかんでもベラベラ喋るのはアホ。
その他会場設営に始まり、メディアスクラムを崩す様々な
テクニックを弄しますが、その辺はあちこちの手引書に
書いてますから略。
真摯に向き合うことが大事なんですが、
嫌々渋々、嵐が通り過ぎるのを待つだけの不届きな態度に終始したい、
言質をとられるのも嫌ならば、土下座してひたすら
痛恨の極みとしか言葉はありません
これだけを何時間でも我慢比べで繰り返す。
途中で記者会見の打ち切りなんてとんでもない。
かの東大紛争の際、林健太郎文学部長は八日間の軟禁団交に
耐え忍び、全共闘がシャッポを脱いだのです。
そのうち相手が疲労困憊したところで、やおら救急車の登場。
系列病院で絶対安静(のふり)
後は時間が解決するのを待つ。
夜明けの来ない夜はない
しかし、このやり方は内部の弱いところが耐えきれずに
瓦解する危険がありますから、ご用心(^-^)
2018年5月24日木曜日
蹇蹇録を再読する
紅旗征戎我が事にあらず....な天下の素浪人ですが、
多少は気になるので、陸奥宗光の回顧録を書庫から探し出してきた。
東学党の乱から三国干渉までの朝鮮半島覇権外交史である。
なんだか最近見たような風景という所が、ヒトザルの浅ましさ(^-^)
常々倭国の政治家には不満タラタラなんですが、
そのひとつが、回顧録を書かないこと。
多分、記録に残るような事を何もやっていないし、
文才もないし、書きたくとも書きようもなく
ゴーストライターなる職業をもってしても如何ともし難いのだろう。
けだし、文は人なのです。
衒学的に言うと...
文章は経国の大業
不朽の盛事
チャーチルは、回顧録でノーベル賞を貰いましたし、
尊敬する上司はサッチャー回顧録を激賞していました。
守秘義務なんかに縛られて回顧録を書かないならば国民的にも損失だが、
明治はまだおおらかだったのか、白眉ともいうべき傑作が世に出たのは
慶賀の至り。
しかしながら公定刊行物でしたから、三十年あまりは秘史扱い
しかし、いまでは岩波文庫で誰でも読めます。
平明なは書き下し漢文風の和文。
陸奥宗光は紀州藩の学者の家系の末裔。
それなりに文を鍛えられたのだろうか、
その辺の実録ドキュメンタリーよりも遥かにスリリングである。
内容は今更再説しません。
第一級史料ですからあちこちに引用されてます。
ただ、下関の春帆楼での講和会議の前に広島県庁で講和会議があったことは
あまり知られていない。
公式の権限を持たない木っ端役人がやってきたもんで、
毛散らかしたという史実。
これじゃ駄日記にもならないので、蛇足を。
リンクの勇敢なる水兵
清国との黄海の海戦を背景としますが、軍歌史上の
ムスメフサホセ...なのです(^-^)
さらに....本文からの引用
兵力の後援なき外交は如何なる正理に根拠するも
その終極に至りて失敗をまぬがれざることあり
対話か圧力か?なんて粗雑単純な二択論をふりかざす
愚者への警句です。
2018年5月23日水曜日
下手くそな広島(?)弁
往年のスタープレイヤーたちは影をひそめ、ただ伊吹吾郎さんだけ。
かつての実録路線の延長線上でしかないが、
対立軸に警察組織が絡む事が新機軸...と言いたいが、
これも二番煎じ。
舞台は、架空の街、呉原市。
誰が見ても呉市だと判ります。
事更に仮名にする必要は感じませんが、ロケ地協力への配慮かな(^-^)
ヒロ大出身の学士刑事の成長物語でもあるのですが、
このあたりの松阪桃季だけが見もの。
彼を買ってましてねえ...(^-^)
ここぞというとき、眼に狂気が宿る。
ならば、原作にあるエピソードシーンをエンディングにすべきだった。
組織暴力と警察組織との関係は、聞き及ぶに「国対政治」もどきだそうな
対立しながら適当に折り合いをつける。
お互いに相手があるからの存在意義...
その辺をあまりに逸脱すれは、リアリズムにもかける。
なんちゃって、この広島弁もどきはないわなあ。
北野武の暴力映画の反知性的な罵詈雑言は聞くに耐えないが
それ以上に耳障り。
それとも最近はヒョウジュンゴライズしたの?
テレビドラマレベルの邦画に慣れ親しんだ世代には
鮮烈且つ刺激的なのでしょうが、
仁義なき戦い世代にはもの足らないよりもはなしにならん。
登録:
投稿 (Atom)