2015年3月18日水曜日

また勝てるような時代が来るのでしょうか?




オスカーの外国語映画賞

ある意味でアメリカ合衆国等英語圏国が出場しない「映画のオリンピック」である。
参加国は、昨年度で80カ国以上
各国が一本出品し、オスカーの事務局がノミネート作品を五本選び(決勝リーグ進出)
オスカーの会員の投票(五本ともちゃんと見なければならない)で決定される。


以下の日本からの出品作品の一覧(●:優秀賞 ◯:ノミネート作)

 
●1951年 羅生門 (黒澤明)
●1954年 地獄門 (衣笠貞之助)
●1955年 宮本武蔵 (稲垣浩) - 名誉賞受賞
 
----ここまでは「旧ルール」での選考
 
◯1956年 ビルマの竪琴 (市川崑)
 1957年 あらくれ (成瀬巳喜男)
 1958年 楢山節考 (木下惠介)
 1959年 野火 (市川崑)
 1960年 秋日和 (小津安二郎)
◯1961年 永遠の人 (木下惠介)
 1962年 私は二歳 (市川崑)
◯1963年 古都 (中村登)
◯1964年 砂の女 (勅使河原宏)
◯1965年 怪談 (小林正樹)
 1966年 湖の琴 (田坂具隆)
◯1967年 智恵子抄 (中村登)
 1968年 黒部の太陽 (熊井啓)
 1969年 神々の深き欲望 (今村昌平)
 1970年 無頼漢 (篠田正浩)         
◯1971年 どですかでん (黒澤明)
 1972年 軍旗はためく下に (深作欣二)
 1973年 戒厳令 (吉田喜重)         
 1974年 化石 (小林正樹)
◯1975年 サンダカン八番娼館 望郷 (熊井啓)
 1976年 - 出品申請なし
 1977年 八甲田山 (森谷司郎)
 1978年 愛の亡霊 (大島渚)
 1979年 月山 (村野鐵太郎)
◯1980年 影武者 (黒澤明)
◯1981年 泥の河 (小栗康平)
 1982年 鬼龍院花子の生涯 (五社英雄)
 1983年 南極物語 (蔵原惟繕)
 1984年 瀬戸内少年野球団 (篠田正浩)
 1985年 花いちもんめ (伊藤俊也)
 1986年 キネマの天地 (山田洋次)
 1987年 女衒 (今村昌平)
 1988年 ダウンタウン・ヒーローズ (山田洋次)
 1989年 利休 (勅使河原宏)
 1990年 死の棘 (小栗康平)
 1991年 八月の狂詩曲 (黒澤明)
 1992年 女殺油地獄 (五社英雄)
 1993年 まあだだよ (黒澤明)
 1994年 平成狸合戦ぽんぽこ (高畑勲)
 1995年 深い河 (熊井啓)
 1996年 学校II (山田洋次)
 1997年 もののけ姫 (宮崎駿)
 1998年 愛を乞うひと (平山秀幸)
 1999年 鉄道員(ぽっぽや) (降旗康男)
 2000年 雨あがる (小泉堯史)
 2001年 GO (行定勲)
 2002年 OUT (平山秀幸)
◯2003年 たそがれ清兵衛 (山田洋次)
 2004年 誰も知らない (是枝裕和)
 2005年 血と骨 (崔洋一)
 2006年 フラガール (李相日)
 2007年 それでもボクはやってない (周防正行)
●2008年 おくりびと (滝田洋二郎)
 2009年 誰も守ってくれない (君塚良一)
 2010年 告白 (中島哲也)
 2011年 一枚のハガキ (新藤兼人)
 2012年 かぞくのくに (ヤン・ヨンヒ)


なかなか含蓄深い傾向が見て取れます。
もはや、倭国はサッカーWCなみの後進国(決勝にはまず出れない)
それに「勝てる映画」を出さないと・・・一体誰が選考したのでしょうか?
ということで、その年のベストテンなんかと引き比べるに・・・
最近一応最高水準らしき作品を選んでいます。
過去は、ちょっとどころか大いに異論あり(苦笑)
つまり、選択肢がないくらい最近はやせ細ってしまったってことですなあ。



映画は、その時代の国威の証しである。
力強い作品を生み出せることが「文化的国力」であるという歴史的な事実は未だに変わらない。

しかし、2008年によく(実質初めて)外国語映画賞がとれたものだ。
対応馬に恵まれたってことではなく、なんだか知らないが評価されたんですよ











2015年3月17日火曜日

言霊の思想は、キラキラネームの呪いを解くか?





DQNネームなんかつけてると、まっとうな企業では書類段階でオミットされるって
都市伝説が、早晩・・・だって2000年ころから社会問題化しつつありますから
そろそろ、就職適齢期。
残念ながら(というべきかどうか・・)少年法の縛りで、
少年犯罪とDQNネームの関係って、興味があるが統計開示がない。

別にDQNネームだと犯罪者になる可能性が高いと言うつもりはない
森鴎外先生の子どもたち・・・

長男 於菟(おと、医学者)
長女 茉莉(まり、小説家)
次女 杏奴(あんぬ、随筆家)
次男 不律(ふりつ、夭折)
三男 類 (るい、随筆家)


マナエマケしていなって・・・こういうことを言うのです。
西洋でも伍しやすい名前ってことで命名されたと聞いていますが、
今どきは・・・どうなんでしょうか?



両親の学歴・職業・収入、居住エリアとかなんとかと子供の名前の回帰分析なんかやると
実に面白いって思うのですが、斯様なことをつぶやくだけで差別主義者だと
指弾されかねないのが今の日本。
リスクは踏みたくないので・・・(苦笑)レヴィット教授に再度登場願おう。
もっとも注意すべきことは、命名には流行があるということであり、
時代によっては、全く違う評価となる。

ただ普遍的に言えることもある(アメリカの統計なので人種格差に相当注目される)

兄弟だとして命名内容で人生の勝敗が決まるってことでもない。
が、縁起の悪い名前をつける親って、どういう気分なのかよくわからない。
子供の幸せを願わないわけではないのだろうが、なんか感度が世間ズレしている。

白人っぽい名前、黒人っぽい名前って明白に別れる。
多分にコミュニティでの「縛り」みたいな制約があるようです。
黒人社会で白人っぽい名前をつけるとイジメに会う。
結果として「色分け」ができてしまうと、黒人っぽい名前の履歴書はそのままゴミ箱へ

親の教育程度(就学年数区分)にリンクする命名がある

教育程度の低い白人の親の女の子供

angel
heaven
misty


次に男の子だと・・・

ricky
joey
uessie

逆に教育程度の高い白人の親だとどうなるのか?

lucienne
marie claire
glynnis


dov
akiva
sander


なんとなくですが・・・そんなもんだろうなって思わせるところが凄いっていうか怖い。
あくまで、統計解析的にってことですから、個別には良い名前とか不吉な名前ってあるわけではない。
画数だとか姓名判断なんて信じちゃいない。
別にどんな名前でもいいのです。子供への「思い」が伝われば・・・
その「思い」を世間様がどう評価するかは、その時代次第ですし、
ご本人の自覚も・・・これが一番かもしれませんが、一般には逆風が吹く。












2015年3月16日月曜日

ワルガキ経済学者による世間の裏側探検録





社会の寧安とは・・犯罪のない世界。
ですが、ニヤリあるいは大向うをうらなせるような詐欺・窃盗・横領のたぐいのない
世界はなんとも面白く無いだろうなあ(苦笑)


ルパン
ねずみ小僧
雲霧仁左衛門  ・・・なんかの人気は、そういう「不届きな」気分に支えられている。


当然陰惨な事件はないに越したことはないが、一体どうすれば・・・
浜の真砂は尽きることはない。



さて「犯罪と景気との関連性」は相当にあると言われる。
しかし、野菜泥棒やコメの横領なんか、目くじら立てるようなものでもない。
貧困からくる犯罪って・・時代は変わった。
いまや「退屈からくる犯罪」の世界。
三面記事をにぎわす殺伐とした世界の存在は貧困(少なくとも物質的意味での)とは縁遠い。


よく言われるのが「銃刀類の氾濫ないし規制のレベル」も影響するのだろうか?
確かに、凶器が手近にあることで犯罪を誘発しやすいのかもしれない。
銃器が氾濫するアメリカ社会では、銃器による事故が後を絶たない。
しかし、銃器による子供たちの悲惨な事故の度に大きく報道されるが、
実際のところは、家庭のプールでの水死のほうが百倍も多いというのがアメリカでの厳正な数字。
瑞西国は国民皆兵でどこの家庭にもライフルを装備しているらしいが、
寡聞にして「危険な銃社会」とは聞き及んでいない。


厳罰化・・・これは魅力的だ(笑)
小さな罪を大きく咎めれば大きな犯罪が抑止されるという韓非子の信奉者にとっては
金科玉条である。
しかし、犯罪者の多くは再犯性が高いと言われる。
教育刑理論では事態は解決しないし、応報刑的でも・・・それだけでも効果は薄い。


今ひとつ推奨するのが「教育こそ最良の治安対策」
一般的に犯罪者は教育程度が低くIQも見劣りする。
貧困とIQと教育レベルの関係を正確に評価することは難しい。
貧しい家庭からでも一流の学校を優秀に卒業することはあながち不可能ではない。
カリキュラムだって、一律でなくIQに見合った教育環境ってあるはずだ。
大事なことは学歴ではなく学力であると力説する。


さて、シカゴ大学のレヴィット教授は、
90年台のアメリカでの犯罪激減の真の理由をこう説明する。
なんとも言い難いが・・・北京でモンシロチョウが羽ばたけば、アンデスの山奥で大洪水が
起きる・・・・・
トマピケテイ先生の著作と違って、定量的な数字の裏打ちが記載されていないので
そのまま引用すれば・・・

1973年 連邦最高裁判所は「ジェイン・ロー対ウエイド」裁判に対して画期的な判断を示した。
曰く・・・

慈しまれることなく育つことを予定された子供の未来は陰惨であり、家族や社会に
痛ましい事態を生み出す・・・かかるがゆえに「中絶は合法であるべき」

その後年間160万件程度の手術が行われているらしいが、中絶手術がなかりせば
十代後半になった「祝福されず生を受け、貧困の中でろくな教育も躾もうけず、
誤解を恐れずに言えば犯罪者予備軍」が百六十万人「減少」したとすれば、
犯罪発生率は、激減するだろうよ。
決して、割れ窓理論による画期的な犯罪抑止政策が功を奏したわけではない。



カオス理論が正鵠を得ているのかどうかは知らないが、
正しい因果関係の解明とは難しいものです。
ヒューマニストが激高しそうな仮説ですが・・・多分正しいのですよ。














2015年3月15日日曜日

初心に帰ってください



サタジット・レイの「大地の歌」を始めて見た際に・・・

さすがにゼロを「発見」した思弁性の高い印度国の作る映画はちがうなあ・・・ってお馬鹿にも感動し、
その後インド映画とは「美男美女が歌って踊ってハッピーエンド活劇」が主流だと知って愕然としたものだ。



世界第二の経済大国の映画事情は・・・よくわかりません。
都市部の映画事情と農村部の事情があまりに異なり、鳥瞰的に語ることが難しい。
一般的に言えば映画とは「都市部のエリート(三億人程度)の娯楽」
年間400本程度製作され(政府公認脚本だけ)4000弱のスクリーンがある。
入場料が70元といいますから・・・
中国の「富裕層」の年収が5ないし10万元とすれば結構高価です。
一方で、農村部にはその十倍のスクリーンがあるとされますが、
移動式の小屋かけ上映のようです。
そういえば、ご幼少のみぎり身共の超ど田舎でも、不定期的にお寺の庫裏の庭先での上映会があったものです。
雨が降れば・・・中止(泣)




さて、厳しい国家統制で縛られた中国映画ですので、反骨的・反体制的映画なんかは期待すべくもない。

反日抗日映画
武侠映画(三国志演義とか・・)
傷跡映画(文革背景下舞台)

海外や倭国で上映される以上、マーケットに受ける映画しか輸入されない。
従って、文化革命期での悲劇なんて一番俗受けしやすいが・・・別にそんな自虐的な映画ばかり
作っているわけでもなかろう。


張芸謀


人民芸術英雄ともいうべき映画界の巨匠
北京オリンピックの式典プロジューサーにまで上り詰めました。
一人っ子政策に反して、お子様が三人もいるということで、一億円以上の「罰金」を
課せられたそうですので、結構蓄財もお盛んのようです。
文革で十年余りの下放の憂き目をみたあと、衝撃作で鮮烈デビュー!!
世界的に名声をはせた後は、コスニュームプレー的な歴史大作を手がけるようになり、
はっきり言えば・・・映画人として堕落(良く言えば円熟の境地)
オリンピックの式典にしても、やらせ・捏造・・・名声に傷がつきますなあ(苦笑)


名望が地に堕ちた・・・彼の新作が、ひっそりと単館ロードショー中。
昔取った杵柄ってたいしたものです。
賞味期限切れと思われているのでしょうが、腕は衰えていない。
 
期待したような予定調和的結末でもなく、
なんちゃって「シラノの代筆恋文」的な展開のヒネリがよく効いている。
ヒロイン(記憶喪失な妻)のコン・リーは老けましたねえ
一人娘(天才バレリーナであるが、父の罪業で挫折)の役者さんがなかなかいい。
なんちゃって、主人公の元教授の抑えた演技が小品ですが、奥行きの確かさを感じさせます。
こんだけの力があるんだから、海外脱出して好きに映画を作ればって・・・思ったりもします。


余計なことですが、一人娘が狙うのがあの文革バレー劇「紅色娘子軍」の主人公役
文革礼賛時代の日本でも上演されたと記憶してますが、翌日の演劇評では「大絶賛の嵐」
ひとり石原慎太郎氏だけが罵倒罵声のコメントを出していたのが印象的だった(笑)





2015年3月14日土曜日

過激派って・・・どこか似ているものがある。



懐かしい60年から70年台にかけては、相応に理解しているメンツも多かったが、
いまや「死語」ですなあ。

--
日本の左翼の系譜は・・・

ソ連共産党-コミンテルン日本支部-日本共産党
                 共産党(日本のこえ)
 
日本トロツキスト同盟-革共同-中核派
               革マル派
 
社会党-社青同解放派
 
ブント-赤軍派(その他もろもろ)
 
その他諸派
--

千々に乱れ離散烏合が激しく、はっきり言えば・・・ようわからん(苦笑)


変わって、いまは

イスラム国
IS(Islamic State)
ISIL(IS+Iraq&Levant)
ISIS(IS+Iraq&alsham)
 *alsham=Levantらしい


なんかが、今や流行語(呼称の違いだけで相手は同じ)
様々な表記方法が乱立する背景が不明で「なんだかよくわからない」
それ以外にも、いろんなイスラム系の過激派が蠢き、なにがどうなっているのか?
東西対立の冷たい戦争時代はシンプルでわかりやすかった。
今となっては、当時の日本の新左翼状態。
若者がシンパシーを感じるって点でも、両者は似ている(・・のかも)


まず・・・この集団は「国家」なのか?
領域とその人民に対する排他的な統治権限(システム)を有する政治組織(共同体)であることが
国家の定義である。
さすれば、この集団は、単なるテロリスト集団ではなく、国家にも思える。
地域全体でのカリフ制国家の樹立を目標としており、それなりの治安組織、財政基盤、統治システムを
有しているようです。
しかし、国家として誰も承認しないし、国交を結ぼうって国もいない。
PLOは国家とはされないが、UNのオブザーバーの地位を保有しているが、
この集団は、非難こそされ、誰も歓迎しない。
100%国際社会から(現段階では)無視されている以上、やはり「国」っていう言い方は正確ではない。
どの表記でも「STATE」を含むことをわかりつつも、様々な表記方法がある種の思惑もあってか
使われていることに注意ですねえ。


国際政治では、敵の敵は味方だし、昨日の敵は今日の友


土地勘がないのでわかりにくいが、実効支配面積は英国と同じくらいらしい。
支配状態が長期に渡り固定化すれば・・・竹島の例もあるし・・・










2015年3月13日金曜日

幸せを呼ぶ「後妻」





愛する妻に先立たれ・・・オトコは切ないですねえ
炊事洗濯なんでもこいな「誤記鰤」亭主はさておき、日常生活にも不便だし、無聊をかこち、日常が殺風景となる。
独り身ならばまだしも、小さい子供さんなんかがいると大変ですねえ。
男手一つで育て上げって、まあ美談ですが、その苦労たるや・・・(最後のユーチューブ参照)



そういう心の隙間に付け入るのが「後妻」とか「後添え」とか・・・・
別に全てが怪しげでもないし、幸せな再婚だってあるだろうが、当然に逆もある。

説話の世界では「継子いじめ譚」と称される分野がある。
シンデレラ嬢も、白雪姫ちゃんも、お父様の後妻にいじめ抜かれた。
どうして、お父様が異変に気づかないのか昔から不思議でしょうがなかったが、
事例として適切かどうか別にして、川崎の上村くん殺しとか痛ましい事件なんかみてますと、
いつの時代も「灯台下暗し」なんだったんだ。
今頃になって、母親を責めまくるのも、どうなんでしょうねえ・・・
 

なもんで「幸せな再婚譚」を探しているのですが、どうもよい例が思い浮かばない。
若くして、妻が死ねば、オトコはまだ若く、溌剌としているのだろうが、
多くの場合はくたびれた中年とかカネだけは持ってる老人と相場が決まっている。
そんなオトコに心優しく見目麗しく才長けたいいオンナが近づいてくるはずがない。
なんか「どす黒い思惑」を隠し持っているに違いない。



普通「毒婦」って言えば、妖艶な悪魔的美女をイメージするのですが、
昨今は、どうしようもないブスデブかワル老女の代名詞
いくら寂しくともあんなものに惹かれるかねえ(苦笑)
結婚詐欺は、カネだけを奪うだけだが、彼女たちは、カネも命も奪ってゆく。
倭国は、検死制度が全く機能しないので、事件が事故や自然死と誤判断され、
犯罪が闇に葬られているケースは相当数に上るかもしれない。
毒婦って多くの場合、アタマが悪い割に刃物を使わず、青酸カリのような毒物を使うことが多い。
練炭で二酸化炭素中毒死ってなのもありました。
状況が不審でなけれ「事件性がある」とは警察も思わない。


中高年向けの婚活サロンとか結婚出会い系サイトって、獲物を狙う蜘蛛の巣みたいなもんかもしれません。
ソクラテスではないが「汝自身を知れ!」
カネの切れ目が縁の切れ目とはよく言ったもの。
どうしてこの自分が「モテるのか」よく考えて見ればいい。






2015年3月12日木曜日

目くじらた立てずに、これも美風かも



語源については衆知のごとくであるが、正確な構成要件となれば
いささか疑わしい・・・が故に「あるとかないとか」不毛の議論になる。


要するに「真剣に戦わずして相手に勝利を譲る」ことである。


まず、双方の「合意」が必要か?
一方的に「負けてあげる」って場合がある。
惻隠の情かもしれないし、相手が知らない第三者の要請もあるだろう。
この場合は「片八百長」というらしい。
しからば、「本」八百長とは「まず当事者の合意」が必要ということになる。
言わば「談合」・・・倭の古き良き風景です。
何方にせよ八百長には変わりがないので、双方合意は必須ではないとしよう。


次に八百長を行う「目的」があるはずだ。

経済的利益(個人的に何らかの対価が伴う)
憐憫ないし惻隠の情(ある意味で純粋な気持ちの現われです)
勝利に特段の意味合いがない場合(例:勝てば次のトーナメントの組み合わせが不利とか)


双方が真剣に力の限り闘うことが期待値であるって観点からすれば、すべからくよろしくない。
しかし(どうも伝説らしいが)テニスのプレー中に相手が転んだので、わざと緩いボールを返し・・
結果、彼は勝利を逃したが、後世フェアプレーを讃えられた。
一方で、ロンドン五輪でのバトミントンでは「無気力試合」ということで、
オリンピック精神違反を問われ、失格となってしまった。
ある種の片八百長である。
決勝トーナメントを優位に進めるための「作戦」が裏目に出た。

まあ糾弾されるかどうかは「見た目」次第ってことのようで論理的な世界ではない。
やはり、目的を限定的に・・・第一項に限定するほうがすっきりする。
それ以外の目的であれば、別の規範で咎める必要があればそうすればいい。
惻隠の情なんて美しい言葉で飾り立てると免責か?という批判については、
そこまで追求しないことが倭の美風である。


構成要件が明らかになっても、犯罪の成立の立証は難しい。

合意あるいは片方の意思の存在の証明
経済的利益の移転の証明
プレー態度が真剣でなかったことの証明

個々の証明と因果関係の立証が必要ですが・・・内心の問題は「自白」でしかなく
経済的利益でも金員の移動ならまだしも、勝ち負けのやりとりだと・・・
真剣か無気力かに至っては、主観でしかない。


どこまでいっても「疑惑」でしかない場合が多い。
地方競馬では、八百長がどのように仕組まれるかまでも想定して馬券を買うのが醍醐味らしい。
完全なオープン競技以外は、互助組織内の争いである。
そう思って冷ややかに眺めるのが知的ってものでしょう。




ちなみに、大相撲では(・・八百長かどうかは別にして)期待値に反する勝負の結果が多々あることは
統計的に証明されている。
シカゴ大学の教授の「有名な」論文です。
骨子を言えば(三万以上の取組結果の解析ですので統計誤差はまずない)

七勝七敗の力士群(A群)
八勝六敗の力士群(B群)の勝負結果を解析すれば・・・


A群とB群の対戦成績はA群の勝率は49%
千秋楽だけの勝敗を見ればA群の勝率は80%
翌場所の対戦成績をみれば、A群の勝率は40%
更に翌々場所は、A群の勝利は50%


この事実を論理的に説明する答えはひとつしかない。














2015年3月11日水曜日

もちつもたれつだと考えるのが一番フィットする



--
・・・暴力団をご依頼主又はお届け先とする荷物の引受けをお断りしております。
取扱中に発見した場合には、返送することがあります。
また、暴力団をご依頼主又はお届け先等とするカタログ商品の申込受付についてもお断りしております。
--



たまたま郵便局で見かけた張り紙です。
他の大手宅配業者も約款に同様の条項を入れています。
銀行口座は作れないし、保険にも入れないし・・・・超大雑把に言えば
商取引の多くは法の規制する「利益供与」に該当しかねない。
逆に言えば・・・「利益供与違反にならない主なケース」を列挙するほうが手っ取り早い。

--
・取引の相手がマル暴関係者だと知らなかった
・取引の目的がマル暴活動を助長あるいは資することを知らなかった
・取引の目的がマル暴活動を助長あるいは資することにならない
・法令上の義務や正当理由がある場合
--

これに照らせば、JPの告知はちょっとやりすぎです。
組長が孫のために、誕生日のオモチャを贈ろうとしたが、それを断るって・・・
商売ですから、断る自由もあるといえばあるのですがねえ。


しかし一番紛糾しそうなのは「四項目」かもしれません。
つまり「正当な理由がないと断る自由が認められない事業」があるということです。

医療行為
社会インフラの提供

組事務所を排除する一番いい方法は、ガス水道電気を止めることです(笑)
組員の自宅は、生存権の侵害になりそうですから、これはできない。
しかし、実際上は正当事由があるということで、深夜まで煌々と電気をつけてマル暴活動を
やってい(・・・と思われます)
プロバイザー契約や電話加入サービスもどうやら法令上の義務があり、
断れないようですが、振り込め詐欺の手口なんかみるにつけ、如何なものかと思うのです。
電気ガス水道だって、料金滞納が長期にわたると供給が止まります。


リストラにあって、電気代に事欠く困窮者がより悲惨な目にあうことが「正当」だと
言われると、比較の問題において如何と思うのですよ・・・


あまり穿った見方はしたくないのですが、発電現場の末端作業員の狩り集めで
シノギをやっている御仁や組織が多々あるらしい。
この機能がないと、現場が回らないって言われていますから、
もしかすると「もちつもたれつ」なのかもしれません。
世の中、相互扶助社会ですから、過渡に目くじらを立てるもんじゃないってことなのか?


そういうのを「ヤバい経済学」っていうのですが、
倭の風景的には「阿吽の呼吸」ともいいます。


2015年3月10日火曜日

アメリカンには、こっちが似合います(笑)


都市伝説としか思えないが・・・・
ある冬の深夜、彼の引く屋台の側にベンツのリムジンが止まった。
バラバラといかつい黒服が辺りを睥睨し・・・・

親分、大丈夫です。

車から降り立った初老の紳士が・・・・「にいちゃん、拉麺もらうか。」


ええ味や。屋台やと勿体無いなあ。
どや、ちゃんとしたお店ださんか。
応援したるわ。


にわかに信じがたいが、あの全国区のラーメンチェーン濫觴のエピソード。


屋台と言えば、いささか貧相な風景ですが、フードトラックと言い換えれば
近代ビジネス風(笑)
どっちにしても、食品衛生法の規制はかかります。
くだらんことを言えば・・・

食品営業
食品移動 ・・・・に分類されます。
出来合いのお弁当販売は後者。
調理をすれば前者です。
許可証は保健所でもらいます。
それだけじゃダメで、8ナンバーの車両ですから、道路運送車両法の規制を受けますし、路上営業や公園での営業となれば、それぞれの規制があります。
まさしく、岩盤規制!

都心の昼食難民の出来の原因はここにあり。
まともに、こんだけの許可を得ることは至難の技。
結果、既得権に胡座をかく飲食店が・・・でも、彼らも結構しんどいのです。
コンビニ弁当との競争は熾烈。


一流のシェフでも雇われ身分だと
オーナーとの葛藤は凄まじい。
なんせ、オーナーは、ダスティンフォフマン。
アメリカンで一流のフレンチシェフって、言葉の矛盾としか思えないが、
案の定、客と大喧嘩のすえ、路頭に迷う。
捲土重来、マイアミ起点で、キューバンサンドの屋台を始めるが、これがバカあたり!やっぱり、アメリカンに相応しい風景は、真っ当なフレンチよりもファストフードだ(笑)


満腹感だけは堪能出来る安物の映画でした。
どういうわけだか、ビッグネーム出演協賛ってしつらえが意味不明(笑)