2018年1月9日火曜日
まれには集団で.....
寒村あたりで高齢者がお散歩していると、徘徊老人だと思われる。
引き換え都会は有り難い(^^)
大阪環状ウォークなるものに参加した。
他意はなく、
手頃な距離(ざっと20キロ)
市内の地理に疎い(土地勘が限定的で演歌の舞台しか知らない)
ええ加減に賀正酒を抜かないと....
朝の八時に大阪駅に集まった善男善女はざっと二十名余り
ルートは昔の城東線部分から、つまり外周りで大阪駅から天王寺へ
更に、西側をグルリと廻るが、取り敢えず今回参加は半分だけ。
天満から桜ノ宮あたりになると知らない世界。
どうも定番のコースらしく、団体様も揃いのペナントみたいのつけての
スタンプラリー。
真田山公園界隈は、幸村所縁の遺跡があるらしくて
別の団体がゾロゾロ。
大阪城公園は歩いては初めて。
ここは砲兵工廠の跡地。
かつてはバイオハザードの廃虚みたいだったが、様変わりし、難波のセントラルパーク。
誰も気にもとめない小さな記念碑だけに記憶を止める。
開高健の「日本三文オペラ」の舞台
代表的な作品ですが、なんとWikiには代表作としての記載がない。
後は玉造筋をひたすら歩くだげだが、
桃谷辺りで湯川秀樹先生の妻君の実家のクリニック発見。
先生は本姓小川で、学者の家系
湯川は養子先の苗字
天才四兄弟のお一人ですが、あの森喜朗が遠縁だとWikiには...
小川芳樹 冶金学
貝塚茂樹 東洋史学
小川環樹 漢学
フロントグルリに松飾りをつけたクラウン発見!
昔は愛車に松飾りは当たり前だが、いまは絶滅歳事
何十年ぶりですよ、見たのは。
さすがに商都らしく色んな方々かおられる。
長閑なり 長屋トヨタの 注連飾り
一行と天王寺界隈で離別すれば、後の用事は言わずもがな(^^)
ジャンジャン横丁の串揚げ屋さんでも
発展場の映画館でもなく.....
2018年1月8日月曜日
成人式あれこれ
一生に一回のことだが、案内が来なかったもので
出そびれています。
案内があっても脚を運んだかどうかは微妙ですが、なんとも残念な気分も...
いったい誰に案内を出しているのか知りませんが、
住民票記載地と居所が違うとなにかと齟齬が起きる。
成人とは「オトナ」になったという事であり、
社会通念的に良識ある判断や行動が可能だということ。
甚だしく個人差のある話だが、社会制度上一定の線引が必要なので
民法(第4条)では20歳と定めています。
これを変えるということは結構大変な事なはずが、
政治の暴走としか言い様がなくて、公職選挙法の上では18歳になってしまった。
さして根拠のある理屈でもなく、世界の流れが...だけ。
ガキが国政の投票が出来るが政治的に成熟しているか?
チンピラ裁判員(裁判員は選挙人名簿から選ばれる)に死刑を主張させる事は妥当か?
なんて議論をしたとは聞いていない。
地方選挙から慣らし運転をさせてみるってのは考えてもいい。
司法はまだ「良識」があり、裁判員法の付則で新成人を
当面排除している(ことは今回調べて知りました)
様々な事象からしても18から20歳まではグレーゾーンである事には
間違いはない。
流れは「18歳成人」でも致しかたないが、
個別事象毎の成人基準を多様に認めるのが現実解。
しかし、酒煙草に個別基準が必要とも思えないし、
個別事象局面での議論(旧基準のまま)には首を傾げています。
少年法の改正議論に至っては、殺すな傷つけるな!は
道徳の世界のレベルであり、法律的な判断力の世界じゃない。
↓ こんな輩がオトナの仲間入りかよ🤑
2018年1月7日日曜日
再読「ギリシア人の物語」
3分冊完結したところで案の定最初の頃のエピソードは失念している。
一連の歴史著作は史書ではないし、小説とも言い難い。
平時よりも乱世の著述が生き生きしていますし、
敢えて言えば強靭にしてしなやかな精神と肉体の持ち主達の史伝かな?
なんにしても、勝者の歴史でもなくて覇道批判王道讃美なイデオロギーにも毒され
女史の執筆意図は冒頭にわざわざ書いてますが、
書かないと意図が分からないような読者が多いのかねえ
書いたところで誤読しますがな(^^)
って事ですから半世紀にわたる愛読者が敢えて「誤読」してみました。
民主主義こそが最高の政体だとは思わない。
その社会の背骨たる大衆の最大幸福を実現できればなんでもいい。
第一分冊は、アテネ、スパルタ、ペルシアの三都物語なんですが、
ペルシアの専制君主制はいいとしても、スパルタを民主主義とは言わないのか?
特段一人の王様に権力が集中していたわけではない。
総人口の数パーセントの市民に実権があったし、
憲法裁判所みたいな選挙で選ばれる数名の監督官のパワーは王を凌ぐ。
その比率を論難してもいいが、スパルタの背骨は彼等重装歩兵であった以上
論難自体が無意味である。
一方でアテネは海軍国であり、バトルシップのエンジン(漕ぎ手)が
背骨であり、彼等はプロレタリアだ。
従い多くの市民に主権を与えざるを得ないし、与える事が国益に叶う。
民主主義が最高の政体だとは思わない...というのはレトリックです。
民衆に実質的な主体性があればそれを民主主義といいますから、
その意味ではスパルタだって普通は寡頭政治ですが、
民主主義と言えなくはない。
読み落としていたのですが、大好きな貝殻投票には最低投票率(数)が
定められていたそうな。
逆に言えば、以外にはそういう配慮は皆無であったという事だ。
これは示唆に富む(^^)
アテナイの市民数は数万人
最高意思決定の場に出席するのは一割程度ではなかっただろうか?
女史は貝殻投票の最低投票率を六千人と書くだけでそれには触れない。
低落する投票率を危惧する声がある。
政治行為に参加しないことも民衆の声だと思えばそれがどうした。
だから、あまりな投票率の場合は「選挙無効選良選出返上」こそが
民意だと蝸牛庵は主張します。
戦後民主主義あるいは戦後の日本の背骨は「健全な中流階級あるいは階級意識」
それが危機に瀕している事こそが「今そこにある危機」だと
サイレントマイノリティはおもうのです。
その事が悪いとかなんとか言ってはいません。
ある歴史の終わりは須らくそういうものですから、
新しい何かを考えるという行き方もあります。
2018年1月6日土曜日
Glueckauf あるいは 御安全に!
なめてもらうと困るが、3K職場は生き死にが隣り合わせ
決めたことを守り守らせ、KYをやらないと、
自分が怪我したり、仲間を殺す。
KYって、危険予知の事。
「空気が読めない」って戯れてもらう類いではない。
現代用語には様々な違和感や齟齬感を感じるが、稀に得心もある。
御安全に!
最初の職場はいわゆる夜勤もある現場だった。
毎年のように誰かが事故で死ぬとか怪我をする。
安全管理の詳細なマニュアルがあるが、マニュアルの不備とマニュアルを守らない、
あるいは不注意で事故は起きる。
マニュアルだけでは命は守れない。
自分の命は自分で守るが鉄則!
そんな気合いを込めて四六時中挨拶はこれだけ。
TPOに応じて使い分けないから便利....と言えなくはないが、
実のところはそんな軽々しいものではない。
命を守りあう挨拶...なんだよね。
引き換え、軽々しいとしか思えないのが、
おつかれさん(さま)
おはようさん(時間帯にかかわらず)
学生言葉、バイト用語のたぐいであり、公用として使用するには差し障りがあると思わないのか?
あるいはそう指導しないのか?
疲れてもいない時、朝っぱらとも思えない時にそう言われれば
罵詈雑言を十倍くらい返してやる(^^)
宮中晩餐会にお招きをいただき、同じように挨拶ができるなら
それはそれで見識(まわり全体が非礼あるいはKYと感じるだろうが・・・)
でも蝸牛庵は「御安全に」って胸張って言えますがね。
この言葉は、職場の大先輩がドイツの工場..多分、テッセンかマンネスマンに
出張した際に仕入れてきたらしいが、
今や、どこの現場でも使われていると聞いています。
「命を守る挨拶」だと現場の共感を得たからでしょう。
言葉って元来軽いものじゃない。
備考
どうも、工場ではなく鉱山の現場だったらしいです。
正確にはウムラウト音ですが、辞書がお粗末なので、英語表記とします。
いまでも通用するかどうかは知りません。
2018年1月5日金曜日
待ち遠しくて(笑)
初めて見た「公式PV」
しかし平昌五輪って、なんて読むのか知らないが、冬季五輪だったよねえ。
雪の降らないエリアなのかなあ(笑)
極寒吹き曝しのメインスタジアムだと聞いていますが....
ウィンタースポーツは苦手種目ですから、あまり興味がありません。
なにかと不穏なウワサばかりか聞こえてきます。
リオもそうだったし、黙って持ちあげず批判的に書くのが
メディアだと考える向きがあります。
まあ、案ずるよりも...かも
しかし、この朱庵日乗は心優しくありませんからね(^^)
まず多くの国が参加しますか?
ロシアは参加できません(個人参加)
参加に懸念を示す有力な複数の国がいるようです。
メダルランキング上位国の多くが参加しなくなれば、
オリンピックじゃなくて国体!
でも、モスクワ五輪のように 開催国が沢山メダル取れますよ(^^)
施設のスペックを不安視する声があるようです。
これもリオと同じですので程度問題
リオみたいに仮設程度でも五輪期間中持てばいいのよ。
直ぐに廃墟化します。
メインスタジアムはドームがないらしいが、これは卓見!
カネと時間がないからやめたのか元々そうだったからか
よく知りません。
しかし蝸牛庵の見立ては後者。
参加選手団のコンディションを長時間の吹き曝しの中で狂わす策略
ホスト国は最後に登場ですから、とっても有利。
かなりな確率でギリシアの次に倭国が入場します(^^)
チケットの売れ行きが悪いそうです。
疎らな客席だと国威にかかわりますが、最後はタダで配るのでしょう。
とんでもないお値段がヤフオクにでてますが、
その内にもっとさがりますよ。
観戦するなら、暖かくて雪の降らない北京五輪がいい(^^)
北鮮は参加するのでしょうか?
政治とスポーツは別...なんて綺麗事は有り得ない。
国際的信義を踏み躙る国と同じ空気は吸いたくないのが国家感情
まさか南北統一選手団!はないだろうが...
もし実現すれば政治情勢はどう動くのかなあ?
取り敢えずは将軍様は参加に「前向き」なポーズ
ともあれなんにも無ければ日本は選手団を派遣するのでしょうから、
センターポールに日章旗がたくさん上がれば嬉しい....これでも愛国者ですから(^^)
勢いの落ちた高梨
怪我の羽生
と不安満載だが、、
2018年1月4日木曜日
無毛美開閨中欷歔
年始早々に淫靡な四文字熟語が並びます。
林住期の隠遁素浪人にはあるまじき...ですが、これは断腸亭日乗の一節
永井荷風なんて今時流行らないが、彼の日記(日乗)は、
荷風全集に匹敵する分量。
けだし、ドナルドキーン先生が喝破したように、日記文学は国文の重要な分野なのです。
元来私的であるべき日乗を公開に耐えれるように記述するのが、倭の伝統。
しかし、荷風先生はあまりに赤裸々に曝け出しすぎます。
だから、四畳半襖なんとかの作者とされるのですよ。
今日のタイトルは、馴染みの芸妓(まあ枕芸者)を一言で言えばって事
大体想像がつきます(^^)
なんと養女にしようとまで思ったらしいが、なんともアバズレで、
まあ閨上手は危ない。
大正六年、而立の歳位から死ぬまで書き続けたらしいが、
感心するくらいに、紅旗征戎には興味がないらしい。
少なくとも床屋の政治談義みたいな記述は皆無に近い。
これは見習わないとなあ....
しかし、彼が背を向けたメディアの話題のあれこれ
歴史年表を横目に岩波文庫版で拾い読み中
荷風日記の完全版を読もうとまでの意欲はない。
って言うか、時間がない。
朱庵日乗もいつまで続くかなあ
爪の垢を煎じるまでも私淑していないが、
あのライフスタイルは羨ましいと思う今日この頃。
2018年1月3日水曜日
絶滅歳事のさまざま(3)
なくてはならないが、元来は箱根の向こうの風習だと思っている。
だからどうだということではないが、蝸牛庵的知見からすると
飾り方を間違えている。
何度も何度も言っているが、真理が必ずしも世間に受け入れられるわけでもなく...
しかし遥か夷の地の正月飾りは....これはなんとも凄い!
まずは、自作俳句の披露(今回は三が日全て自作!まあなんでもやれるって才能の一端を)
打ち枯らし 空櫃佐竹の 人飾り
秋田の佐竹右京太夫家の江戸屋敷は台東区の佐竹商店街あたりの広大な土地にあった。
面倒な故事来歴は省きますが、佐竹では、松飾りの代わりに
家中の武士が正門から玄関まで菊人形だか蝋人形よろしく
正装で立ち居並ぶ様を正月飾りとした。
お江戸のチョットした話題だったらしいが、
なんといっても貧乏藩。
最後は門松もだせねえのか!と揶揄嘲笑のマトだったようだ。
明治維新という大改革のおかげで、財政状態は息をついたはずだが、
ロクに家産保全も出来ないままじり貧。
挙げ句の果て、家財の大ガレージセール
この時、三十六歌仙絵巻物を切り刻んで売りに出すという
あってはならない暴挙まで。
今の貨幣価値だと、切り絵一枚一億円くらい?
買い手リストがまだ残っていますが、当時の有名人がズラリ名を連ねます。
悲しいかな切り絵は流転し、いまや行方不明もあるやに。
最初の買い手の手元にとどまったままなのはほんの少し。
個人蔵が多くこのまま退蔵されていきます。
松飾りを生身のヒトザルがやるって面白いと思うが、
秋田県庁で初出の日にやれば話題。
確か今の知事は佐竹の末裔ですよ。
かまくらもナマハゲも先細りみたいだから新たな観光資源に
公務員が率先して(^^)
2018年1月2日火曜日
絶滅歳時のさまざま(2)
俳句は主要な守備範囲だと考えないものだから、
歳時記は...何処かにあるのだろうが、
真面目に読んだ記憶がない。
季語辞典ですから、四つに大別されていると
この歳まで誤解していた!って前置から今日も始まる(^.^)
どうも「新年」を加えて五つに分類されているらしい。
お正月の風景も様変わりした以上絶滅季語の宝庫に違いない。
かの夏井いつきさんの著作を引っ張り出すに、
あるはあるは....
昔ながらいまでも
昔はともかくもいまでは
昔はこんなことまで
風景的には以上のように分類されるのだろうが、
結構最後が多いところが時代の変化。
ところがですねえ
ヒメハジメ
が、絶滅季語に掲載されていない。
微かな記憶だが、この言葉は季語の筈だ。
当然ながら「絶滅」したと思っていた!
したり顔でこの駄文を読んでる向きは国語力の無さを思い知るがいい(^.^)
実は蝸牛も知らなかった。
思い浮かんだイメージは間違いでは無いが、それはマイナー解釈
卑猥な事を思い浮かべてはいけない。
Wikiによれば....
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姫始め(ひめはじめ)とは、頒暦の正月に記された暦注の一。
正月に軟らかく炊いた飯(=姫飯(ひめいい))を食べ始める日とも、
「飛馬始め」で馬の乗り初めの日とも、
「姫糊始め」の意で女が洗濯や洗い張りを始める日ともいわれる。
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さあ、思い知りましたか!(^.^)
正しい語彙が失われていることに想いを馳せ、
今晩は飯を柔らかめに炊いてカレーにするかな。
2018年1月1日月曜日
年頭歌
これ以上はないだろう新春和歌(無論自作です)
鶏日に 狗日猪日が 羊日と 牛日馬日 やっと人の日
元旦から七日までのそれぞれの日の季語のオンパレード(^.^)
季語しか並んでいないが、短歌とも狂歌とも判じ難い。
もっとも、こんな絶滅したとしか思えない季語がある(あった)のだ。
食物連鎖の頂点にたつヒトザルとしては、新年くらいは
日頃の食卓の恵みを思い浮かべ感謝を込めて日々拝み奉る。
優れて山川草木悉皆仏性を内心に秘める倭人に相応しい。
昨年からアナログな賀状を断りもなく辞めさせていただいておりますので、
この一首がご挨拶かわり。
皆様方には良き一年でありますように。
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