2026年1月31日土曜日

固形降水現象

 



冬の風景として、いずれが勝れる?

事更に優劣をことあげするものではないが、雰囲気として、霰が好きだ。


AIの講釈だと、、、

いずれも雲から降る固形降水現象ながら、その状態とサイズで区別される。

その通りで間違いはないようだが、即物的で情感が著しく欠如している。果たしてAIが恋の和歌なんか作れるものか?いや、つくれるだろうが読み手のこころに染み入るかなあ?

事実AIの和歌の解釈は、アタシの理解と真逆だ


名題の和歌は、訶花和歌集収録の和泉式部の作品

ある歌人によれば「雪」ならば情趣が深くなりすぎるし「霙」だと湿度が高くなり過ぎる。「霰」のようなある意味カラッとした情景を醸し出すのが、名手の腕だと


冬の暁月ころ

今宵も待ちぼうけみたい

竹の葉を打つあられを枕に寝ちゃうかなっておもうんだけど、一人っきりだからあのリズム感で目が冴えちゃうじゃない


かの和泉式部をすっぽかすとは度胸のあるオトコだなあって微苦笑しますが、代わりは幾らでもいるんだからって、彼女はサバサバあっけらかん(AIの解釈では、悲嘆の涙だとさ)

2026年1月30日金曜日

良き字をつけよ

 



丸谷才一さんが書いておられましたが、多分に誰かの受け売りで本人の新発見かどうかは、、、


曰く、、、お騒がせな主上には「尊」のお名前!
例えば、順不同ながら

後醍醐帝 尊治

後鳥羽院 尊成

そして親の因果で、、、流罪の憂き目な

順徳帝 守成

仲恭帝 懐成 にも「仁」はなし。


天皇家伝統の「仁」は清和天皇の頃に始まる定番なのですが、どこにでもへそ曲がりはいるのです

天皇家はみんながみんな「仁」を受け継いできたわけではないのだ。

かつては避諱なる慣習があり「仁」なんぞを子供の名前につけるなんて不敬の極みと言われました。

家鋪高仁

ふつうは「やしきたかじん」、、、と呼ばれていますが当時裕福だったらしい父親が然るべき方に命名を頼んだら、、、こんな不敬なことはない!と激怒し、戸籍上は「タカヒトでなくてタカジ」になっているそうです。

2026年1月29日木曜日

三つの鑑(鏡)

 



鑑....とは、昨今は鏡の字が使われますが、原典は鑑であり、こちらの方が居住まいをただしたくなる。


漢文を横書されると、素直にアタマに入らないが....

唐書、魏徴傳


徴薨、帝後臨朝歎曰、

以銅爲鑑、可正衣冠

以古爲鑑、可知興替

以人爲鑑、可知得失

朕常寶此三鑑

内防己過 今魏徴逝 一鑑亡矣



唐帝国の太宗皇帝(李世民)とそのベストアンドブライテストとの言行録が貞観政要。
必携の帝王学書と言われるが、普通にビジネスリーダーシップのハウツウ本。
かなりお手軽だからさらにその解説版までを必要とはしないが、結構書店に出回っています。

お手軽に得られる知識は所詮はその程度。


冒頭の一文は、皇帝の首席補佐官とも言うべき魏徴が亡くなり、それを述懐した太宗の嘆き節。
ボスにかように言わしめれば部下としてこれに尽きるものはない。

平明にいうと.....ヒトザルには大切な鑑が三つある。

我が身を写す姿見
歴史の移り変わりを述する史書
言動の範たる側近や友人

朕はその大事な鑑のひとつを失ってしまった...

確かになあ
服装の乱れはこころの乱れだし、顔付きに怒りや憂いが有れば臣下や民草は不安になる。

歴史に学ばす経験にしか...とはよくある話だが、
歴史に学ばないと経験すら活かせない。

最後は言わずもがな。


皇帝(リーダー)にはさしたる才能は要らない。

ただ佞臣を遠ざけて耳の痛いことしか言わないヒトザルを周囲に集める事

あとは後継者の目利きかな。

2026年1月28日水曜日

オスカーレース2025

 



とりあえず作品賞を中心に、、、、

最大枠の10本が選ばれましたが、期待の向きに虚しく邦画は全滅。冷静に見れば当然かも


ノミネート作品のうち、四本しか観てません。

正確には観る機会を与えられなかったが、毎年のことだから腹も立たないし、まだマシな方。


観た中では、、、


F1

ワンバトルアフターなんとか


は、極私的なシーズンベストテンにランクインしています。

フランケンシュタインは、悪くないがホラー系はお好みではないし、罪人たちは、、、居眠りもせずに観たから、でも特異な作風だし、再現すれば評価かわるかもしれない。



邦画興行界絶賛の


国宝

鬼滅の刃、、、


いずれもハリウッド映画感からは評価されなかった。

国宝の主題は「芸道」だろう、、、でも、あれは芸道映画じゃない。

鬼滅の刃は、、、アニメでしか表現出来ない世界だが、アニメでなくても表現できる世界こそが高く評価できます。

シネコンはアニメ作品が席巻してますが、漫画原作ばかりで私の目からすればかなり危うい。

あの「この世界の片隅」のような作品ならば、見解を改めますが、、、




2026年1月27日火曜日

サラエボの花はどこ?

 




声高に拳を振りかざすだけが「意思表示」でない。
日本のスポーツメディアだと、絶対に口にしない事を殊更に書いてみよう。

別に今回のミラノコルチナの参加選手がなんらかのアクションをしろと教唆しているのではないし、そんじょそこらのアスリートがやろうものなら笑止か売名

五輪のフィギアで金メダルを三回取る事は偉業だし二回でも大変な事
この二連覇の女王が、カタリーナビット
オリンピックでは、サラエボとカルガリーで金メダルを勝ち取り.....ヨーロッパ選手権では、勝っていない年の方が少ない。
しかし、彼女の最高のパフォーマンスは、突如出場したその六年後のリレハンメルのフリーの演技


この年の女子フィギアの三人のメダリストっていったい誰だい?
覚えているのは、ケリーマリガンとトーニャハーディングの痴話喧嘩みたいな確執くらいで、のちに映画素材にもなった。

カタリーナビットはメダルはおろか入賞にも届かなかったが、そんな事はどうでもいい。
初めてのオリンピックのサラエボが、戦火で蹂躙されたにも関わらず国際社会は無力。なかんづくIOCなんか興味すら持たない。
彼女一人が、銀盤の上でかの反戦歌に乗せて世界にアッピールしたのです。

だっから、、、声を大して、サイレントマイノリティは、記録より記憶!!


2026年1月26日月曜日

小屋(5)

 


大阪市西区に「九条」という場所がある。

一条から八条までがなくて、唐突に、、、(^^)

浪速のオッサンが、飛田や九条と口に言えば、、、まあ好きもの。


アタシも九条には脚繁くお邪魔しましたが、かなりシュールな小屋が目当てで、オッサン達と一緒にされるのは不本意だ


シネヌーヴォ九条


スクリーンが二つあり、あわせても百席に満たないが、映画愛の熱量は座席数とは無関係。

マニアックやカルトを超克したようなラインナップです。


アルジェの戦いの再映はここで観た

チリの戦いは睡魔と闘いながらの三時間

黒木和雄回顧展は、、、後年の左派系映画人が絶賛する作品は全てシカトし

祭りの準備

日本の悪霊

龍馬暗殺、、、、は、まじろぎもせず



この「彼女」は、清純と知性を売り物に「お嫁さんにしたい云々」とまで言われましたが、祭りの準備に出演した時は、結構キワドク(再見した際に景子さんだとやっと気づいた次第)



まあグラビアでブレイクした訳じゃないから、どうでもいいことです(^^)




2026年1月25日日曜日

パリの「桜田門」

 


オルフェーブル36(オルフェーブル河岸36番地)とは我々の馴染みでいうと桜田門、、、つまりパリ警視庁のこと

実際にお邪魔した事はありませんが、シテ島の真ん中にあるようです。

この無機的としか言い様のない映画タイトルですが、フランス映画にはままあるのです。センスある日本の映画人の手にかかれば(これもまたままあるのです)


あるいは裏切りという名の犬


パリ警察を舞台にする三部作の第一作目ですが、これが大評判になり三作まで製作された。二作目以降の評価は知らないし観てもいませんが、日本公開タイトルだけは、、、二番煎じ、三番煎じなんですよ。

やがて復讐という名の雨
いずれ絶望という名の闇

すこし笑えます(^^)

第一作は実に素晴らしいフレンチフィルムノワール、、、だとアタシは思います。


フィルムノワールって元来はフランスの映画評論家によるアメリカンの犯罪映画のあるジャンルの名称ですが、逆輸入の形でフランス映画にも形容されるようになった。
自由恋愛がお国柄ですが、オンナっけはあまりなくて、ホモチックな男の友情と裏切りや葛藤なりがムンムン。

この映画もそのセオリー通りですが、ギリシア悲劇的な古き良き時代の任侠映画を彷彿とさせます。

あまり話題にならなかったのは、まことにお気の毒。

けだし、記録には残らないが、記憶に残る無冠の名作。



2026年1月23日金曜日

満場一致

 



ユダヤ人と日本人(多分、山本七平さんの自作)のなかに「満場一致は無効決議」という本当にユダヤの慣習かどうか疑わしい記述があります。

一般的に「満場一致の誤謬」と言われるもので、委細はウィキなんかにアレコレ書いてますから再説はしないが、感覚的に「満場一致は胡散臭い」のですよ。


イチローさんの野球の殿堂入りが満票で無かったことに物議が、、、アメリカでの論調を正確には知らないが、同調圧力が激しく身贔屓もある日本国内では反対の一票を蛇蝎のように、、、でもアタシは異議を唱えるつもりはない。


このテーゼの意味をツラツラ考えるに、、、、
アメリカンの出来の良い陪審員裁判映画を思い出します。

全員がギルティの心象を持つが、あえて無罪を主張する陪審員がいる、、、、つまり決め打ちせずに先ずは議論すべきだ。新しい視点がみえてくるかも知れないし、成熟したデモクラシーとはそういうもの。


今回の事例に照らしても、満場一致でなかったが故に議論が巻き起こり、イチローさんの評価を更に高らしめることになったという事かな。


歴史的な傑作である「12人の怒れる男」も、そのリブート版ともいうべき「陪審員二番」も、状況的にはギルティと思われる被告の冤罪を晴らしていく。

しかし、リブート版はいささかオチが惨い(トリモナカズバウタレマイニ)

2026年1月22日木曜日

春を告げる雪

 


でも、、、こんな風に考えましょうか?


雲の向こうから降り頻るのは、白雪じゃなくて春告げる花の気配なんだ。

少しは寒さ凌ぎになったかしら?

痩せ我慢も大事です


作者は醍醐帝に仕えた下級貴族

清少納言の祖父とも曽祖父とも言われるが、歌才のDNAの継承からすれば、曽祖父の可能性が高い




2026年1月21日水曜日

スマホの置き忘れ

 



以前にも危惧の念をネタにしたが、実際に我が身に降りかかれば、、、、

閉館間近の公設貸本屋にスマホを忘れた。
アレコレと対策は講じているから、あり場所は分かっているし、不正利用やらのプロテクトも講じてある。
が、翌日は休館日。
なんせ公務員は融通が利かないから、もどかしくはあるが、諦観してスマホのない生活をおくることにあいなり、、、駄日記の連載記録も途絶えしまう。



SNSから解放されるのも、なんだか奇妙な気分



お出かけするにも交通系ICカードはウォレットの中

お買い物はスマホ決済は出来ないし、クレカもウォレットに搭載

マイナカードや保険証やら果ては貸本屋さんの図書カードもスマホのなか

知り合いの電話番号やメルアドは、、、iCloud の中だし

有価証券の売買も出来なくなり、対人取引にしようとしても、、、営業店まで足を運ばないと



ノートPCは寒村陋屋にしか置いていないし、大都会の一隅に棲みながら、まるで「芦屋」原人の生活と変わらない。

やっぱり「忘れもの防止タグ」を買っておくべきだったかなあ(でも仕様を見る限り効果は限定的だ)

2026年1月19日月曜日

銀嶺座

 



神楽坂は、プチおしゃれなで品の良い街だが、明治期は結構な繁華街。
飯田橋から坂を登っての散策はしんどいから、牛込からブラリ下り。
坂を降り切った先の外れに、ギンレイホールがある。正確には「あった」と言わねばならないみたいだ。
例の如く、建物の建て替えに伴い「一時閉館」、、、というものの、再開計画が開示されないまま、3年くらい経つ。


いわゆる「名画座」なんですが、いつも混雑している。秘密は「サブスクリプション」

観客の半分以上は、定額会員。

確か一万円の年会費だったが、毎月足を運べば充分元がとれるから、映画好きな暇人にはたまらない。


他例は聞いたことがないが、、、儲かるというよりも、閑古鳥が鳴くよりも観衆の熱気が小屋の肥やしってことなんだろう。

でも、アタシは大きなスクリーンを「独り占め」する方が好きです。

2026年1月18日日曜日

新年ランチ会

  


馬鹿娘一家達との新年ランチ会。
たまには、、、、って、豪華素材の中華コース(自分が食べたいから)にした。

ガキンチョにはさすがに勿体ないから、コースは大人だけで子供は
点心
鶏カラ
湯麺やら、、、、551と変わらんなあ(^^)

高い食材を所望したが、熊掌、海燕巣なんかはとても無理と言われ、、、

海鼠

鱶鰭やら、、、が限度


珍しいこともあり美味しかったが、最初にかようなものを食べた華人は勇気がある

高級食材とはグロテスクの代名詞


カバー映像は、調理前の動いている鮑と、手前のスープは、姿煮の鱶鰭をくいち食い散らかした後





2026年1月17日土曜日

佐藤義清

 


清涼な仏の国を浄土という。

仏もさまざまだからえ、浄土もあちこちにある。
別に西方浄土だけが浄土ではないが、阿弥陀仏がおわすって事で人気があり代表的なだけである。

西行・・・・西に行くという事自体、出家の身としては理想的な命名かもしれない。


俗名 佐藤義清(蝸牛の陋屋あたり出身の武士)
眉目秀麗無双の院北面のガードマンであったが、それが災いし、高貴な女性と間違いを犯してしまった。
女性にとっては単なるアバンチュールであったが、舞い上がってしまった義清
女性には鬱陶しくて面倒なもんで、阿漕ヶ浦(度重なれば現れもする・・という定番の和歌)って謎かけをしたが、無骨な義清は意味がわからない。


冷ややかに「そんなことも知らないのですか?」と嘲られ、恥じ入り二十歳前半で出家してしまったというのが、西行伝説の始まりである。
太田道灌の山吹の枝みたいな逸話にゲンジの朧月夜との逢引を合わせたようなものだが、真偽は定かではない。
ちなみに女性は、待賢門院らしい


出家したんだから、修行に専念すればいいものを、歌を読み権門と交流し、名声保持に余念のない生臭さ。
歌風と言えば、平明でスッキリしたのが特徴
狂言綺語を駆使し技巧の凝らした歌群の中での清涼感が受けたようだ。新古今集収録歌数ナンバーワンですから、後鳥羽院が御贔屓だったみたい。しかし、後年、流罪となった隠岐島で再編集したバージョンがあるのですが、西行作品はバッサリ割愛。

理由はわからない。


津の国の 難波の春は 夢なれや 蘆の枯葉に 風わたるなり


きりぎりす 夜寒に秋の なるままに 弱るか声の 遠ざかりゆく


闇晴れて 心の空に 澄む月は 西の山辺や 近くなるらん

2026年1月16日金曜日

状元、傍眼、探花

 




何のこっちゃ?

試験成績ランキングのトップスリーの事

科挙に由来し、我が国では「状元」はたまに眼にしますが、三つとも誦じているのは、、、知識人というより暇人(^^)

海軍ならば、ハンモックナンバーが一番と言います。


TOEICの集団不正事件

やはり、首謀者や彼に踊らされたのはチャイニーズ達らしい。勉学努力以上にカンニング技術に精を出すのは歴史的にも彼らの習性あるいは本能なんだ。


科挙の時代から今の高考に至るまで、中華の受験地獄は我々の想像を絶する。

人生成功の一発勝負。合否は本人のみならず一族郎党の人生までも左右する。

理由は定かでは無いが、我が国は幸いにして「宦官、纒足、科挙」を採用しなかった。


実際のところ、状元だからといってキャリア官僚のトップとして盛名をはせたのは文天祥くらい(悪人はごろごろいた模様)

学歴と試験の成績は、必ずしも人格や能力を具現するものじゃないことがよくわかります。



写真のご本は、碩学宮崎先生の名著(軽妙にお書きになっておられますから、実に読みやすい)

昨今は、ハイテクノロジーを駆使しますが、科挙の時代はひたすらカンニングペーパーを作ること。

なんとまあ、、、四書五経七十万字を書き込んだ下着着用の受験生までいたらしい。


洒落話しとして、必死でカンニングペーパーを作っている事即ち勉強の成果となり、結局そのペーパーは使わず合格した事例がありますが、この下着は露見したようです。


ストイックで根が清廉な日本人の美徳なんだか、グローバリズムの中では、悪貨は良貨を駆逐し、朱に交われば赤くもなる。

哀しい話だが、性悪に備えた対応が不可欠な時代だ。

2026年1月15日木曜日

ジャッジメント

 


剣道の判定には詳しくないもので、以下はまったくの受け売り(亡父の師匠であったナントカ流の宗家の言)


剣の世界は「残心」とやらを重要視する。
単に一本入ればいいってもんじゃなくて「よしやった!」なんてガッツポーズをやると取り消されるとか・・・

まるで旧態然とした高校野球です(^^)

もう少し実際的に言えば「七人の侍」の名場面を想起すればいいが、実は柳生十兵衛のエピソードに由来


旅の武芸者と木刀で立ち会う久蔵(宮口精二さん)
見た目相打ちで終わるのですが、久蔵は「拙者の勝ちだ」相手は憤然として真剣の立会いを望む。
見物している勘兵衛(志村喬さん)・・・・・「勝負は見えている」

要するに、真剣であれば相手を切り殺したか、切り殺せたかという事が一本の勝負の判定判断
例えとして実にわかりやすい。
防具をつけた竹刀での鍛錬とは、真剣勝負の擬制である以上当り前と言えば当たり前
しかし、人切庖丁をもったこともない、あるいは唐竹や麦藁を切った事があるかどうかも定かでない者がわかるものなのか(ありていに言えば、竹刀剣法しかやった事がないなら論外)
ささやかな経験からすれば、碁盤の角にすえた二尺の太竹や麦藁を斬るのは大変なことだ
太刀さばきが華麗だから、構えが凄そうだから斬れるってものじゃない。
この世界の業界人がすべからく勘兵衛さんほどの眼力を持ってとは思えないし、それは審判という立場でも誤差はあるまい、、、と素人ながら思うのです(名選手が名審判になれるかどうかもよく知りません)



個人的にはビデオ判定には懐疑的なのですが、、、
判定とは神の領域に近い。
間違いも含めて、それが競うってことだしその結果が理不尽であっても神の気まぐれだと言うこと。
競技に限らず、世の中全般が太古の昔から理不尽なものと決まっている。司馬遷は「天道、是か非か」と悲痛にかつ諦観を込めて言い切ったのはそう言う意味。

しかし、神の域に多少は近いヒトザル審判がどれだけ居るのか?って考えれば、、、

更に、スポーツがエリートの趣味から巨大ビジネスにかわってしまった以上判定結果に多額の金員が絡むようになった。
そう諦観ばかりもしていられないのが世間の流れだから、もはややむを得ない。



2026年1月14日水曜日

スーパーボウル60

 


ダメだったか、、、


NFLは二つのカンファレンスに各々ほ四つの地区

地区優勝チームとワイルドカード選出チーム三つがカンファレンスの優勝を競い、最後の優勝チームがスーパーボウルの覇権を争う。


組み合わせは表の通り

ナンバリングの5以下はワイルドカードチーム。この連中が最後まで這い上がる可能性は低いが皆無ではない。


御贔屓チームは「惨敗」

往年の名QBの限界かしら?

それに伝説の「鉄のカーテン」ももはや「ラスト」カーテンかなあ?

毎年ポストシーズンは狙えるが、さらにその上には届かない。まるで、箱根駅伝の母校みたいだ😵😵



感の悪いアタシのスーパーボウル予想


バッファロービルズの優勝!!?(最有力らしいブロンコスに勝てば、、、)


名前からして中西部のチーム、、、じゃないのよ

古い歴史ながら「呪われた」チーム

あの66年のラスト八秒のミスキック(成功確率の限りなく低いキックですなんですが)

以来、ロンバルディトロフィーには届かない。




2026年1月13日火曜日

春告花、、、景季

 



一輪ほどの暖かさ・・・・江戸時代の俳人である嵐雪の一句。
春告花といえば、梅に如かず、、、

漫画喫茶で前田慶次のコミックを漫然とながめていると・・・
皆々晴れやかな装いの殿の御前に地味な黒装束な慶次郎。
眉をひそめる一同の中、泰然と殿に対峙し平伏
さすれば、衿肩にさしたる一輪の白梅

憎いですねえ(笑)
奇をてらった振る舞いですから、決して主君からは
心底褒められはしない。小憎らしいとか内心馬鹿にしよって・・・って心に澱が溜まる
実話かどうか定かではないし、誰かの真似をしたってありありです。
適宜適切な本歌取りというのは知性主義の表れですから、本当は怒る方がそのレベルがわかるってこと



多分ですが、梅一輪をその場の機転で身にまとうというのは、、、
源平生田の戦いでの、梶原源太景季のエピソードに因む。
戦闘の過程で自分の旗印を失い、さて、如何なるものかって際に・・・


所は生田なりけり
時も昔の春の
梅の花盛りなり
ひと枝手折りて箙にさせば
もとよりみやびたる若武者に あいおう若木の花かずら
かくれば箙の花も源太も 

我先駆かけん先駆かけんとの
心の花も梅も 散りかかって面白や


箙(矢を入れる道具)に梅一輪をさしたる奮戦振りに味方敵とも感嘆したと、、、盛衰記には書かれていますし、この小謡は能楽の箙の一節


なかなかカッコの良い若者です。宇治川の先陣争いにも登場しましたし、親父があの悪名高い梶原景時とは、俄かには信じ難い。

2026年1月12日月曜日

小屋(3)

 




神戸は映画発祥の地と言われる。

初めて商業上映された事を記念するもので、それに因んで「映画の日」が定められたらしい。


だからか、神戸や阪神間には浜の真砂程も小屋があったが、栄枯盛衰の結果いまやオワコン状態。

シネコンを別にすれば、灘区以東の阪神間には「小屋」は皆無同然


神戸市内でも、、、新開地にポツポツ。

いずれも老朽化した建物の間借りだから、余命はあと僅かかも

閉館や廃業を惜しんでいるわけではない。新陳代謝は資本主義経済の活力だが、なんせ新規参入が全くない。


一番レトロ感満載が、新開地の湊川公園地下の「パルシネマしんこうえん」

しかし、いまどきキャッシュオンリーだし、ウェブサイトは何故か繋がらない。

プログラム編成に映画愛は感じるが、、、

2026年1月11日日曜日

ドラッカーとマキャベリ

  



劣勢甚だしい組織のリーダーである西住まほが、戦車道で勝ち得たのは、別にドラッカーを愛読したわけではない。
変革力や、組織運営力は天性の部分が多く、教科書の知識だけで得られる事ではない。
当たり前のように振る舞える天分なり才能を後付け的に美しく説明してくれる程度の効能は否定しないが、それ以上ではないと思っている。


前田敦子版映画は大コケ。
製作スタッフたちは、ドラッカーからなにも学ばなかったのかしら?

所詮学ぶに値しないのか、ミズ商売にはむかないのか?
もっとも、版元は大ベストセラーをゲットした以上、二匹目のドジョウねらい。オリジナルも売らんとの魂胆らしく、今度は、、、、

イノベーションと企業家精神(ドラッカーの名著)

ヒロインは、相も変わらず野球部マネージャーという
どんな大根でも演じられる便利なキャラクター。お好みの素材ではないので、枕の話題としてはここまで。



どうせなら・・・

もしも、大洗女子学園戦車道隊長の西住ミホが、ドラッカー・・・じゃなくて


もしも、生徒会長の椅子を狙うクラス委員が、マキャベリの君主論を読んだら

企画としてはこちらの方がエレガントです。
ドラッカーが、五百年後も生き残るとはおもえないが、マキャベリの命脈は永遠。
生き長らえるとは、綺麗事を言わない事だ。

建前のお花畑の空論よりも、冷徹なリアリズムです。










よいこの君主論は、小学生の覇権争いがテーマですが、女子高を舞台にしても・・・・まあ絵にならないか(笑)
オンナは、権力のような形而上学相手には争うようには出来ていない。

2026年1月10日土曜日

ノンキャリの革命

 


史伝を読みながら、絶えず自戒する事

平時には波風に立たないやり方でもいいが、有事ともなれば・・・


明治維新は幕府の瓦解におわるのですが「瓦解」ではなくて「自壊」という方が正確な気がします。

権力とは倒されるものではなく「倒れる」もののようです。
自壊の理由は様々でしょうが、ハードウエアやソフトウェアの老朽化もありますが、まずもってヒューマンウエアの不全が大きい。
歴史を動かすのはヒトザルです。
それは人民なんて無名の大衆でなく無名の大衆の組織化に成功した一握りのノンキャリア(あるいは知識人)である。
マルキストは顔をしかめるだろうが、レーニンの革命組織論には、ハッキリ書いてます。

有事には学歴エリートに代表されるキャリアは役に立たない(少なくとも、、ことが多い)
幕末の有名人とか英傑の多くは下級武士やそれ以下の身分である。
ノンキャリや派遣身分で才あるものを伯楽が見出した例は数多。
榎本武揚は徒士目付の次男坊ですから幕臣とは言え御家人

勝海舟は祖父だか父だか忘れましたが、御家人株を買い取った似非幕臣
渋沢栄一に至っては百姓のせがれである。

薩長と幕府の決定的な違いがあるとすればこの点である。
幕府だって公称旗本八万騎

無論名馬がいなかったわけじゃないが、伯楽がいなかった。あるいは駄馬でもG1に出走させる様なシステムがなかった。

有事における人事システムとは、年次や兵学校での成績なんかに頓着しないのが当り前。日露戦争の際には児玉源太郎があえて格下の参謀総長に就任したりしていたのですが、太平洋戦争ともなれば、人事システムが硬直し米軍と比べて悪い意味で異彩をはなったそうな。


大政奉還を決意した慶喜は、反対する高級幕僚達に言い放ったそうな

其方達のうちに如何程の大久保・西郷・木戸がいるのか?

天唾って、これを言う。
居たんですが、抜擢登用して自由に働かせなかったのはいったいどこの誰だい?

2026年1月9日金曜日

Gift

 


某経済雑誌オンライン版を斜め見するに、、、まだこんな記事を掲載してるんだ🥱🥱  


曰く、、、才能か?努力か?なんて、二択問題にはなるはずはないんだが(^^)

そんなことは、韓愈(唐代中期のキャリア官僚にして大文人)の「雑説」で既に喝破していますし、エジソンだって、、、

インスピレーションは1%、残りは発汗


彼らの意味合いや力点の置き方は多少違いますが、努力しないと大成しないし、コーチングも重要だし、個々のヒトザルがもつ潜在的な優れた才能って実はよく分からないし潜在能力を見出し顕在化させるのは大変。そもそも才能が皆無だと流した汗は全て無駄。


しかし、この雑誌の記事にも取り柄が無いわけではなく、シタリ!って思うところも大


神童なんて雑技団の余興みたいなもの(とは書いてませんが、アタシの読み筋はそういう事)


音楽家が大成するには一万時間の基礎練習が必要らしく、ソリストとその辺の音楽教師では練習の蓄積がまったく違う。

でも、モーツァルトさまがおられじゃんか?!なんて反論があるだろうが、実は有力な反証がある。

彼は十歳になるかならない内に様々な楽曲を作曲したと言われるが、それらの曲には親父さんの手になるあるいは手が入っている。

同じ楽曲でも、いたいけない子供が作ったと言えばスポンサー受けするあざとい営業センスです。

彼のマトモな真作は、二十歳以降の作品に限られる。


一般的に天才的な子供さんってまず大成しない。

幼くしてカーネギーホールでのソロ演奏の喝采なんて、誰とは言わないが未来を保証せず大抵は「ただのソリスト」に落魄れる。


音楽に限ったことでもなく、シングルゴルファーになるには、ダンプ一台分の球を打て、、、も似たようなもの。

高偏差値な学校に一流のフィジカルアスリートがいない事もまた然り。若い頃に一万時間の基礎練習なんかやる暇がない。ある程度の年齢になっても第一線で活躍できる競技ならば、、、ポツポツとそれなりのアスリートが登場する。そうなれば地頭が良いと非常に有利だ。

なにかに於いて、一流はアタマが良いのです






2026年1月8日木曜日

温故知新、、、選挙

 



次の国政選挙はいつやら、、、政権が勝てるタイミングで好きに選挙告示をやるってよろしくない。

アメリカンのように、あらかじめスケジュール化しておく方が公平だ、、、という前置き



日本国の近代化の大きなマイルストーンが第一回衆議院選挙(1890年)
左翼史家日本史では「差別的な制限選挙」であった!と切って捨てるのが、そんなに馬鹿にしたものではないし、比較して今の制度がエクセレント?

定数300でほぼ完全な小選挙区(都市部に僅かに二人区がある)制度。比例区での復活当選なんて愚かな事はしない民意の一発勝負!
但し「一票の格差」は凄まじい(と思われるが、詳細迄は不明)
府県単位の有権者数と議席(最大と最小の比較)
滋賀 15456人( 5議席)
東京  5715人(10議席)
今なら「違憲状態」どころでは済まないが、一票格差が皆無が選挙の絶対解でもない

なお有権者総数は46万人(人口比では1%強だが、投票率は94%)
主権者意識(責任感)の希薄な有権者の数ばかり増やしても馬鹿馬鹿しいし、むしろコスト倒れだ。
基本的に投票率は主権者の問題です。ロクな候補者や政党がいないって要素もあるが、それは有権者の文句や言い訳に過ぎない。
候補者総数は定数の四倍くらいですから、制限選挙であっても、政治に身命を賭ける人材は少なからずいたのです。

選挙権と被選挙権の要件は年齢条項が多少異なるが、

男性
日本国籍保有者
直接国税15円以上の納税者、、、までは同じ

なお、この時代の直接国税とは地租(所得税も含まれるがまだ徴税額は微々たるもの)のこと。
ざっぱくに言えば、地租とは固定資産税。
ストックのある者が政治に参加できる仕組であり「地主政治主義」だった。

ウィキには第一回衆議院選挙の当選者一覧が掲載されていますが、実に面白いというか摩訶不思議。
知名度がそこそこあるんだが直接国税をそんなに納めているとは思えない御仁が散見される。
幕末騒乱期から政治で東奔西走し、正業にもつかず蓄財に励む時間なんかなかったはずなのですが?
どうも草莽らしき資産家がスポンサーになって被選挙権要件を満たすような細工(名目的な財産分与とか)が黙認されていたようだ。
要するに「出たい人より出したい人」を後押しするって、今風ならば「クラファン」

実に素晴らしいシステムではないか。



何をもって進歩(政治とか民意や民度の)というのかよく分からないが、それでも今の選挙制度の方が格段に進んでいる、、、って言い切る自信はアタシにはない。
松下政経塾、、、、ジバン(世襲)やカバン(財力)に依存しない政治家の育成に貢献したと思うし、開塾以来宰相が二人生まれましたし、結構な数の議員がいますが、、、、幸之助氏の意図通りでもない。

最後のカンバン(知名度や人気)だけで、当選する候補者もいますが、人気が色褪せた芸能人や退役アスリートばかりじゃそれは多様化ではない。


こんな悲観的な妄想がおもいうかべるようだと、、、余命が少ないって、未来の見たくないものを見ないで済むしあわせかも(^^)

2026年1月7日水曜日

今年も七草

 



芹薺御形繁縷仏座菘蘿蔔....春七草

ゆかしく漢字表記にしました。
春の七草だと言われれば初見でも想定の範囲だろう。短歌調の語呂合わせは一旦覚えればまず忘れないが、黙って出されたらまず分からない(アタシも無理だ)

戯言のついでだから、、、秋の七草も


知名度は格段におちます。
山上憶良作の覚え方の語呂合わせ和歌がさほどのモノとも思わないし、それに春のように食いものじゃない


萩の花 尾花葛花 なでしこの花 女郎花 また藤袴朝顔の花
 

万葉の時代からの伝統的風習だと言う事を知るだけの雑学
短歌調で七つ並べるだけなら、アタシだって出来ます

藤袴桔梗撫子女郎花葛萩薄....秋愛草花

なんとなく漢字でも意味が通じそうな、、、山上憶良よりも出来栄えがよいのではないかと自画自賛❣️

2026年1月6日火曜日

讃岐

 


全集やアンソロジーの編者は必ず「校正」なるものを行い、明らかな誤植や誤謬を訂正するが、ままあることが改竄まがいの「言葉弄り」

百人一首にも収録された二条院讃岐の名歌。
通常は「千載集恋部」として紹介されますが、寄石恋(石に寄する恋)なる歌題への回答歌
笑点の大喜利みたいなものですが、内裏の歌会で披露されたのでしょう。
あまりの出来栄えに、、、座布団三枚なんてことではなく「沖の石の讃岐」の雅称を賜り、雅名は歴史に残った.....とかなんとかならば、そんじょそこらに書き散らかされていますから、アタシはあまり知られていない事を書いてみよう。


多分ですが、藤原俊成が千載集に収録する際にオリジナルの「書き換え」をやった可能性が高く、結果的に修正版が世の中に喧伝された


讃岐私歌集では(多少うろ覚え)

わが恋は潮干にみえね
沖の石の人こそ知らね乾く間もなし

みえぬとみえねの違いは文法的には大きいが、最大の違い、、、どころか和歌の骨格自体をかえかねない書き換えが「恋か袖」
縁語掛詞的な技法からすれば「袖」の方が洗練されているし、忍ぶる恋としても嫋やかで情緒がある。
しかし、宮廷人が最初に感銘を受けたのは当然「恋」のはずだ。

アタシの秘めたるかなわぬ恋
引き潮になっても現れるな!
誰も知らないのよ
潮に洗われる沖の石のようにいつも濡れ濡れのアタシの心、、、実に激しい怨情です。



ところで、誰かさんの鑑賞文だと裏読み解釈があり父親である源頼政の不遇の身を哀しみ、、、云々
千載集版ならば成り立ちうるかも知れないがオリジナルの「我が恋は」ならば、かなりな無理筋だと思います。

文芸評論なんか鵜呑みにするもんじゃないという恰好の例証だし、頼政自身が何時迄も三位になれない事を和歌に密かに秘めて、その甲斐あって昇進出来た逸話を重ね合わせたのでしょう。

2026年1月5日月曜日

小屋(2)

 



知らない世代がおおくなっが、アートシアターギルド(ATG)という映画製作会社があった。作家主義的な映画人が資金の半分を拠出し、通常の商業主義的な作品とは一線を画す。
その作品の上映拠点が、伊勢丹の向かいの「アートシアターギルド新宿文化」


キャンパスで知り合った某君に連れて行かれた。

番組は「エロスプラス虐殺」

大杉栄の日陰茶屋事件を背景とする三角関係のもつれからの痴話刃傷だが、あまり詳しくは記憶にない。

田舎人とは段違い、都会のそれも高偏差値な教育大駒場出身者はレベルが違うなあってコンプレックスばかりが(^^)

以降、足繁く通い作品毎に刊行されるパンフレット(という名のシナリオ付き当該作品の評論誌)をセコセコ買い揃えた。



バックナンバーが全て揃っていれば、稀覯本になるのだが多少欠本もある。

しかし、神保町の矢口書店ならば、結構なお値段で買ってくれるに違いないかも?


今の梅田のHEPあたりに北野劇場(東宝直営館)があり、その地下の「北野シネマ」もATGの拠点だった。どんな映画を観たか記憶はないが、北野劇場なら覚えている。

地方大学の受験の帰りに傷心の心癒しに立ち寄り「イージーライダー」を観た。

2026年1月4日日曜日

俳句のお正月

 


陽の下に新しきものなし、、、といいますから、年末年始は「定番お節料理的」にしかならない。だからといって、年始早々の大災禍なんて起きない方が良いに決まってますから、、、



やっぱり、第二芸術だもんなあ

でも稀に僅か17文字の中に宇宙を観ることがないではない
しかし、お正月俳句は月並俳句・・・・でもそれで十分なんです
句聖芭蕉の新年の俳句総ざらえですが、、、やっぱり三十一文字に比べて第二藝術だって思います、


幾霜に心ばせをの松飾り
鶯や餅に糞する縁の先
うたがふな潮の花も浦の春
おもしろや今年の春も旅の空
門松やおもへば一夜三十年
甲比丹もつくばはせけり君が春
元日は田毎の日こそ恋しけれ
元日や思えばさびし秋の暮
この梅に牛も初音と鳴きつべし
薦を着て誰人います花の春
蒟蒻に今日は売り勝つ若菜哉
初春まづ酒に梅売る匂ひかな
誰が聟ぞ歯朶に餅負ふ丑の年
誰やらがかたちに似たり今朝の春
庭訓の往来誰が文庫より今朝の春
天秤や京江戸かけて千代の春
年々や猿に着せたる猿の面
子の日しに都へ行かん友もがな
春たちてまだ九日の野山かな
春立つとわらはも知るや飾り縄
春立つや新年ふるき米五升
春や来し年や行きけん小晦日
一とせに一度摘まるる薺かな
二日にもぬかりはせじな花の春
蓬莱に聞かばや伊勢の初便り
発句なり松尾桃青宿の春
餅花やかざしに插せる嫁が君
餅を夢に折り結ぶ歯朶の草枕
山里は万歳遅し梅の花
四方に打つ薺もしどろもどろ哉


芭蕉作だから、無理して最後まで詠んだが、、、本当につまんない句ばかり(笑)
お正月気分も三日で十分です。

お節料理も三日までだし、超高級食材と言われてもなあ


数の子と黒豆に手作りさえあれば、、、

2026年1月3日土曜日

秋田佐竹藩

 



打ち枯らし 空櫃佐竹の 人飾り

台東区の佐竹商店街あたりは、秋田の佐竹右京大夫家の江戸屋敷の地であった。
佐竹家では松飾りの代わりに家中の武士が正門から玄関まで菊人形だか蝋人形よろしく正装で立ち居並ぶ様を正月飾りとした。
お江戸のチョットした話題だったらしいが、なんといっても内実厳しそうな貧乏藩。
門松もだせねえのか!と辛辣な江戸っ子の揶揄嘲笑のマトだったとも

松飾りを生身のヒトザルがやるって面白い趣向だし、人喰いクマはさておき、かまくらもナマハゲも先細りみたいだから新たな観光資源に裃袴姿で公務員が率先して

バッキンガム宮殿の衛兵みたいなものだし、歴史ある風物の再現なんだから、まさか自治労がとやかくクレームをつけたりは、、、するんだろうなあ