清涼な仏の国を浄土という。
仏もさまざまだからえ、浄土もあちこちにある。
別に西方浄土だけが浄土ではないが、阿弥陀仏がおわすって事で人気があり代表的なだけである。
西行・・・・西に行くという事自体、出家の身としては理想的な命名かもしれない。
俗名 佐藤義清(蝸牛の陋屋あたり出身の武士)
眉目秀麗無双の院北面のガードマンであったが、それが災いし、高貴な女性と間違いを犯してしまった。
女性にとっては単なるアバンチュールであったが、舞い上がってしまった義清
女性には鬱陶しくて面倒なもんで、阿漕ヶ浦(度重なれば現れもする・・という定番の和歌)って謎かけをしたが、無骨な義清は意味がわからない。
冷ややかに「そんなことも知らないのですか?」と嘲られ、恥じ入り二十歳前半で出家してしまったというのが、西行伝説の始まりである。
太田道灌の山吹の枝みたいな逸話にゲンジの朧月夜との逢引を合わせたようなものだが、真偽は定かではない。
ちなみに女性は、待賢門院らしい
出家したんだから、修行に専念すればいいものを、歌を読み権門と交流し、名声保持に余念のない生臭さ。
歌風と言えば、平明でスッキリしたのが特徴
狂言綺語を駆使し技巧の凝らした歌群の中での清涼感が受けたようだ。新古今集収録歌数ナンバーワンですから、後鳥羽院が御贔屓だったみたい。しかし、後年、流罪となった隠岐島で再編集したバージョンがあるのですが、西行作品はバッサリ割愛。
理由はわからない。
津の国の 難波の春は 夢なれや 蘆の枯葉に 風わたるなり
きりぎりす 夜寒に秋の なるままに 弱るか声の 遠ざかりゆく
闇晴れて 心の空に 澄む月は 西の山辺や 近くなるらん

0 件のコメント:
コメントを投稿