2017年9月19日火曜日

角田版源氏



七度生まれ変わっても読みきれるかどうか分からない書庫の山に何度も誓ったはずだが、、、
フラフラに舞い込んだ書店に平積みされた


角田光代訳 源氏物語(上)


一体どんだけのバージョンを買えば気が済む。
原典すら二種類もってます。
3分冊で、中巻は来年の刊行予定
往々にして遅れるものだから蝸牛庵が生きているうちに完結するかねえ?

実を申せば、彼女の愛読者でもない。
母校の後輩とも知らなかった。
映画化された小説は映画をみて得心しただけで現物を読んではいない。
さっきまで「ツノダミツヨ」だと思っていた(^.^)
お写真も始めて見ましたよ。
しかし、彼女の失われた時を求めて(新潮モダンクラッシック版)には
圧倒された。
なんだか、ハルキ同様に作家としてはともかく翻訳家としては
評価しちゃうってタイプかも。
お亡くなりになった森瑤子さんもそうだだなあ。
なもんで、この文学全集なんか手に取るつもりもないが、
これだけは....
いつもだとアマゾンで買うのですが、サイン本があったから
迷わず店頭購入。
まるで、ミーハーの所業だ!

いつから読み出すが思案中。
中巻が出るまで我慢するかなあ、、、




2017年9月18日月曜日

秋の臨時国会





目玉は何かなあ?
勇み足や口が滑ったり、手癖の悪さが露見して「お目玉」状態に
ならないといいがねえ.....(^^)


憲法改正審議はとてもやれそうもない。
政権与党の不徳よりも国民的に第九条理解があまりに稚拙だから。
いつまでも売文左翼みたいな憲法改正反対学者を騒がせない為にも
さっさとやればいいが。
此処まで紛糾させた元凶は最高裁。
伊達判決の際には明確に安保条約を合憲、
在日米軍は戦力ではないと!言い切ったが、福島判決に対しては
控訴審は統治行為論
上告審は訴訟適格性で門前払い。

まあ陰謀も有りましたが、田中長官と団藤先生のテイストの差もある。
とっとと自衛隊合憲判断を最高裁として明確に出しておけば良かった。
しかし長沼ナイキ訴訟の時代に司法として自衛隊合憲判決は躊躇したんでしょう。
今なら自信をもってかな(^^)
だからレフトも最近は自衛隊違憲訴訟が不利だと悟っていますから
裁判所で騒がない。


ということで、労働法の改正とカジノ実施法案が山場か?
どっちもあんまり興味がない。
聞き及んでいる内容ならカジノが成功するとは思えないし、
労働債権の時効を民法原則に合わせるって改正は対象外みたい、、、
所詮は賭場だし多少薄暗い部分がないと太い客は来ない。
働き方の改革のキモって一体なんなんだ?
誤解を恐れずに言えば、労働生産性劇的向上策!
だから「働き方」とか言っているうちはお先真っ暗。
本丸は「働かせ方」改革。



そうそう、民法の成人年齢の改正をやるんだっけ?
そんなことより刑事罰の年齢のほうがさきだろう。
選挙分野の男女共同参画も合わせて「お目玉」で流れないかねえ


しかし、臨時国会の冒頭解散説もあるなあ。
この風雲急を告げる時期に解散かねえ。
国家の危機管理に衆議院議員は役立たずだと言っているようなものだが、
もしかしたらそうかも知れませんというところが哀しい。

2017年9月17日日曜日

関ヶ原(2)





再説しますが、司馬さんの原作に忠実に映画化するのであれば「会議室の陰謀」を中核に据えて
描くべきであった。
合戦シーンなんかろくに予算もないのだからオミット。
経過を図上演習マップでマンガチックに表現するだけでいい。

かつての最高のNFL映画は「ドラフトの駆け引き」だけを描いたあれ!
フィールドの激闘シーンがなくともスポーツ映画はつくれる。




いまんところ、アマゾンプライムには登場しませんが、
首を長くして待っています。



関ヶ原の合戦の名目上の大義は「何方が創業家の後見」の座に着くのか?
と言うこと。
家康にせよ輝元にせよ、早晩取って代わろうと言う野心は同じ。
経験不足な二代目に跡目を譲っても戦国の国盗り武将の血が騒いだ生き残り連中は
あちこちに居た。
誤算は呆気なく半日のワンサイドゲームだったと言うこと。
これは黒田如水の逸話に詳しい。


ある意味で嫐戦争でもあった。
正妻は尾張派。
子宝には恵まれなかったが、餓鬼の頃から慈しんだ腕白供(清正、正則ほか)
使嗾さえすれば、西でも東でもどっちにでもつく。
気分としては太閤亡き後の豊臣家には未練はない。
賢しらなあのメカケが気に入らん。

片や近江派。
淀君の血脈は高貴だし、嫡男を抱えている強みもある。
しかしながら、修羅場には「理や利」のような小賢しさよりも
ガムシャラな一念がモノを言う。
ここ一番の大舞台で決断ができない乳母日傘育ちのエリートはそんなものです。


三成は「義と利(理)」に生きる武将。
自分が正しいと思うことは相手も正しいと思ってくれるという天動説なオトコ。
天下分け目の大合戦なんかやらずとも、歴史の流れは
変わらなかったのですから、六番目の摂家としてミカドの藩屏の道を
選ぶという選択もないではなかった。


関ヶ原当時、家康は57歳。
年齢リスクとか多少の焦りはありますなあ。
以降の強引なやり方はひとえにそれです。

2017年9月16日土曜日

蝸牛庵の知らない遺伝学専門用語の世界





あるネット記事の引用。

--

メンデルの遺伝学の訳語として使われてきた「優性」「劣性」は、
遺伝子の特徴の現れやすさを示すにすぎないが、優れている、劣っているという語感があり、
誤解されやすい。「劣性遺伝病」と診断された人はマイナスイメージを抱き、不安になりがちだ。
日本人類遺伝学会とも協議して見直しを進め、「優性」は「顕性」「劣性」は「潜性」と言い換える。

--


ここまでは納得。
本来なら「優」という漢字に、発生確率の高さの意味はない(権威ある漢和辞典参照)
想像するに、英語で dominant と書いてあるからそのまま直訳したのだろう。
支配的、優越的と和訳されますが、この意味合いは「多数派」の気分が色濃い。
失礼ながら、最初に訳された先生は、バイリンガルでもバイカルチャーでも無かった。
明治のころの外来語の和訳の巧みさは一世紀を超えても燦然と輝くが、どうも遺伝学は・・・


ということで問題はここからで、ほかにも

突然変異は「変異」
変異は「多様性」
色覚異常は「色覚多様性」


実に面白い(^^)
突然変異は「多様性あるいは突然多様性」とはいわないのだ!
そもそも原語が違うということらしい。
いままでの変異は variation の訳らしいが、多様性なんて訳を当てますかねえ?
普通は、変化とか変奏ですよ。
ゴルトベルク「多様性」曲なんて言われると、バッハ先生が化けて出てくる。


objection と言いたいのが最後の言い換え
現在は色盲・色弱とは言わないようだが、色覚の異常性の程度を示すものでそれなりの意味はあるはず。
聞きかじりをひけらかせば・・・
色盲と色弱の違いは、医学的に網膜にある3種類の色細胞のうち1種類がない場合が「色盲」
一般の方より少ない場合が「色弱」
赤と緑等の色の見え方の「程度の差」を表す。

程度問題は様々ですが一定の職業においては適格基準として定めている場合もあるが、
それらの中には「色覚異常の無理解」に起因するものもありそうだ。


さて「色覚異常」は障碍かどうかということですが、どうも「多様性」と言い換える以上
障碍ではないといいたげであるが、それは妥当なのかね?
カラーバリエーションによっては識別に齟齬が生じる場合があることは事実だし、それに対してもガイドラインが定められていたはず
色盲でも世界が白黒映画のようにしか見えないということではないが、紛らわしい色使いに一定の配慮することは当然だし
特段それは障碍者差別とは無縁の世界。

どうも悪しき言葉狩りとか思えないし、言葉狩りが新たな差別を生みかねないって危惧のほうが大きい。
ちなみに「異常」という言葉はあちこち調べても差別語のライブラリーにはなかった。
もっとも、調べていると・・・

奇形は差別的だから「形態異常」と言い換えようってありましてね・・・こっちのほうがよっぽどって思うが・・




2017年9月15日金曜日

アルバ公爵夫人


スペイン国土を北から南まで自領だけを通って行けるようです。
一体どんだけの地所を所有しているのか?
ゲスの勘ぐりを鎧袖一触にするつもりか、資産の有高は非公開。
最近当代公爵夫人は亡くなりましたが、
遺産額は、蒐集品時価評価前で四千億円位だとか、、、
美術品は壁一杯に飾っても場所が足りず、その辺に積んでるそうです。

家格は、ウィンザー王朝に引けをとらない。
15世紀まで遡るスペイン屈指の貴族ですが、当代は稀代の整形マニア。
お若い頃の写真を見れば、﨟たけた美人だったのですが、なにを思ったのかねえ。
しかし、それよりも有名なのは、13代公爵夫人。
本名は文庫本で二行程度という長ったらしさ。
略して、マリアテレーズ(歴史上同姓同名数多で錯乱します)

驕慢な行動
王妃との諍い
ゴヤとの浮名
あの裸体のマハのモデル?
毒殺と噂される末路

時代を代表する「悪女」なのですが、西洋史のお騒がせオンナには
目のない澁澤龍彦が不思議と取り上げない。
彼は異端文学専攻の仏文科卒ですから、スペインは守備範囲ではない...とは
言わさない。
スペイン王室とは、ハプスブルク家とブルボン家の分家である。


ゴヤとの浮き名って正確な表現ではない。
なんせ八十歳以上も生きた絶倫の画家ですから、今風に言えは公爵夫人のセフレ、まあ男妾。
当然肖像画も書いてます。
複数枚ありますが、最高作は「黒衣の公爵夫人」
依頼により描いたと思うのですが、肖像画そのものはゴヤの手元にあり、
遺産としてぐうたら息子の手に渡り、いまはアメリカンのどっかにあります。
手元に残った理由はよく分かりませんが、公爵夫人の不慮の死か、ゴヤの心の問題か?
前者ならば退蔵され、人類遺産上不幸なことになったかも。
美人に描かれているとは思わないが、逝去された当代に面影が
似ています。

その後しばらくして、ナポレオンの侵攻を契機にスペイン全土に未曾有の災厄が襲い
ゴヤが一連の陰惨な版画集を密かに作成する機運となる。

戦争は戦争を生むとは、クラウゼウィッツだったか?
フランス革命はナポレオンを生み全欧に戦火を待ち散らかしたが、
その犠牲の上に近代フランスを産み出した。
しかし、スペインの惨禍は旧態然たる教会と王政にある圧政が復活しただけで
20世紀のスペイン動乱にまでつながり、結局立憲王政の復活なんて
現代に有るまじき体制に落ち着くしかなかった。

辺境なんて後進性の意味合いを内在させるとはロシアを見ても
やはりそうなんですよ。

2017年9月14日木曜日

関ヶ原



日本映画史上初めての本格映像化だそうです。
毎度の構想◯◯年なんてキャッチコピーは今時流行らないのですがねえ(^.^)
司馬さんの原作に概ね忠実....という事は原作の出来が映画作品のレベルの上限だという事です。
非常に面白い歴史小説ですから、映画も原作に沿った箇所は良いが、
勝手な創作部分と合戦シーンがなければそれなりかも。



蝸牛庵が製作者ならば、ファーストシーンは絶対にこれ。

時代は明治の初中期
場所は市ヶ谷の陸軍大学校
将来の帝国陸軍の中核となる若手の俊才達に参謀教育の真っ最中
プロシアから招かれた教官メッケル少佐は、関ヶ原の合戦の両軍の配置図を前に
瞬時に言い切る!

西軍の圧勝

そこで映像が変わり、タイトルの『関ヶ原』



実は神童と言われた蝸牛庵も、当時から子供相手の読物の戦図を観るに
どうして石田三成さんが負けたか不思議だった。
凡人となり、司馬遼太郎の「関ヶ原」を読み、始めて納得。


本当の合戦は会議室の調略(陰謀やら謀略)であらかた決まっているものだ。
後は想定どうり「裏切って」くれるかどうかにかかっている。
しかしながらこの有名なメッケルの逸話は伝説らしい。
何にせよ、メッケル少佐は正統的な歩兵操典のみならず、
後方攪乱等の謀略論まで教えた訳で、これは後に明石元二郎の活躍に結びつく。


これを契機に世界史に残る三大合戦として売り込もうなんて地元の目算は
勝手にやっていただいたらいいのですが、
歴史の分水嶺になるような戦いではないし、動員された大軍勢の多くは
洞ヶ峠状態。両軍あわせて二十万の激突なら規模としては最大級だが、
西軍の二割が裏切り....これじゃそもそも戦争にならない。

ちなみに、あとのふたつは

ゲティスバーグ
ワーテルロー

こちらはまぎれもなく「その時歴史は動き」ました。


比喩的に言えば

覇権企業たる豊臣HDは創業者とその後継者の確執の中で
幼い三代目を推戴して、傘下有力企業オーナーによる集団指導体制に移行
しかしながら、古参老練な代表取締役副社長と筆頭上席執行役員兼秘書部長が経営方針をめぐり反目。
三代目後見の座をめぐっての大規模な私闘が、関ヶ原の戦い。

という見立て。
実際は水面下のプロキシーファイトが一番の見どころ。
株主総会では、出席もしないし委任状も出さない、出席しても議決権行使書の未行使、
土壇場の反対投票なんかでタヌキの圧勝に終わりました。

予算に限りがあり、高度な撮影技術を駆使したり、大量のエキストラを集められない以上
だるい小競り合いを延々と見せられ退屈極まりない。
バッサリそういうシーンは切ればいいのです。
作家主義の監督ならそうするのでしょうが、
最近の製作委員会方式だと凡庸にしかならない。



2017年9月13日水曜日

マックとマクド(2)



映画ネタが多いのですが「映画批評」を書いている訳じゃない(つもり)
マクラというかアシライです。
だからと言って、いくら知見が有っても見てもいない映画を取り上げるのは
いささか行儀が悪い、、なもんで、意識高い系な映画館で見てきました。
特段新しい発見はなかった。

当時のハンバーガーの値段が15セント
チーズバーガーだと18セント
フライドポテトが10セントで、なんとシェイクが20セント!

ちゃんとした生ミルクからのミルクシェイクですから材料原価が異様に高く、
先々粉ミルクに変更しようとして本当の創業者兄弟と軋轢を生みます。

今の価格水準でいかほどか知りませんが、
倭国では「高級なファストフード」であったことにはまぎれもない。
なんせ、タクシーの初乗り料金よりも二、三割高かった。
今もそうですが、牛肉は高関税品ですから、牛丼も同じようなものだった。


なんだかんだあって、270万ドルと口約束の「無期限の利益の1%」で
一切合切を売却してしまいますが、口約束は当然に口約束。
兄弟は騙し取られたようなものですが、アメリカンビジネスマナーからすれば、
騙された方が悪いし、口約束なんか信じる方が可笑しい。


製作に関して、マクドナルドは全くのニュートラルみたいです。
協力も妨害もしない。
これもアメリカンビジネスマナー(^.^)
まあ「真実に基づく」映画ですから文句のいいようがない。

普通ならマックの店舗で割引招待券を配るところでしょうが、
マックマニア向きのお子様作品じゃないし、
やっぱり積極的に知って欲しくない黒歴史があるのです。


一年生向きのビジネス教材としては良く出来てますから、二次利用でも
もうけが出そうです。



2017年9月12日火曜日

モリ・カケ問題でよかった事とか悪かった事(^.^)





身から出た錆で必要な法案が廃案になったり、継続審議になったりするのは
政治の停滞を通り越して責任感の欠如というものでしょう。
しかし、つまらない法案が吹っ飛んでしまう効用もあります。


政治分野における男女共同参画の推進に関する法律案


こんなものを法律として制定して恥ずかしくないのかなあ。
政治後進国である事を天下に認める事だ。
実際そうなのかもしれないが、昨日今日独立したような新興国ならいざ知らず
近代国家150年の歴史が泣く。
民主主義が成熟さえしていれば無用なもの。

企業の経営レベルに於いては文科系も理科系もないのと同様に
政治の世界では高度な政治弁証法があやつれれば染色体はなんでもいい。
加えて最低限「情熱、責任感、判断力」を具備してくれればいい。



今回の法案は基本法というより理念法レベルですが、
国政選挙を含め政党等は候補者が男女均等となるように努力しなければならなくなった。
正確には「出来る限り同数」を目指すという事。


いまでも定数に見合う候補者(その名に値する)が擁立出来ているとも思えないのに
一体どうするのでしょう?
益々選択肢が限られるのであれば、もはや民主主義は機能しなくなる。
白痴バラエティ番組常連の政治評論もどきを口走り、
多少の知名度あり組が大挙して高禄を目当てに政治参入しそうな恐ろしい風景がアタマをよぎります。
アファーマティブアクションを一概に否定はしない。
町村議会議員ならかような制度があっても弊害は少ないだろうが、
例えとして妥当かどうかは別に、入学の下駄は許されても卒業に下駄をはかすものではない。
所詮下駄を履かせていただいたレベルはそのレベルでしかない事も多々あるが、
いわれなきガラスの天井がブレイクスルーされる可能性がないではない。


言っちゃなんですが、問題を起こすオスザルは数多いますが、
不祥事を起こす男女「比率」という見方をすればどういう景色になりますか。


ルブタンのピンヒールが似合う才媛はそう沢山はいません!


なおパリのキャバレーならいるかも・・・という意図もありません(^.^)
その前に政治の枠組みにおいてやるべき事は沢山あると思わないのでしょうか。


嫉妬心からか、メスザルだから余計にバッシングという声もあります。
しかし、身の丈を合わないことをやっているからという言い方もできる。
どっちが正しいかは、与太コメントや記事に惑わされず、、、それが良識ある主権者というものです。


2017年9月11日月曜日

「藪の中」の横浜地裁〜本当に三度目?




実に素晴らしい!
実に実に素晴らしい!!


ベネチア映画祭のコンクール部門に出したらしい。
受賞の可能性からすればアカデミーの外国語映画賞のほうだが、
興行(海外配給の可能性)を優先したのだろう。
ハリウッドのリメイク権の方が儲かるわけでもないのか?

ある種のリーガルミステリーである。
余計とも思える枕言葉に意味がある。
真実を直裁的に語らないところは、羅生門に似ている。
と言うか、真実なんかはありはしない、とりわけ「法廷」に於いては....
でも、真実は存在します、但し「法廷上の」と言う形容詞がつきます。


過去に殺人罪を犯した男がまた強盗殺人を犯した。
今度は死刑を免れない。
何故に犯罪を犯したのか?

検察の見立ては金品強奪目的の強盗殺人
しかし、被告の陳述は二転三転する。

動機は解雇された怨恨で、財布は爾後奪取(この場合は、殺人と窃盗)
保険金目当てに被害者の妻からの請託殺人(これだと主犯は妻)
被害者の父親からレイプ被害を受けている娘たるJKの気持ちを忖度して(情状酌量でまず死刑はない)
とどのつまりは「俺はやっていない」(裁判員裁判ですから公判前整理手続で決まった争点がひっくり返れば「振り出しに戻る」...のじゃないの?)


何もかも尤もらしく思える。
一番有り気なのは鬼畜の所業への報復なのですが、土壇場で冤罪を言い出したもんで
公判は立往生。
こう言っちゃなんですが、司法の世界も役人の世界によく似ている。
それらしく阿吽の呼吸ってもんです(^.^)

横浜地裁はお邪魔したことは有りませんが、どうやら横浜税関をロケ地に借りたみたいです。
普通のリーガルミステリーならば、最後の最後に卓袱台返し、、なんだが....
判決言い渡しのシーンはいささかおかしいが、
この辺りは裁判長の裁量だから慣例に反しても法令違反ではない。
一審死刑は必ず控訴するはずだが、そういう雰囲気はない。
それは本人が望まないというのがまあオチ。


なんとも言えず、不愉快というかしっくりこないままの予定調和感が、
是枝監督の力量です!
しかし、残念ながらシネコンのオオバコは満員御礼には程遠い。
グランプリでも取れば、、、って皮算用は大抵外れる。