2021年7月18日日曜日

ブラックウィドウ

 


ブラッククィーンとは、、、

カルテックス中退の天才ハッキングテロリストのハンドルネーム。




その後FBIのエージェントに転職し....
本名、ペネロープガルシア。
本当はこっちをセンターにしたいが、今日は
ブラックウィドウこと、ナターシャロマノフ。

マーベルのアベンジャーファミリーの一人が、ブラックウィドウ。

彼女達をヒロイン群にした大作が、なんと大手シネコンと揉めたらしくて上映拒否。小規模館て粗末に公開される前代未聞の出来事。

世界興収が二億ドルに迫ろうとする人気作品を蹴飛ばすとは豪気なこと(^^)






はやい話が、配給会社のディズニーが、劇場と動画配信の同時公開を言い出した事への小屋の反撥らしい。

新作映画は、劇場公開のあとから、動画配信なりDVD発売...が従来の慣習だが、コロナ禍はその秩序を瓦解させつつある。

大人の喧嘩は勝手だが、観客の都合はどうでもいいみたいです。

ディズニーの動画配信サイトと契約をし、更に30ドルのプレミアフィーを払うか、数少ない小屋を探して観に行くか.....

どっちもかなり不毛だ。

大手シネコンも永らく目玉作品が無かったのだから、客足回復の好機だったのだが、、、

いつまでも興行の王座に君臨できると考えないのが、リアリズムというもの。


肝心の映画批評ですが、途中から爆睡

ローレンスピューの出番だけは起きてました



ところで....スカーレットヨハンソンのポスター写真ですが、体型のデジタル補正やってますなあ。

彼女は、いまやプチポッチャリのはず。

もののなうた

 物名歌なる言葉遊び技法が王朝和歌にはある。

正岡子規ならば、これでもか!ってくらいに悪口雑言を浴びせるんだろうが、これも和歌の理知性のあらわれ。




王朝和歌は何かにつけて「二重構造化」するのがお好き。春のうららかな風景を詠みながら、初恋が進展する内省風景をかたる、、なんてお手の物。
その延長線上に、一首のなかにいくつかの「モノの名前」を織り込んだのが物名歌。
隠し題の異名がありますが、もののなうた、ぶつめい...なんと呼ぶのが正しいのかは知らない。


例えば....普通は「モノの名前」を隠すのですが、逆だとこうなります(^^)


虻蝶きは 蜘蛛に蜉蝣 蟻あけに

  か蝉螺蠧魚て 蛙さ蚤ち


なんとまあ、三十一文字のなかに、十種類の「蟲名」を折り込み、その文字数たるや過半以上の二十文字

けだし超絶技巧。

作者は、頓阿。14世紀の歌僧

表意文字だけをながめていますと、和歌のダークサイドを観る思い。

しかし、このグロテスクさを隠すオモテの顔は...


逢ふて憂き 雲に翳ろふ 有明に

  風身に沁みて 帰るさの道


恋人のマンションで一夜を過ごして、始発電車で我が家に帰るアタシ

逢った後の別れが辛い...今度いつあえるかなあ?

露けき朝の風がこころに沁み入るなあ

空には朝焼けの雲



なんとも気恥ずかしいようなウルウルな風景です。






2021年7月17日土曜日

戦犯さがし

 今更「人流抑制策」の限界を口走るのは、素人ならともかく、公衆衛生や感染対策の専門家の言うべきことではない。

さまざまな提言を耳を傾けない政治が悪いならば、それを悪いと言えばいいのですが、科学的根拠ある専門的卓見を無視し続けた専門家とやらも共同正犯です。


メディアによりディフォルメされた「感動」であろうと感動は感動。

アタシは湿度が高いのは苦手だけど、、、
その喜びを奪った政治とカンセン村の御用学者は懺悔の値打ちもないし、真っ当なパブリックオピニオンの醸成も出来なかったスポンサーメディアも共犯


過度に武漢ウィルスに怯えている。
欧米的感覚ならば、いまやちょっと難儀な風邪程度の認識

ワクチン
検査
隔離
治療

が其れなりに出来れば、あとはマスクと手洗に消毒なる三種の神器。
後は医療体制が機能すれば「安心」して医療保険のお世話になれば良い。
あれから18ヶ月もたって...まだ体制が整備されないのは、そもそもやる気があるのか?と勘ぐりたくなる。

まあ体制不備だと次々と予算や科研費が付きますからなあ。ヤクザやスパイを適当に泳がせるだれかさんに似てますなあ(^^)

かの評判の悪いぼったくり男爵が中韓なみの罵詈雑言を浴びせないのはかなり我慢してるのですよ。
かくも運営能力がないとは想定外だったに違いない。
スガーリンに対して「事態が改善」という条件付きながら「有観客開催を要望」したのは、精一杯の皮肉に違いない。

以って他山の石とはこの事。

失敗のお手本を北京に教えてあげるとはこれまたお人好し。バブル経済からの回復の失態をもって「第二の敗戦」というならば、今回は...第三の


だから、リング上で恥の上塗りをするくらいならば、さっさと不戦敗の方が傷は少ない。

仮にも中途中止とかパラリンピック打ち切りともなれば、倭国のスポーツイベントは再起不能になりかねない。



早めにワクチンをうちまくり、接種未完了観戦者は例外なくPCR検査して陽性者だけを入場禁止にすれば有観客開催はやれなくはなかったろうに...

そもそも国際治験に割り込まず無意味な国内治験なんかで時間を浪費するからだし、、検査にうしろむきな理由が判らない。世界の感染学者の常識は「感度よりも頻度」というらしいが、、

広域な人流リスクをいうならば、開催地近隣居住民限定でも構わない。


以上は例えばの話だが、ブレない戦略がなくて場当たり的な作戦変更じゃ戦闘は出来ないし、その悪しき歴史的な事例には事欠かない。

夢を見た!

 アタシは善良な主権者ですから、違法行為はやりませんし、脱法行為も道徳に照らした上で判断します。


要請に従わない酒類提供には過料が課せされますが、過料(少額の罰金刑)ではないから、犯罪ではなく、前科も付きません....曲解すれば違法行為とまでは言えないということ。




状況によりますが、協力金の支払遅延やお店の原価に見合わないレベルの協力金金額ならば、要請に従わない事に一定の有理がある。

民事の世界では同時履行の抗弁なる法理がある。協力金払うというからお店閉めたんだが、、、と

人流抑制が時短と禁酒の主目的だと言うならば、リスクの少ないお客さまだけを誘導するような配慮を充分に行っているし、所定の対策は無論行っている、、、

例えばですが、ワクチン接種者は半額にしますが、未接種のお客さまは二割増し!



 
と抗弁した場合、裁判所はどうするかな?
最高で30万円の過料だが、
....
裁判所は命令違反行為の態様、程度、影響などを総合的に判断して
....
とされる筈ですから、最高額なんかにはまずならないし、代理人の腕次第だが、上手くいけば数万円ですむかも(いくらなんでも過料なしはない)


それに過料決定まであれこれやりとりがあり、時間をかければかけるほど時間はこちらに有利。

....と言うのが昨夜の夢の中身(^^)

2021年7月14日水曜日

なりあがりの末路

 文官の「戦犯」をあげつらうこと...これで四人目だが、ネタにする程のタマかどうかはまだ悩んでいます。




松岡洋右(山口県出身の外交官)

悪名しか聞き及ばない人物だが、彼の子息はアタシの最初の奉公先の先輩社員だった。当時は有名人の子弟の入社や在籍が結構ありましたからあまり気にもとめなかった。

松岡洋右は帝大を歯牙にも掛けないで、独学で「外交官領事館試験」に合格した事は知っていたが、非常な誤解があった。

戦前には良き意味での「倭国版科挙」...つまり高等文官試験(高文)制度があり、松岡のような没落ブルジョワジーの末裔で食い詰め留学生上がりでも、末は大臣にでもなれるようになっていた。

しかし、高文は戦後の司法試験や外交官試験までも包含した全てのキャリア文官の採用試験制度であった。

従い松岡の合格した試験は総合職ではなく一般職採用試験だったということ。

キャリアとノンキャリアのカースト制度の苛烈さは今以上に凄かったらしくて...その恨み辛みが後年外務省退官後近衛文麿との縁で松岡が外務大臣に就任した際の有力キャリア追放人事の背景にあったのかも....って勝手な推測。




松岡の悪行は


連盟脱退

三国同盟....の二枚看板


松岡だけが積極推進した訳でもないが、まず連盟脱退は明らかな判断ミス。

満州での特殊な権益は認められたんだから、どっかの大国のように「勧告なんかは単なる紙切れ」とそのまま居直ればいいのですよ。

当時の大日本帝国はたった四つの「常任理事国」。グダグダ文句の多い中華民国は単なるヒラ加盟国。なんだかんだと長丁場の交渉で時間稼ぎと既成事実の積み重ね...これまた国際政治の常套手段です。


三国同盟はなあ...

巧緻な連衡合縦なんてものではなく、単なる切り取り強盗の目論見でしょう。

WW1の際に日英同盟にかこつけてプロシアの極東や南洋理念を濡れ手に粟的に掠めとった旨みを再び。

フランスは降伏、イギリスは落城寸前。東部戦線の快進撃をみれば、早く独伊陣営に加わらないとおこぼれにあずかれない....

だから慎重論で同盟気運が衰退していたのに「バスに乗り遅れる」って、、、


まるで泥棒ネコだし、なんかね?この大新聞の論調!




2021年7月11日日曜日

木戸幸一

 


半藤一利氏と加藤陽子先生の対談を拾い読みしながらつくづくと...二人は斯様な発言はしておられないが、昭和のテロルとはかくも「亡国効果的」であったと慨嘆するしかない。

君側の奸としてテロに斃れた重臣こそ忠義にして能力ある股肱之臣であったということ。
更にその遺髪を継ぐべき世代がテロに怯えた無能な小心者であったということ。



内大臣なる官職がかつて存在した。

その意味合いは様々だが、律令官制では令外官。

左右大臣の次に位置する重臣とされるが、初代内大臣は、あの史上最大最強の謀臣「中臣鎌足」ですから、計り知れない役割があったはずだ。

その後は単なるキャリアパスにすぎなくなり、明治政府により新たな装いで復活。

帝の側近中の側近であり、明治の元勲達の引退により....それこそ鎌足クラスの異才が必要な時代...最後の内大臣が木戸幸一侯爵。




桂小五郎(木戸孝允)の孫にあたる。

桂の妻は祇園の芸妓だったが、子供をもうけなかったようだ。唯一の実子が木戸好子(母親は不詳)

好子の夫となった縁で木戸孝正(母親は桂の妹)が跡目を継ぎ、その嫡男が木戸幸一(母親は好子ではなく後妻のようだ)

要するに桂の孫と言っても、家名と爵位だけでDNAを継承した訳でもなく、あまつさえ若手華族の京大閥に連なっただけ。

取り柄といえば、ゴルフのオフィシャルハンディが10(当時からすれば凄い!)

昭和天皇ご夫妻もゴルフがお好きだった時期もありましたから、、つまりは趣味仲間って要は佞臣だわ。

ちなみに、毎月七、八回はコースに出ていたというから....そんだけやればアタシだって(^^)




この程度で帝の最側近なんだから、亡国の極み。

市ヶ谷でデスバイハンギングでもよかった

2021年7月10日土曜日

近衛文麿

 


近衛文麿の事をつらつら書こうとしている。
その当時「白面の貴公子」としてアイドル的な人気だったと言われる。
お金には不自由していたようだが、それ以外ヒトザルが欲しがる物は全てもっていた。
不自由と言っても、ある時払いの催促なしで金主は幾らでもいただろう。

半藤一利氏によれば「帝の次に偉い」と自負していたらしいが、その理由が周知であった訳ではない。
近衛家は藤原北家の流れをくむ五摂家筆頭だからでなく....江戸期の初め男子直系が絶えた為後陽成天皇の皇子が跡を次いだ事による。
言わば臣籍降下なんですが、今風の議論ならば皇位継承権を有する宮家になってもおかしくない。

十一旧宮家のうち、嫡流血統が残っているのは、


久邇

竹田

朝香

東久邇  だけだし、世俗の泥水にドップリと浸かっているらしき向きも....

まだ近衛の嫡流のほうが、、、(^^)



しかし、貴種なるもの、我儘、身勝手、変心、優柔不断、意思薄弱.....と友達にしたくない悪い性格がてんこ盛り。

だからってそれを咎めるものではなくて、かかるが故に「無答責原則」が適用される存在。

広田弘毅もそうだが、あの時代誰がやっても軍部の専横壟断を抗しきれなかったと弁護は可能だが、それにしても酷すぎる。




しかし、生きて俘囚の辱めを受けず....というええカッコしいの美學だけは最後まで貫き通した!

確か「戦陣訓」って東條英機が陸軍大臣時代に令達したんだよなあ。

文民だって見事に自裁したのに、軍人が拳銃自殺に失敗だなんて...




広田弘毅

 昭和史の極悪人の斬罪録は枚挙のいとまなしだが、、

半藤一利
加藤陽子....あえて「先生」
の対談評価ならば読みがいもあるし、堕日記とは言え「ネタ」になるだろう。
今回二人にお白洲に引き出されたのは...文官ばかり

広田弘毅

中級品の背広族ご愛用作家、城山三郎氏の作品だが、、、彼に歴史に残る名作ってあったかしら?
初期の、、、乗っ取り(日本橋白木屋の株式買い占め事件)や総会屋錦城は面白い。
しかし、彼を評価する御用評論家は、、「落日燃ゆ」だそうな。





冤罪だとは思いますが、極東軍事裁判で唯一の文官死刑囚

判官贔屓の倭人はそれだけで湿度満載感情。

たまたま近衞は自殺するし、大川周明は心神喪失になるから、政策的に血祭りに挙げられたってこともあるが、、、まああの時代、個人的な利得は別にしても国家にとって良かれとした行為に皆さん殉じたわけですよ。

その「良かれ」の判断に非常な懈怠があり、その懈怠に恥じて自裁しないことを法が咎めたってこと。

ある意味で、広田は自覚も判断能力にも乏しかったのですよ。

誰が何をやっても上手くいかない時代....確かに

でも、歴史が評価するのは上手くいかない時代をなんとか上手くこなした人物ですよ。

あるいはこなそうとして溝漑に前のめりに斃れた人物ですよ。


広田は小賢しくもどちらでもなかった。

まあ、運もなかったなあ

文化勲章の発案内閣なんだが、倒閣のあおりで、栄誉は次の林銑十郎内閣に盗み取られた。

総選挙にいきましょう!

 



筆者のことはよく知らない。


これだけ踏みつけられてるのに投票行動で怒りの表明をしない事を憂い、若者を叱咤するのですが、、、益々白けますよ。

時代の変化に「選挙権」概念が追い付かず空洞化しているのだから、醒めた主権者はそんな空虚な権利を行使しようとは思わない。



考えるに、選挙権とは「選ばれる権利と選ぶ権利」と思うのが間違い。

少なくとも「選ばない権利」もあるはずだ

筈だと断定するのは、クラシックグリースには既に貝殻投票制度があった。



つまり投票権には「当選して欲しい候補者と落選して欲しい候補者」の両方があり、その差が得票数になると言う計算(それぞれの投票の重みには差をつけないと民意はおかしくなるが)式を導入すべきと言う事。

二枚の投票用紙かいずれか一枚の投票用紙かは、、思案のしどころ。



選挙区毎に最低投票率(最大でも50%だろうが、、)を設定し、満たない場合には当選者なし(再選挙はせずに、次回定例選挙まで代表者を議会に送らない)

但し、鉄板候補者を意図的に失権させる策謀があり得るから、一定の得票率以上ならばその候補者を救済すべきだろう。

代表者を議会に送らない!って暴論だろうか?

選挙権者のいない選挙区はそもそも選挙があり得ないことは、第一回衆議院選挙で事例がある

当時は制限選挙だったが、北海道は選挙権者が誰もいなかった....らしい。

当時の北海道はオンナコドモとビンボウニンしか住んでいなかったらしい



さて実現可能性のない制度改革論は無意味である。

今の選良たちが真面目に議論するはずがないし、そもそも利益相反である。

だから、まずもって「選挙制度改革法」をつくり、国会議員と有識者と選挙権者の代表者でつくる改革実施会議が専権的に全てを決めてしまう...ことから始めるかな。