2014年11月12日水曜日

譜面台の謎


野球は一人でできる(江夏の名言)・・・かどうかはしらないが、芝居は一人でもできる。
やる方は大変だと思いますが、見るほうは、その緊張感でゾクゾクする。
立ち往生しても誰も助けてくれない。
台詞を忘れたり、ループしだしたりしたらどうするのでしょうか・・・

能(素謡も)は、基本的に「一人芝居」です。
シテ(主人公)以外は、ワキやツレだって道具の一つに過ぎない。
加えて、プロの公演は、シテがプロデューサーでありデレクターでもある。



十一月十六日の公演(といっても素人さんの発表会)では、
蝸牛庵は、プロを八名「従えて」シテを一時間あまり演じます。
そういえば、かっこよく聞こえるのですが・・・
要するにプロ能楽師のサポートで舞台をつとめさせていただくということ。
全員が、五つ紋の袴姿なので、誰が素人さんかわからないのですが、
そこはよくしたもので、素人さんは見台(譜面台)の前に座ります。

暗譜でやります!って頑張ってもいいが、とちるとそれこそ恥ずかしいので、
やはり、分をこわまえて見台を使うほうがストレスがたまらない。


見台は、お流儀にかかわらずお同じ形・・・だと思うでしょうが、さにあらず
横の文様が、少し違います。
蝸牛庵のお流儀は、観世流ですが、シテからみて「左に八分の月、右に瓢箪」と決まっている。
たまに、逆に置くような無作法者がいますが、こういうのは世が世ならば破門になります。


物の本によれば・・・ですが、
九世観世黒雪の歌

 
わが宿は 
菊を籬に露敷きて 
月にうたふる瓢箪の声

 
に因んだものだとか・・・
謡を謡うときには、瓢箪のようにお腹を膨らませ、口を締めて八分目に謡え 
という教えが込められていると教えられました。
何事も奥が深い・・・






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