2026年6月5日金曜日

道綱の母

 



藤原兼家(太政大臣)の二番目の妻。
二人の間には道綱(兼家の次男)が産まれましたが、それ以外は没交渉状態。
相手にしてもらえない恨み辛みや哀しみを書き綴ったのが有名な「蜻蛉日記」

特段面白いものでもなく、たまに兼家をピシッとやりかえすところくらいが読みどころ。夫にすげなくされると生き甲斐は息子の道綱の活躍なり出世。残念ながら次男ですから、大納言とまり。


百人一首には「歎きつつひとり寐る夜のあくるま....」が収録されていますが、けだし彼女の毎日ってそんなものだったのでしょう。


兼家はガールハントに忙しくて、道綱母をかまう気も暇もなく、たまにはマズイと思って、消息を出したり、、、

それに対する彼女の返し


たれか

この数は定めし

我はただ とえとぞ思ふ山吹の花


歌集に収録する際は、本歌と返しを並べるのが定法ですが、兼家の本歌は出来が悪いので割愛されています

詞書からすれば、山吹の花に一首を付けてご機嫌伺いをやったみたい

山吹というと「七重八重」を思わず連想するように、普通は八重山吹。

しかし、、、アタシの気持ちって八重じゃなくて十重(訪え)ってことなのよ!

切れ味鋭い切り返しは、座布団一枚クラスの天晴れ

あわくって妻問いに来たのかどうかは知らないが、蜻蛉日記に「変な時刻にやって来た兼家に居留守を使い、やむ無くすごすご引き返す」エピソードがあります。


まあ、丸谷才一氏の歌論書を補助線にしないと、アタシの才レベルじゃ、解釈は無理なんで、多少脚色してのご披露



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