2026年6月17日水曜日

女人禁制

 


世界の潮流からすれば極めて限定的てあり、限定的であることの説明責任が求められます。

2024年に国連の女性差別撤廃委員会は「皇室典範」改正勧告、、、、余計なお世話です。

猛烈な抗議を行い、、、その勧告の削除要求や拠出金の停止もやったはずだが、その後は知らない。

なんにせよ、こんな政治的策動による「妄言」に付き合うのも愚かしい。


中味は「皇位継承の性差別廃止」であるが、要するに「女性・女系天皇に反対するのはミソジニスト」だと言うこと。仮に頑迷固陋であっても女性蔑視者に言われて心穏やかに筈はなく、、、理屈と膏薬はなんとでも(^^)


祭祀王は「男性」であるべきと言う歴史的な伝統を振りかざします。ローマ教皇やイスラム教のカリフが男性なのは教義の定めるところだが、日本仏教や神道は性別には拘らない。例がないだけで天台座主は女性でもなれますが、それに相応しい女性を持ち得なかった。神宮(伊勢神宮と普通は呼ぶが)の祭主は少なくとも戦後は女性。「斎王」の伝統にならったとされます。



天皇は祭祀王であると同時に権威の総覧者でもある。

旧皇室典範制定素案では「女性だか女系」も養老律令に倣い容認されていたが、かの博覧強記な井上毅が猛反対したらしい。

その理屈は「ならば、女性参政権も認めるのか?」

その当時まだ女性参政権を認めた国家はなかったから、日本帝国の憲法等法体系にそんな考えが入り込む余地はない。

だったら、戦後の皇室典範改正時にそのように考えればよかったのだが、、、


実は、旧法の時代から摂政は皇族ならば女性でもなれたのです。現行の摂政の権能は天皇と全く一緒(旧法では一部の権限の行使が出来なかった)

民間人出身の皇后陛下でも天皇と同等の立場になりうるのです。


歴史と伝統に根ざした「万世一系」というが、砂上の楼閣にも等しい。

神話的伝承を歴史的事実と混同・強弁する事は「歴史の捏造」に他ならない(とまで三笠宮親王は仰っておられます)

アタシも、神武天皇以来の「歴史と伝統」なんて、、、「欽明天皇以来」ならば異論は唱えなませんが


歴史的な伝統も創造的に変貌すべきものだが、変えるべきで無いものは変えてはならない。それは「君臣の別」

旧皇族養子って、その大原則に反する。

皇族が臣籍降下し復籍するのは構わないが、臣籍降下した後に生まれた子女は臣下(平民)に過ぎない。

平民が皇位につくのはそれこそ「易姓革命論」だろう



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