2026年1月21日水曜日

スマホの置き忘れ

 



以前にも危惧の念をネタにしたが、実際に我が身に降りかかれば、、、、

閉館間近の公設貸本屋にスマホを忘れた。
アレコレと対策は講じているから、あり場所は分かっているし、不正利用やらのプロテクトも講じてある。
が、翌日は休館日。
なんせ公務員は融通が利かないから、もどかしくはあるが、諦観してスマホのない生活をおくることにあいなり、、、駄日記の連載記録も途絶えしまう。



SNSから解放されるのも、なんだか奇妙な気分



お出かけするにも交通系ICカードはウォレットの中

お買い物はスマホ決済は出来ないし、クレカもウォレットに搭載

マイナカードや保険証やら果ては貸本屋さんの図書カードもスマホのなか

知り合いの電話番号やメルアドは、、、iCloud の中だし

有価証券の売買も出来なくなり、対人取引にしようとしても、、、営業店まで足を運ばないと



ノートPCは寒村陋屋にしか置いていないし、大都会の一隅に棲みながら、まるで「芦屋」原人の生活と変わらない。

やっぱり「忘れもの防止タグ」を買っておくべきだったかなあ(でも仕様を見る限り効果は限定的だ)

2026年1月19日月曜日

銀嶺座

 



神楽坂は、プチおしゃれなで品の良い街だが、明治期は結構な繁華街。
飯田橋から坂を登っての散策はしんどいから、牛込からブラリ下り。
坂を降り切った先の外れに、ギンレイホールがある。正確には「あった」と言わねばならないみたいだ。
例の如く、建物の建て替えに伴い「一時閉館」、、、というものの、再開計画が開示されないまま、3年くらい経つ。


いわゆる「名画座」なんですが、いつも混雑している。秘密は「サブスクリプション」

観客の半分以上は、定額会員。

確か一万円の年会費だったが、毎月足を運べば充分元がとれるから、映画好きな暇人にはたまらない。


他例は聞いたことがないが、、、儲かるというよりも、閑古鳥が鳴くよりも観衆の熱気が小屋の肥やしってことなんだろう。

でも、アタシは大きなスクリーンを「独り占め」する方が好きです。

2026年1月18日日曜日

新年ランチ会

  


馬鹿娘一家達との新年ランチ会。
たまには、、、、って、豪華素材の中華コース(自分が食べたいから)にした。

ガキンチョにはさすがに勿体ないから、コースは大人だけで子供は
点心
鶏カラ
湯麺やら、、、、551と変わらんなあ(^^)

高い食材を所望したが、熊掌、海燕巣なんかはとても無理と言われ、、、

海鼠

鱶鰭やら、、、が限度


珍しいこともあり美味しかったが、最初にかようなものを食べた華人は勇気がある

高級食材とはグロテスクの代名詞


カバー映像は、調理前の動いている鮑と、手前のスープは、姿煮の鱶鰭をくいち食い散らかした後





2026年1月17日土曜日

佐藤義清

 


清涼な仏の国を浄土という。

仏もさまざまだからえ、浄土もあちこちにある。
別に西方浄土だけが浄土ではないが、阿弥陀仏がおわすって事で人気があり代表的なだけである。

西行・・・・西に行くという事自体、出家の身としては理想的な命名かもしれない。


俗名 佐藤義清(蝸牛の陋屋あたり出身の武士)
眉目秀麗無双の院北面のガードマンであったが、それが災いし、高貴な女性と間違いを犯してしまった。
女性にとっては単なるアバンチュールであったが、舞い上がってしまった義清
女性には鬱陶しくて面倒なもんで、阿漕ヶ浦(度重なれば現れもする・・という定番の和歌)って謎かけをしたが、無骨な義清は意味がわからない。


冷ややかに「そんなことも知らないのですか?」と嘲られ、恥じ入り二十歳前半で出家してしまったというのが、西行伝説の始まりである。
太田道灌の山吹の枝みたいな逸話にゲンジの朧月夜との逢引を合わせたようなものだが、真偽は定かではない。
ちなみに女性は、待賢門院らしい


出家したんだから、修行に専念すればいいものを、歌を読み権門と交流し、名声保持に余念のない生臭さ。
歌風と言えば、平明でスッキリしたのが特徴
狂言綺語を駆使し技巧の凝らした歌群の中での清涼感が受けたようだ。新古今集収録歌数ナンバーワンですから、後鳥羽院が御贔屓だったみたい。しかし、後年、流罪となった隠岐島で再編集したバージョンがあるのですが、西行作品はバッサリ割愛。

理由はわからない。


津の国の 難波の春は 夢なれや 蘆の枯葉に 風わたるなり


きりぎりす 夜寒に秋の なるままに 弱るか声の 遠ざかりゆく


闇晴れて 心の空に 澄む月は 西の山辺や 近くなるらん

2026年1月16日金曜日

状元、傍眼、探花

 




何のこっちゃ?

試験成績ランキングのトップスリーの事

科挙に由来し、我が国では「状元」はたまに眼にしますが、三つとも誦じているのは、、、知識人というより暇人(^^)

海軍ならば、ハンモックナンバーが一番と言います。


TOEICの集団不正事件

やはり、首謀者や彼に踊らされたのはチャイニーズ達らしい。勉学努力以上にカンニング技術に精を出すのは歴史的にも彼らの習性あるいは本能なんだ。


科挙の時代から今の高考に至るまで、中華の受験地獄は我々の想像を絶する。

人生成功の一発勝負。合否は本人のみならず一族郎党の人生までも左右する。

理由は定かでは無いが、我が国は幸いにして「宦官、纒足、科挙」を採用しなかった。


実際のところ、状元だからといってキャリア官僚のトップとして盛名をはせたのは文天祥くらい(悪人はごろごろいた模様)

学歴と試験の成績は、必ずしも人格や能力を具現するものじゃないことがよくわかります。



写真のご本は、碩学宮崎先生の名著(軽妙にお書きになっておられますから、実に読みやすい)

昨今は、ハイテクノロジーを駆使しますが、科挙の時代はひたすらカンニングペーパーを作ること。

なんとまあ、、、四書五経七十万字を書き込んだ下着着用の受験生までいたらしい。


洒落話しとして、必死でカンニングペーパーを作っている事即ち勉強の成果となり、結局そのペーパーは使わず合格した事例がありますが、この下着は露見したようです。


ストイックで根が清廉な日本人の美徳なんだか、グローバリズムの中では、悪貨は良貨を駆逐し、朱に交われば赤くもなる。

哀しい話だが、性悪に備えた対応が不可欠な時代だ。

2026年1月15日木曜日

ジャッジメント

 


剣道の判定には詳しくないもので、以下はまったくの受け売り(亡父の師匠であったナントカ流の宗家の言)


剣の世界は「残心」とやらを重要視する。
単に一本入ればいいってもんじゃなくて「よしやった!」なんてガッツポーズをやると取り消されるとか・・・

まるで旧態然とした高校野球です(^^)

もう少し実際的に言えば「七人の侍」の名場面を想起すればいいが、実は柳生十兵衛のエピソードに由来


旅の武芸者と木刀で立ち会う久蔵(宮口精二さん)
見た目相打ちで終わるのですが、久蔵は「拙者の勝ちだ」相手は憤然として真剣の立会いを望む。
見物している勘兵衛(志村喬さん)・・・・・「勝負は見えている」

要するに、真剣であれば相手を切り殺したか、切り殺せたかという事が一本の勝負の判定判断
例えとして実にわかりやすい。
防具をつけた竹刀での鍛錬とは、真剣勝負の擬制である以上当り前と言えば当たり前
しかし、人切庖丁をもったこともない、あるいは唐竹や麦藁を切った事があるかどうかも定かでない者がわかるものなのか(ありていに言えば、竹刀剣法しかやった事がないなら論外)
ささやかな経験からすれば、碁盤の角にすえた二尺の太竹や麦藁を斬るのは大変なことだ
太刀さばきが華麗だから、構えが凄そうだから斬れるってものじゃない。
この世界の業界人がすべからく勘兵衛さんほどの眼力を持ってとは思えないし、それは審判という立場でも誤差はあるまい、、、と素人ながら思うのです(名選手が名審判になれるかどうかもよく知りません)



個人的にはビデオ判定には懐疑的なのですが、、、
判定とは神の領域に近い。
間違いも含めて、それが競うってことだしその結果が理不尽であっても神の気まぐれだと言うこと。
競技に限らず、世の中全般が太古の昔から理不尽なものと決まっている。司馬遷は「天道、是か非か」と悲痛にかつ諦観を込めて言い切ったのはそう言う意味。

しかし、神の域に多少は近いヒトザル審判がどれだけ居るのか?って考えれば、、、

更に、スポーツがエリートの趣味から巨大ビジネスにかわってしまった以上判定結果に多額の金員が絡むようになった。
そう諦観ばかりもしていられないのが世間の流れだから、もはややむを得ない。



2026年1月14日水曜日

スーパーボウル60

 


ダメだったか、、、


NFLは二つのカンファレンスに各々ほ四つの地区

地区優勝チームとワイルドカード選出チーム三つがカンファレンスの優勝を競い、最後の優勝チームがスーパーボウルの覇権を争う。


組み合わせは表の通り

ナンバリングの5以下はワイルドカードチーム。この連中が最後まで這い上がる可能性は低いが皆無ではない。


御贔屓チームは「惨敗」

往年の名QBの限界かしら?

それに伝説の「鉄のカーテン」ももはや「ラスト」カーテンかなあ?

毎年ポストシーズンは狙えるが、さらにその上には届かない。まるで、箱根駅伝の母校みたいだ😵😵



感の悪いアタシのスーパーボウル予想


バッファロービルズの優勝!!?(最有力らしいブロンコスに勝てば、、、)


名前からして中西部のチーム、、、じゃないのよ

古い歴史ながら「呪われた」チーム

あの66年のラスト八秒のミスキック(成功確率の限りなく低いキックですなんですが)

以来、ロンバルディトロフィーには届かない。




2026年1月13日火曜日

春告花、、、景季

 



一輪ほどの暖かさ・・・・江戸時代の俳人である嵐雪の一句。
春告花といえば、梅に如かず、、、

漫画喫茶で前田慶次のコミックを漫然とながめていると・・・
皆々晴れやかな装いの殿の御前に地味な黒装束な慶次郎。
眉をひそめる一同の中、泰然と殿に対峙し平伏
さすれば、衿肩にさしたる一輪の白梅

憎いですねえ(笑)
奇をてらった振る舞いですから、決して主君からは
心底褒められはしない。小憎らしいとか内心馬鹿にしよって・・・って心に澱が溜まる
実話かどうか定かではないし、誰かの真似をしたってありありです。
適宜適切な本歌取りというのは知性主義の表れですから、本当は怒る方がそのレベルがわかるってこと



多分ですが、梅一輪をその場の機転で身にまとうというのは、、、
源平生田の戦いでの、梶原源太景季のエピソードに因む。
戦闘の過程で自分の旗印を失い、さて、如何なるものかって際に・・・


所は生田なりけり
時も昔の春の
梅の花盛りなり
ひと枝手折りて箙にさせば
もとよりみやびたる若武者に あいおう若木の花かずら
かくれば箙の花も源太も 

我先駆かけん先駆かけんとの
心の花も梅も 散りかかって面白や


箙(矢を入れる道具)に梅一輪をさしたる奮戦振りに味方敵とも感嘆したと、、、盛衰記には書かれていますし、この小謡は能楽の箙の一節


なかなかカッコの良い若者です。宇治川の先陣争いにも登場しましたし、親父があの悪名高い梶原景時とは、俄かには信じ難い。

2026年1月12日月曜日

小屋(3)

 




神戸は映画発祥の地と言われる。

初めて商業上映された事を記念するもので、それに因んで「映画の日」が定められたらしい。


だからか、神戸や阪神間には浜の真砂程も小屋があったが、栄枯盛衰の結果いまやオワコン状態。

シネコンを別にすれば、灘区以東の阪神間には「小屋」は皆無同然


神戸市内でも、、、新開地にポツポツ。

いずれも老朽化した建物の間借りだから、余命はあと僅かかも

閉館や廃業を惜しんでいるわけではない。新陳代謝は資本主義経済の活力だが、なんせ新規参入が全くない。


一番レトロ感満載が、新開地の湊川公園地下の「パルシネマしんこうえん」

しかし、いまどきキャッシュオンリーだし、ウェブサイトは何故か繋がらない。

プログラム編成に映画愛は感じるが、、、