2022年8月8日月曜日

長宗我部定書

 坂本龍馬や武市半平太のご先祖が仕えた土佐の君主。中央の政治力学に無知なため、判断ミスから家康により支配権を剥奪され、内助の功だけで何の取り柄もない山内一豊が藩主となった。

しかし、長宗我部氏の子孫は今に伝わるらしい。

最初の奉公先に高知の石灰石採掘業の取引先があったが、たしか社長か役員のなかに長宗我部某なる方がおられた。


名題の定書は土佐の分国法(条例みたいなもの)

中世史の先生のコラムによれば一升升の計り方の決まりのような事が明文化されていたらしい。

米俵に升をグイと差し込み、山盛りの状態から摺り切り棒で正確に一升を計る、、、のだが、ちょっとしたカラクリがあるそうだ。


天下の統治者にとって度量衡の統一とは大事業のひとつ。市中には一升升といってもさまざまな大きさがあり、悪辣な商人は、貸米を小さな升で貸し大きな升で返してもらう.....とかなんとか、、、

又、時代によってかなり量単位に差があり、漢詩の「斗酒猶辞さず」と言っても、その時代の一斗は今の一升と大差なかった、、、その程度ならば二日酔い覚悟ならば飲めなくはない(^^)



今日のキモは、同じ大きさの一升升でも「摺り切りのやり方」で質量が多少異なるっておはなしです。

摺り切りのやり方には、

手前から前に摺りきる

向こうから手前に摺りきる、、、の二種類を基本に多様な摺り切り技法があったと、量り売り時代を知っている米商人は言うそうです。

ザックリ言うと、前者のやり方だと後者に比べて10グラム位重くなるらしい。

大したことはなさそうだが、一石は百升ですから、一キロ違うことになる。

土佐三十万石全体からすれば、、、そんだけの米粒が道端に落ちているはずも無いし、いつの時代にも徴税権力は苛烈なのです。



まあ斯様なテクニックは固体にしか通用しなくて、液体の場合はどうやっても一合は一合、、、じゃないのよ。そう思うようでは修行が足りない(^^)



山谷では見たことないが、釜ケ崎ならば珍しくもないらしいが、、、

朝から店を開けている立ち飲み屋さん(こんな時間帯にこんな場所で外道な食い物や飲み物をあさるアタシは、、、けだし掃き溜めの鶴かなあって)

肴はおでん(わいらはカントダキと言います)と串カツ。酒は当時ですから焼酎かポン酒。酎ハイなんて清涼飲料水はお呼びじゃなく麦酒はまどろっこしい。

そのオトコ、、、日雇い風、肴なんかは頼まない。升一杯分の小銭を握りしめて毎日何度もやってくる(、、らしい)

カウンターに銭を投げ出し、


大将!

ポン酒一合頼むわ。

升に半合ずつ分けて注いでくれや


唖然と見おくるアタシ

大将は苦笑混じりに、常連やさかいになあ

酒は表面張力で膨張しますやろ

それに分けて注ぐとやはり多めになりますがな








2022年8月7日日曜日

寄関恋

 内裏の歌合ですが、テレビの笑点みたいな貴族の娯楽です。お題に合わせて気の利いた和歌を詠む。

そこで歌名を上げれば、ノンキャリアでも家格以上偉くもなれる(かも)
しかし、所詮は歌詠みなる技官。

偉くなるのは稀ですが、青史に名を留めると栄誉は末代まで残ります。



関所に寄せる恋、、、とはかなり難問

歌を詠む以上に珍奇なお題を考える方が難しい。



不破(やぶれじ)のまだ越えぬ関は逢坂の

関も勿来のここちこそすれ



六百番歌合での藤原家隆の和歌をお借りして多少駄洒落って見ました。


関(関所)とは要所に設営された税の徴収、入出所管理、防衛拠点である。古代より多くの関所が設けられて、有事ともなれば閉鎖されたと史書には書いてますが、その効果性は疑問。


どっちかと言えば、その名称からくる歌枕的に有名。

ダントツは「逢坂」京に近いし逢うとの掛け言葉で使い勝手がいい。


勿来(なこそ)は所在不明どころか実在もあやしいとされますが、来る勿れって意味は破綻した恋にふさわしい


不破(ふわ)の関は関ヶ原あたり。これを無理矢理「破れじ」とよませて、物尽くし的に関所名を意味をもたせながら三つまで折込みました自慢の作品(^^)

2022年8月6日土曜日

ヘルニア

 言葉くらいは昔から知っているし、語感からしてラテン語らしいこともわかる。

しかし、突き詰めて言葉を理解しようとする執念深さに欠けるから、、、、(^^)

体内のパーツがあるべき場所から「突出・脱出」している病態を意味するんだって。

よっぽどのことがない限り生命に関わることはないのだが、それとなく来襲する鈍痛というか時としての激痛に耐える事にも疲れた。


こんな時期に入院手術なんて嫌だが、、、専門医によれば昨今は腹腔鏡による日帰り手術で済むらしい。

高額の入院給付金特約付きの保険者だからホントはのんびりと入院でもいいし、日帰り手術って術前術後は自己管理でなにかと面倒臭い


その専門医、見た目あの腹腔鏡の魔術師の異名をもつ、、、群れを好みカネを愛し腹腔鏡のスキルと要領の良さだけが取り柄の帝都大医学部付属病院の加地秀樹医師に似てるから期待と不安まじりのまま......



予定日の前日に突然の電話

院内に陽性者発生につきスケジュールは全てリセット

満を辞して待機していたのに、、、

なんだかんだ紆余曲折の果てに、過日やっと終わりました。


全身麻酔のおかげで、何が何だか皆目わからないまま終了。

まあ、経過良好かなあ




妄想版狂言綺語事典(1) 神学

 そんなに大層なものでもない。

自由人が基本的に身につけておくべき学芸の総体がリベラルアーツであり、適切に倭訳すれば、、、「本来の良き意味での教養」
では一体「教養」とは何じゃいな?ってことだが、今日のお題はさらに高尚な「神学」のはなし



神は不可知、不可解である。

あるときはパジェロのダンロップのタイヤの文様に現れたり、ナイキのバスケシューズにも、、、もっとも降臨したのはイスラムの神。

後難を恐れた資本家は商品回収、謝罪、賠償と、、、大変だったようですが、さすがにイスラム教徒に改宗まではしなかったし、その程度で矛を収めたとは世俗的でもある。


しかしこの御技は、偶然なのか必然なのか?

不可知なんだから解りようもないが、それじゃ学としての神学の存在意義がない。

世の中には都合よく「弁証法」なるリベラルアーツがある。折衷案というと身もふたもないから「隠された必然」と呼ぶ。

進学的には、偶然や超常はあり得ない。

全ては「摂理」である。常識や科学の知見で論理的に説明出来ないものはそもそも存在しない。説明出来ないのはヒトザルがまだまだ未熟なだけ。それが証拠に長からぬ科学史とは未知の発見に他ならない。非科学的と切って捨てられた事象も科学的に説明可能な時代がいつか来る、、、その時までヒトザルがこの地球上で食物連鎖の頂点に君臨しているかどうかは分からない。

、、、とかなんとか狂言綺語を弄すれば、神を信じる事と無神論はコインの裏表だという事に帰着する。



奇想版狂言綺語事典(1)

2022年8月5日金曜日

ペスト(デフォー作)

 武漢病毒関連本のなんたる汗牛充棟よ!

大別するに、、、

陰謀論系
似非科学系

医療行政罵倒系
感染ムラ批判系
医療現場奮闘編
感染対策ハウツー本、、、


言える事は未だ進行形だからの理由もあろうが体系化された網羅的定本はまだ見当たらない。

世界の様相を一変させたかもしれないほどの「衝撃」なんだからフィクションのテーマとしてもこれ以上のものはないのだが、、、、

かつては、以下のような寓話的なあるいは不条理な、ディストピア的名作もあったし、逆に言うと、二人のノーベル賞作家がそれなりの作品を上梓した以上いまさら出番はないと諦めたか?

ならば文学者やジャーナリストの看板を下ろす方がいい。





前者は映画化もされていますが、観た記憶があるようなないような、、、


ネットフリックスにはありますが、アマゾンプライムは残念ながら



はやい話が皆さん怠慢なんだ。

内務省衛生局(後年の厚生省の母体)は1922年には早くも流行性感冒(スペイン風邪の記録)を刊行しています....さすがに官庁のなかの官庁たる内務省です。その不肖の後継組織には、、、公式記録作成の予定はあるんだろうか



17世紀半ばの倫敦でのペスト禍。40万人余りの人口が30万人にまで減少、、、ですが「たいした事」でもない。14世紀全欧を襲った大災厄では人口は半減したと言われていますから、その学習効果もあったみたいです。

医学的対処に関しては極めてプリミティブ。致し方ありません。ペスト菌が発見されたのは19世紀後半。ワクチンも検査キットも治療薬もありませんから、ひたすら三密を回避し、閉門蟄居し嵐が通り過ぎるのを待つか、、、感染地帯を避けての疎開。

あとは手洗い、消毒、マスキングは皆目登場せず、やたらと燻蒸と焼却(これはこれで効果あり)


学習効果なのか倫敦の民度かディストピア状態に陥ることもなく「自助共助公助」がそれなりに機能したとデフォー作の「ペスト」には書かれています。

ロビンソンクルーゾーで有名な作家ですが、本業はジャーナリストです。実体験と取材による事実収集からあの災厄の一年を活写したノンフィクションルポルタージュ!、、、って真っ赤なウソ(^^)


あのペスト禍の年にはデフォーはまだ子ども。

叔父さんやらの体験談や様々な資料を駆使して書き上げた創作型ルポルタージュです。

だからといって作品の価値を毀損するものではない。



さまざまな訳本がありますが、この新訳は実に読み易いし、読後感も清々しい。


神は倫敦を見捨てなかった。

いやいや、自ら助くるがゆえに神はお助けになったのですよ。

翌年(これも神の不可知な御技かな?)の秋、市内の八割が焼滅する大火が発生(火災の規模にしては奇跡的に死者は少なかったよし)し、、、ペスト菌は焼滅却。街は近代都市へと脱却再建された。

さすがに産業革命の魁の国家国民は太宗に於いて理性的禁欲的だったのです。

2022年8月4日木曜日

ガーシー砲

 カエサルだけが持ち得た五要素なんかまでは言わないが、マックスウェーバーの「情熱、責任感、判断力」程度は、、、と言いたいが、

退役アスリートや売れなくなった芸能人や著名人の「養老院」と化した、、、無論真面目な政治家もおいでになるはずだが、、、

まずもって看板(知名度)
地盤(どぶ板を駆け回るボランティア支援者)

カバン(政治活動資金)


ナンチャラ協会のサポートがあれば知名度はなくともなんとかなりそうだが、逆に知名度さえ有れば怪しげな反社紛いの支援なくても当選しそう、、、なんにしても不毛の選択。


かつては官僚や組合専従で偉くなるのが選良への近道だったが、いまやフォロワーの多いYouTuberやblogger

厚労省の職業分類表をながむるに、大分類「専門的技術的職業」に該当しそうだが、具体的な明示がない。

はやい話が自由業なんですよ。





晴れて赤絨毯を踏む身分となり、六年間の任期を全うすればなんだかんだで10億円(歳費以外の経費全て)コストに見合うだけの事をやるには、、、やはり在京登院しないと


不当逮捕の恐れ?

やましい事が無ければ堂々と振舞うものです、、

暗殺の恐れ?

政治テロに遭遇するのはそれなりに大物ですが、、

リモートワークが出来ないのがおかしい?

おかしいなら変える努力をしないとねえ、、

院外でも議員らしい活動は出来る?

ならばどんどんとガーシー砲を撃ってみせてよ(^^)


身近にいたらしい芸能人の醜聞を暴露して話題取りをしていただけのようですから、統一協会の闇なんてネタをもっているとは思えない。

詐欺事件の件はよく知りませんので論評しないが、親告罪じゃないから、警察がその気になればいつでも立件できるし、海外に居ようがパスポートを失効させていつでもクビに縄をかける事は出来ます。

そうそう、詐欺被害者の方々は金銭的被害が回復出来ていないならば、歳費の仮差押が出来ます。


ええ歳してあんまり見苦しい振る舞いをいつまでもやるもんではない。


女神の継承

 



およそ、食指がすすまないエンタメホラー
コリアとタイランド、、、のハイブリッドなるふれこみなんだが



はやい話が、エクソシストとパラノーマルアクティビティを融合させたキワモノ映画





舞台はタイランド北東部

善神の巫女一族が悪霊に取り憑かれ、祈祷師が悪神祓いするんですが、、、、悪は栄えはしないが滅びることもない。


2022年8月3日水曜日

貴人による最高の「警備」

 倭国に限った事でもあるまいが(偶々倭国の史実に多少詳しいだけかも)なんともまあ、、、、要人警護失態の歴史。

歴史どころか経験にすら学べない。




前世紀末頃の天皇皇后両陛下のオランダ訪問の際のあるシーン。

両国の長い歴史からすれば友好的であって然るべし、、、なんですが、先の大戦での陸軍の蛮行の記憶(大抵は足を踏んだ方は直ぐに忘れるが踏まれた方は何時迄も恨みに思うのが常)からして一部には強い反日感情があり、不測の事態が危惧されていた。

これがアメリカンならば、単純明快な西部劇紛い。仮に爆弾が投げつけられたら沿道に投げ返す。そこに市民が居ても躊躇するな(マニュアルがそうなっているそうだ)


写真は戦没者記念碑に献花のため赴く両陛下。沿道には市民が立ち並んでいたはず

両陛下の左にはオランダ首相。右側にはベアトリクス女王とアムステルダム市長

つまりオランダ国最高の貴人が万一に備えて「醜の御楯」となる異例の対応。

なんとも、、、言葉にならない(が、最高の要人警護とはそういうもの)


高貴なる方の責務の果たし方とはそういうものだが、倭国だってひけはとらない誇らしい史実がある。



ロシアのニコライ二世が皇太子時代に訪日した際に大津事件に遭遇。幸いにも命には別状なかったが、、警護していたはずの巡査が凶行に及ぶとは、、、作為不作為の違いはあるが「奈良警備」クラスの要人警護の大失態である。

当時ニコライ二世は二十歳過ぎ、明治帝はアラフォーくらい

当時の記録をよめば政府首脳は右往左往するばかりで

今と同じように有事には役立たず。なもんで、帝御身ずから対処されたといわれている。

京都から帰国の為に神戸港までの特別列車でニコライ二世をエスコート。

さらにロシア艦内での帰国招宴を周囲の反対を押し切り応諾(この前に京都御所での招宴をオファーしたがさすがに断られている)


その際に憂慮する側近に対して、帝曰く


露国は先進文明国なり

豈敢えて汝らの憂慮する蛮行(拉致監禁や毒殺)を為さんや


立派な方だったのですねえ、、、としかいいようがないが、今の露国が「先進文明国」かどうかは論評しない。


ちなみに、責任をとってだろうが、外務、内務、司法の三人の大臣が辞任しました。

2022年8月1日月曜日

接待

 税制の基本は「交際費全額損金不算入」です。

いくらなんでもあんまりだ!って事で、徴税権力は多少の特例措置を設けている。
しかしあくまでも「接待は冗費の塊」だとは、、なんとも頑迷固陋。



彼等はブリア・サヴァランの「美味礼讃」を読んだことがないのだ。別に読んでなくとも「食事は政治(ビジネス)の手段であり、外交(商談)には饗応が付き物」くらいは常識として分かるだろうに、、、


明治以降の近代化に於いては近代化すなわち西洋化であり、外国要人の接待には涙ぐましいばかりなボリューム満点のフレンチが供された。

ホンマにこんだけ食べたのかなあ?って

あるいは満漢全席のように「一皿一口のマナー」だったのなあ(^^)



輿論の反撥も強かったのだろうが維新の推進者たちが下級士族以下の連中が幸いした。本格的な本膳料理なんかしるよしもないんだがら、それを一気に飛び越えてフレンチ迄のハードルは低い。

とりわけ大実力者の伊藤博文こそ最下級。それは風呂屋のサンスケの爺いが言い放ったことからも明らか(委細は説明しないが、、、、貴人ともなれば前をコソコソ隠したりはしない)

だからかどうかは知らないが、当時は禁止であったはずの河豚コース料理を春帆楼で散々喰ったりしていたのです。

日清戦争の講和会議を春帆楼に設定したのも、李鴻章に河豚鍋を振る舞い事を上手く進めようとしたのかもしれないが、これはあてはずれだったようだ。




彼が哈爾濱でテロリストの凶弾に斃れたが....実は漱石の「門」に斯様な一節がある



漱石自身の政治的立場は無色中立的であるが単純に東アジアでの倭民の優位性を誇らしげに思っていたようです。かのテロルに関しても感情を高ぶらしたような文章もない。


宗助の感想は一般論としてはそういうものだし、俗に言う「横死すれば皆美人」とはそういう事。

もっとも殺されれば「だれもが歴史的に偉い人になれる」訳でもない。そこには「蓋棺」なる冷徹な歴史の評価で決まる話。