2020年4月18日土曜日

会計の信頼性が政治の正当性を担保する





惨い事も結果としては自己責任....


まともな書物が下駄履きアパートには置いていないので...
家探しして出て来たのが...「帳簿の世界史」
買うまでのレベル以下暇つぶしレベル以上の書物。

惹句に曰く...会計責任が国家の興亡を支配する

大袈裟なのは惹句のツネですが、
国家の財政状態を適切に記録し監査し
それに基づき統治することは統治の大原則....これ当たり前

しかし、数%の上級国民が富の九割を保有し、
富裕者(大企業を含む)ほど税負担が少ない...
事実を知らされていなかった国民は激怒し
革命が...起きないのが不思議でしょうがない。

これは18世紀末のフランスの実例ですが、
なんだか聞いたようなはなし。
国民を不安にしてはならないし、国家の信頼を揺るがせてはならないから
真実を明らかにしないというのは本末転倒。
王政の時代ではなく、現代は情報はかなりの範囲で公開され、
開示伝播させるツールにも事欠かない。
しかしながら、真実を伝播することができるならば、
虚報も喧伝させやすい。
結果、インターネットは空虚な洞窟となる。

かの「空虚な洞窟」では両論がもっともらしく論じられますが、
アタシにはよく分からない。
数字は嘘をつかないはずだが、錯覚するような見せ方は出来ます。
扇動家が専門家のマネをされても騙される


戦争やら贅沢やらで国庫を空にして、
国を瓦解させるのは専制君主だと歴史が教えますが、
民主主義国家もかわりなく、
詰まるところ「知らしむべからず」も統治者の本能だとも教えます。
中身の見えないお財布を握っていることが権力の源泉なんだから
透明度なんて期待する方が愚かかも。
統治者は主権者の選択の結果だから、酷いことでも自己責任。
孟子はあの時代ですでに「易姓革命理論」を唱えていました。
他よりマシだからって、アタシの「選択」にはないのだが、
それはやはり「サイレントマイノリティ」の発想なんですよ。

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