この「目から鱗」らしい編纂方法の著書は、現役の高校の先生、ユーチューバーで人気が出たらしくとうとう書籍刊行まで。
地方公務員って「職務専念義務」があるはずだが、、、、まあ許可を取ればなんら問題のない副業の範囲だ。
こんなお手軽をウリにするような書籍は普通は絶対に買わないアタシ。
たまたまブックオフで、安く見つけましたから(^^)
辛辣に言えば、アタマの良い中学生相手ならば実によく出来ています。彼らならば「一度読んだら」忘れないだろう。無論、アタシだって目から鱗って史実や視座もありましたから、感謝はしています
確かに「世界」史の教科書って構成が難しい。年代輪切りする通常のやり方は、縦軸である地域の史的動きがわからなくなる。かと言って、、、エリアごとの歴史書は、山川が半世紀前から「各国史シリーズ」と称して刊行していますが、あまり話題にならない。
この著書のアイデアは、大航海時代まではエリア毎に、以降は年代の輪切り。
世界史とはズバリ国際的「交流史」だと思えば間違いではない。
しかし、没交渉でも世界とかけ離れた有様はそれ自体が時代の判断になる。だっから「年号が登場しない」って、アタシにはたえがたいし、そもそも年代とか世紀はベンチマークだ。
鎖国だっただろう時代、近松が健筆を奮っていた頃、極西の島国にも大戯曲作家がいたって、、、知れば歴史の偶然だか必然に身震いがする。
歴史の醍醐味は、東西交流のダイナミズムな歴史。
ある先生(京都の大学の史学科の卒業生)によれば先生の母校での大学の残り方で自ずと序列がわかる。
最優等の院生は、東西交流史
優等は、中国史
あとは、、、まあ武士の情けだから口をつぐむ(^^)
かと言って、学問の世界で名をなすのは中国史専攻の先生方。
東西交流史ってとんでもなくハードルが高い。
あの広いエリアに関する言語、歴史、文化等に通じた万能人でなければ、歯が立たない、、、はず。
その意味で、国史(今は日本史といいます)だって他国史(交流の有無に関わらず)に触れないってあんまりだ。
倭國には、北鮮みたいな鎖国の歴史はない。
絶えず、中韓の文物や人的交流、、、影響の程度はさまざまだが、それらを糧にしてきた。
へり下り学ぶことである時期には東アジアの盟主になれたのです。
歴史は鑑だ。
ことさらに「三鑑の教え」なんて言わないが、古をもって鏡とせば興亡を知ることができるのは、時代が変わろうと真理だと信じて疑わない。
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