失敗や誤謬を認めない、、、権威ある組織やその立場にある者の本能らしい。
間違いはあってはならないが、間違わない事はまず不可能だ。したり顔に言えば「間違いを繰り返さない」が大事だし、そのためには失敗や誤謬を正面から受け止める事しかない。
倭國の刑事組織は世界一優秀だと言われる。
刑事裁判の有罪率の異様な高さがそれを証明する、、、でもねえ
具体的な数字を持ち合わせていないので断定はしないが、確実に有罪にできる事件だけを捜査・起訴してませんかねえ?
かつての共産圏では重大犯罪は皆無に近かった。
不都合な事案を認知しなければ、名目的には犯罪ゼロ社会が実現するが、それが「地上の楽土」だとは誰も思わないはずだ。
他人事でも無かろう。
誤審はあってはならない。
ないことにするのは極めて簡単です。
冤罪再審請求を一切認めなければいい(^^)
袴田巌氏の罪の認否については論評しない(報道レベルの情報しか持ち合わせていないから)が、最終的に「冤罪が司法により確定」しました。
しかし、検事総長の「断念コメント」のなんとも、、、見苦しさを通り越して冤罪を引き起こした以上の検察組織の汚点だと思いますよ。
そもそも畝本直美氏の検事総長就任時のメディアの冷静さ(冷淡だと言うことの婉曲表現です)
官僚組織のトップ人事の報道において最大級の注目を浴びるのが検事総長。
それも有史以来初めての女性なんだから、もっと期待感や高揚感満載の記事のはずがなんとも
最近は、元々その器でなかったとまでメディアは、、、辛辣ですなあ(^^)
ホンマに刑事司法組織が喧伝される程に優秀かどうかは、国松長官暗殺未遂事件の顛末を紐解けばよく分かります。
組織のアタマ狙われて、組織の総力挙げての十数年、延べ数十万人規模の捜査にも関わらず、、、コールドケースなんて、恥以外の何物でもない。
その理由は単純です。
本来は殺人事件捜査に長けた刑事警察が担当すべきところ、予断をもった見込み捜査の罠に堕ちた公安警察が主導したことによる失態。
捜査方針の転換をさっさとやればいいのに、、、メンツ以外に理由はないと思われるが、クルマは急に曲がれない(^^)
この事件が仮に1950年代に起きていたら、拷問自白、証拠捏造等なんでもありでオウム真理教関係者を獄門台に送り込んだに違いない。
いろんな真相究明ドキュメントが上梓されてますが、この鹿島圭介版が一番まともだが、、、真犯人と見なされる人物がホンマにそうかと言われれば、まず公判維持は難しいなあ
なお中山七里のミステリーですが、強要された自白と捏造された物的証拠から死刑判決が確定。
しかし、その後冤罪が明らかになったが、既に受刑者は自裁したあと、、、という前代未聞の司法の大失態。
でも、かの「女性検事総長」ならば、、、、
真犯人の自白とされる公式調書にはその内容に重大な誤認があると思われ、なによりも重要な事実は受刑者の自裁であり、これはまぎれもなく「罪の意識」そのものであり、一片の調書よりも真実をものがたり、、、、
とかなんとか居直りみたいなコメントをだすんだろうとか....妄想をたくましくしてしまいそう(^^)
0 件のコメント:
コメントを投稿