2015年8月3日月曜日

道を外れたオトコ




序曲が静かに流れると同時に幕があき・・・
舞台は、最終幕のヴィオレッタの死のシーン。
映画的な斬新な演出であり、オペラ全体が、ヴィオレッタの回想というしつらえ。
確か、フランコゼフィレッリ監督の映画版(オペラの舞台をそのまま映画化)もそうだった。
つまり、今回は、優れて映画的な演出であることを予感させます。
舞台装置を極力排除し、LEDパネルを多用。
舞台背景に躍動性を持たせます。

 
ダブルキャストのオペラの楽しみは、どっちのプリマドンナの舞台を見るかってことで・・・
今回はちょっと悩みましたが、森麻季さん!

 
オペラ「椿姫」の原題は、トラヴィアータ。
道を外れたオンナ。
高級娼婦をヒロインにすることは、当時的には公序良俗違反なもんで、
その職業を指弾するようなタイトルを余儀無くされたらしい。
娼婦と言っても、そんじょそこらの風俗嬢とはちがう。
吉原の太夫なみに、美貌と教養を誇る驕慢な存在。
おつきあいするには、そんじょそこらの財力じゃ無理ってもんです。
鹿島茂先生によれば、ウブな田舎紳士、アルフレッドの収入は一千万円程度。
決して悪くはないが、ヴィオレッタの相手をするには、桁が一つ違う。


十九世紀の巴里の裏社交界のルールに無知で、道はずれな恋愛ごっこに暴走したのが、不幸の始まり。
道に外れたとは、けだし、ルール違反ということであり、
責められるべきは、ヴィオレッタではなく、アルフレッドである。
あの程度の財力で銀座は荷が重い。
新小岩のセクシー居酒屋程度が分相応だったのです。

 
情にほだされたヴィオレッタこそいい迷惑。
オリジナルは、労咳に病むヴィオレッタが、寂しくも悲しくも貧困の中で死んでいくのですが、
これじゃあんまり可哀想。
今際の際にアルフレッドが駆けつけ、父親のジェルマンも・・・我が娘よ って和解し、
最後の最後に、ジェリクルキャッツのように天上に召されてゆく・・・・
感動的です。

 
大体において、労咳でやせ衰えているはずのヒロインを豊満なソプラノが朗々と歌い上げる虚妄さって揶揄されるからでしょうか、森茉莉さんは、逆にダイエットでもなさったのか?
エンジンが小さすぎて、声に迫力がありません。
いささか心配しましたが、幕間でエネルギー補給でもしたのか、だんだん良くなる・・・法華の太鼓。

 
しかし、頂けないのは、紳士淑女の集まる社交界は、仮面舞踏会のシーン。
十九世紀のフランスの貴婦人が、あれほどもヒラべっちゃいご面相じゃ興ざめ。
メイクでもう少しなんとかして欲しかったなあ。

 
人気オペラの割りに、あまりにメロドラマすぎて映画化された例は少ない。
しかし「プリティウーマン」で、ロスでエスカルゴを食べた後、
シスコのオペラハウスにリチャードギアの自家用ジェットでこのオペラを観にいくのが、気の良い娼婦、ジュリアロバーツ。
多分最終幕なんでしょうねえ、涙するシーンが大変良かった。



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