2014年7月5日土曜日

波止場の哲学者





哲学とは学説ではない。活動である。
哲学とは理性による思考の明晰化である。
哲学という活動の本質は解明することにある。


・・・とは、過日の「哲学」の定義の再説。
すなわち、哲学するとは特別な事ではない。
ソクラテスのように市井の床屋談義からも生まれるし、
象牙の塔に立て篭もり、ただただ沈思黙考する近寄りがたい姿のみを想像することは
けだし正鵠を得ていないのは確からしい。


労働の中から思索を・・・・


彼は放浪の季節労働者であった。
サンフランシスコに定住した際には、港湾労働者であった。
人は、彼のことを「波止場の哲学者」と称した。

彼は、壮大な知の体系や大向こうを唸らせる仮説を唱えたわけではない。
平明な言葉で思考の結果を明晰に述べただけである。
多からぬ著作は、翻訳され、手に入れることは容易である・・・が、
あまり売れているようには思えないが、絶版にならないところを見れば、
息長く読み手が存在するようである。

読み落としていたのは、汗顔のいたりであるが、ハンナアーレントと
交点があったようだ。
1950年代のころ。アイヒマン裁判のレポートに先立つころ、約十年。
彼女はかれのことを「オアシス」のような存在だという。
絶対悪の権化たるアイヒマンを陳腐な悪と言い切り、
ユダヤ人社会に衝撃と憤怒の嵐を巻き起こした際に、同じユダヤ系である沖仲士が、
どういう感想を持ったのかはわからない。
言えることは、狂乱的に罵らなかったことは確かだと思う。
彼の警句はラジカルである。
しかし、物言いは、優しく思いやりがある。
ハンナアーレントは、それを「オアシス」と比喩したのでしょうか?

・・・・

そうだ。少しはこの哲学者の紹介もしませんといけませんねえ
ある程度は有名ですが、だれでも知っているかどうか・・・・ エリック・ホッファー。アメリカンです。

7歳で失明、15歳で突然視力を回復。
18歳の時に天涯孤独となり、28歳で自殺未遂。

・・私は死ななかった。だがその日曜日、労働者は死に、放浪者が誕生したのである・・という彼は、
10年に及ぶ放浪生活へ踏み出し、数々の出会いと別れを選び取りながら、
劇的な生涯を送ることになる。

トマトの収穫、ホップ摘み、砂金発掘などの季節労働。
そのかたわらで、化学、数学、鉱物学などあらゆる学問にまい進し、読書と思索を重ねていく日々。
そんなある日、彼は町のレストランで大学教授と出会い、
これを機にドイツ語翻訳や研究の手助けなどのアルバイトをはじめる。
あまりに研究熱心な彼に、教授は研究所での職を用意してくれるのだが、
彼は、ふらりと季節労働者の生活へ戻ってしまうのだ。


・・慣れ親しむことは、生の刃先を鈍らせる。おそらくこの世界において永遠のよそ者であること、
他の惑星からの訪問者であることが芸術家の証なのであろう・・

自己と徹底的に対峙し、自己欺瞞と戦いつづけたエリック・ホッファー。
まず学ぶべきなのは「学問」そのものではなく、彼が貫いた学問への、
そして、人生への「姿勢」かもしれない

・・・とどなたかの紹介文で代用します。

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