2018年4月21日土曜日
徘徊老人心得帖
原典は不東庵によるが、寒村陋屋界隈で多少認知度が上がってきた
蝸牛庵狂言綺語心得
・即起(ダラダラと惰眠を貪らない)
・作務(炊事洗濯野良仕事・・・作業=修行)
・習字(毛筆は苦手なんで、独りよがりな駄日記を相変わらず・・)
・読書(論評なし)
・徘徊(無為無心の散策)
・静座(寝る前には、今日一日を反省し、生あったことに感謝)
→ この程度は、ちょい頑張れば誰でもできる
・勤倹(粗餐粗食、飲酒を適当に、質素に暮らす)
・居敬(誰にでも敬意をもって謙虚に接する)
・慎独(人が見ていなくても己を持して慎む)
・謹言(言葉を慎む)
→ かくありたしと「思い」だけは持ち続けることだ。
・刻々留心(何事にも興味を持ちよりよくなる様に知恵を出し工夫を行う)
・跡無工夫(自分の功を誇なず、死しても名を残すなんて未練なし)
→ 多少の努力が必要だ。
言葉狩りの愚は毎度の事で、義憤を超えて最早口にするのも
おぞましい。
昔「認知症」なる病名を聞いた際に理解不能だった。
不認知症ならまだ病気らしいが....
今度は「徘徊」なる用例がヒジンケン的だとか!
ツクリには意味がない。
音を借りてきただけ。
ギョウヒンベンは、ヒトザルがユックリと歩き回る様
繰り返される以上、結構あちこちを歩き回る意味だ。
それの何が悪い?
目的もなく歩き回ることが病気らしいが、
無意識の所作は幾らでもある。
箸の上げ下ろしひとつひとつに意味性を持して生きている訳ではない事は
分かりきったことだ。
医者も高偏差値集団化し、馬鹿になったのだ。
無心
無為
なんて事が分からなくて人間理解が出来るのね(^-^)
近日中に扁額にしようと思案中な心得
即起而作務
習字而読書
....と七行縦書。知らないと知っていても五言律詩に見える。
が、律詩というには行足らず(^-^)
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