百人一首収録の壬生忠岑の和歌
有明の
つれなく見えし別れより
暁ばかり 憂きものはなし
背中を向けたまま、、、口も聞いてくれず。
もう終わりかな、このカンケイ(^^)
なんて情景が目に浮かぶが、後朝の挨拶和歌の常套として、意味もなく(こころにもなく)なじったり拗ねたりするもの
良かったよ、また明日もね、、、なんて能天気だと逆につまらないオトコだとおもわれる(^^)
王朝美学にかなう恋の駆け引きなんて、そんなもの、、、なんて事は今日のお題じゃない。
夜の時間帯の時制のこと。
既に馴染みもなく、使い方に錯乱も見られるが、基本的には以下のように時の流れを表現したらしい。
暁 夜半から明け方まで(つまり夜明け前)
曙 暁の後夜明けあたり
東雲 夜が明けて東の空が白んでくる僅かな時
朝ぼらけ(朝まだき)空全体が明るくなりつつ
有明 朝がきちゃったらアリアケ
諸説さまざまで多少の異同はありますが、まあこんな感じ。
朝が来ちゃうとひと目を憚り、そそくさとご帰還ですから、ここでは「有明」
別れが辛いねえ、、、でも夜明け前からなんだか雰囲気よくなかったし、有明ころの冷たい感じからすれば、暁かた(夜明け前から)で既に憂鬱なんですよと
内心はともかく、おもてズラはこういうこと。
これに対して、新々百人一首で丸谷才一が選んだのは
夢よりもはかなきものは
夏の夜の暁がたの別れ
なりけり
リアルなデートと夢の中での邂逅のどっちが嬉しいあるいは切ない?ってままある歌材ですが、小野小町の大の得意種目です。壬生忠岑の「夢よりはかなきもの」も悪くはないが、、、、
うたた寝に恋しき人を見てしより夢てふものはたのみそめてき
思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを
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