高禄をはむ地位と権力ある連中の、、、
権限は拡大したいが余計な手間は背負いたくはない
自分が決めた事には非でも理と強弁し徹底抗戦
意にそまなくても保身は最優先事項
総統の寵が得られるならば忖度、便佞なんでもあり
なんて行動様式...きいたようなはなし
何が決められ、どう実行されたかは今更説明の必要もない。
時は1942年1月
舞台はベルリン郊外のヴァン湖畔の別荘
主催者はラインハルトハイドリッヒ国家保安本部長官
出席者は関係省庁等の意思決定権者だが、そのスタンスは冒頭に書いた通り。
議事の結果はアイヒマン作成の公式議事録に残っている。
議事進行は、どっかの国の会議より遥かに無駄なく論理的にすすんだ「生産性の高い」議事だった、、、みたいですが、皆さんそれなりに私益の主張はしましたよ。
ホンマにこんだけの議題が正午から始まり二時前に終わったの?
でも実務段階ともなれば、霞ヶ関官僚は負けてはいないが、、、
でもなあ、、、一連のホロコースト系映画では出色の出来映えなんだが、アタシの妄念はそんなことではなくて
1923年 ミュンヘン一揆
1933年 ヒトラー首相就任
1933年 ダッハウ完成(@最初の強制収容所)
1938年 水晶の夜事件
1939年 WW2勃発
1942年 ヴァンゼー会議
1945年 ナチス政権倒壊
ユダヤ人の「排斥」はかなり以前から行われていたはずだが、システマティックな最終的解決策が実施されてからはたった三年程度しかない。
なんともおぞましいが、、、あまりに短期間であったが故に欧州域内の半数弱の600万人の犠牲者、、、、ホロコーストを否定はしないが、数字だけが勝手に一人歩きする事には警鐘を鳴らしておこう。
南京「事件」が良い例だ
会議でも「ユダヤ人なる対象の定義」で激論がなされています。実のところ大変難しい。
安全地帯に逃げるには、時間はなくはないが、その為の方策なり決断に皆さん悩んだんですかねえ?
やっぱり本気で
最終的解決(ユダヤ人の絶滅)
特別処理(虐殺)
アーリア化(ユダヤ人資産の略奪)
なんて、如何にナチスでもそこまで反理性的だと想いもよらなかったのでしょう。
因みに、イスラエルの帰還法がかように定義しています。
......
ユダヤ人の母から産まれた者、もしくはユダヤ教に改宗し他の宗教を一切信じない者
.....
コレだけで駄文が一本書けるくらい「含み」が大きい
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