思いつきみたいなはなしを今更持ち出すものではない。
教育の「年の始まり」を九月にしよう!だと
想像したくないが、九月に李文亮肺炎が完全終息していると言うのが
前提ですよね
その事に絶対的自信があると言い切れるのかな?
これ以上「年の始まり」を増やさないで欲しい。
かつての太陰太陽暦の時代は
春に年が改まることで全てが片付いた。
太陽暦に改まり、季節の始まりと年の始まりが分離した。
会計年度が四月であることが決まるまでは紆余曲折があり、
これを変更するにはいくつかの法律改正を必要とする。
学校年度も学校教育法制のシバリや、会計年度の絡みで
単純にはいかない...はず。
あと事務年度ってものもある。
官庁も多くの企業も、予算は四月に始まるが、
その予算が決まるのは三月末。
それから、新年度体制で人事異動や役員改正があり
実質始動は七月...これが事務年度の始まり
これ以上思いつき的に「年の始まり」を増やしてどうするの?
グローバルの視座となんとか...
チャンチャラおかしい事は、リンクの諸外国の学校年度一覧を
観ればいい。
九月始まりがグローバルスタンダードと
必ずしも言い切れるものではないし、
風土や文化歴史に根ざしたものでもある。
そんなことよりも、キャッシュレス還元って
六月に終わるのは...かなり無理っぽいが
どうするんだろう。
景気の腰折れにコロナ禍なんだから、更に首吊りの足を引っ張る
恒久的に制度化しても...
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