2024年3月1日金曜日

閏日のルールは完全ではない

 



2月29日のこと。
おおむね四年おき、オリンピックとアメリカン大統領選挙のとし。
倭國で太陽暦(正確にはグレオリオ歴).つまり地球の公転期間を一年とする暦法を明治帝が採用されたのが明治五年。
従前の太陰暦よりも「一般的に合理的」という理由だが、短兵急に翌年から採用したもんだから、相当な混乱や反対があった。

さて、不思議なことに、、、



素直に読めば、太陽暦が採用されてから四半世紀経過してから閏年の制度を帝を定められたことになるが、そんな馬鹿な(^^)

太陽暦採用の勅令を探せていないのだが(なんか不都合があるのかあまり出回っていないのだ)

推察するに明治五年の勅令になんかの「過誤」があったのだ。綸言汗の如しだから、過誤には気がついていたのだろうが、ホイホイと訂正は出来ない。

明治31年なる時期が、、、つまり西暦1898年で、19世紀末の二年前。

多分だが、但し書の部分を書き漏らしたのだ。

1900年は平年であって閏年ではない。

周知徹底の観点から二年前に素知らぬ顔でリリースしたのですよ(^^)


実はグレオリオ歴だと、三千年だか四千年で一日程度の誤差を生じるらしい(一年で30秒弱)

この暦法は16世紀から西洋では採用されているから、一日の誤差が生じるのはまだまだ先の話。

そんな先のことは誰も判らないし、その頃まで西暦(キリスト暦)があるかどうかも、、、


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