2023年6月14日水曜日

軍務大臣現役武官制

 



漢字熟語にはなんともアルコール度の高い、、、冷静さや理性を失わせるような言葉がある。

統帥
干犯

現代史においてデモクラシーを葬り去った元凶のひとつであった(過去形で書いたが未来進行形でない保証はない)
この元凶と表裏一体なのが「軍務大臣現役武官制」

軍務大臣(陸軍大臣と海軍大臣)の任免権は(天皇の)大権である。但し「現役の大将又は中将」以外は欠格とされる。根拠法は、、、わからん(なんか勅令でもあるんだろう)

旧憲法施行と同時に実施に移されたが、第一次山本権兵衛内閣の勇断で廃止、その後広田弘毅が復活させた。

要するに、気に入らない内閣に対して大臣を出さないって嫌がらせで組閣を頓挫させる軍部の横暴のツール。知る限り意味のある国益の観点から行使された例はない。


そもそもよく分からない。

軍隊組織のガバナンスは「軍令と軍政」に大別され、前者は参謀本部あるいは海軍軍令部、後者は陸軍大臣と海軍大臣が管掌する。

前者はさておき、後者は組織全般の一般管理であり、軍人として特別な訓練を受けた事を職務遂行の必須条件とはしないはずだ。いまの自衛隊の内局と同じでスタッフの多くは「背広組」と言われる文官である。


理屈はともかく一旦手にした利権は絶対に手放さない。権兵衛総理は剛腕を振るったことだろうし、恨みも相当にかったはずだ。

シーメンス事件の際の失脚も、、、きっと首吊りの足を引っ張った連中がいたに違いない。

虎ノ門事件の際にも摂政殿下の慰撫にも関わらず引責辞任している(内閣総辞職)が、それにとどまらず完全に引退し、政治の表舞台はもとより裏舞台にすら足を踏み入れなかった。

あれだけの見識と功績の人物を失ったことの損失は海軍ももとより大日本帝国にとっても計り知れないと思われます。

とりわけ、ロンドン軍縮会議のあれこれはあんな風にはならなかった。


難波大助のテロルは失敗に終わったが、、、帝国日本の没落を早め、また被害も甚大にした.....という意味では「成功」と言えなくはない。


広田弘毅はそんな歴史を知らなかったはずはないし、軍務大臣現役武官制が引き起こした惨状も知っていただろうに、、、226事件の後の組閣であり、粛軍の最大のチャンスに、逆に軍部の要求に屈するとは国賊だわ。

Wikiには妥協した理由を縷々書いてあるが信じ難い。多分だが、妥協しないと白色テロの餌食になりますよ、、とかなんとか脅されて震え上がったのだろう。


A級戦犯で唯一死刑になった文官、、、なんて言われても同情なんかしない。

城山三郎は「落日燃ゆ」なんかを書くべきではなかったとキッパリ

多少弁護すれば、広田と同じようにテロに怯えて軍部に尻尾振った文官はあまたいたのです。




To be continued 


毎度はこう書いても続篇のリリースがない事が多いが、今回だけは真面目に統帥権の事を書きます。



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