歌学における煩雑な約束事は横に置きます。
少なくとも、本歌取りの歌から本歌が連想出来ないと論外だ。洒落が判らないってこのこと。
のせたから
さきはあわづかただのかご
ひらいしやまやはせらせてみい
狂歌ですが、蜀山人の畢生のスマッシュヒット
カゴ屋の主人から、八景を折り込んだ歌を作ればカゴちんをタダにすると言われ・・
乗のせた(瀬田)からさき(唐崎)は粟津堅田(あわづかただ)の籠
比良石山矢橋(ひらいしやまやはせ)らせて三井(みい)
さて、、、本題はここから
更にエピソードは続きます。
負けて悔しい花一匁(^^)
八景を俳句で読んでくれれば、さらに・・・(まるで負けのこんだ素人賭博師ですねえ)
蜀山人、慌てず騒がず・・・・
七景は 霞に隠れ 三井の鐘
いわば、短歌を俳句にリフォームした本歌取りなんだが、、、いささか疑念があるのよ
加賀千代女(十八世紀の白山あたりの俳人)の俳句に
七景は 霞にかくれ 三井の寺 ってあるんです(正確にはあるらしい)
蜀山人は十八世紀から十九世紀にかけての、、、昼間は有能な管理部門系の国家公務員、アフターファイブは文化的素養を振りまく遊び人(アタシの理想とする行き方だ)
多分だが、千代女の俳句の最後だけを補筆した可能性が高い、、、が、出来栄えも文脈的にも「三井の鐘」が相応しい
ともあれ蜀山人が出来たことくらいは、その足元程度はやってみたい、、、アタシ
夏の月 光をしまず 照るときは 流がるる水に かげろふぞたつ(興風)
藤原興風は平安初期の下級官人にして歌人(百人一首にも収録されてます)
この初夏の綺羅めんばかりの月の光の風景描写はなかなかのもの(勅撰集収録は未確認)
この秀歌を不肖アタクシが俳句にリフォーム
月陽炎(かげろひ)立つ夏の日の水面
0 件のコメント:
コメントを投稿