2022年2月18日金曜日

日本 戦争経済史(3)

 西洋の帝国主義国の食い物にされないように、清国の憂き目を見ないように富国強兵(今どきは分かりやすく近代化という)の道をまっしぐら。





同じような意識は中韓にもなくはないが、、、なんせ牝鶏晨する夜郎自大化した両国。知性あるマトモな人材とうまく連帯した大アジア主義の実現.....残念ながら夢に終わり絶望だけが残った。
ダメだ!もはやどうしようもない、、、と諦観したのが明治の知識人






日清戦争の戦費は二億円を超えました。

原資は一般会計のやりくりと国内向けの公債。まだ外債が起債できるほどの基盤も信用もなかった
当時の一般会計の歳入額は一億円強ですから、戦争って巨大な公共投資。
おかげさまで(倭国の近代化努力やら清国の牝鶏の愚行)大勝利し、多額の賠償金を手に入れることができた。なんだかんだ合わせて三億六千万円

当時の清国は人口こそ倭国の十倍ですが、一人当たりのGDPは、倭国の半分しかない張子の虎。賠償金は帝国主義国からの借款だったようです。さらに食い物にされたことは歴史に詳しい。




倭国の当時の指導者たちは「戦争はカネになる」とまでは思わず、賠償金原資で国家財政基盤の充実(金本位制への移行準備)と軍備増強に努めて.....言わば「勝って兜の緒を締めた」のですよ。

バブル時代のあぶく銭は、、、それに引き換え何処に消えたのだ

知る限りは「ゴッホのひまわり」だけしか残っていない


注記

明治の初めから金本位制を採用した事になっていますが、現実には銀本位制

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