2018年11月13日火曜日

就職予備大学




人手不足とは言え、
ちゃんとした企業の正社員になることが安易になったわけでもなく、
今や就職だって世界と戦う時代。
ちゃんと就職ができるような大学こそが一番よい大学である・・・って一端の真理である。
大学に期待することは即戦力の若者である・・っていうのは企業の本音だろうし
本音をあけすけに口にすれば教育関係者は激怒する。
確かに、大学は企業の下請教育部門ではない。
激怒しようが・・・定年再雇用で働かせれば、新人の労務コスト相当でベテランを使えるから
企業サイドのほうが優位にある。



柏あたりに◯◯◯学館大学なる、一般的に偏差値測定不能(と言われている)な底辺大学がある。
IQや偏差値で個人や学校の真実が推し量れないと思う向きからすれば、
この大学は・・・逆説的に立派(就職内定率も相応らしい)

例えばであるが、一回生に履修する「基礎力レテラシー:英語編」

初 回:授業の進め方
第2回:アルファベットの書き方・読み方
第3回:辞書の構成・辞書の使い方

・・・・

想像するに「数学編」は・・・九九から始まるようです。
そうそう・・・「国語編」では、句読点の使い方なんかも教えてくれるそうな・・・

 

かつて、徳川慶喜は、東京帝国大学法科に進学する子息が「民法や刑法」を
勉強すると知った時に・・・


人の上に立つものが学ぶことではない! と言い放ったとか



正確な意味での「リベラルアーツ」なんて必要とするエリートは社会にとって一握りで十分である。
多くの者達はすくなくとも社会常識や社会通念程度を身につけてくれればいい。
教養のあるアンモラル人格ってそれ自体論理矛盾だが、
おかしいとも不正とも思わず、思っても声を上げないとは
そういう事だ。
理念的には「大学」とは、学術的・理論的な学問を学ぶと共に、
幅広い教養を身につけるための教育機関とされるが、
世間的に半数は大学進学する時代にはあまりに発想が古色蒼然としている。
古代ギリシアだか中世の大学像は、もはや・・・
大学の数は八百あまりだが、半数近くが平成生まれ!

あの学徒動員はひどい政策だとは思うのですが、全員を根こそぎ戦地に送ったわけではない。
一般には病弱者だけだと思われていますが、学問分野領域単位に最優秀者は研究室に残したと
聞いています。



実態的に、学部編成が示すように多くは大学とは名ばかりで専門学校化しつつある。
一般に「専門学校」とは主に職業教育を行う高等教育機関である。
職業に直結する専門性の高い技術力を叩き込む。
多分ですが、目的意識が高い分、学生さんも真剣味が違うと思います。

冒頭の大学を馬鹿にしているのでなく、ヒトザルとしての基礎力に問題のある者達に
饒舌的に「教育・学問もどき」を一方通行的に教えることは学の崩壊を助長するだけであり
改めて「基礎力教育」からやり直すほうが本人のためだし社会国家にも貢献する。
本来であれば、義務教育世界や高校でやるべきことだが、
一体「学校」なるものは何をやっているのだろうか?


先生方の労働組合にも責任の一端はあるのだろうが、
学習指導要領も、理想は素晴らしいと思うが内実は空虚である。
あそこに書いてある理念通りに教えてもらった記憶はない。
教える側の手に余るのだろう(時間不足もあるのかも・・・)


古い話だが、ある方は「自主学習」だけで大学入試を受けたらしい。

国 語:漱石の「猫」だけを読み込む
数 学:「大学への数学」を熟読
英 語:Z会と英検の添削コースのみ
日本史:岩波新書「日本の歴史」(井上清著)が副読品


その他理科科目は・・・適当な参考書がなく、受験科目を断念したそうな
従い、受験校が限られて、やっぱり損したと思いますが、
理科を捨てても残り文系科目だけで合格する!っと
域でもなかったようです。




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