2018年10月11日木曜日
しら珠の数珠屋町とはいづかたぞ
古い街の地名は本来はゆかしく美しい。
行政の効率性だか、西洋と比べて(なんとか通りむにゃむにゃ番地)
分かりにくいからとかって変えましょうなんて文化破壊も甚だしい。
西新宿よりも角筈の方がいいと、一定の歴史造詣があるとそうはずです。
日本中どこでも、中央区とか北区....
東向島より玉の井
山王より飛田
愛隣地区より釜ヶ崎
清川より山谷
......なんかはさておき
タイトルは、山川登美子の絶唱です。
下の句は、「中京こえて 人にとはまし」
この歌のキモは「しら珠の」にある。
数珠に対する枕詞的な使い方が素晴らしいし、彼女自身を彷彿とさせる。
登美子のことを「しろ(ら)百合の君」を呼んだ男がいたが、「白珠の」ほうが香しいし、
だっから見る目ないから別のオンナに走った。
若狭の名家(・・だと思います)出身
大阪のミッションスクール(梅花)で英語を学ぶ
晶子との鉄幹をめぐるドロドロ愛に破れ、帰郷
嫁ぐがほどなく夫は死去
上京し、ポン女で再び英語を学ぶ
結核発病、京都で療養するが、夭折(享年31歳)
幸いの薄い哀しく短い生涯でした。
後世に残したものは、みずみずしいいくつの歌(後年歌集として編纂されたようです)
歌業は晶子のほうが上とされるが、それは質よりも量かもしれません。
妖艶もいいが、清冽も捨てがたい。
地名をおりこんだ和歌は、もの尽くし的妙味や地名の語義の多義性の活用とかいろんなテクニックの山で
歌人の腕の見せ所ってところがあります。
そういう地名を歌まくらといいますが、要は語呂合わせ向き。
思いうかべるに 最高峰は(芸術的な価値は全くありません)
のせた(瀬田)から さき(唐崎)はあわず(粟津)か だた(堅田)のかご
ひら(比良)いしやま(石山)や はしらせてみい(三井)
太田蜀山人の歌らしいが・・・近江八景をうたうならこっちのほうがいい
七景は 霞に隠れて 三井の鐘(加賀の千代女)
八景って基本は「視覚に訴える景勝」なんですが、
三井の晩鐘だけは聴覚に訴える。
雨が降ろうが、霞にかくれろうが、鐘の音だけは・・・・って、なかなかです。
おまけは 寺山修司さんの初期歌集(田園に死す)から
大工町 寺町米町 仏町 老母買ふ町あらずやつばめよ
少し陰惨なのですが、津軽の地が舞台だからでしょうか?
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